カモミールの妖精姫来襲!

1

 月の宮殿から少し離れたところにある湖のそば。


 夜には銀色の月が湖に映り、湖の周りに咲く真っ白いカモミールの花が風に揺れる。


 ここは、カモミールの妖精たちが住む土地である。とくにカモミールから生まれたというわけではないのだが、この地に長く暮らしているため、自然とそう呼ばれるようになった。


「はああああ」


 満月が綺麗な夜のことだった。


 湖のほとりに座った、真っ白くふわふわと波打つ髪の愛らしいカモミールの妖精は、物憂げなため息をついていた。


 ぱっちりと大きな目に、ふっくらとした頬。チューリップのような形をしたドレスを着て、湖の方に投げ出した足をぷらぷらと揺らしている。


 彼女はカモミールの妖精たちの中でも、「姫様」と呼ばれている妖精だった。


 カモミールの妖精たちを束ねる長である妖精の娘だから、自然とそう呼ばれるようになったのである。


「ひめさまー、どうしたのー?」


「なにかなやみごとー?」


「はい、これあげるー」


 カモミールの姫の周りを、カモミールの妖精たちが取り囲み、手に持った花を次々と手渡していく。彼らはこれで、顔を曇らせている姫を慰めているつもりだ。


 カモミールの姫は、受け取った花の中から、一輪のカモミールを取ると、その花びらを一枚一枚ちぎりはじめた。


「すき、きらい、すき、きらい、すき……」


 一枚一枚ちぎりながら、「すき」と「きらい」を交互につぶやく。


 そして、最後の一枚を「きらい」で終えると、突然わっと泣き出した。


「たいへんー!」


「ひめさま、だいじょうぶー?」


「なんでないてるのー?」


「よしよししてあげる」


「なかないでー」


「かなしいのー?」


「そうだ! ひめさま、さーしゃさまのところに行ったらきっとうれしくるよ!」


「そうだね、さーしゃさまのおくがたさまのおかしはおいしいんだって!」


「ともだちがいってたね! とってもやさしいあじなんだって」


「ひめさま、さーしゃさまのおくがたさまのところに行こうよ!」


「そしておかしをたべるの!」


「きっとなみだもひっこんじゃうよ!」


「ほっぺがおちそうなんだって」


 行こう行こうと手を引っ張られて、カモミールの姫は顔をあげた。その大きな目は見開かれていて、涙は嘘のように引っ込んだ。


「……お兄様の、奥方様?」


 驚きに満ちた声で、そうつぶやく。


「そう、さーしゃさまのおくがたさま」


「さーしゃさまがつれてきたんだって」


「らぶらぶーなんだって」


「らぶらぶー」


「らーぶらぶー」


「きゃーっ」


 きゃいきゃいと騒ぐ妖精たちの言葉など耳に入らない様子で、カモミールの姫はふらりと立ち上がった。


「お兄様に……、お嫁さん?」


 その頬が、ぷうっと風船のように膨れ上がる。


 そして――


 ぶわっと突風が吹いたと思ったら。


「あれ? ひめさま?」


 カモミールの姫は、忽然と姿を消していた。

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