5

 さて、そのころ。


 エレノアの自室に向かわなかった妖精たちは、赤い大きな花の前に集まっていた。


 花はまるでラフレシアのように、中央に穴があいている。


 しかしラフレシアとは違い無臭で、また、虫をおびき寄せて食べるようなことはない。


 この花は妖精たちの移動手段に使われる花だった。


「よーし、いくぞー!」


 一人の妖精が号令をかけると、花の中央にあいた丸い穴に向かって、わらわらと妖精が突撃し、吸い込まれていく。


 そしてたどり着いたのは、サランシェス国のラマリエル公爵の邸。エレノアの生家だ。


「お父様ぁ! 殿下とダンスを踊るの! 新しいドレスがほしいわ」


 邸の中からは、甲高い女の声が響いている。エレノアの異母妹、シンシアだ。


 妖精たちは顔を見合わすと、わらわらと邸に向かって飛んでいく。


 妖精は人間界と月の宮を自由に行き来できるが、人間界では妖精の姿が見えるものはそうそういない。


 ましてや、妖精の姿が見えるものは、本当に心が綺麗なものだけだ。この邸で暮らしているものたちに中で彼らの姿が見えるものはいないだろう。


 妖精たちが向かうと、シンシアはリビングで両親と話していた。


 金髪に青い瞳をした、気の強そうな娘で、あまりエレノアとは似ていない。


 ドレスをねだれた父である公爵が、にこにこと微笑みながら「好きなものを買いなさい」と答えていた。


 シンシアは大喜びで母親の腕に抱きつく。


「ようやく邪魔なお姉様が消えてくれて、せいせいするわ!」


「そうねえ。あんな小汚い娘がどうして殿下の婚約者なのかと思っていたけど、晴れてあなたが選ばれて、本当によかったわ」


「陛下がなかなか頷いてくださらなかったのが予想外だったけど、どこを探したところでお姉様が出てくるはずもないもの。ふふ、今頃どうしているのかしらね、お姉様」


「とっくに野垂れ死んで、狼にでも食われているだろう」


「お父様、冷たいのねぇ」


 くすくすくすくす―――、リビングが笑いに包まれるのを見て、妖精たちがむーっと頬を膨らませた。


「あいつらきらい」


「うん、きらい」


「だいきらい」


「ゆるせなーい!」


「おしおきするのー!」


 妖精たちは互いに顔を見合わせて、「うん」と力強く頷くと、シンシアたちのもとに飛んでいく。


 そして、手始めに棚に並んでいる絵皿を次々に落として割っていった。


「きゃああああ―――!」


 突然、バタバタと飾ってあった絵皿が倒れて床に落ちて割れていくという不可思議な現象に、シンシアが悲鳴を上げた。


 妖精が三人がかりで、テーブルに置いてあったケーキを持ち上げると、「そーれ!」と掛け声をあげて、悲鳴を上げているシンシアの顔めがけて投げつける。


 べしゃっと顔の中央にケーキがヒットすれば、シンシアはパニックになって部屋の中を暴れまわった。


「いた、いたたたたっ」


 公爵の頭頂のあたりが若干薄くなった髪を容赦なく引っ張り、公爵夫人の耳にかじりつく。


 悲鳴を上げて公爵と公爵夫人が飛び上がれば、数人がかりで片足を引っ張って、二人を転ばせた。


 互いの頭をぶつけて転倒した公爵たちが起き上がる前に、テーブルの上にあった紅茶を二人の顔にぶちまける。


「あち―――!」


「いやあああ―――!」


 悲鳴をあげて二人が転げまわると、今度は花瓶をひっくり返して二人を水浸しにした。


 叫びながら部屋の中を駆け回っているシンシアの足元にリボンををピンと張って転ばせると、そのままリボンで両足を固く結んでしまう。


 起き上がれなくなったシンシアのおしりを、六人がかりでキッチンから運んできたフライパンで容赦なく叩いた。


「きゃああ!」


 阿鼻叫喚の絵図となったラマリエル公爵邸のリビングに、使用人たちが戦々恐々としながら手を取り合って怯えている。


「えれのあのかたきー」


「せいばい!」


「おもいしったかー」


「ばーっか!」


 妖精たちは口々に騒ぎ立て、リビングの中をぐちゃぐちゃに壊して回ると、すっきりした顔で庭に戻っていく。


 ラフレシアのような大きな花を通って月の宮に戻って来た妖精たちは、待っていた妖精たちに向かって親指を立てると、すがすがしい気持ちでエレノアにもらったホットケーキを食べたのだった。

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