Part22:殴って、斬って、飛んで、笑う


◇◇◇◇◇


さっきから外で理音の大声が聞こえてくる。

彼も助けに来てくれたのか。

何やってるのか分からないけど、今はこっちもピンチだ。


「俺を誰だと思ってる…格闘王ラプト様だぞ…!」

「悪いが知らない。外国人なんでね…!」


周は軽く挑発してるが、相手の拳を避けるのに必死だ。

私はなんとか、他の女の子達の縄がほどけないか試している。

他の子たちはしっかりと縛られていた。

ああもう、せめて何か刃物があれば……


「おや、こっちもまだネズミがいるのか」


なんだか蛇を思わせる男が入ってきた。

ひょっとして、この人が誘拐犯のトップだろうか。


「ラプト、こんな奴らに後れを取るなんて、所詮はただの三流格闘家だね」

「あぁっ!?まだだ……オレはこんなもんじゃねぇ!!」


ラプトって人、やっぱり三流じゃん。

けど、あっちの男はヤバい。

なんというか、本能が告げていた。


「まぁいい。ぼくが用があるのはこっちさ!」


あの男が左手を前にかざす。

すると……



「かはっ……!」

「お嬢様!!」



突然、私の横にいたお嬢様が苦しみだした。

それどころか、宙に浮いた。


「何これ…?」


よく見ると、彼女の首に何かついている。

手首!?


男から手首だけが切り離され、お嬢様を掴んでいたのだ。

お嬢様を掴んだまま、手首は男の手元に引き寄せられていく。


「バラバラの実かよ!?」

「あの手、機械の手…!?」


服の下に見えた彼の腕は、生物の手では無い。

銅色のメッキで人工的に作られた、機械の腕。

そこから手首だけを切り離して、自在に動かしたりできるようだ。

漫画みたいな能力者がこっちにいるなんて…!


「この娘だけは、渡すわけにはいかないんだ。

ラプト、残りは処分ね」


爆乳お嬢様は、そのまま連れ去られてしまった!

マズイ…!


「周!あの子たぶん、ドストールのお嬢様!」

「はぁっ!?」


さっき聞いた話から、私はあの子がお隣の伯爵家のお嬢様だと予想している。

そんな子がソニックス領内で誘拐されたとなれば大問題なのは、私でも分かる。


このままあの男を逃がしてはいけない。

けど、その前に……


「始末してやるっ……一匹残らず…!」


目が血走っているこの人をなんとかしないと…!

私達の身が危ない!


「さがれ藍!他の子を頼む!」


不本意だけど、周の足を引っ張っては意味がない。

彼の言葉に従って、私は他の女の子達を引っ張って倉庫の端へ移動する。

なんとか先に外へ出られないかな……


「てめぇ、絶対殺してやる!!」

「勘弁してくれ、俺はまだやりたいことがあるんだよ!!」


周は必死に逃げている。

だが、倉庫の中では逃げられる範囲が限られている。

段々と壁際に追い詰められていった。


困った、私には出来ることがない。

ハラハラしながら彼らのことを見ていると……



「おい、ここぶっ壊すからよ!!離れてろ!!」



突如、壁から声が聞こえた。

そして……



ドコォォォン!!!




…びっくりした。

壁が吹っ飛ぶんだもん。

爆弾か何か使ったのかな?

危なかった…



って今の、ちょうど周達がいたところじゃ!?



壁が破壊された衝撃で、周とラプトは吹っ飛ばされたようだ。

倉庫の奥で周が倒れてるのが見えた。


「んだってんだよぉ、これはぁ……!」


しかも、ラプトがもう起き上がって、周を睨みつけていた。

まずい…!


「しゅ……」

「周!!!」



あれ、沙紀!?

なんでここに!?


沙紀はそのままラプトに向かっていく。


「よくも周を!!!」

「ぬぉっ?」


新たな乱入者に、反応が遅れたラプト。

沙紀はそのまま、ラプトの懐にもぐりこんだ。


「はああああああっ!!!」

「ごふっ……!」


綺麗な一撃が見事、鳩尾に鋭い拳が入った。

さすがに怯んだラプトだが、沙紀は動きを止めない。

そのまま掴んで…


「ふんっ!!」

「ご!?……あ……」


あぁ、これはブチ切れてますわ。

沙紀が続けて放ったのは、全力で股間に膝打ち。

男にそれは一番の禁じ手じゃなかったっけ。

ラプト、口からなんか垂らして固まってる。


「やあああああああああっ!!!」

「……っ……!」


そのまま続けて、顔面に回し蹴り!

ラプトは声も上げられず、そのまま宙に浮くほどの勢いで吹っ飛んだ。

倉庫の棚に派手に突っ込み、ガラガラと品物が奴のもとに落ちてくる。

品物の山に埋まったラプトはしばらくピクピクとしていたが、そのまま動かなくなってしまった。


ホントに一切の容赦が無かった。

最後に出てきて空手で犯人ぶちのめすとか、沙紀ねーちゃんすげーや。


「周!!大丈夫!?しっかりして!!」

「だ、大丈夫だ。つか、お前こそわざわざ来たのかよ」

「ごめん、ホントにいてもたってもいられなくて…!」


ラプトが倒れたのを見るや、沙紀はそのまま周に寄り掛かった。

ホント、彼のことが大事なんだね。

周も大丈夫そうだ、あれだけ派手に吹っ飛んだのに。


「おぉー……嬢ちゃんすげぇな。俺様の出番が無かったぜ」


パックルさんがハンマーを抱えてやってきた。

ひょっとしてあれで壁を壊したのかな?

あの人のせいで周が倒れたことは、沙紀には黙っておこう。

味方が血の池に沈む姿は見たくない。

それよりも……


「沙紀、まだ!一人連れてかれてる…!」


まだ終わってないんだって!


◆◆◆◆◆


「ペシュ殿!?」


ケイルーが女の子を馬車に連れ込んでいる。

それが見えた時、マリオン様は即座に転移テレポートで飛んだ。


「ペシュ殿を離せ!」

「ぬっ!」


突然目の前に現れたから、さすがに対応できなかったのだろう。

ケイルーの左腕が切り落とされたのが見えた。

うわぁ……容赦ねぇなマリオン様。


「ちぃっ!」


ケイルーはいったん距離を取る。

マリオン様も、ペシュと呼んだ女の子を抱えて下がった。


「けほっけほっ」


首を掴まれてたらしく咳き込むペシュだが、とりあえず救出できたか?


「まだだ、マリオン様!手に気をつけろ!!」


倉庫から周が叫んだ。

手に気をつけろ?


「っ!?これは…!?」


マリオン様が驚く。

少し離れている僕にもその異変は見えた。


なんと、切り落とされた腕がカタカタと動き出したではないか。

うわっ、気持ち悪い!

でも、カタカタギィギィと音を立ててるってことは、機械なのか!?

その腕は、再びペシュに向かってきている。


マリオン様は剣を振るって腕を弾いた。

すると今度は、腕は宙に浮き始めた。

ロケットパンチかよ!

宙に浮いてひゅんひゅんと飛び回る腕が、執拗にマリオン様とペシュを襲う。


「ネスティさん!マリオン様を援護してください!あそこ!」

「!……分かったわ!」


ヤバいと思ったら即行動!

遠距離攻撃が出来るネスティさんに指示を出すと、すぐに了承してくれた。

またファイアボールがいくつも現れ、ケイルーの元に飛んでいく!


「ちぃっ!」


ケイルー本体に攻撃がいき、喰らった彼が怯んだ。

それに連動するように、飛び回る腕の動きが鈍くなった。


「はああああっ!!!」


その隙を見逃さない。

マリオン様は、炎を全開にして空飛ぶ腕に向かって剣を突き出す。

赤の一閃は、見事に標的にぶっ刺さった!


腕はしばらくカタカタと動いていたが、やがて赤く光り出した。

おいおいこれって……


「爆発するぞ!逃げろ!」


周の言葉に反応し、マリオン様は剣を引き抜くとペシュを連れて走り出した。


どかん!!


と、音を立てて爆発する腕。

そこまで大きくないが、至近距離で爆発を受けたら危なかったろう。


なんとか逃げ切ったマリオン様らは大丈夫のようだ。



「やれやれ、大損害だなぁ」


ケイルーはまだ余裕そうにしている。

少し呆れたように天を仰ぐ。

思わず視線が上に行きそうになるが、彼はそのまま右足を動かし、踵を左踵に軽くぶつけた。


すると、今度はケイルーの足元から勢いよく炎が噴き出した。

ロケットパンチの次はジェットブーツかよ!?

ここ、ファンタジー世界じゃなかったっけ!?


驚く僕らを尻目に、ケイルーはそのまま高く飛び上がっていく。


「これ以上は商売あがったりだからねぇ、ここらで引き上げさせてもらうよ」

「なっ……待て!」

「待てと言われて待つ奴なんていないさ。それじゃあね、『魔王の孫』君?」


くそっ、わざわざそこを強調しやがって。


ケイルーはそのまま、空高く飛びあがっていってしまった。

くそっ、さすがに空を飛ばれたら追いかけられない!

かなりの勢いで足元のジェットをふかし、どこかへと飛び去っていくケイルー。

僕らはそれを見ることしかできなかった。

逃がしてしまったか……


ただ、残りの誘拐犯達はヨスターさん達が捕らえたようだ。

ひとまず、一件落着……いや、まだか。


「…ご無事で何よりです、ペシュ殿」


マリオン様はペシュと呼ばれた子に声をかける。

だが、彼女はマリオン様を見て震えている。

そうだった、マリオン様は彼女の目の前でまた転移テレポートを使ったんだもんな。

アイツに堂々と『魔王の孫』って言われてたし、出自について気付かれただろう。


「あ、ありがとう……ございます……その」


さすがに知り合いだったからか、ちゃんと礼は言えるようだ。

けど、さすがに魔王の関係者と知って、平静ではいられないらしい。

マリオン様も、悲痛な顔で言葉を続ける。


「……ええ。お察しの通り、私には魔族の血が流れています。これまで隠していて申し訳ありませんでした」

「…………」


頭を下げるマリオン様、呆然とするペシュ。

沈黙が流れる。

気まずいだろうなぁ……知り合いがいきなり『魔王の血族』だって分かったら。

けど、これを乗り切らないとマリオン様の夢は遠いぞ。



「お嬢様!!」


おぉ、メイドさんがいる!

あのペシュという子の付き人だろうか。

お嬢様に駆け寄る彼女に続いて、周達も倉庫から出てきた。

周も藍も沙紀さんも無事なようだ、よかった。


周はマリオン様達の様子で、大体の事情を察したらしい。

呆然としているペシュに対して、周が助け舟を出した。


「お嬢様、ご無事で何よりです」

「は、はい…」


周の言葉で、ペシュお嬢様がフリーズから治った。

くそっ、さすがイケメン。

倉庫の中で何したか知らないけど、どうせアイツのことだ。

あの子を守るようなことして、気に入られたんじゃないか。


「あの、貴方は…」

「まぁ、マリオン様の協力者ってところです。『魔王の血族』と言われた彼のね」


あえてその言葉を出した周は、そのまま続ける。


「色々混乱してると思います。けど、あえて言わせてください。

俺達が望むのは一つ。今ここで起きたことを、ちゃんと受け止めていただきたい。

あの方は自分のことを知られるリスクを負ってでも、貴女を助けに来たんですから」


周の言葉に、ペシュは少し俯きながらも、確かに頷いた。

その様子に、マリオン様は少しだけ安堵した様子を見せたのだった。


◆◆◆◆◆


その後。


「藍、ゴメンね!怖い思いさせちゃって…!」

「ん、大丈夫。落ち着いて。

私の方こそ、勝手に出てゴメンね」

「うぅぅ……よかったぁ~~~……」


涙を流しながら抱き着いている沙紀さんをやさしくなだめる藍。

本当に沙紀さんは感情の起伏が激しいというか、感受性が豊かというか。

キルビーも一緒になって泣いて抱き着いている。

みんな無事で本当に何より。


そういえば、沙紀さん達が鍛冶に夢中になってる間、藍が一人で出掛けたから攫われたんだっけ。

どっちも気まずかったろうけど、あの様子なら大丈夫だろう。


それに結果的に見れば、藍が攫われてブザーを鳴らしたおかげで、あのケイルーという男の存在が分かった。

なんとお隣のドストール伯爵家のお嬢様だというペシュ嬢を救出することも出来た。


色々問題は残ってるけど、ひとまずは上手く収まったようだ。


「はーい、みんなお疲れー!」

「あれ、奈美!?どうしたんですか!?」


留守番してたはずの奈美が、馬車に乗ってやってきた。

クラウディスさんやリジー様も一緒だ。


「フォックスさんから連絡を受けてね~。

助け出した人には、しばらくご飯が与えられなかった人もいたって話だから。

御粥とサンドイッチ、あと飲み物を持ってきたんだよ!

さっき東通りの皆には配ってきたから!」


岡持ちの中には、彼女の言う通りのものが入ってた。

元々、みんなをねぎらうために軽食を用意してたらしい。

救出した人の中には思ったより衰弱してる人もいたらしく、用意してたものを急遽救助物資として届けたそうだ。


その後、パックルさんのトランシーバーで、この西通りにも誘拐犯がいたという連絡を受けて、こっちにも届けにきてくれたというわけだ。


こっちの倉庫にいた人たちはそこまでひどい状態じゃないけど、みんなお腹がすいてるのは間違いない。

ペシュお嬢様をはじめ、攫われた人や戦いに参加したみんなに料理を配り始める奈美。

あっという間に騒がしくなってきた。


「ったく、結局全員来ちまったじゃねぇか」


周が呆れるように言う。

それに対して、飲み物をもらった藍はポツリと返すのだった。


「しょうがない。私達みんな、バカばっか」


まったくだ。

揃いも揃って事件に首を突っ込むし、こんな事件があったにも関わらず、こうやってみんなで笑ってられるんだから。

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