8
離宮から城へと戻る馬車の護衛は、仰々しいものだった。
クライヴはよほど警戒しているようで、移動中の休憩や、宿を取るときなども、極力エレノアの姿を他人に見せないように心を砕いてくれた。
シンシアが犯人でなくとも、何者かがラマリエル公爵たちを襲って殺害したのは間違いなく、その矛先がエレノアに迫るのを彼は恐れている。
エレノアはそんなクライヴの強い警戒心のおかげで、城まで何事もなくたどり着くことができた。
「父上に先に報告してくる。君は部屋で待っていてくれ。話は――、そのときに」
馬車を降りると、クライヴはエレノアを兵士の一人に預け、自分はそのまま国王の執務室に向かおうとした。――だが。
「ぎゃああああ―――!」
ふと背後から断末魔のような悲鳴が上がって、エレノアとクライヴはほぼ同時に振り向いた。
振り向いた先で、兵士が次々と倒れていく。
「な――」
クライヴは慌ててエレノアの体を抱き寄せた。
兵士たちがクライヴとエレノアを守るように囲む。
その、兵士たちの間から見えた人影に、エレノアは息を呑んだ。
「シンシア……」
そこには、真っ黒いドレスを着て、血のように赤い唇を弧の形につり上げ艶然と立っているシンシアが、いた。
まばゆいばかりの金髪に、サファイヤのように青い大きな目。
エレノアの十八歳の誕生日の日と変わらない美貌。
白い肌は身にまとう黒いドレスに強調されて、真っ赤な口元は十五歳という年からは考えられないほどの妖艶に微笑んでいる。
ゾクリとした。
シンシアだ。間違いない。でも、エレノアの知るシンシアとはどこか異質な雰囲気を放つ彼女に、エレノアの背筋が凍りつく。
「探したわぁ、お姉様」
シンシアが軽く右手をふるった。
エレノアはそとのきはじめて彼女の手に剣が握りしめられているのを見た。鈍く光る県は血で赤く染まり、彼女が振るったことで刀身の血があたりに飛び散る。
彼女の足元には、血に染まって倒れている何人もの兵士がいた。
ふらりと倒れそうになるのをクライヴが支えて、守るように腕の中に抱き込む。
「シンシア……、どういう、つもりだ」
クライヴの声が震えていた。彼もこの状況を理解できていないのか、かなり動揺しているようだった。
シンシアはまるで無垢な子供のように「んー?」と微笑んで小さく首をひねり、笑いながら「ひどいわぁ」と言った。
「殿下ったら、そんな女を腕に抱いて、だめじゃない。殿下はわたしのものでしょう?」
くすくすと笑うシンシアに、エレノアは血が凍りそうになった。
知らない。こんな異母妹を、エレノアは知らない。
小刻みにカタカタと震えるエレノアを抱きしめたまま、クライヴはシンシアを睨みつけた。
「お前との婚約は破棄されたはずだ。そんなことよりも、どうしてここにいるのか答えろ。移送馬車はどうなった。どうして公爵たちは死んだんだ。お前は今まで、どこで何をしていた」
「質問ばっかりねぇ」
シンシアはつまらなそうに言って、重そうな剣を涼しい顔で数回振った。ビチャッと音がして血が飛び散る。エレノアは恐ろしくなって顔をそむけた。
「移送馬車? 止まってって言っても止まってくれないから壊しちゃったわ。お父様たち? もう何の役にも立ちそうにないし、うるさいから始末しちゃった。だって、お父様たち、ひどいのよ? わたしに『お前が殿下を誘惑したからこうなったんだ』ですって。あんまりじゃい? すっごく喜んでいたし、嬉々としてお姉様を捨てたのはお父様とお母様じゃない。それなのに、ねぇ。まるでわたしが全部悪いみたいに言うんだもの、頭に来てたっくさーん切り刻んじゃったわ」
ふふふ、とシンシアは笑う。
「あら、お姉様いい顔。恐怖で震えるお姉様、すてきよー。そうそう、わたしがここに来たのは、もちろんお姉様を切り刻むため。だって、わたしが罪人扱いされるのはぜーんぶお姉様のせいだもの。それなのにお姉様だけ殿下の腕の中で守られて、ずるいわぁ」
シンシアが剣を目の前にかざして、ぺろりと赤い舌で刀身をなめる。
エレノアは、悲鳴をあげないでいるのが精いっぱいだった。
足が震えて自分の体を支えることもできない。
クライヴは舌打ちして、声をあげた。
「もういい! 捕えろ!」
クライヴの命令で、兵たちが一斉にシンシア飛びかかる。――だが。
「うわあああっ」
シンシアを捕えるために飛びかかった兵士たちは、まるで竜巻にでもあったかのように次々と突き飛ばされた。
十何人もの兵士をすべて引き飛ばしたシンシアは、涼しい顔で立っている。
「くそっ」
クライヴはエレノアを離すと腰に佩いていた剣の束に手をかけた。
「殿下――」
支えを失って、エレノアがその場に尻餅をついた目の前で。
「だから、無駄なのに」
シンシアに切りかかったクライヴが、鮮血を迸らせてその場に崩れ落ちる。
「いやあああああああ――――――!」
エレノアの悲鳴が、響き渡った。
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