6

 翌朝、泉の妖精の女王は約束通り、カモミールの姫とエレノアを地上に送り届けてくれた。


 泉の妖精の王子はしょんぼりとしていたが、カモミールの姫が「また気が向いたら遊びに来るわ」と言っているあたり、少しは仲良くなれたのだろう。


「姫!」


 地上に戻るなり、悲鳴のようなヤマユリの王子の声が聞こえた。勢いよく飛んできたヤマユリの王子はカモミールの姫をぎゅうっと抱きしめる。


 いいなぁ、と思って二人が抱擁を交わすのを見つめていたエレノアは、背後からたくましい腕に抱きしめられて顔をあげた。


「おかえり」


「サーシャ様!」


 サーシャロッドが優しく微笑んでいて、エレノアは彼の腕の中で体の向きを変えると、ぎゅっと抱きつく。


「エレノアが自分から抱きついてくるのは珍しいな」


 淋しかったのかと耳元でささやかれて、エレノアが素直に頷くと、サーシャロッドの腕に力がこもった。


「すぐに迎えに行こうと思ったんだが、お前が淋しがってくれたのなら待っていてよかったな」


 頭のてっぺんにキスを落とされて、エレノアが顔をあげると、今度は頬にキスが落ちる。


 カモミールの姫とヤマユリの王子に別れを告げて月の宮殿に戻れば、あっという間に妖精たちに囲まれた。


「えれのあー!」


「だいじょうぶだったー?」


「こわくなかったー?」


「いじめられてないー?」


「あいたかったのー!」


「お帰りなさいませ、エレノア様。お茶のご用意ができていますわ」


 妖精たちのうしろからリーファがやってくる。その横にはラーファオもいて、エレノアはようやく帰ってきたと実感した。


 思えば、ラマリエル公爵家で暮らしていたとき、家に帰っても「帰ってきた」と思ったことはなかった。あの家は自分の暮らしていた家でありながらも、どこにもエレノアの居場所はなかったから。


 だが、ここは違う。みんなに出迎えられてホッとする。嬉しくなる。ここには自分の居場所があるのだと、疑いもなく思える。


「ただいま戻りました」


 泉の妖精の城でほんの少しだけ垣間見た人間界の様子。


 少しだけ悲しく思ったけれど、それが少しですんだのは、もう人間界が自分の居場所ではないと認識しているからかもしれない。


 エレノアはサーシャロッドを見上げる。


 優しく温かい微笑みを浮かべる、月の神。エレノアの、夫。


(……好き)


 すとんと胸の中に落ちてきたその感情に、エレノアは、ああ、これが「好き」だということなのだと、そっと胸の上をおさえた。

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