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「ようやく再来月ですわね」


 サランシェス国の城の庭――。


 鈴を転がしたような声で笑いながら、噴水の淵に腰かけて、ラマリエル公爵家の次女シンシア――エレノアの異母妹は、隣に座っている第一王子クライヴを上目遣いに見上げる。


 淡い金色の髪に緑色の瞳、すっきりとした輪郭。整った容姿のクライヴの横顔は、最近忙しかったからか、少し疲れているようにも見える。


「ようやく――、そうだな」


 クライヴは美しい婚約者を見つめて、小さく笑った。


「お前の愚かな姉が姿を消してくれたせいで、いろいろ面倒なことになったが、ようやくだ」


 まさかここにいるシンシアとその両親が、実の姉であるエレノアを山奥に捨てたとは知らないクライヴは、この四か月を思い出して肩をすくめた。


 エレノアとの婚約破棄はクライヴが勝手に決めたことで、父王たちにはうまく誤魔化すつもりだったのに、それよりも先にエレノアが姿を消したせいで計画が狂ってしまったのだ。


 シンシアと二人で、エレノアを城から追い出したのを見ていた使用人が、「王子がエレノアを捨てたから絶望のあまりに自殺した」などという妙な噂を流したせいで、さらに事態は悪化。


 王には問い詰められるし、もともとクライヴにいい顔をしていなかった一部の臣下たちは騒ぎ立て、収拾をつけるのに時間がかかってしまったが、ようやく再来月に戴冠式をむかえるまでにこぎつけた。


「ようやく戴冠式だ。君との結婚もようやく許可が下りた。まったく、エレノアのやつ、最後の最後で嫌がらせのように……」


 チッと舌打ちするクライヴに、シンシアはそっと寄りかかる。


「お姉様の話はやめましょうよ。どうせどこかで野垂れ死んでいるんでしょうし。そんなことより、神殿での祝福の儀式には、わたしも呼んでくださるのでしょう?」


「もちろんだ。君には俺の婚約者として出席してもらうよ」


「嬉しい。殿下の晴れ姿が近くで見られるのね。おしゃれして行かなくっちゃ」


「君はそのままでも充分美しいが、そうだな、俺からは君の美しさが引き立つようにティアラを贈ろう」


「本当!?」


 シンシアはぱあっと顔を輝かせると、ぎゅーっとクライヴに抱きつく。


 クライヴはシンシアの額にキスを落として立ち上がる。


「君はこのあと、母上との茶会だったね」


 茶会、と聞いて、シンシアは途端に表情を曇らせた。


「そうだけど……、殿下も一緒に来られませんの?」


 するとクライヴは苦笑して、シンシアの手を引いて立ち上がらせる。


「残念ながらこのあとは会議だ。母上は少し気難しいが、悪い方ではない。できれば仲良くしてくれないか」


「……もちろんよ。だって、殿下のお母様ですもの」


 シンシアはそう答えながらも、不貞腐れたような表情を浮かべている。クライヴはなだめるようにシンシアの頭を撫でて、彼女を連れて中庭をあとにしたのだった。

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