3
ユアンはしばらく月の宮に滞在するという。
ユアンがこれからどうするか――、その答えを見つけ出せるまでの間という条件だ。
幽閉されている第二皇子と皇女たちは心配だが、ラーファオはおそらく、これ以上は戦火は広がらないだろうと予想した。
皇帝とそれに一番近いところにいた第一皇子をこの世から消し去った今、第三皇子の勢力に抵抗するだけ無駄なのだ、と。反対勢力はじきに降伏して、ひとまずは落ち着きを見せるだろうというのがラーファオの見立てだ。
これについてはユアンも異論はないようだった。
第二皇子は昔から病弱で、権力にも固執していない。また、皇女はいろいろと政の駒となる。むざむざ殺す必要はどこにもない。
そして、このまま第三皇子が皇帝の座につくことはないだろう、ともラーファオは言った。
「歴史をたどっても、よほどの大義がない限り、国を戦火に巻き込んだ皇子が祝福された例はない。サーシャロッド様も、フレイディーベルグ様も、第三皇子には祝福を与えないだろう。おそらく第三皇子はこのまま帝位にはつかず、いずれ生まれてくる息子を就けるはずだ。それまでは、さしずめ、皇帝の代理、といったところか」
祝福を得ていない皇帝は、国を亡ぼす。さすがに第三皇子もそれはわかっているはずだ。
ラーファオがサーシャロッドに視線を向けると、彼は「当然だな」と頷いた。
「命の危険を伴ってまでチューロンに帰るか、それとも第四皇子たちのようにどこか他国へ亡命するか、どうしたいのかゆっくり考えろ」
サーシャロッドはどこか突き放すように告げたが、これが彼の優しさだということはエレノアにもわかった。どちらを選んでも、おそらくユアンは後悔するだろう。だから、納得いくまで考えて結論を出せ、好きなだけ考えろと、サーシャロッドは言っているのだ。
ユアンにもそれが伝わっているようで、彼はサーシャロッドへ深く頭を下げて礼を言った。
――こうして、月の宮殿に新しくユアンが加わることとなった。
リーファが先ほどから火にかけながらかき混ぜている鍋の中身を、エレノアは興味深そうに見つめた。
久しぶりの、ティータイムのお菓子作りだ。きょうはなにを作るかとリーファに相談したら、彼女は久しぶりに祖国のお菓子が作りたいと言ったのだ。
「これは、餡と言うんですよ。小豆を甘く煮てつぶして作るんです」
リーファは「月餅」というお菓子を作るそうだ。餡も、もちろん月餅も食べたことのないエレノアは、甘い香りにわくわくする。
「りんりん、おまんじゅうつくってるのー?」
「わーい! ひさしぶりー!」
「くるみがいるんだよね?」
「とってきてあげるー!」
妖精たちがきゃいきゃい騒ぎながら、数人がクルミを取りに外へ出て行く。どうやら妖精たちはリーファの「月餅」を食べたことがあるらしい。
「エレノア様のお口に合うかどうかわかりませんでしたので、しばらく作っていなかったのですが」
ユアンが来たので、食べさせてあげたいのだとリーファがいう。
「昔は料理なんてしたことがなくて……、あの子に作ってあげたことがないので」
そういう顔は、お姉さんの顔だ。外見はユアンの方が年上だが、リーファの中ではまだ十二歳の記憶が鮮明なのだろう。
「いい匂いがする」
そう言いながらラーファオと一緒に部屋に入ってきたユアンは、エプロン姿のリーファを見て目を丸くした。
「姉上が料理……?」
そして、ものすごく不安そうな顔をしたので、ラーファオが吹き出した。
「あー、大丈夫だ。最初はものすごくひどかったが、すっかり上達したからな」
「え、そうなの?」
ラーファオとユアンは仲がいいらしい。リーファの部屋によく遊びに行っていたユアンは、そこでラーファオにたくさん可愛がられたそうだ。
「俺がみっちり教えといたからな」
「え?」
今度はエレノアが驚く番だった。
「リーファの料理の先生はラーファオさんなんですか?」
「ああ。料理も洗濯も掃除も全部な。なんにもできなかったから、最初は手を焼いた」
「ラーファオ!」
リーファが顔を赤くして抗議すると、ラーファオが肩を揺らして笑う。
「へー、あの姉上がね。変わるものだね」
「そりゃ、結婚して十年だもの……」
「うわ、すっかり人妻っぽくなってる。さすがラーファオ」
「だろう?」
「どうしてそこで感動したようにラーファオを見るの!」
「や、だってさ」
「俺の教育のたまものってことだろ」
夫と弟が二人そろって笑い出すと、リーファがますます顔を赤くする。
こんなに慌てているリーファを見るのははじめてで、エレノアは驚いたけれどもなんだかかわいいなと思う。
「もう! まだ出来上がりまで時間がかかるんだから、出て行って! 気が散っちゃうでしょう?」
「あー、はいはい」
ラーファオとユアンが部屋を出て行くと、リーファは赤くなった頬をおさえた。
「仲良しさんですね」
「すみません、お見苦しいところを」
「え、そんなことないですよ。姉弟で仲が良くって羨ましいです」
ひがみでも何でもなく、エレノアは何げなく言ったのだが、リーファに困ったように微笑まれてしまった。
その表情を見て、「あ……」とエレノアはふとシンシアを思い出す。もうずっと、サランシェス国の家族のことは思い出していなかった。
(そっか……、兄弟って、こういうものなのね)
異母妹と姉妹らしいことは何一つなかったエレノアだが、本来兄弟とはリーファとユアンのように笑い合える関係なのだろう。
リーファがユアンに再会できて、本当によかった。
「ユアンさんが来て、よかったですね」
リーファは優しく微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます