【サイドストーリー1】ラーファオの焼きもち

ラーファオの焼きもち

 それは、エレノアが月の宮殿へやってきたばかりのころ――


 サーシャロッドにエレノアの世話をするように頼まれて、妻であるリーファはとても楽しそうだ。


 人間界で暮らしていたころ、リーファには姉妹が多くいて、とても窮屈だが華やかな生活を送っていた。


 ラーファオとの身分違いの恋に悩んだ末、リーファはすべてを捨ててくれたが、やはり心のどこかで引っかかる部分があったのかもしれない。


 突然やってきたサーシャロッドの妻であるエレノアを見て、まるで新しい妹ができたみたいだとはしゃいでいた妻に、ラーファオももちろん嬉しくなった――のだが。


「それでね、エレノア様ったら、わたくしが作ったサクランボの糖蜜漬けが気に入ったそうなのよ。お菓子作りにも興味があるんですって。だから今度から一緒にティータイムのお菓子を作ることにしたの」


 結婚して十年がたったが、リーファが少女のようにきゃいきゃいと騒ぐのは久しぶりだ。


 キラキラとした笑顔で楽しそうに笑う妻を見るのはもちろん嫌ではない。嫌ではないのだが――、ベッドの中で、自分の腕の中にいるというのに、先ほどからエレノアの話しかされないというのはいかがなものだろうかとラーファオは悩む。


 それでなくともラーファオは、サーシャロッドに横暴な命令をされて、日中リーファとすごす時間が減ってしまったのだ。


(……あんなに嫉妬深い方だとは思わなかったな)


 サーシャロッドは、大好きなエレノアに自分以外の男が近づくのが許せないらしい。


 リーファという愛する妻のいる自分とエレノアとの間に間違いなど起きるはずもないのに、「エレノアの前に姿を見せるな」とはあまりにも心が狭い。


 おかげでラーファオは、必然的にリーファがエレノアのそばにいる日中は彼女に近づくことができなくなった。


 せめて、夜くらいは自分だけを見てほしいと思うのは、我儘だろうか?


(……昨日もお預けだったし)


 昨日エレノアにはじめて会ったリーファは、ラーファオの腕の中でも興奮冷めやらぬ様子で、これからエレノアをいろいろなことがしたいと言っていた。そして、指を下りながらしたいことをあげて行った結果、慣れない他人の世話でも疲れていたのか、ラーファオの腕の中であっさりと熟睡。ラーファオはもんもんとしながら一夜を明かす羽目になった。


 リーファの艶やかな黒髪をさらさらと撫でてみる。


 リーファは髪を梳かれるように撫でられるのが好きだ。情事のあと、こうして髪を撫でてやると、いつも幸せそうにすり寄ってきてとても可愛い。


 これで少しは自分に興味が移るかな――とラーファオは思ったのだが、リーファは気持ちよさそうに目を細めるものの、その口から「エレノア」の名前が途絶えることはない。


「明日はショートケーキを作る約束をしたの。出来たら持ってきてあげるわね。それから――」


 ラーファオはむーっと眉を寄せた。


 リーファとの日中の貴重な時間を取り上げられ、さらに夜の濃密な時間にまで「エレノア」に浸食されてはたまったものではない。


 ラーファオはまだ見ぬサーシャロッドの妻に微かな嫉妬心を覚えて、夫をないがしろにしてエレノアの話ばかりするリーファに少し腹が立った。


(俺以外考えられないようにしてやる)


 こうなれば強硬策である。


 このまま昨夜の二の舞になどなってたまるか。


 ラーファオはまだ嬉しそうにエレノアの話を続ける妻に覆いかぶさると、その唇を塞いで、彼女の華奢な体をベッドに縫い留めた。


「んぅ……、らーふぁ……」


 突然のことにリーファは微かな抵抗を見せたが、強引に唇を割って歯列を舐め上げ舌を絡めると、くたりと体を弛緩させる。


 深く口づけながらリーファの夜着の腰ひもをとき、すべらかな肌に手のひらを滑らせると、リーファのほっそりとした肩がピクリと震えた。


 キスをとき、唇を頬から首筋へと滑らせて強く吸い付けば、少し痛かったのかリーファは「んー」とくぐもった声をあげる。


 しかし、ラーファオがその微かな不満を無視して、首筋から肩、胸の周りにたくさんのキスの痕をつけて行けば、潤んだ目で睨まれてしまった。


「ど……したの、今日、なんか、ごうい…ん」


 そう思うのも無理はない。いつもはリーファの反応を見ながらことを進めている。無理やり組み敷いたりはしないし、花が咲いたようにこれほどたくさんのキスの痕を残したりはしない。


 だが――、今日のラーファオは少し怒っているのだ。


「夫をないがしろにする君が悪い」


「なに、そ…れ……やぁ」


 ぱくりと豊満な胸の頂にかぶりつけば、リーファの口から甘い吐息が漏れる。


 細い腰を撫で、ゆっくりと下に手を滑らせて行けば、妻の長いまつ毛がふるふると震えた。


 リーファの細い足の間に体を割り込ませれば、潤んだ目がぼんやりと自分を捕えているのに気づく。


 リーファの頭の中はすっかり自分一色に染まったようだとラーファオはほくそ笑んで、そのまま愛する妻の柔らかい体を存分に楽しんだ。――のだが。




「それでね、エレノア様ったらね―――」


(どうしてこうなる……)


 情事のあと、気だるい余韻に浸りながら抱きしめた妻の口から出てきたのは、またしても「エレノア」。


 どうやら、サーシャロッドの新妻は、夫婦の仲を脅かす危険人物らしいとラーファオはため息をついて、まだ「エレノア」について語ろうとする妻の口をキスで塞いだ。

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