6

「エレノア――」


 優しく肩を揺すられて、エレノアはゆっくりと瞼をあげた。


 目を開けると、心配するようにこちらを覗き込むサーシャロッドの顔があって、ほっとする。


「わたし……」


 空飛ぶ木馬に振り落とされて、大木のそばでサーシャロッドが見つけてくれるのを待っていたが、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。


 あたりが明るいので、少しの間のことだろう。


「どこか痛むところはあるか? 怪我をしていないだろうな?」


 確かめるように、サーシャロッドはエレノアの頬に触れ、首に触れ、肩や腕に触れた。エレノアが「どこも痛いところはありません」と告げると、安心したように抱きしめられる。


「悪かった。まさかあの木馬がお前を乗せたままいなくなるとは思わなかったから油断していた。怖かっただろう?」


「大丈夫です。サーシャ様が来てくれるって、信じてたから……」


 サーシャロッドはエレノアを見捨てたりしない。三か月しか一緒にすごしていないが、エレノアは確信をもってそう言える。


「そうか? だが、少し悲しそうな顔している」


「それは……、ちょっと、昔の夢を見ちゃって」


 サーシャロッドがそっとエレノアを横抱きに抱えて歩き出す。


 歩けますよと告げたが、サーシャロッドが下ろしてくれないので、素直に彼に体を預けることにした。


「昔の夢?」


「はい。十六歳のときの夢……。昔、父に叩かれた時に、一羽の鳥さんが助けてくれたんです。あの鳥さん、元気かなって思って」


 エレノアがぽつりとつぶやけば、サーシャロッドが急に足を止めた。


 驚いたような顔でエレノアを見下ろして、やがて小さく微笑むと、再び歩き出す。


「きっと元気だろう」


「そうだったら嬉しいです」


 エレノアはサーシャロッドの腕の中で、そっと目を閉じる。


「また……、どこかで会えるかな……」


 あの鳥は人間界で暮らしているので、もう会えないかもしれない。けれど、またどこかで出会えたら、今度はもっとおいしいパンをあげたい。


 エレノアがぽつぽつとつぶやくのを黙って聞きながら、サーシャロットは歩みを進める。


 やがて、エレノアの声が途絶えたと思えば、すーすーと小さな寝息が聞こえてきて、サーシャロッドは微笑んだ。


「……その鳥には、もう会っているよ」


 そっとエレノアの耳にささやいたが、眠りに落ちている彼女は気づかない。


 だが、サーシャロッドは満足そうな顔をして、エレノアを抱えなおすと、その頬にちゅっとキスを落とした。

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