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 カモミールの姫はものすごく不服そうだったが、自分で泉の水面まで泳いでいくことはできないので、渋々諦めたらしい。


 本当だったら今日、ヤマユリの王子といちゃいちゃするはずだったのに――とぶつぶつ文句を言いながら、ふて寝をすると言って用意された部屋へ向かってしまった。


 エレノアは、せっかくだから城を散策してはどうかと女王に提案されて、城の中を見て回ることにした。カモミールに手ひどく振られてしょんぼりしている王子が案内してくれるそうだ。


「カモミールの姫のことは、いつも泉の底から見ていたんです。天真爛漫で、くるくると表情が変わって、とても可愛くて……。ヤマユリの王子のことが好きだと聞いて一度はあきらめようとしましたけど、諦めきれなくて……。エレノア様にもご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


 顔が金魚なので表情はわかりにくいが、声の感じから相当落ち込んでいるのが伝わってくる。


(本当にカモミールの姫のことが好きなのね)


 でも、カモミールの姫はヤマユリの王子のことが好き。彼の恋は報われない。エレノアは切なくなって、何とか励まそうと思ったが、結局いい言葉は思いつかなかった。


「その……、いつもどうやってカモミールのお姫様のことを見ていたの?」


「それは、城の庭の噴水から。見たい場所に水さえあれば、そこに映った光景を映し出せるんです」


「そんなものが? じゃあ……、サーシャ様も、見える?」


「サーシャロッド様が水の近くにいらっしゃれば。試してみますか?」


 エレノアが頷くと、泉の妖精の王子は、城の庭へと案内してくれた。


 庭に降りると、城の敷地の外を泳ぐ魚たちが見えて、エレノアは少し感動する。色とりどりの魚たちが自由に泳ぎ回っていて、見ていてとても楽しい。


「こっちですよ」


 王子に呼ばれて、エレノアが向かえば、庭の一角に大きな噴水があった。


 水が弧を描きながら流れ落ちて、白い石を積んで作られた浅い池の中には小さな小魚たちが泳いでいる。


「水面を見つめて、サーシャロッド様を思い浮かべてみてください」


 泉の妖精の王子に言われて、エレノアがサーシャロッドの顔を思い浮かべると、水面が揺れてサーシャロッドの顔が映し出された。


「どうやら泉のそばにいらしたようですね」


 サーシャロッドが泉のそばにいるということは、エレノアのことを考えてくれているのだろうか?


 エレノアはホッとして、水面の映るサーシャロッドの顔をじっと見つめた。


 いつも一緒にいるから、少し離れているだけでもすごく淋しい。明日になれば会えるのはわかっているが、できることなら今すぐに陸に戻りたい。


「サーシャ様……」


 エレノアがぽつんとサーシャロッドの名前をつぶやいたときだった。


「おうじー!」


「こちらですかー?」


 賑やかな声が聞こえて、妖精たちが突然わらわらと集まってきた。


 女王のように腰から下が魚の尾の姿をした妖精たちは、手に青い可憐な花を持っている。


「みずばらの花がさきましたよ」


「おもちしました!」


「これで、かもみーるのひめの心をつかんでください!」


「ばっちぐーですよ!」


「おとめごころは、はなによわいものです!」


「さあさあ、おうじ!」


 妖精たちに花を押しつけられて、泉の妖精の王子は困ったような顔をしてエレノアを振り返る。


 エレノアがしばらくここにいるから大丈夫だと告げると、王子はホッとしたように、花を持ってカモミールの姫の下へと向かった。


 カモミールの姫はヤマユリの王子のことが大好きなので、泉の妖精の王子の求婚を受け入れることはないだろうが、彼の気持ちが少しでも届けばいいと思ってしまう。


 エレノアは噴水のそばに腰を下ろした。


 噴水の水面からはサーシャロッドの姿が消えてしまったので、おそらく泉のそばから離れてしまったのだろう。


 ちょっぴりがっかりして、エレノアは水しぶきをあげながら落ちてくる噴水を見上げる。


(噴水……、そう言えば、お城にもあったわね)


 人間界で暮らしていたときの、サランシェス国の城。


 近くで見たことはなかったが、花嫁修業で城に通っていたころ、城の窓から噴水が見えた。


 キラキラ輝く水しぶきが綺麗で、ぼんやりと眺めていたことを思い出す。


(……クライヴ王子は、シンシアと結婚したのかしら?)


 エレノアとの婚約を破棄して、シンシアを結婚すると宣言したクライヴ王子。いい思い出は何一つないので、懐かしいとは思わないが、噴水を見ているとなんとなく思い出してしまう。


 会いたいとは思わないけれど、生まれたときから婚約者であったクライヴがどうしているのか、なんとなく気になった――そのとき。


 ぱあっと、泉の水面が淡く光った。

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