5
翌朝、エレノアは月の宮殿の裏手にある山を登っていた。
「えれのあー! こっちだよー」
妖精たちがエレノアを取り囲むようにして先導する。
サーシャロッドはいない。実は彼に内緒でこっそりと裏山にやってきた。
なぜなら昨日、サーシャロッドに「余計なことはしないように」と釘を刺されてしまったから。
(でも……、カモミールのお姫様、今日も戻って来ていなかったし)
昨日からいなくなってしまったカモミールの姫が心配だ。
この裏山のヤマユリがたくさん咲いているところに、カモミールの好きな人がいるらしい。
もしかしたらカモミールはそこにいるのではないかと、エレノアは裏山に上ることにしたのだ。
月の宮殿の裏手の山は、それほど高くなく、傾斜もなだらかで、山登りに慣れていないエレノアでもがんばれば上ることができる。
息を切らせながら山を登っていくと、やがて、一面にヤマユリが咲いている開けた場所へ出た。
サーシャロッドによると、このヤマユリの群生地に住む、ヤマユリの妖精たちの長の息子――ヤマユリの王子が、カモミールの姫の想い人らしい。
エレノアたちがやってくると、ヤマユリの妖精たちがわーっと寄ってきた。
「だれだだれだ」
「だれかきた」
「さーしゃさまのおきさきさま?」
「どうしてここに?」
ヤマユリの妖精たちに取り囲まれると、月の宮殿の妖精たちがヤマユリの王子に会いに来たと伝えてくれる。
「おうじはおくにいるよ」
「なんだかおちこんでるんだ」
「こっちだよ」
「なぐさめてあげてー」
ヤマユリの妖精たちに導かれて、奥へと進んでいくと、小川の辺でヤマユリを見つめてため息をついている妖精を見つけた。
淡いオレンジ色の髪に、シャープな輪郭の妖精だ。
「おうじー、おきゃくさんだよー」
「さーしゃさまのおきさきさま、きたー」
「えれのあっていうんだってー」
「おかしもらったー」
妖精たちは、エレノアが手土産に持って来たクッキーの包みを掲げて、ヤマユリの王子をぐるぐると回る。
ヤマユリの王子は顔をあげて、川のほとりから立ち上がると、エレノアの目の前までぱたぱたと飛んで丁寧にお辞儀をした。
「はじめまして、サーシャ様のお妃さま」
ヤマユリの王子はとても優しそうな妖精だった。
エレノアもぺこりとお辞儀をして挨拶する。
「突然来て、すみません」
「いえ、サーシャ様のお妃さまでしたら、いつでも歓迎します」
ヤマユリの王子に促されて、エレノアはその場に腰を下ろす。
月の宮殿の妖精たちは、ヤマユリの妖精たちと鬼ごっこをして遊びはじめた。
エレノアはあまり長居をすると、サーシャロッドに宮殿を内緒で抜け出したことがばれてしまうからと、手短に用件を告げる。
すると、ヤマユリの王子は目を丸くして息を呑んだ。
「カモミールの姫が、いなくなったのですか?」
その様子に、どうやらここには来ていなかったらしいと、がっかりと肩を落とす。
ここにいないとなると、カモミールの姫はどこに行ってしまったのだろう。
エレノアはしょんぼりして立ち上がると、ヤマユリの王子に頭をさげて月の宮殿に戻ろうとする。だが、つん、と髪の毛が軽く引っ張られて、振り返れば、ヤマユリの王子が赤い顔でヤマユリを一輪差し出してきた。
「その、もしカモミールの姫が宮殿に戻ってきたらこれを渡していただけないでしょうか?」
エレノアはヤマユリを受け取って、小さく首をひねる。
「渡せばいいんですか?」
「はい。そこに気持ちは込めましたから」
ヤマユリの王子がはにかんだように微笑んだ、そのとき。
ばさばさと大きな音がして振り返ると、たくさんのカモミールがばらばらと目の前を舞い落ちて行き、その奥で大きな目をさらに大きく見開いたカモミールの姫が、瞳を潤ませながら飛んでいる。
「あ、カモミールのお姫様」
ようやく見つけられてエレノアがホッとしたのもつかの間、彼女は盛り上がった涙をぐっとドレスの袖で拭い去ると、
「だいっきらい!」
そう叫んで飛び去って行った。
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