2章:成り上がりはチェスのように

Part24:好意が伴わなければハーレムじゃない


◆◆◆◆◆


異世界フェルナディアに転移して、早くも3週間が過ぎた。

フェルナディアの一日の長さは地球と変わらない。

1日は24時間だし、週は7日だし。

いきなり生活リズムが変わるということがなかったけど、日常は劇的に変化したわけだ。


様々な種族が暮らす、剣と魔法のファンタジー世界。

元『魔王』の血縁者が治める、王国の辺境ソニックス領の領主館。


そこで暮らす日本人5名。

僕たちは領主代行マリオン様に協力し、それぞれのやり方で御家再興を手伝いながら暮らしている。


徐々にこっちでの暮らしに慣れ始めたところだが、先週はさっそく大きなトラブルがあった。

お隣のグンバルッパ家の陰謀で、ソニックス領の内外で人攫いが横行していた状況。

いくつもの偶然と、いくらかの協力者のおかげで、街に潜む誘拐犯を一網打尽にするという大捕り物が行われたのだ。


肝心の誘拐犯の首魁と思われる人物には逃げられてしまったが、攫われていた人物の中に思わぬ人物がいた。

もうひとつのお隣さん、ドストール伯爵家の令嬢・ペシュ嬢。

彼女を救出したことで、常に冷遇されるソニックス家も少しは風向きが変わるかと思われた。


その肝心のペシュ嬢だが……



「うーん……」



彼女は今、僕の目の前で唸っている。


テーブルで対面する僕と彼女の前に置かれているのは、白黒で彩られた盤面と、様々な形の駒。

白陣営を指揮するペシュ嬢側は駒数が減り、劣勢になっているのは明らかだ。


彼女が一手動かす。

だが、それで勝負は決した。


「チェックです」

「……参りました」


僕の軍勢が彼女を追い込んだ。

もはや逃れられない。


憂いを帯びた表情でうなだれるペシュ嬢はおとなしく降伏した。

恭しく礼をしたペシュ嬢だが、前かがみになるとそれだけで彼女の大きな胸が強調されてしまう。

まったく、発育の暴力というのはこちらでも発生するものらしい。

悲しいかな、男というものは女性の特定の部分については、無意識でも目がいってしまうものなのである。

いかんいかん、あんまり見るのは失礼だ。


「あーん、ペシュ様もやられちゃったぁ~」

「リオン様、容赦ないよ~」


ソニックス家長女・リジー様は、横でずっと応援していたペシュ嬢が負けたことで悔しがる。

メイド妖精のキルビーも、リジー様に同調するように悔しがる。


「わたくしもまだまだですね……軍家の娘として戦術では負けたくなかったのですが」

「お嬢様、おいたわしや……」


ペシュ嬢の付き人であるメイドのノキアさんもヨヨヨと泣き出している。

あれー、普通に負けただけなのにそこまでするー?


「女の子を5人抜き……さすがだね、理音」

「なぜにわざわざいかがわしい言い方をするのかね、藍くん」


僕と同じ日本組の無表情系女子・藍はジト目で僕の方を見る。

変な言い方をしないでもらいたい、リジー様の教育に悪いよ。

沙紀さんが聞いてたら問答無用で睨まれるよ、僕が。


なんでだろう、勝ったはずの僕がいたたまれない気持ちになるのは。

美女・美少女達に囲まれてのゲームという、男としては大変に美味しい状況であるはずなのに、居心地が悪いのはなぜなんでしょうか。



◆◆◆◆◆


僕が地球から持ち込んだポータブルボードゲームセット。

その中から、本日の遊具に選ばれているのは、『チェス』だ。

ご存知、地球の4大ボードゲームに数えられるゲームの1つ。

知名度は抜群、世界で最もプレイヤーの多いボードゲームと言えるだろう。


僕はよく、夕食後にリジー様にせがまれてオセロで対決してきたのだが、分が悪いと踏んだ彼女は別のボードゲームにも興味を持つようになってきた。

そんなリジー様がここ数日でハマり出したのがこのチェスだ。

どうも、僕はチェスが大して強くないというのを沙紀さん辺りから聞き出したらしい。


時間を見つけては僕にチェスで勝負を挑んでくるようになったリジー様。

その様子を興味深そうに見ていたのが、ペシュ嬢だった。


先日の事件後、とある事情からドストール家に戻らず、ソニックス家に滞在している彼女。

格上である伯爵家令嬢の、突然のソニックス家滞在が決まり、領主館は慌しく準備に追われることになった。

いくらマリオン様とリジー様が顔見知りとはいえ、いきなり他所の家に滞在することになり、ペシュ嬢の方も気を揉んでいたことだろう。

娯楽の少ないこの世界、いきなりの他領生活はストレスが溜まるはずだ。


そんなペシュ嬢の様子に気付いたリジー様は、僕との遊戯磐ゲームに彼女を誘うようになったのだ。


そんなわけでここ数日、僕はリジー様やペシュ嬢、付き人のノキアさんと話すことが多くなった。

おっとりしてるものの気さくなペシュ嬢は、僕とも普通に話してくれている。


ただ、さすがに伯爵令嬢ともなると、万が一粗相をしては大問題だ。

僕は上流階級のマナーなんてわきまえてないし、ペシュ嬢の方は気にしないと言っていただけているが、やはりペシュ嬢達と話す時はいくばくか緊張する。

気をつけないと、僕の方がストレスで倒れかねない。


加えて、何故か沙紀さんが、僕を女の子と二人っきりにしないよう領主館内で厳命した。

まぁ、こないだ夜にリジー様と2人で夜更かししてオセロをやってたことがあったからな。

あんまり僕と戯れるとリジー様の教育に悪そうだっていう自覚はある。


ただ、付き人をキルビーにしてるのは何か間違ってる気がする。

基本的にノリがいいメイド妖精は、むしろリジー様と一緒になって遊んだりするからな。

2人セットで僕に無茶振りしてくることもあるくらいだし。


せめてもの清涼剤として、オタク仲間の藍に協力してもらうことも増えたが、彼女も彼女で悪ノリが好きだからな…

話しやすいのはありがたいが、たまに逆効果で余計に僕の立場がなくなる事がある。

今まさに、キルビー、藍、リジー様、ノキアさん、ペシュ嬢と5人連続で勝負したのだが、その結果がこのいたたまれなさである。

おかしいな、いつも通り真剣にゲームしているだけのはずなんだが。


「おー、やってるねー」

「ナミ~!リオンが手加減してくれない~!」


美女追加入りました~。

日本組の料理番長、今や完全にこの領主館の厨房を掌握した奈美がやってきた。

彼女の手のトレイには、美味しそうなパンケーキが乗っている。

そういえばもうすぐ3時か。

この領主館ではお楽しみのおやつ時間だ。


この家の伝統というか、領主夫人が始めた制度らしく、昼食とはまた別でひと休みの時間が設けられている。

働いている人たちを労って、お菓子と飲み物が用意されるのだ。

ありがたいねー。日本のオフィスもこの辺はもう少し見習ってほしい。

コーヒーが無いので、周あたりは残念がってるが。


「あらら、相変わらずだね~。じゃ、理音はお菓子抜きで」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「にゃはは、冗談だってば。リジー様達のお相手してくれてありがとね」


全く、心臓に悪い。

糖分を取り上げるとか拷問ですか。

味方にそんなことされたらさすがの僕も病むぞ、多分。


「わぁぁ…とても美味しそうです!」

「今日は自信作だよ~。ベリーを思いっきり使えたからね~!お好みでどうぞー!」


ペシュ嬢が目を輝かせているのも無理はない。

チェス盤を片付けたテーブルの上に並べられたのは、一皿に3枚重ねのパンケーキ。

クリームとハニーシロップ、ベリーで作ったソースが添えられている。

渋谷で女子大生とかが行きそうなお店のパンケーキみたい。よく知らないけど。

……彼女、本当に洋食屋だっけ?

洋菓子店の間違いじゃない?


「また大それたものを作ったな」

「にゃはは。ペシュちゃん達がいるので大盤振る舞いでーす!」

「そんな…!そのような特別扱いなどなさらずとも!」

「いやー、実は今回はマリオン様からの要望でさ。ペシュちゃんが甘い物好きって聞いてたからね。

幸せのパンケーキ!あたしも久々に全力でお菓子作り出来て満足だよ~。

あ、ちゃんと食材の管理はしてるからね。周が」

「周が、かよ」


美味しい料理には美味しい食材が欠かせない。

奈美が厨房を握ったことで料理が充実したのだが、その代わり領主館は食材の費用が爆発的に増えたのだった。

既に館内で支持を得ている料理がいきなりグレードダウンしたら、従士の面々も不満が爆発するだろう。

最近の奈美は周らと共に、食堂のメニューと食費の折り合いについて打ち合わせてるようだった。

財務組がきちんと管理してるはずなので、食材がいきなり無くなるとかはないだろうけど。


「はぅ~~幸せ!」


一口食べるだけで、リジー様はこの通り。

満面の笑顔、というかもはや顔がとろけていると言っていい。

幸せそうにパンケーキを頬張る。


「本当に。とても甘くて美味しいです、ナミ様」

「いやーよかった!前のパウンドケーキと違って、今回は甘々だからね~」

「クリームもふわふわです~。はぁぁ~、こんな技術を持ってるなんて羨ましいですわ」

「ハチミツこんなに使うなんて贅沢~♪」


テーブルはあっという間に騒がしくなる。

伯爵令嬢のペシュ嬢も、堅物そうなメイドのノキアさんも、お気楽メイド妖精のキルビーも、奈美の菓子の前ではただのスイーツ女子と化す。


「さす奈美」

「女子は甘味と猫には勝てませんから」


偏見だとは思うが、甘い物と可愛いものには男子だって絶対勝てないよね?

もう、奈美を放り込んでおけば大概の問題は解決するんじゃないかなって気さえする。

まぁ、そういうわけにもいかないのが世の常なんだけど。


「ふぅ……満足。御馳走様でした、奈美」

「お粗末様ー。で、理音はこのあとも部屋?」

「ええ。外出できない以上は、出来ることだけでもまとめておこうかと」


まさか流行り病があるわけでもないのに、外出自粛することになるとは。


というのも、先日は従士達が誘拐犯を捕まえに行った矢先に、別行動していた藍が攫われたのだ。

改めてソニックス領は治安が悪い状態なのだと思い知った。


僕らは一応、この家では客人扱いである。

加えて、段々とこの家に影響を及ぼしている人間になりつつある。

料理でみんなを虜にする奈美しかり、商会のトップとも話せる周しかり。

そもそも、ソニックス家の婦人が『魔王の血族』であるという機密も知ってしまった。


今後またよからぬ輩が現れたとき、ソニックス家だけでなく僕らにちょっかいを掛けてくる可能性は十分あるのだ。


ひとまず今回の誘拐事件の事後処理が終わるまでは、領主館から出ないようマリオン様に要請されることになった。

まだ彼らの一味が潜伏しているかもしれないから、領内を改めて調査しないといけない。

それに、助け出した人々を無事に家へ送り届けないといけない。

攫われた被害者には領外の人もいるから、対外交渉はしっかりと進めないといけなかった。


なんせ、魔族と言えばソニックス領みたいなイメージがついてるみたいだからな。

送り届けた矢先で、実は攫ったんだろとか言い掛かりをつけて斬りつけられてはたまらない。

だがそれが十分に起こり得るのが実情だ。


そこはペシュ嬢がドストール家の名前を使わせてくれたようで、ソニックス家・ドストール家の連盟で、攫われた人たちの保護と、誘拐犯の追跡を行うことになった。

もちろん、グンバルッパ家の追及もね。


というわけで、従士の皆さんは非常に慌ただしく領内外を駆けまわる日々を送っているので、僕らの護衛に割く戦力が残っていないというわけだ。

ここ数日、僕らはみんな領主館に残ってのんびりしつつ、それぞれに出来ることをしていた。



僕の場合は、これまで行った取材で聞いた話をまとめていた。


ソニックス家の名誉回復、魔族の悪いイメージを覆す。

そのためにやろうとしているのが、物語を書いて本を出すこと。

領主夫妻の『魔王』討伐までの冒険活劇を描く本だ。


どうも『魔王』関連のことは、民間には知られていないようなのだ。

魔族の恐怖に対して敏感になっているといえばそれまでだが、その結果ソニックス家が抱えてる事情が知られていない。

公表するにしても、それで市民感情を悪化させては意味がない。


そこでまずは、冒険物語を書いて感触を得てみようと思ったのだ。

面白おかしく書きつつも、内容は出来るだけ事実に即して書く。

英雄達の活躍や『魔王』の恐怖はもちろんのこと、やむを得ず『魔王』側についた魔族のことも。

そして、『魔王』討伐後には魔族が密かに手助けしてくれていることも。

そうすることで魔族に対するイメージが変わるきっかけになればいいなと思ったのだ。


うまくいけば、この物語は実は事実に基づいたものだったと後から公表してもいいし。

うまくいかなきゃ、下手な作家が適当に書いて恥かいたと罵られるだけで終わるし。


とはいえ、やるからにはちゃんと成功させたい。

そのためには出来るだけ正確な資料が必要だ。

しかし、『魔王』討伐に関する記録は、ソニックス家には僅かしか残されていない。

ソニックス家の興りからの記録はあるが、それ以前のことに関する資料がないのだ。

まぁ、『魔王の娘』が領主夫人だというのはトップシークレットらしいからな。


王家とかに行けばまた違うんだろうが、とにかく手元にない以上は手近なところから聞くしかない。

クラウディスさんをはじめとする古株の従士達や、パックルさんとヨスターさんのように『魔王』討伐に関わった人達。

彼らに取材して、領主夫妻の冒険の足跡を辿っていたのだ。


本当は、魔法ギルドのロクマさんや、魔工ギルドにいる魔族にも話を聞きに行く予定だったのだが…

誘拐事件の事後処理で、延期になってしまっている。


「魔法のことも、もう少し詳しく聞けるといいんですけどね」

「ね。私らも使ってみたいし」


人間にも魔法を使える者がいることは聞いている。

クラウディスさんとか、身体強化魔法とか他にも色々使えるらしい。


もし可能ならば、僕らでも魔法が扱えるようにならないだろうか。

やっぱり、ファンタジー世界に来たのなら使ってみたいし。


「理音なら、やっぱり惚れ薬でも作る?」

「なんでそう思った?」

「ここで使えば、ハーレム確定。美少女みんな君の物」

「だからなぜそういう方向に持っていこうとする」


藍ちゃん、女子が集まっている中でそういうこと言うんじゃありません。

ほら、ペシュ嬢とノキアさんが怪訝な目でこっち見てるじゃないですか。


「リオン様って、そういう人なのですか…?」

「リオンは女好きだってサキが言ってたよー?」

「リジー様まで、人をケダモノか何かみたいに言わないでください」

「ナミ様、リオン様はああ言っていますがいかがでございますか?」

「んー、敵対するなら女も平気で泣かせるって感じかな?」

「奈美ー、その言い方はひどくないですかー?」

「日頃の行い。イメージって大事」


僕、そんなに女泣かせてるイメージ付いてるの?

異世界こっち来てからはネスティさんしか泣かせてないはずだけど。

むしろ女泣かせなのは周の方だと思ってたんだけど。


魔族よりも、僕自身のイメージを覆す方が大変な気がしてきました。

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娯楽は異世界を救う? 田戸崎 エミリオ @emilioFL

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