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 ――お前のような娘なんて、クライヴ殿下の婚約者でなければとっとと捨ててしまうのに。


 物心つく頃から、エレノアはそう言われて育った。


 鉄さび色と蔑まれる赤みがかった金髪に、頼りなさそうな水色の瞳。容姿は十人並みで、美しい義母は「不細工」と蔑んだ。


 城に行くときだけはドレスが与えられるが、普段はぼろぼろになった使用人のお古が与えられて、部屋は天井の低い屋根裏部屋。


 家族と一緒に食事を取ることは許されていなかったから、いつも邸の使用人にパンをもらって食べていた。


 おかげで十八歳だというのに、年頃の娘のようにふっくらとしていない。ガリガリにやせ細った体はみすぼらしく、城に花嫁修業に行くようになってからは、クライヴはエレノアが隣を歩くことを許さなかった。


 だが、エレノアは「王子の言うことにすべて従え。王子が死ねと言ったら死ね」と父から教育を受けていたので、クライヴにどんな仕打ちをされようと黙って受け入れた。


 クライヴは暴力こそ振るわなかったが、いつもエレノアのことを「くず」だの「のろま」だのと蔑んだが、エレノアにとって侮蔑や嘲笑は日常だったので、ただ頭をさげて「申し訳ございません」とその言葉を受け入れた。


 ただ、「クライヴの婚約者」という身分だけがエレノアにとって生きる価値だった。


 義母が言った通り、エレノアは王子の婚約者でなければ、とっくに捨てられてもおかしくない存在だったからだ。


 だから、精いっぱい花嫁修業をがんばって、クライヴの役に立てるようになろうと心に誓っていたのだが。


(……そうよね。わたしみたいなのが今まで殿下の婚約者だったことの方が、おかしいんだわ)


 ガタガタと揺れる馬車の中で、エレノアはぼんやりと考える。


 誰からも必要とされていなくて、誰からも愛されないエレノアが、誰よりも尊いクライヴの妃になれるはずなんてなかったのだ。


 馬車が止まると、乱暴に扉があけられて、引きずるように馬車から下ろされた。


 エレノアを下ろすと、馬車はすぐに来た道を引き返していく。


 エレノアはぼんやりとたたずんで、あたりをゆっくりを見渡した。


 どこだかわからない山の中だ。ここまではかろうじて馬車が通れるような砂利道が続いていたが、この奥は背の高い木々が生い茂っていて、道などどこにもない。


 エレノアは自分の格好を見下ろす。ぼろぼろの使用人のお仕着せ。荷物はない。食べるものもない。ここがどこなのかもわからない。


 上を見上げれば、まだ日は高かったが、やがて日も落ちるだろう。


 エレノアは小さく息をついて、見る限り道の無さそうな山の方へ足を向けた。


 教えられなくてもわかっている。不要となったエレノアは、捨てられたのだ。


 それは、エレノアがクライヴに婚約破棄を告げられた、翌日のことだった。

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