2

 エレノアはサーシャロッドと中庭にいた。


 月の宮殿の周りは年中ぽかぽかとすごしやすい気候で、日当たりのいい庭で日向ぼっこをするのは気持ちいいよと妖精たちに誘われたのだ。


 庭に生えているサクランボの木を背にして座ったエレノアの膝を枕に、サーシャロッドが寝そべっている。


 サーシャロッドの膝に抱きかかえられていることが多いエレノアだが、目下、「旦那様に尽くす」ということがどういうことかに頭を悩ませている彼女が、サーシャロッドに、「今日はわたしがサーシャ様をだっこします」と言ったのがきっかけだった。


 背の高いサーシャロッドをエレノアが膝に抱きかかえられるはずもなく、苦笑したサーシャロッドがエレノアの膝を借りて寝転んだのである。


 寝ころんだまま、ふにふにと太ももを触られるのがこそばゆい。以前よりも少しだけ肉付きがよくなったが、相変わらず細いので、寝心地は悪くないだろうかと不安になる。


 中庭で日向ぼっこをするからと、外でも食べられるように一口大のクッキーを焼いてきたが、それはすでに半分以上が妖精の胃袋の中に消えている。


「サーシャ様、クッキー、食べますか?」


 このままだと妖精たちが全部食べてしまいそうだと危惧したエレノアが訊ねると、サーシャロッドは寝そべったまま口を開けた。


「一つくれ」


 エレノアはクッキーをひとつサーシャロッドの口に運ぶ。


 彼がエレノアの指ごとクッキーを口に入れて、慌てて手を引こうとしたが、それより早く指をぺろりと舐められて、エレノアは真っ赤になった。


「お前は可愛いな」


 サーシャロッドが楽しそうに喉を鳴らして笑う。


 父にも婚約者だった王子にも可愛いと言われたことが一度もないエレノアは、「可愛い」と言われてどう返答すればいいのかがわからない。ただ赤い顔でうつむくしかできないエレノアを、たまらないというように、サーシャロッドが起き上がって抱きしめた。


 可愛い可愛いと頬ずりされて、あっという間にいつもの定位置――サーシャロッドの膝の上に抱き上げられる。


 そして、これまたいつものように、口にクッキーを運ばれていると、いきなりエレノアの目の前をすごい勢いで何かが通りすぎた。


 風を切って通りすぎた「何か」は空中で急ブレーキをかけたかのように停止すると、くるりと振り返る。


 ふんわりと波打つ白い髪が広がる。チューリップのようなドレスを着た、可愛らしい妖精だった。


 妖精はエレノアとサーシャロッドの顔を見て、ぷうっと頬を膨らませると、エレノアのすぐ目の前に飛んできた。


「あんたがお兄様のお妃さまなの!?」


 エレノアが目を白黒させていると、エレノアの唇にクッキーを押しつけながらサーシャロッドが答える。


「そうだ。私の妻だ。久しいな、カモミールの妖精姫」


「お久しぶりですわ、お兄様」


 カモミールの妖精姫はちょこんとお辞儀をして、それからじっとりとエレノアを見ながら、その周りをぐるぐると回りはじめた。時折匂いを嗅ぐようにくんくんと鼻を動かしている。


「たしかに、綺麗な魂をしているけど。顔はわたしの方が美人だわ!」


 彼女のいう通り、カモミールの姫はとても愛らしい容姿をしている。


 カモミールの姫は、エレノアの肩にとまって、ぷにぷにとその頬をつつく。


 困惑してエレノアがされるがままになっていると、見かねたようにサーシャロッドがカモミールの姫をつまみ上げた。


「それで、湖のほとりに住むお前が、どうしてここへ?」


「もちろん、お兄様の奥様にふさわしいかどうか、見に来たんですわ!」


「ふうん。それで、見てどうだった?」


「まだわかりません」


 カモミールの姫はサーシャロッドにつまみ上げられて、ぶらんとぶら下がったような体勢のまま、エレノアに指を突きつけた。


「だからしばらく、観察させていただきます!」


 鼻息荒く宣言するカモミールの姫に、周りにいた妖精たちは、よくわからない顔をしながら「よくわからないけど、えれのあがんばれー」と拍手をおくった。

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