Part23:御家再興はオセロの如く


◆◆◆◆◆


「皆様、この度は本当にありがとうございました」


ペシュ・トーア・ドストールお嬢様は、深々と頭を下げて礼を言った。


あの後、捕まえた誘拐犯達を駆け付けた従士達に任せ、僕らは館に戻ってきた。

この際、お隣の伯爵令嬢であるペシュ様と、その付き人であるメイドのノキアさんも一緒に連れてきたのだ。


他の被害者達は、従士達が手配してすぐに家族の元に送り返すことになっている。

余所の領の人もいるので、ひとまず宿屋を避難所として貸し切っているはずだ。

従士達が交代で見張るので、これ以上攫われる心配もないだろう。


しかし、被害者の中で特に大物だったのがペシュ嬢たちだ。

さすがに彼女らは丁重に扱うことが求められたので、こうして領主館へ招いたというわけだ。


最初は『魔王の血族』であるマリオン様について怯えていた様子だった彼女も、周や奈美と話しているうちに落ち着いたようだ。

倉庫内で命懸けで助けてくれた周がいたことによる安心感もあるだろうし、すっかり奈美のサンドイッチにハマった様子だったしな。

やれやれ、相変わらず人心掌握が上手い二人である。


「マリオン様、貴方にもとんだ失礼を」

「いえ。こうして変わらず接していただき、ありがとうございます」


落ち着きを取り戻したペシュ嬢は、マリオン様らとも普通に話せるようになっていた。

元々、社交界で交流があったらしく、歳も近いうえにお隣同士なのでそこそこ仲が良かったそうだ。

魔族と言われて動揺していたものの、話をするうちに警戒心も解けたようだ。


彼女たちを保護できたのは非常に大きかった。

ハブロにも確認を取ったが、西通りにある倉庫のことはハブロたちは知らなかった。

つまり、下っ端には知られてない誘拐犯の本拠があの倉庫だったと思われる。

誘拐犯の中でも上位の組織だけが関わっていたのが、ペシュ嬢の誘拐だったようだ。


あのケイルーという男が、今回の誘拐の首謀者だろう。

白昼堂々と伯爵令嬢を誘拐する当たり、随分と大胆かつ危険な奴のようだ。



ペシュ嬢達曰く、ソニックス家は既に魔族に支配されているという噂を聞かされたという。

ペシュ自身はそれを信じることが出来ず確かめようとしていた。

そんな中、もう一つの伯爵家である南東のリンクス家に行く用事が出来た。


ドストール領からリンクス領へ行くには、鉱山のある東の山脈をぐるりと迂回しないといけない。

それよりはソニックス領を通過した方が早いため、若干の不安を感じつつもソニックス領を通ることにした。


この時、グンバルッパ家が護衛を名乗り出たのだ。

魔族に襲われては危険だからと、信頼する傭兵団を派遣したのだ。

どういうわけか、ペシュの護衛にドストール家の従士はあまり人数を割けないらしい。

結局、メイドのノキアさんだけを連れて傭兵団に守られながら出発。


魔族がいると思われる町には寄らず、領の端を通って最短ルートでソニックス領を抜ける旅路のはずだった。

しかしその途中、顔に紋章をつけた大男率いる賊が襲ってきた。

まぁ、つまりラプトとかいうあの男だ。


彼が馬車を素手で壊すのを目の当たりにした傭兵団は、散り散りに逃げてしまった。

そのままペシュ嬢とノキアさんは、賊たちに捕らえられた。

その後、あのケイルーという男が馬車に乗って現れ、あの倉庫に連れられ閉じ込められたということだ。


「んー、傭兵って、そんなに根性なしなの?」


奈美がぽかんとしている。

確かに、助っ人に入ったのにあっという間に逃げ出すとか、根性なしと言われても仕方ない。

いくら命あっての物種だとしてもだ。


だが、グンバルッパ家とケイルーという男が手を組んでるとしたらどうだろう?

まったく違った意味になるんじゃないか?


「恐らく、傭兵団はグンバルッパ家にこう指示されてたんでしょうね。

あのラプト達に襲われたら、お嬢様たちを見捨てて逃げろと」

「なんでまた?」

「そうなれば、お嬢様たちはソニックス領にあるアジトに連れてこられますよね」

「実際、あの倉庫にいたもんな」

「もし、あのままお嬢様が行方不明になったとしたらどうなったでしょう?

間違いなく、ソニックス領は周辺諸侯から非難の的です。

『ペシュ嬢が魔族に攫われた、ソニックス領内でだ!』そんな風に言われたことでしょう。

こうなると、ソニックス家の求心力は大きく落ちてしまいます」

「だろうな……」


周も頷く。

王国民の魔族に対する恐怖心というものの大きさは、今回のことで分かってきた。

もし魔族の噂が広まれば、あっという間に周辺諸侯から目の敵にされるだろう。


「さらに、ここでペシュお嬢様が、グンバルッパ家に救出された、となったらどうなったでしょう?」

「おいおい、まさか」

「そのまさかでしょうね。自分達の雇った傭兵団と誘拐犯でお嬢様を攫い、その後自分の子飼いの従士達で救出する。

まぁ、あの倉庫に乗り込んで適当に演技して引き渡せばいいでしょうね。

そうすれば、『ソニックス領に蔓延る魔族から、伯爵令嬢を救ったグンバルッパ軍』という構図の出来上がりです。」

「マッチポンプじゃねぇか!」

「たぶん、お嬢様も何も知らないままグンバルッパ家に連れてかれていれば、ソニックス領が魔族に支配されてると信じたでしょうね」

「はい……お恥ずかしながら、そうなっていたと思います」


実際、あの倉庫の戦いでグンバルッパ家のナイフを使ってる奴がいたからな。

もしかしたら、そろそろ引き渡そうとしていたタイミングだったのかもしれない。

ソニックス領内で随分好き勝手やってるもんだ。

用意周到なのか、それとも大胆なのか。


「冒険者の流入もありますし、比較的入り込むのが容易なソニックス領だからこその手ですね。

もしこの策がうまくいってたら、何も知らぬうちにこの家が人類の敵認定されるところだったでしょう。

そして、この家はまるごとグンバルッパ家に取り込まれる、と。

そういうシナリオだったんだと思います」

「随分と姑息だね」


まったくです、藍。

こんな策、うまくいくとは正直思えないんだけど。


「けど、何でグンバルッパ家ってこんなにちょっかい掛けてくるの?」

「確かに……そんなに魔族が憎いんでしょうか?」


ペシュお嬢様は、グンバルッパ家は憎しみで行動してると考えたようだ。

ただ、僕の意見は違う。


「いえ、むしろ魔族の力が欲しいんだと思いますよ?」

「どういうこと?」

「あのケイルーという男は、マリオン様が『魔王の孫』であることを知っていました。

少なくとも、この領内で魔族が匿われていることを知っているはず。

この家の起こりと発展には、魔族の力が働いていることも知ってるはずです」

「そっか、魔工ギルド!」

「はい。僕らも少しだけですが、その実力の一端を見ています。

食料の件、魔道具の件。この地は奪い取る価値がある」


ペシュ嬢がいるので口には出さないが、黄色い世界イエローゾーンのこともあるしな。

食料供給が安定するアレも、もしかしたら欲しいんだろうな。


「しかし、魔族をただ取り込むのでは生ぬるい。

うまく取り込むには、魔族を奴隷として扱うのが最も手っ取り早いと考えたんでしょう」

「そんな……」


少し調べてもらったが、グンバルッパ領は奴隷制度がまだある。

強欲らしい彼らが力のある魔族を手に入れるためには、奴隷にするのが一番と考えたのだろう。


「ソニックス家を併合し、匿っている魔族達を軒並み奴隷にして、魔工ギルドの力を手に入れる。

恐らく、これがグンバルッパ家の企みの根幹でしょう。

そのためには、魔族を徹底的に悪役にする必要があったんです。奴隷に引きずりおろす大義名分を手に入れるために」


現状から予測できるのはこのくらいか。

権謀術数飛び交う貴族の世界といえど、わざわざ王国内で足を引っ張ることが正しいとは思えない。

が、それを無視してでもやる阿呆がいるということか。


「理音。お前もよく思いつくよな、そんなこと」

「すべて憶測ですけどね。ただ、この領は随分と狙われてるんだというのはよく分かりましたよ」


やれやれ、魔王城の跡地というだけあって、騒動には事欠かない地らしい。


「けど、少しは風向きが変わったでしょうか」

「ペシュちゃん達を助けられたから~?」


奈美、伯爵令嬢にちゃんづけはどうなんだ?

本人が気にしてないならいいけど。


「ええ。計画の要であるはずのペシュ嬢が救出されたことで、彼らの狙いは大きく外れることになるでしょう。

少なくとも、伯爵令嬢を救ったのはソニックス家ということは、ご本人が証明できるでしょうしね」

「これで、グンバルッパ家の悪事が暴ければいいんだけどな」

「ペシュ殿、ドストール家は協力していただけるのでしょうか?」

「はい。せめてものお礼とお詫びとして、此度のことは必ず我がドストール家に報告いたします。

グンバルッパ家の陰謀から、ソニックス家が助けてくれたこと。

グンバルッパ家の悪辣な企みを阻止すること。

必ずお父様の協力を取り付けてみせます!」

「ありがとうございます。本当に…」


マリオン様、嬉しそうだ。

少しでもこの領の信頼を取り戻せたことで、ようやく魔族の名誉回復に一歩前進したからな。


「グンバルッパ家としちゃ、味方のはずのドストール家から急に責められることになるからな。

ちっとは大人しくなってくれるといいが」

「まぁ~……望み薄じゃないですか、たぶん」

「なんでそう思う?」

「悪党が簡単に懲りると思います?現実でも、フィクションでも」

「……確かに」


周がため息をつく。

まだまだ予断は許さないだろうが、味方が増えたのは心強い。


「そういえば、なんで私は攫われた?」

「確かに。単に可愛いから攫ったとか?」


藍の疑問に、沙紀さんも続く。

藍が可愛いのは確かだけどね。


「うーん、そこがイマイチ分かんないんですよね。

本当に、目についたから攫ってみただけなのかもしれませんよ。

ペシュ嬢の誘拐に成功して、気が大きくなっていたのかもしれません」


もしそうなら、あの誘拐犯達はケイルーの統率が取れてないってことかもしれない。

計画の要であるペシュ嬢と一緒に、不確定要素の藍を紛れ込ませたわけだからな。

藍の防犯ブザーなんて、完全に想定外の代物だったはずだ。

僕達だって予想外だったからね。


しかし、考えてみると本当に運がよかった。

奈美がカツ丼の力でグンバルッパ家の企みを聞き出せなければ、誘拐犯の拠点を潰せなかった。

藍が攫われなければ、防犯ブザーを持ってなかったら、ペシュ嬢が攫われていたことに気付かなかった。

周がすぐに倉庫内に乗り込まなければ、藍たちは殺されていたかもしれない。

沙紀さんが来なければ、ラプトをすぐに退治できなかったかもしれない。

マリオン様、ヨスターさん、ネスティさんやパックルさん、色んな人が協力してくれなければ、誰一人死なせることなく収束できなかったかもしれない。


どれが欠けても今回のような結果にはならなかったろうな。

随分と運頼りな事件解決だった。

そして、僕は大して役に立てなかったというわけだ。

やれやれ……まぁ、いいか。

全員無事に生き延びられた、今はそれを喜ぶとしよう。


◆◆◆◆◆


その夜。


どういうわけか、僕はリジー様とオセロで対決していた。

またまたオセロをしたいと言い出したリジー様に付き合う形だ。

マリオン様をはじめ、他の皆は事後処理で忙しいだろうからね。

ガランとした食堂の一角で、出来たばかりの魔工ギルド製のオセロを使っていた。


「ねーリオン~。手加減してよ~」

「嫌です。負けたらまた醜聞を言いふらすなんて言われて、手加減出来るわけないでしょう」

「ぶーぶー」


膨れててもダメです。

まったく、今はペシュ嬢たちもいるんですよ。

変な話を吹き込まれたくはないです。


「…そういえば、マリオン様やリジー様は、以前からペシュ嬢のことをご存じだったんですね」

「うん。伯爵家のパーティに呼ばれて。お隣さんだからね」

「マリオン様は随分と親しそうにしてましたが」


あの後、マリオン様はペシュ嬢と今後の対応について話し合っていた。

お互い遠慮なく意見が言い合える姿は、単なる貴族の付き合いというだけでなく、同年代の友人としての親しさも感じられた。


「えへへ。兄さまにとって、初めてのお友達がペシュ様なの」

「そうなんですか?」

「うん。ほら、うちって事情が事情だから、なかなか他所の社交界に呼んでもらえないんだって。

けど、ドストール家は割とパーティに呼んでくれるの。

その時いつも話しかけてくれるのがペシュ様だったんだ。

だから兄さま、ペシュ様のことは結構信頼してるみたい」

「なるほどね」

「にしし。兄さま見てると分かるけど、ペシュ様にはデレデレなんだよ」


同年代の異性の友人、か。

…分かる。意識しちゃうよね。

それが初めてのお友達なら、なおさらだ。

おまけに美少女だしな。胸もおっきいし。

って、こんなこと考えてたらまた沙紀さんに殴られそうだ。


倉庫での戦いの後、魔族であることを告白するとき、マリオン様は物凄く悲痛な顔してたもんな。

あれは、大事な友人に対して隠し事をしてたことの後ろめたさもあったからか。


けど、それを明かしたことで、むしろ関係が深まったのかもしれないな。


「ねぇねぇ。兄さま、ペシュ様ともっと仲良くなったりするのかな?」

「どうでしょうね。それこそ、この家の問題とも直結しますしね」

「うーん……ペシュ様は兄さまのことをどう思ってるんだろー?」

「あんまり野暮なことは聞かない方がいいと思いますよ」


恋バナは他人が聞くのは楽しいものですけど、身近な人の恋バナは大変だからな。

自分の好きな人が、別の人のことが好きだと知っちゃうことだってある。

恋バナを楽しむなら、あまり親しくない人の話をするべきだ。


パチリ、と石を置く。

リジー様もちょっとずつ実力をつけてるようだが、まだまだ負けるわけにはいかない。


「そういえばさ、リオン。オセロって、なんで『オセロ』って言うの?」

「地球にある有名な戯曲から取られてるんです。

四大悲劇と呼ばれるくらい、嘘と裏切りが交錯する悲しいお話です。

こうやって何度もひっくり返すゲーム性が、何度も裏切りが起こることになぞらえてるそうです」


まったく、何の因果だろうか。

まるでこの家の状況みたいだ。

裏で乗っ取られて誘拐犯に手を貸す奴もいる。

かと思えばネスティさんやペシュ嬢たちみたいに、新たにマリオン様の味方になってくれた人がいる。

何度情勢がひっくり返っても、ちょっとずつ味方を増やしていくしかない。

まるでオセロの試合のように、御家再興にはまだまだ波乱が起きそうだ。


それでも、僕らはここで頑張っていくしかない。

やれることをやっていくだけさ。


「じゃあ、全部同じ色になれば、もう裏切りは起きないね」

「まったく以て、その通りですね」


ホント、白と黒だけで人の心が分けられるなら苦労はないんですけどね。

リジー様の無邪気な意見に、僕は苦笑するしかありませんでした。

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