泉の妖精の城

1

 それは、一瞬の出来事だった。


「エレノア!?」


 サーシャロッドが異変に気がついたときには、大きくうねるようにあふれた泉の水が、エレノアとカモミールの姫を飲み込んで泉の底へ引きずりこんでしまったあとだった。


「姫!」 


 ヤマユリの王子も真っ青な顔で泉の方へ飛んで行ったが、二人を飲み込んだ泉はすっかり静かになって、凪いだ水面がキラキラと光を反射しているだけだ。


「えれのあ!」


「えれのあーっ」


「いずみにのみこまれたー!」


「さーしゃさまあ!」


「えれのあがー!」


 妖精たちが騒ぎはじめて、あたりは騒然となる。


 サーシャロッドが慌てて泉に飛び込もうとするが、それを止めたのは妖精の翁だった。


「お待ちくだされ。この泉には泉の妖精たちが住んでおるが、決して気性の荒い妖精ではないですじゃ。むしろ引っ込み思案で、滅多に姿を現さん。二人を傷つけるようなことはないじゃろうから、先にこちらを沈めてからにしてくださらんかの」


 サーシャロッドは小さく舌打ちしたが、確かにエレノアとカモミールの姫が泉の中に攫われて、結婚式の会場は大混乱になっている。


 このままでは、妖精たちが全員泉の中になだれ込んでいきかねない。


 そんなことになれば、いくらおとなしい泉の妖精とはいえ、妖精たちの諍いにまで発展しかねない。


(エレノア――)


 翁の言う通り、泉の妖精はエレノアに危害は加えないだろう。


 エレノアがサーシャロッドの妻だというのは、妖精たちの間でもすでに噂になっている。そんな彼女を傷つければどうなるかわからないほど妖精たちは馬鹿でもない。


 だが、それならばどうして泉の妖精はエレノアとカモミールの姫を攫ったのか――


 サーシャロッドは苛々しながら、興奮しはじめた野原の妖精たちをなだめることを優先した。

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