第4話 再開

「ここか......」


 俺たちは、ある一軒の建物の前に立っていた。

 鼻孔に流れ込んでくる野生の匂い。中にいるのは数十にも及ぶ人ならざるものたち。


「......ペットショップだな」

「......ペットショップね」


 なんとも言えない微妙な表情で、俺たちはファンシーな様相の建物を見上げていた。

 静が言うには、確かにこの店から大魔王の魔力を感じるらしいのだが。


「と、とりあえず入ってみるか......」


 いつまでもそうしているわけにもいかず、俺たちは自動ドアを通り抜け、店の中へと入った。

 扉一枚を超えるとペットショップ特有の獣臭がより一層濃くなった。


「いらっしゃいませー!」


 入り口近くのカウンターに立っていた店員が笑顔で挨拶してくる。

 定員は二十代前半の女性で、この店の制服らしきエプロンを身に着けていた。

 店員に気づかれないよう、声をひそめて俺はアイシャに尋ねる。


「あれが、大魔王なのか?」

「いや、あの人から魔力は感じない。ただの人間よ」


 ひとまず、店の中を見て回ることにした。

 外から見た限り、この店は2階建てで、1階は全て売り場、2階に続く階段は立ち入り禁止になっていた。おそらく2階は、店員が動物たちの世話をする場所や休憩スペースになっているのだろう。

 店内は、動物だけでなく、魚や昆虫も展示されており、ペットショップとしては、それなりの規模であった。


「他に店員は、見当たらないな。2階にいるのか?」


 俺は店内を見渡して言った。

 どうやら1階にいるのは、カウンターにいる女性店員1人だけらしい。

 それにしても、本当にこんなところに大魔王がいるのだろうか?

 そんなことを考えていると不意に声が聞こえた。


『フフ......やはり来たか。待っていたぞ──────』 


 聞こえた──────というのには語弊があるかもしれない。

 その声は、耳からではなく、直接頭の中に流れ込んできているようだった。


「な、なんだ!? 頭の中から声が! き、気持ちわりぃ!」


 俺は頭を抱えて叫ぶ。

 反対に静は顔を険しくし、 


「これは、テレパシー! そこね! 大魔王ザナーク!」


 店の奥にいるものを睨みつけた。


『ククク......久しぶりだな、勇者アリシアよ。いや、もうアリシアではないか......』


 そこにいたのは、鋭い牙を持つもの。漆黒の体毛が全身を覆い、四肢からは細長いかぎ爪が姿を覗かせている。胴体と対象的に白い毛が伸びる頭部に付いているのは、愛くるしい小さな耳と大きな目。

 

「......チワワだな」

「......チワワね」


 俺たちは、冷え切った眼で、目の前のケージの中にいるチワワを見つめていた。

 ケージに付いている白いプラスティック製の名札には”チワワブラック&タン”と書かれている。

 チワワも同じようにこちらをまっすぐ向き、まるで笑っているかのように頬の半分ほどもある顎を歪ませていた。

 どうやら、コイツが大魔王ザナークらしい。 

 

「てか、なんでチワワ?」

「おそらく、魂のレベルを下げられたのね」

「魂のレベル?」

「ええ。輪廻転生ってあるでしょ? 生前に徳を積めば、人間として生まれ変われるけど、罪を犯したものは動物や虫に転生することになる......」

「それで、犬畜生ってわけか。今までの話で、これが一番説得力があるのが恐ろしいな。色んな意味で」


 俺は両腕を組んで、そう独り言ちた。

 再び、頭の中に声が響く。


『どうやら、そっちも記憶は戻っている様だな。私がこの店に輸送されたのは、一週間ほど前だが、その時に互いの潜在魔力を感知したことで、前世との繋がりが戻ったか。それよりどうだ? アリシアよ。お互いこうして生まれ変わったことだし、前世のことは全て水に流して、私をこの店から出してくれないか? ここは勝手に食事も出てくるし、ただ生きるだけならいい環境ではあるのだが、こう一日中檻の中に拘束されては退屈で仕方がない』

「冗談......と言いたいところだけど、いいわよ」

「え!? オイオイ、大丈夫なのか、そんなことして?」

「魔族だった時と比べて、かなり落ちてはいるけど、多少は魔力を引き継いでいるみたいだし、変な企みを起こさないよう、うちにおいて監視しておかないと」


 静はそう言うと、この店で一番安いドッグフードとエサ用の皿、持ち運び用のケージを選び、カウンターへと持っていった。そして、店員にザナーク(チワワブラック&タン)の購入の意を伝える。

 店員は、静の購入したケージにザナークを移してカウンターまで運ぶと、レジを打ち、笑顔で言った。


「ありがとうございました、お会計、18万6580円になります」


 ピキッ。

 その瞬間、静の体が硬直した。

 壊れたおもちゃのようにギリギリとこちらに首を動かし、消え入るような声で言う。


「達也......お金持ってる?」

「現金はないが、クレジットカードなら......」


 俺はポケットの財布に手を触れた。

 そうだよな。ペット用の犬種って高いよな。

 ちゃんとした世話用の道具一式揃えようとしたらもっとかかるだろうし......まぁ、今日は徒歩で来てるから、帰りのことを考えると、これ以上荷物は増やせないが.......

 ──────と、そこで俺も静と同様に動きを止めた。


「なぁ静.......お前確かウチの大学の寮に住んでたよな?」

「ええ。そうだけど......」


 静は、なぜ俺がそんなことを聞くのか、分かっていないようだった。

 肩を落とし、半目になって俺はボソリと呟く。


「......ウチの寮、ペット禁止だぞ」

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