7
エレノアの悲鳴を聞いて、サーシャロッドは顔をあげた。
雪の迷宮を歩きながら、そろそろエレノアにたどり着いてもいいころだなと思った矢先のことだった。
「エレノア!」
雪の壁に手をついて、一瞬だけ迷う。だが、次の瞬間には一切の迷いなく、分厚い雪壁を破壊した。
雪だるまの妖精たちには悪いが、エレノアの悲鳴だ。一大事なのである。悠長に迷路を回っていられない。
雪の壁を破壊しながら声のした方へと急げば、小さく丸まって震えているエレノアの姿があった。
「エレノア!」
名前を呼んで駆けよれば、涙目のエレノアが顔をあげる。
「さ、サーシャ様……」
「どうした? 大丈夫か?」
抱き寄せれば、ぷるぷると震えながら縋りついてきた。
「黒だるまの妖精が……」
聞けば、行き止まりで黒い雪だるまの妖精と遭遇したらしい。黒い雪だるまの妖精は突然エレノアに飛び掛かってきたが、その背中をひと蹴りしたあと今度は雪壁を破壊しながらどこかへと向かったそうだ。
黒い雪だるまの妖精の目的がわからず、サーシャロッドが眉を寄せたとき、ぱらぱらと頭上から雪が降ってきて、ハッとする。
「エレノア、黒だるまは雪壁を壊していたと言っていたな」
「は、はい……」
サーシャロッドの腕の中でエレノアが頷く。
サーシャロッドは天井を仰いで、底に小さな亀裂を見つけて舌打ちした。
サーシャロッドも悪い。エレノアを助けに行くのを優先して、一部の雪壁を破壊した。だが――
「まずい―――」
天井の亀裂が大きくなるのを見て、サーシャロッドはエレノアをその腕に強くかき抱き、かばうように覆いかぶさる。
黒い雪だるまの妖精の目的――それは。
「黒だるまは、これを破壊するつもりだ」
サーシャロッドが、忌々しそうにそうつぶやいた一拍後に、それは起こった。
大きな音を立てて、雪の迷宮の天井が落ちてくる。
「ひ――!」
エレノアがびくりと肩を揺らせば、サーシャロッドが彼女を抱く腕に力をこめた。
「大丈夫だ。少し冷たいだろうが、じっとしていろ」
サーシャロッドはエレノアの頭をかばうように抱き込む。
ばらばらと天井や壁が崩れ落ちて――、ドオォン! と大きな音を立てて、雪の迷宮はまるで重たいもので押しつぶされたかのように崩壊した。
エレノアは衝撃を覚悟したが、思ったような痛みは襲ってこず、そろそろと目を開ける。
そして、まるでサーシャロッドとエレノアの周りだけ何か見えない壁があるかのように、雪がよけているのを見て、目をパチパチとしばたたいた。
「大丈夫か?」
雪の迷宮が完全に崩壊してしまうとサーシャロッドが腕の力を緩めた、サーシャロッドの肩や頭には雪がかかってしまっているが、彼に守られていたエレノアはまったくの無事だ。
頷くとひょいっと助け起こされて、エレノアはゆっくりとあたりを見渡す。雪の迷宮はすっかり崩壊して、見る影もなかった。
その崩壊した雪の迷宮の上を、黒い雪だるまの妖精がぴょこぴょこ飛んでいる。それは一匹だけではなく、何匹もいた。
「サーシャロッド様!」
ラーファオが駆けてきて、そのすぐ後ろからリーファやカイル、雪の女王がやってくる。
「なんですか、これは……」
黒い雪だるまの妖精の報告は受けていたはずだが、実物を目にした雪の妖精の女王は目を見開いた。
「こんな――、こんな歪んだ妖精なんて見たことがありません……」
しかし、女王が茫然としたのはわずかな間のことだった。すぐに雪だるまの妖精たちを振り返ると、「捕えなさい!」と凛とした声で命ずる。
それを合図に、雪だるまの妖精たちは、黒い雪だるまの妖精に飛び掛かろうとしたのだが――
「お待ちなさい!」
氷を割ったような冷ややかな響きのする声が響いて、まるで、黒い雪だるまの妖精をかばうかのように、忽然と一人の女性が現れる。
その髪は、空のように青かった。
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