Part21:回避盾ってすげーと思わねぇ?


◆◆◆◆◆


「リオン殿、逃げてください!」

「そらぁっ!!」

「おわーーっ!?」


カプチー君の声で、僕は左から敵が迫ってることが気が付いた。

危ない、間一髪で回避!

斧を振り回してくるなんて危ないじゃないか!

っていうか、他の奴らも次々とこっちに向かってくるし。

もう、回避、回避ーー!!


剣が、斧が、次々と斬りかかってくる。

僕が出来るのは逃げの一択のみ!

僕は身体が強くないんだ。

かすり傷でももらったら、その時点でまともに動けないだろう。


人数差、2対12。

ミッション、攻撃を避け続けろ!

1回でも喰らったらアウト!

僕に攻撃手段はナシ!

制限時間は不明、誰かが助けに来るまで!


くそっ、誰だこんな無理ゲー考えた奴!!

ミスったら即死とか、出来の悪いクイックタイムイベントじゃあるまいし…!


「よっ…ほっ…!」


ひゅん、ひゅんと風切り音がするたびに心臓が跳ねる。

必死に足を動かして攻撃を避ける度に、血流が凄い勢いで身体を巡っていってるのが感じられる。

ちくしょう、二重の意味で心臓に悪い!


「くそっ、当たらねぇ!」

「逃げるのだけはうめぇなテメェ!」


そりゃ必死に逃げてるからな!!


12人が一斉に向かってきたら同士討ちしやすい。

だから常に数人しか向かってこないような位置を心掛ける。

出来るだけ敵が全員視界にいるほうがいい。

囲まれないように、後ろを取られないように位置取りしながら逃げている。

バトルロイヤル系のゲームで鍛えた位置取りの感覚が、現実で活かせるとは思わんかった。


けど、一発でも喰らったらアウトなのは変わらない!

こんな緊張感は勘弁してくれ!


カプチー君はといえば、ショートソードで武器をはじきながら回避してる。

半獣人ってすばしっこそうだし、なんだかんだ言ってプロだもんな、あっちは。

てか、武器があるのはいいなやっぱ。

今度から護身用の装備を何か身に付けよう。


「そこだっ!」


ってやべぇ!

よそ見してる場合じゃねぇ!!


「っ!!」


剣が顔面に向かって突き出される。

なんとか後ろに飛び退って避けられたが、足元がもつれてバランスを崩してしまった。

そのまま転倒してしまう。


「もらった!」

「リオン殿!?」

「くっ……!!」


剣が僕に迫ってくる。

やべぇ、これマジでやっべぇ!!


本気で命の危機を感じた、その時だった。



ヒュイイン!!




…!?



突然、奇妙な音と共に僕の近くの地面が光り出した。

妙な異変に、敵の男も思わず攻撃を止める。

助かった……けど、なんだこれは?


「若!」


カプチー君が叫んだ。

ソニックス家の従士がこう呼ぶ人など一人しかいない。


ぱあっと光が強くなった瞬間、人影が現れた。

なるほど。

これが彼の特殊魔法ユニークマジック転移テレポートか。


金髪を揺らす若き領主代行、マリオン様が現れたのだ。

けど、まさか大将がたった1人で乗り込んでくるとは。


「すみません、パックル殿から連絡を受けて飛んできました!状況は!?」

「この場に敵12人!倉庫の中にシュウ殿とアイ殿、それと最低でも1人以上の敵!」


突然現れたマリオン様の質疑に、短く簡潔に答えるカプチー君。

おぉ凄い、この辺はちゃんと訓練された従士っぽい!


「了解。リオン殿、少し下がっていてください」

「分かりました。ありがとうございます!」


邪魔しちゃ悪いので、言われた通り後ろに下がる。

マリオン様は前に出ると、剣を抜いた。


「炎よ、我が剣に集え…!」


剣に添えた手から、赤く光る魔法陣が現れる。

おぉ、初めて見るがこれが属性魔法か!

魔法陣から溢れる光の粒子が剣に纏わり、それがやがて炎へと変わっていく。


赤く燃える剣、まさに炎の剣ファイアーソードといったところか。

シンプルだが、いかにもザ・ファンタジー世界の武器って感じだ。

やはり王道というものはいい。正直、羨ましい。


「はぁぁっ!」

「ふぎゃっ、あっつ!!」


さっき僕に斬りかかってきた男に向かって、マリオン様は剣を振るう。

赤い軌跡が敵を弾き飛ばし、男の服に火が燃え移った。

マリオン様、普段は大人しそうだけどちゃんと剣で戦えるみたいだな。


「た、助かりました……」

「ご無事で何よりです」


本当に助かった。

カッコいいぞ、若様。


だが、安心するのは早いようだ。


「ふっふふふ、ふっはははっは!」


商人の頭と思われる男が、なぜか急に高笑いを始めた。

なんだ…?


「ついに現れたねぇ。領主代行……いや、『魔王の血族』!」

「!?」


突然の台詞に、マリオン様もカプチー君も、周りの誘拐犯達も固まる。

確か、マリオン様が『魔王の孫』ってのは機密じゃなかったか?


「魔王だって?」

「そういや、さっきいきなり現れたよな?」

「まさか、あの魔王の魔法か!?」


誘拐犯達が動揺している。

そうか、魔王ってのは転移テレポートで王国中を荒らしまわってたんだったな。

ってことは、転移テレポートを目の前で見せたのはまずくないか?


「魔王の血縁がソニックス領にいるとは聞いてたけど、まさか領主の子がそうだったとはねぇ!

やっぱりここは魔族の蔓延る危険な地というわけだ!」


こいつ、やはりか!

ソニックス領を貶めるために色々やってる連中だ。

どうしても魔族が支配する地ということにしたいらしい。


けど、誘拐犯達の方はビビってないか?

魔王というものがそれだけ恐怖の対象ってことなんだろうけど。


「ははっ、ここで魔族を討ち取ればこの地はさぞ平和になるだろうね!」

「お前っ、なんてことを!」


カプチー君がキレてる。僕も同感だ。

この男、とんでもないこと言い出しやがった。

よりにもよって領主の子を討ち取るなんて言い出すなんて。

これはもはや、立派な反乱のレベルじゃねぇか?


だが、怒りで無謀にもカプチー君は一人で突っ込んでしまった。


「うわっ!?」

「カプチー君、下がって!」


カプチー君は誘拐犯の一人に剣を弾かれてしまった!

そのままではマズイ、即座に下がるように言った。

カプチー君はギリギリ理性を取り戻せたか、そのままバックステップで攻撃をかわし、僕らの傍に戻ってきた。

しかし、武器を失ってしまったか。不味いぞ。


「はは、残党が何を言ったところで、所詮残党に過ぎないさ!」


男は余裕そうに笑う。

くそっ、言われっぱなしか。


「ここで終わりだよ、『魔王の血族』。貴方に味方はいない!」

「……っ!!!!!!」


……?

どうした、マリオン様?


マリオン様は青い顔して震えている。

さっきまでの威勢が消え、カタカタと剣が震えている。

怒り……いや、動揺?

味方はいないという言葉で、マリオン様が完全に固まっている!


「諸君!ここで彼を討ち取れば、ぼくらは英雄だよ。この地に残る『魔王の血族』を討ち、平和をもたらしたね!

大丈夫、彼は所詮魔王の子。まだまだ未熟な、ただの薄汚い魔族に過ぎないのだから!」


商人の男がそう言った途端、誘拐犯どもの目つきが変わった。

目の前のたった1人の少年を討ち取るだけで英雄になれる。

その欲に釣られたか?

くそっ、煽り上手め!


武器を構えなおす男達。

不味いな、向こうのやる気が高まっている!


今こっちでまともに戦えるのはマリオン様だけだ。

だというのに……


「私は……まだ……」

「ちょっと、マリオン様!?」


彼はまだ震えたまんまだ。

どこか目の焦点があっていない。


この現象は、僕も覚えがある。

何かを思い出してしまったのか、トラウマでも呼び起こされたか。


マリオン様もまた、何か心に抱えてるのかもしれない。

思い当たる節なんてありすぎる。


魔王の孫であるという出自、常に魔王の根城だった地という風評被害が付きまとう領地。

今までもこうした誹謗中傷は受けてきたんだろう。

加えて、若くして領主代行を務めるプレッシャー。

冒険者や魔族、近隣諸侯という不確定要素を常に抱えながら政務に勤しんできたんだろう。


これまでは魔王の血縁であることは機密指定されていた。

マリオン様も、その点は気を付けていたんだと思う。

だから、表向きは大きな問題は起きてなかったし、混乱も少なかった。


だが、『魔王の血族』であることが世間に知られれば、あの男のようにソニックス家を敵視する者はごまんと増えるだろう。

たとえそれが、無知によるただの誹謗中傷であっても。


そして、そのきっかけを作ってしまったのは……


「あぁ、そういえば眼鏡の貴方。

貴方が噂の遠い国から来た客人だったんだよね?」


……僕か。

多分、僕が襲われてるのを見つけて、マリオン様は転移テレポートを使ったんだろう。

『魔王の血族』だとバレるリスクを背負ってるのに。

彼の様子を見る限り、ほとんど反射的に使ったんだろう。



僕を助けるために。



「どうだい?魔族といるより、こっちに買われるというのは?」



……ぶちっ!


あの男の言葉で、僕の中の何かがキレた。



「笑 止 ! ! そ れ が ど う し た !!」



自分でも驚くほど大声が出た。



「ぬ…」



予想外だったのだろう、相手が怯んでくれた。

それでいい、今度はこっちの番だ。



「たった今、命を救ってくれた人を見捨てるほど、僕は落ちてはいない!」



注目を浴びる、本当はそんなに好きじゃない。

けど、本当に必要ならば、訴えることが必要ならば、やってやる!



「それだけじゃない!彼は僕らの恩人です!見知らぬ地に突如放り出された僕らを助けてくれた!」



空気を変える、それが言葉の力。

一流の人間は、空気を巧みに操る。



「たとえ魔族でも!心優しく僕たちを助けてくれた方と、魔族の噂を隠れ蓑にして人攫いを働く貴方がた!

どちらが『正義』かなど、比べるべくもない!」



プレゼンの基本は、分かりやすいキーワード。

正義の一点張り、むしろこの場で一番注目を集めやすい。


狙いを定めよ、想いを伝えよ!

言葉を操り、空気を変えろ…!



「僕らの仲間がその中に捕らわれてるのは分かってる!

貴方がたは今、ただの誘拐犯集団に過ぎない!」



そこまで大声で喋ってから、マリオン様の肩を軽く叩く。



「しっかりしてくださいよ。

この地を平和にするんでしょう?

誰もが堂々と町を歩けるようにする、そのためにここまで来たんでしょ?」

「あ……」



ホント、お願いしますよ…!

こういう鼓舞する役、本来僕には向いてないんだから!



「貴方がたこそ、覚悟せよ!ここにいるのはただの魔族ではない!

魔王討伐を成し遂げた英雄の息子、ソニックス家領主代行、マリオン・ソニックス様!

今ここで、悪逆の限りを尽くす貴方がたの企みを阻止しに来た、新たな英雄です!」



どうせハーフマゾクであることを公表するつもりだったはずだ。

けど、それがマイナスになるのなら、別の肩書を持たせてやる。

次代の英雄、そのイメージで上書きしてやる!



勢いだけで言ったせいか、向こうは沈黙してくれた。

たぶん、こっから凄い勢いで僕がヘイト引き受けることになるだろうけど。

これ全部から生き残れたら、回避盾って名乗っていいよな。



「ハッハァ、デカくぶち上げたもんだな!」


突然、後ろからいかつい声が聞こえてきた。

やってきたのは、いかつい斧を2本両手に携えてやってきた竜人族、ヨスターさんだった。


「どうなるもんかと見に来たが、勢いあるってのは嫌いじゃねぇ!加勢してやるぜ!」


人数差があるのにこっちに味方してくれるという、元傭兵団の長。

それは本当にありがたい。

ヨスターさんのひと睨みで、誘拐犯達はさらに怯んでくれた。


ヨスターさんは敵の頭と思われる人物に気付くと、訝しげに目を細めた。


「ああん?ケイルーっ、てめぇか!!」

「おやおや、ヨスター君じゃあないか。なるほど、君がいるとはねぇ」

「ヨスターさん、あの男を知ってるんですか?」

「いけすかない武器商人だ。そうか、てめぇが首魁か。

いつから奴隷商人なんてもんになりやがった?」

「ぼくはずっと、ただの商人なだけだよ。っていっても、君は満足しないだろうけど」


この人たちにも因縁があるのか。


「ふむ、中のラプトもなかなか出てこないし。商品は早く送った方がよさそうだね。

諸君、彼らの排除を要請します。できなければ……処分ですよ?」


ギラリと目が鋭くなった、ケイルーと呼ばれた男。

これが殺気か…?

身体がぞくりと来る。

誘拐犯達も、それに従うように武器を構えなおした。


ケイルーはそのまま倉庫の中に入っていってしまった。

くそっ、まだあの中には周達がいるんだ。

急いで追いかけないと!


「邪魔するなら容赦しねぇぞ!!」


ヨスターさんは男達に突っ込んでいき、斧をぶん回す。

すると、ヨスターさんの周りで急に風が巻き起こった。

彼がぐんっと勢いよく横回転しただけで、周囲の男が数人吹っ飛んでいった。

すげー、無双かよ。これだけの敵を乱舞でぶっ飛ばせたら気持ちいいだろうけどさ。


そんなヨスターさんに向かって、斧を構える男がいた。

と思ったら……


ボカン!

「ぎゃああっ!あっつ!!」


急にそいつの頭に、炎が飛んできた。

火の玉か!?ファイアボールか!?

どっから来た、今の!?


「はぁい、お手伝いしてあげるわよ!」


現れたのは、セクシーな魔法使いのネスティさんだ。

読心術以外にも魔法が使えたんだな。

しかし彼女は、冒険者ギルドにいたはずじゃなかったっけ。


「変な音が聞こえてくるから様子を見に来てみれば、随分なことになってるみたいね」


そういえば西通りは冒険者ギルドがあるんだったな。

さっすが日本製の防犯ブザー、よく響く。

効き目ばっちりである。


「ワタシの秘密を知ってるからには、ボウヤには最後まで頑張ってもらわないとね」


そう言ってネスティさんが手をかざすと、彼女の周りにボボボっと火の玉がいくつも現れた。

無詠唱の魔法?

ひょっとしてネスティさんって、結構凄腕だったりするのかな?

次々とファイアボールが飛んでいき、誘拐犯達を攻撃していく。


「いた!理音!」

「おぉう、また大騒ぎだなこりゃ!」

「来ちゃいましたか…!」


まぁ大人しく待ってるタイプじゃないよな、キミは。

沙紀さんが、パックルさんとキルビーを連れてやってきた。

通りから走ってこっちに向かってきているのが見えた。


「マリオン様、ちゃんと味方がいるじゃないですか」

「……ええ、そうですね」

「若っ!」

「もう大丈夫。私達も行きますよ、カプチー!」

「はいっ!」


ようやく震えが収まったらしいマリオン様。

炎の剣を構えなおして、喧騒の中に飛び込んでいった。

カプチー君も隙を見て剣を拾いなおして、戦いに復帰する。


「パックルさん!あの中に周と藍が!」

「おぅ、任せとけ!」


僕はすぐに倉庫を指さして、パックルさんらに情報を伝える。

パックルさんは、でっかいハンマーを担いでやってきていた。

そのまま倉庫に向かって突撃していく。


「おい、ここぶっ壊すからよ!!離れてろ!!」


でっかい声で宣言し、そのまま大きくハンマーを振りかぶり、フルスイング!!


「おらぁぁぁ!!」


ドッコォオォォン、と派手な音を立てて倉庫の壁が破壊された!

見事な大穴が開いている!

うっそぉ、人間業じゃねぇ……あ、人間じゃないか。

ドワーフ、恐るべきパワーだ。


「ちょっと、危ないよ!周達に何かあったら………はっ!」

「え、沙紀さん!?」

「待ってよー、サキー!」


沙紀さんがパックルさんに抗議しようとしたが、何かに気付いた様子。

慌てた様子で今出来た穴を使い、倉庫の中に飛び込んでしまった。

あの人も結構危なっかしい人だよな。

パックルさんとキルビーも一緒に行ったから、大丈夫だと思うけど。


「オラァァ!!!」


外はヨスターさん達が暴れてる。

あの人、相当に強いらしい。

次々とぶっ飛ばされ、宙を舞う誘拐犯達。

ゲームでしか見たことないような無双状態が繰り広げられていた。

あの様子ならもう大丈夫だろう。



「ん……?」



ふと、視界の端に嫌なものが見えた。

倉庫の向こうに馬車、そこへあのケイルーという男が女の子を連れ込んでいるのが見えたのだ。



「マリオン様、あれ!」

「…ペシュ殿!?」


あれ、あの子知り合い?


マリオン様は即座に転移テレポートを使って、馬車の前に飛んだのだった。


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