第6話 邂逅
「テメェ、次同じことやったら去勢するからな」
俺は、眉をしかめて、横を歩くザナークにくぎを刺す。
あの後、俺がどんだけ、謝る羽目になったか......最終的に許してもらえたからよかったものの。
しかし、俺の脅しに、ザナークは全く悪びれることなく、
『仕方あるまい。頭では分かっていても本能的な衝動に逆らえなかったのだから』
「犬に生まれてよかったな、人間だったら即豚箱行きだぜ」
冷淡な声で返答しつつ、もう今日中にリードを購入することを固く決意する。
『......ムッ!』
ほどなくして、ザナークがピタリと足を止めた。
既視感のある光景に、反応する気も失せかけてはいたが、仕方なく問う。
「どうした? また、マーキングでもするのか?」
『違う! 空を見ろ!』
言われて俺は、空を見上げた。
思わず自分の目を疑う。
空がなにかに引き込まれていた。
地面に垂直の向きに広げたハンカチの中央をつまんで、引っ張り、それを裏側から見たような光景が、宙にある。
空──────というより空間が歪んでいるのだろうか。
「な......!? どうなってんだ!? あの空?」
声を上げたのもつかの間、変化は起きた。
突如として、引き込みが強まったかと思うと、今度は反対に急激に膨張を始め、大きな光の束が空間を突き破って現れた。
「うおっ!?」
眩しさに目を細め、俺は両腕を顔の前に掲げる。
光の束は、すぐに消え去り、空にはぽっかりと空いた大きな黒穴だけが残された。
そして、穴の中から、大勢の何かが出てくる。
最初は、それらがなんなのか分からなかった。
背中に緑色の羽を持つ人型の獣や前足と一体化した大きな翼を持つ翼竜。
この世界の法則からあまりに外れた造形、たちの悪いハリボテにしかみえない姿ではあったものの、それにしては、それらはあまりにも生き生きと空を飛んでおり、まぎれもなく血が通った生物だという証拠を突き付けられたような気がした。
ふと、俺はその中に1人、人間に近い容姿をしているものを見つける。
人間に近いと言ってもあくまで、他のものに比べればといったところだ。宙を飛ぶ怪物たちの中でも一際大きな翼竜の背中に仁王立ちで立っており、腰ほどまである髪は毒々しい柴色とよもぎ色。薄紅がかった前腕の外側からは、鎌のように婉曲した鋭い銀色の刀身が延びている。
「なんだ、アイツ......? 人間か?」
顔や体つきを見る限り、性別はおそらく男だろうが......
『お、お前は、シザム!』
目を細めて、男を観察していると、ザナークが、驚いた様子でテレパシーを発した。
男は、こちらに気づくと、どうやって指示をしているのかはわからなかったが、翼竜を降下させた。そして、十数メートル上空から驚愕の表情と共に声を上げる。
「ま、まさか、あなたはザナーク様!? 驚いた。この次元からあなたの魔力を感じたので、来てみれば、まさかそんなお姿になられているとは!」
「知り合いか?」
俺はザナークに尋ねる。
男の発する言葉は明らかに日本語ではなかったが、なぜだか意味は理解できた。あれもテレパシーの一種なのだろうか?
『ああ。アイツはシザムと言ってな。大魔王時代、私の腹心だった大魔王四天王の一角を務めていた男だ』
四天王......確か静の話に少しだけ出ていたな。
俺は顎に手を当て、再び上空を見上げる。
ということは、アイツら全員、魔族なのだろうか? 信じてなかったわけじゃないが、ホントにあるのか異世界......
『お前はアリシアに倒されたと聞いていたのだが、生きていたのだな』
「ええ。とはいえ、私もかなりの深手を負い。回復を待っている間に、ザナーク様も討たれてしまいましたが。肝心な時にお側にいられず申し訳ありません」
そう言ってシザムは、深々と頭を下げた。
しかし、ザナークはかぶりを振り、
『もう済んだことだ。それより今、魔界はどうなっている?』
「どうもこうも。衰退の一途ですよ。ザナーク様や、私以外の四天王が勇者アリシアによって討たれたことで、わが軍の戦力は激減。他の世界を侵略することで、豊かさを保ってきた我ら魔族にとって戦力の低下はそのまま国力の低下を意味します。私も代理の長として、努力はしていますが、未だ現状を脱する見通しは立っていません」
同じように首を振りながら、シザムは肩をすくめて、お手上げといったポーズを取る。
というか、こいつらやってることが完全に戦闘民族なんだが、このまま衰退して滅んでくれた方が世のためなんじゃないのか?
いまいち現実感に欠ける2人の会話を聞きながら、そんなことを考えていると────────────
『そうか、それは苦労をかけたな。とりあえず、まずは私を魔界に連れて帰ってくれ。魔界に戻ることができれば転生により失った魔力を取り戻す方法も見つかるかもしれん』
「お、おい! 勝手に決めんなよ!」
流石に無視できないザナークの言葉に、俺は慌てて会話に割って入った。
静からは、ひとまずザナークを預かっておいてくれとしか言われていないし、どう見ても人外の集団である魔族に逆らってまで、ザナークを引き留める義理は無いかもしれないが、一応、ザナークが妙な気を起こさない様、見張っておくために、わざわざペットショップから連れ出したんだ。黙ってみているわけにもいかない。
しかしシザムは、そもそもとして、俺を認識していないんじゃないかと思うほど、僅かな反応も示さず、ザナークに一礼し──────
「承知致しました。ですが、ザナーク様、その前に私の願いを聞いてくれないでしょうか?」
『願い?』
ザナークが、訝し気な声を上げる。
「はい」
シザムは、笑顔でコクリと頷いた。
そして、前腕から伸びる刀身を見せつけるかの様に、顔の前に左腕を掲げて言う。
「死んでください、ザナーク様」
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