6

 黒い雪だるまの妖精の謎を残したまま、雪まつりははじまった。


 日が沈むと、あたりに次々と小さくて柔らかな淡い金色の光が浮かび上がる。


 それはパチパチと瞬くように点滅して、ふよふよと動き回った。


 年に一度、雪まつりの夜だけ深い山奥から降りてくる――光虫たちだ。


「わあ……」


 マフラーに手袋、そして小さなウサギのような耳のついた真っ白い帽子をかぶったエレノアが、夜の闇に浮かび上がる幻想的な光景に目を輝かせた。


 闇の中を光虫たちが照らして、白銀の雪原と雪の像たちを照らし出す。


「サーシャ様! すっごくきれいです!」


 嬉しそうに振り返れば、たまらないというようにサーシャロッドに抱きしめられた。


「お針子の妖精たち、帰ったら褒美をやる……!」


 エレノアのうさ耳付き帽子を撫でながら、サーシャロッドがよくわからないことを言っている。


「フレイディーベルグ様も相当な変態だと思うけど、サーシャロッド様もある意味ちょっとやばいんじゃないかって思うのは俺だけかな」


 後ろの方でラーファオがぼそぼそと何かをつぶやいていたが、残念ながらエレノアの耳には入らない。ただ、隣で聞いていたリーファが、何とも言えないような複雑な表情を浮かべていた。


 エレノアたちが作ろうとした雪像は、残念ながら黒い雪だるまの妖精――通称、黒だるまによって完成前に破壊されてしまいここにはないが、破壊されずに残った数々の雪像が何とも美しい。


 門の左右に並ぶ氷の女性像にも、光虫の優しい輝きが透けて、キラキラとしてとてもきれいだ。


 エレノアはサーシャロッドと手をつないで、ゆっくりと雪像を見て回る。


 そして、その中にひときわ大きな雪像を見つけて、エレノアは立ち止まった。


「これは……お家、でしょうか?」


 大きな家の形をした雪像だ。すると、その近くにいた雪だるまの妖精が得意げに胸を張った。


「それは、めいきゅうでございます」


「迷宮?」


「さようでございます」


「中がめいろのようになっております」


「いりぐちはふたつ。べつべつのいりぐちからお入りになって、おたのしみくださいませ」


「中でごうりゅうできるようになっております」


「もちろん、めいきゅうですから、まいごにはおきをつけくださいませ」


「どうぞどうぞ」


 ぐいぐいと雪だるまの妖精に背中を押されて、エレノアはサーシャロッドと顔を見合わせた。


 どうやら入口が二つあり、それぞれが別々の入り口から入って楽しむ迷宮らしい。


「入ってみるか?」


 サーシャロッドに問われて、エレノアは少し考えてから頷いた。


 一時でもサーシャロッドと離れるのは心細いが、「迷宮」というものを楽しんでみたい気持ちが強い。


 見たところ、大きいとはいえ、びっくりするほど巨大でもない。少しの間心細いのを我慢するだけだ。


 エレノアは右から、サーシャロッドは左の入口から中に入る。


「いってらっしゃいませー!」


 陽気な雪だるまの妖精たちの声が、外で響いた。






 迷宮の中は少し暗かった。


 あちこちにライトがたかれているので、足元がおぼつかないほどではない。


 入ったものが滑ってけがをしないように配慮されているのか、歩く面には赤い絨毯が敷かれていた。


 迷宮の道幅は人が二人通るのがやっとなほどの細さ。


 おかげで視界のほとんどが真っ白で――うっかりしていると来た道もわからなくなるほどに迷いそうだ。


 まだ入って三分も立っていないのに、エレノアはすっかり不安になって、早くサーシャロッドに会いたいと気持ちが急く。


 道なりに進んでいくと、しばらくすると分かれ道に遭遇して、エレノアはへにょっと眉尻を下げた。


 ここの分かれ道の判断を間違えれば、サーシャロッドに会えないかもしれない。


(右? それとも……左?)


 エレノアは悩んで、左の雪の壁に小さく指のあとをつけた。もしも迷って同じ場所を回ってしまったとき、このあとで気がつくだろう。


 そして、エレノアは左に曲がると、そのままとぼとぼと進んでいく。


 ここで声をあげてサーシャロッドの名前を呼べば届くだろうが――、それはちょっとズルのような気がする。


 エレノアが歩くたびにかぶっている帽子のうさ耳がぴょこぴょこ揺れた。


 しばらく進むと、また分かれ道に行き当たり、エレノアは立ち止まる。


 今度は右と左とそして直進と三つに分かれていた。


 分かれ道にたどり着くたびに進む方向を変えていては、そのうちどこをどう進んだのかわからなくなりそうなので、同じ左に曲がることにする。


 雪でできたこの迷宮の大きさから言えば、そろそろサーシャロッドと出会ってもいいはずなのに、出会わないのは、道を間違えているのだろうかと不安を覚えながら進んでいると、案の定、エレノアの目の前には行き止まり。


「引き返さなきゃ……」


 エレノアは嘆息すると、くるりと踵を返し――、瞠目した。


「黒だるまの、妖精……」


 振り返ったその先にいたのは、黒だるまの妖精だ。


 いつからそこにいたのだろうか。まったく気がつかなかった。


 黒だるまの妖精はぴょんぴょんとその場で小さく跳ねている。その目が、にっこりと三日月の形に歪むのを見て、エレノアは後ずさった。


 背後には行き止まりの雪の壁。逃げ場はないが――、この黒だるまの妖精は、なんだか怖い。


 エレノアは背後の雪の壁に手をついて、大声でサーシャロッドの名を呼ぼうとしたが、それよりも早くに黒だるまの妖精が飛び掛かってきて――


「いやあああああ―――!」


 エレノアは、悲鳴を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る