Part20:This is SH「カッコよく助けるには」


◆◆◆◆◆


賭場を出た僕は、裏通りの景色を見渡した。

探すアテなんてない、手掛かりゼロでここから藍の行方を探すのは無謀だ。

だがさっきから嫌な予感が消えない。

それも、いつもよりも強烈に背筋が凍るような感覚だ。


僕が嫌な予感を感じると、背筋を撫でられるような、肌がぞわぞわするような、嫌な感覚になる。

僕自身の危機センサーみたいなものだ。

ただの直感、ただの感覚。うまく言葉にできない何か。

これが起きると、大体僕が苦労を背負うことになるから、出来るだけ感じたくはないんだがな。


ただ、何もしないでいると、もっと大変なことになる。

経験上、この予感を無視するのは出来そうにない。


しかも、いつになく強烈に嫌な予感。

この先の選択を間違えたら、人生に大きな影響を及ぼしそうな……なぜかそんな気がするのだ。


仲間が攫われたタイミングで起こるなんて、どう考えても嫌な方向性を想像してしまう。

焦ってはいけないと思いつつも、逸る気持ちは抑えられない。



ピュィィィ……



「今のは…!?」


少し遠かったが間違いなく、聞き覚えのある音だ。

防犯ブザーの音。

こんなもの持ってるのは、今は日本組の誰かしかいないはずだ。


「な、なんですこの音…!」

「危険が迫ってるときに音を鳴らす道具があるんです。多分藍です!」


カプチー君にも聞こえたか、さすが半獣人。


目を凝らし、耳を澄ませて音の出所を探す。

だてにゲーマーやってきたわけじゃない。

テレビゲームじゃ、音をヒントにするのは定番なんだ。

音響がしっかりしてる現代のゲームなら、本当に音だけでモノ探しをするゲームが作れる。

音響に関わったことのあるクリエイターなら、雑多な街中で効果音を聞き分けるくらいは出来る。

こんな特徴的な音、見つけられない方がおかしい。


前…違う。

左寄り……もっと先……


「あれか…!」


音の出所と思われる建物を見つけて、そこへ向かって走り出した。


裏通りの奥の建物、ブラマティ商店という看板がかかっている。

まさかこんなに堂々と構えてる店に誘拐した人を入れてるとはな。


音が漏れてるのは…あそこか!

商店の裏側にある2階建ての建物……いや、倉庫か?

設置された小窓が開いていて、そこからブザーの音が聞こえている。


「理音!」

「!……はいはい。僕が下ね」


隣に走る周とアイコンタクト。

なんだかんだで学生時代からの付き合いだ、彼がやりたいことはすぐに分かった。


僕らは倉庫の入り口ではなく、小窓の下の壁に向かってダッシュした。

僕はそのまま倉庫の壁を背につけ、周の方に向き直る。

バレーボールの構えのように、両手を揃えて腕を下げておく。


「いいですよ!」

「よし!」


ダッシュした周が、僕の手に足を乗せた。

そのまま僕は全力で持ち上げる。


「そいやっ!」


チームアップ秘技、人間リフト!

相方を持ち上げて、高いところに手を届かせる秘技!

……という、学生時代特有のノリで生まれた技だが、これでよく高い戸棚の荷物を下ろしたものだ。


周は勢いよく僕の手を蹴り、まるで軽業師のように飛び上がり、そのまま小窓に手を掛けた。

さすがに重かったが、このくらいの高さならまだ届いたか。


「よしっ…!」


なんとか周は自分の身体を持ち上げ、小窓の中を覗き込んだ。

まだブザーの音は鳴っている。

藍、無事でいてくれよ…!


「いた!」

「…周!」


周が叫んだのと同時に、中から藍の声が聞こえた。


「待ってろ、今行く!」

「えっ、ちょっと周!?」


周はそのまま窓に飛び込んでしまった。

やれやれ、止める暇もなかった。

攫われヒロインを助けに行くとか、カッコいい役取りやがって。


と言っても、アイツだけで大丈夫とは思えない。

僕じゃ戦力にはならないけど、アイツも戦いは素人だぞ。

なんとか援護しないと。


すぐにカプチー君が動いた。

倉庫に向かって叫ぶ。


「ソニックス家の従士です!この中に誘拐された者がいますね!

速やかに投降し、彼女たちを引き渡してください!

でなければ押し通ります!」


◆◇◆◇◆


小窓から中を覗いた時に見えたのは、一人の男が藍に襲い掛かってるところだった。

ほぼ反射的に身体を小窓に入れて、倉庫の中に飛び込んだ。

2階程度の高さがあるが、このくらいなら飛び降りることは出来る。

少し前からパルクールに興味があって体を鍛えてたんだが、まさかいきなりその成果を出すことになるとはな。


そのまま着地して、男に向かって殴りかかった。


「てぇええりゃ!!」

「うぉっと!?」


いきなりの乱入に驚いてくれたか。

相手は藍の肩から手を離し、いったん距離を取った。


「早いね、助かった…ありがと」

「礼を言うのは早いぜ」


よし、とりあえず藍は大丈夫そうだ。

最初の危機は去ったが……


「おぅおぅ、一人で飛び込んでくるたぁ勇気あるなぁ。恐れ入ったぜ?」


目の前には、ニタニタと笑う強そうな男。

ムキムキの屈強な身体をしており、鋭い目と不気味な揃いの歯が、どこか爬虫類を思わせる男だ。

種族は人間かと思ったが、顔に模様がある。

雷を思わせるギザギザな赤い模様が、左頬に描かれていた。


魔族、か。

魔族の名誉回復を目指してたソニックス家にとっては、最悪の展開じゃねぇか?

ここで一人でも死人が出たら、いよいよマズイぞ…


というか、まだ具体的に魔族の力って目の当たりにしたことがないんだよな。

何度か黄色い世界イエローゾーンに足を運んで、生産系の魔法を使えるという魔族に会ったことはあるが……

戦闘に活かせる魔法の使い手にはまだ会ったことが無い。


未知の力を持ってるかもしれない男と、女子たちを守りながら戦う。

…あれ?

俺、勢いで死地に飛び込んじまったか?

ったく、侍根性なんて持ってないはずなんだがなぁ、俺。


「む、無謀です…!魔族相手に一人で立ち向かうなど」


後ろの方で声が聞こえた。

同じくこの倉庫に閉じ込められてたらしい、綺麗なお嬢様。

さっきから藍が縄を解こうと奮闘している。


「この人、素手で馬車を壊したりしてました。傭兵たちも逃げ出すほどです!」


今度はメイドさんが情報をくれた。

素手で、か……


ヤバくね?

シンプルに。


「くくっ、そういうわけだ。

このラプト様にかかれば、てめぇごとき簡単にひねる潰せるぜぇ?

女の子にいいカッコ見せたいみたいだが、世の中そんな甘くねぇ。

魔族の力、思い知らせてやるぞ!」


ラプトと名乗った男はニタニタ笑いながら言う。

くそっ、獲物を前に舌なめずりする三流悪役のくせに…!

後ろの女子達を見ながら涎垂らしてると、変な意味にしか見えねぇぞコラ。


「あいにく、この領にいれば魔族の知り合いくらい出来るさ。そのくらいじゃビビらないぜ?」


ニッと笑って言葉を返しながら、少し前に出てこの男と対峙する。

ピンチの時はとりあえず笑っとけって、色んな漫画とかで出てくるよな。

気持ちで負けてちゃ、何事もうまくいかないってのは分かる。


が、正直ハッタリだ。

魔族というだけでビビらないのは確かだが、普通に山賊やってそうな筋肉質な男を前にして、ビビるなというのが無理だ。

くそっ、空手は沙紀に少しだけ習ったけど、そんなニワカ武術が通用するとは思えないぞ。



「あれ……あの紋様……」


藍がポツリとつぶやいたが、奴のことを見てるのか?

くそっ、後ろを見てる場合じゃねえっての。


「こっちも急ぎなんでな!さっさと処分だ!!」


ラプトはまっすぐ俺に向かってくる。

ムキムキの拳が向かってくるので、慌てて避けた。

あぶねぇっ、くそ。

大振りだったからなんとか避けれたが、こんなのを一発でも貰ったらアウトだ。


「周!顔!ペイント!」


藍が短い言葉で叫んだ。

ペイント…?


「!…なるほど」


藍の言った意味が分かった。

今度は軽くステップを踏んでから、ラプトに向き直る。


「魔族の力、思いしれぇ!!」


さっきからやたら魔族の力ってところを強調するわけだ、コイツ。


「知らねぇのか?本物の魔族なら、魔力菅マギキュラーは光るんだぜ?」

「何っ!?」


そこだっ!


俺の言葉で動揺した一瞬を狙って、顔面に回し蹴り!

拳をかわしながらの蹴りで、綺麗にカウンターが入った。


「ぶふぇっ!?」


顔から吹っ飛んでいき、どこぉっと音と立てて倉庫の棚に突っ込んでいった。

おぉ……予想以上にクリーンヒットしたな。


「…そうなの?」

「知らん。適当にぶっ込んだ」


そもそも魔族が魔法を使ってるところを見たことないし。

大抵は紋章を服で隠してるしな。

顔に紋章がある奴は見たことが無い。


「ぐっ……てめぇっ!」

「ただ……本物の魔族の紋章は、この程度で擦れちまうようなもんじゃないってのは間違いないぜ」


ラプトが唸りながら立ち上がった。

随分とお怒りのようだが、その頬は明らかに変わっていた。


顔に付けていたペイント、恐らくは絵の具か?

それが少し擦れてしまっていた。

身体の一部が紋章になってる魔族やハーフマゾクなら、ありえない現象だ。

風呂に入っても落ちないし、タトゥーみたいなもんだからな、アレ。


さすが本職の絵描き。

藍は奴の顔の模様が、描かれた偽物だと気付いたようだ。

じっくりとリジー様やネスティの身体を見てきた甲斐はあったってわけだ。


「騙しやがったな…!」

「魔族のフリして人攫いしてるアンタが言うなよ」


適当に言葉を返してやるが、さてどうしよう……

奴さん、マジ切れしてるよなぁ、どう見ても。


舌戦だったら負けない自信はあるが、コイツの力は本物だ。

魔族じゃないって分かっても、ムキムキなパワーを持っているのは事実。

こっちが不利なのは変わってない。


くそっ、救助はまだか?

外にいるカプチー君らがすぐに乗り込んでくるかと思ったけど、何かあったのか?


◆◆◆◆◆


「でなければ押し通ります!」


周が小窓から倉庫に乗り込んですぐ、カプチー君が叫んだ。

この中に誘拐犯がいるなら、なんとか制圧しないといけない。

1人でも戦う意志を見せるあたり、さすがは従士というところだ。


「あぁ?なんだてめぇら!?」

「魔族の手先かぁ!?」

「商売の邪魔すんのはどこのどいつだクォラ!?」


しかしその声を聞いて、商店と倉庫から次々とガラの悪い男達が現れた。

剣やら斧やら、それぞれに武器を構えて僕らに向けている。

どう見ても山賊団です、こんな街中でご苦労なことだ。

しかも、何人かが持ってるナイフには、グンバルッパ家の紋章があるのが見えた。


「いやはや、随分お早い到着じゃあないか」


一人の男が、仰々しい態度で倉庫から出てきた。

荒くれ者達とは違い、身なりの良い服を着ている。


「貴方が、ここの責任者で?」

「責任者というほど偉そうなものでもないよ。ここで売り買いしてる商人さぁ」


僕の質問に、飄々とした態度で答える商人。

種族は人間。歳はたぶん20代後半、僕達よりちょい上くらいか?

人を喰ったようなニヤケ面が、なんとなく蛇を思い起こさせる。


「いやぁ、うちのアジトが何個か潰されたって聞いたんだけど、ここにも来るとはねぇ。

いやぁ早い早い。あの音が聞こえてから、数分も経ってないのにねぇ」


こちらを値踏みするような目つき。

恐らくは噂の奴隷商人だろう。

ニヤケていたように見えた細い目が少し開いた。


「ここを嗅ぎつけられた以上は、生かしておくわけにはいかないんだよねぇ」

「むしろ貴方たちが大人しく捕まってくれると助かるんですけどねぇ」


くそっ、やっぱこういう展開になるか。

いきなり荒事とは、随分余裕がないじゃないか。


東通りにあるという奴隷商人の拠点は、たぶん下位組織。

そこが潰されたので撤退しようとしたところ、藍の防犯ブザーという予想外の事態が起きて焦ってるってところか?

賊の人数がやたら多いし、こっちが本拠だったっぽいな。


「たった2人で何が出来るんだぁ?」

「いやぁ、誰か中に入ったみたいだねぇ。まぁ中にはラプトがいるけどね」


賊の一人が僕とカプチー君を見てバカにした様子でいたが、この商人の頭らしい人は冷静だった。

小窓を見て、周が中に入ったことに気が付いたか。

どうやら中にもまだ敵がいるらしい。

急がないと周たちが危険だ、早く行きたいところだが。


「お前たち、彼らを始末しちゃってちょうだい。急いでね」


この男がぱちんと指を鳴らすと、ずらずらと出てくる山賊らしき男達。

傭兵か?それともグンバルッパ家の従士か?

みんな下卑た笑いしてるし、とりあえずみんな誘拐犯でいいか。


しかしまずい、思ったより人数が多い。

7…8……12人くらいか?


対してこっちは僕とカプチー君の2人。

……あれ?

こっちの方がピンチじゃね?


「カプチー君、1人で行けます?正直に言って」

「すみません……さすがに1人で12人は……」

「ですよねー…」


ひそひそと話すが、カプチー君は浮かない顔。

うん、キミを責めたりはしない。

むしろ貧乏くじ引かせてしまったようで、申し訳ない。


ピュイピュィ……!


中で防犯ブザーはまだ鳴っている。

恐らくマリオン様達も、じきにあの音に気付いてくれるだろう。

それまで生き延びれば活路は開ける……かもしれない。


「さくせん:いのちだいじに!

援軍が来るまで、なんとか生き延びないといけませんね……!」


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