3

 害はないと判断したのか、サーシャロッドはカモミールの好きにさせることにしたらしい。


 エレノアは最近、お菓子作りに続いて、リーファにレース編みを教えてもらった。


 午後のティータイムのあと、夕食まで、寝室のソファに座ってレースを編むのがここ数日の日課だ。


 編んでいるのはテーブルクロスだ。教えてもらったばかりで、まだ慣れていないから時間がかかるが、急いで作る必要がないため、ゆっくり丁寧に作業を進めている。


「そこ、目が飛んだわよ!」


 エレノアを観察すると宣ったカモミールの姫は、エレノアの肩の上でふんぞり返って、まるで小姑のようにエレノアの編み物をチェックしていた。


「ほんとだ。ありがとう」


 エレノアがおっとりとお礼を言えば、面白くなさそうにふんっと鼻を鳴らす。


 レースの糸は細くて、うっかりするとすぐに網目を飛ばしてしまう。カモミールは嫌がらせのつもりかもしれないが、エレノアにとっては、こうしてしっかり見ていてくれるのは助かっていた。しばらく編み進めたあとで気がついて、編んだものをほどいていくことになると、それなりにショックだからだ。


 カモミールの姫はしばらくそうやってエレノアのレース編みを凝視していたが、唐突に質問してきた。


「ねえ、あんたどうしてお兄様のお嫁さんになることになったの?」


 お兄様とはサーシャロッドのことらしい。本当の妹ではないが、いつの間にかそう呼ぶようになったから好きにさせているとサーシャロッドが言っていた。


 エレノアは編み棒をおいた。おしゃべりしながら編めるほど器用じゃないからだ。


「死のうとしたんですが、サーシャ様が助けてくれて……」


 答えながら、エレノアは考える、「どうして」と訊かれても、ここで目が覚めて、「妻」だとサーシャロッドに言われた。驚いたが、家族扱いをされていなくてもエレノアは公爵家の生まれだ。「結婚」は自分の意思でするものではなく、親や権力によって決められることだという貴族の常識を理解している。いや、むしろエレノアの場合、それ以外を理解していない。だから、自分でいいのかと驚いたが、自然とあっさり受け入れている自分がいた。


 サーシャロッドは優しいし、たくさん恥ずかしいことをされるけれど、そばにいると心がぽかぽかするから、彼の「妻」であることはとても嬉しい。


 でも、どうして、と訊ねられると困る。


 だが、エレノアが答えに窮している間に、カモミールの姫は自分勝手に解釈してしまった。


「そうなの。同情で妻にしてもらえたのね」


 そうなのだろうか。違うかもしれないし、違わないかもしれない。


「運がいいわね、あんたは。同情でもお兄様みたいなステキな人のお妃さまになれて」


 これには、エレノアもそう思うから頷く。誰からもいらないと言われたエレノアを、こうしてそばにおいてくれて、優しくしてくれる。サーシャロッドの妻にされてよかったと思う。


 エレノアはそれっきり黙り込んでしまったカモミールの姫に首を傾げた。


「どうしたの?」


 よくわからないが、元気がなさそうに見える。


 カモミールの姫はエレノアの肩から降りると、パタパタとはばたいて、テーブルの上にちょこんと座った。


 そして、エレノアをじっと見つめて、ぽつりとつぶやく。


「わたし、好きな人がいるの。でもあんたみたいに、運ではどうにもならなさそうだわ」


 ――だって、何度花で占っても、「きらい」で終わってしまうもの。


 カモミールはそして、淋しそうな顔で飛んで行ってしまった。

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