Part19:囚われヒロインなんて柄じゃない


◆◇◆◇◆


「はぁぁっ!?藍が攫われたぁ!?」


突然の連絡に、思わず声を荒げてしまう。


オセロの売り込みと理音の取材のため、再びヨスターさんの賭場を訪れていた俺達。

商談を兼ねてオセロで対決してた理音とヨスターさんだったが、思わぬ形で中断された。


ヨスターさんの元に置いてあった通信魔導機トランシーバーに、パックルさんから連絡があったのがついさっき。

この通信魔導機トランシーバー、まだまだ実験段階のものではあるが便利な道具なので、ソニックス領の主要な人物のところに置かれているそうだ。

『魔王』討伐に参加したというヨスターさんも、領内ではそこそこ重要人物ってことか。


「本当にゴメンなさい!目を離した時にいなくなっちゃって!」


通信魔導機トランシーバーの向こうから、メイド妖精のキルビーちゃんが切迫した様子で話してくる。

鍛冶ギルドからもたらされた報せは、驚愕の内容だった。

沙紀やパックルさん達が鍛冶に夢中になっていた間、どうやら藍は休憩のために一人で外出してしまったらしい。

飲み物を買いたいと外に出たのを武器屋さんが見ていたそうだ。

そして、今も戻ってこないという。

状況的に、その僅かな時間の間に攫われたと考えられた。


「どうしよう、周~!」


沙紀の声も震え気味だ、動揺しまくっているのが分かる。


「落ち着けって!」


ひとまず一喝。

非常事態に陥ったら、パニックになった者が一番危険だ。

動揺したままの頭では、事態を好転させることは出来ない。


俺も一度深呼吸をする。

今日はグンバルッパ家の悪事を暴くため、街中でソニックス家の従士がうろついてるはずだ。

にも関わらず誘拐が起きたってことは……


「例の情報に漏れがあったか、あるいは見せしめか」


見せしめとか怖ぇこと言うなって理音!

もしそうなら、藍の身が危険だぞ!


「とにかく沙紀、マリオン様にも連絡を入れろ!

このトランシーバー、今回のために実戦投入してるから持ってるはずだ。

お前はキルビーちゃんと離れるなよ!?」

「う、うん…!」


沙紀の奴、相変わらず予想外の事態に弱いな……

あの様子だと、俺らがここにいるから真っ先にこっちに連絡入れたんだろうな。

むしろ最初に連絡すべきは指揮官だろうに。

って言ってもしょうがない。


ひとまずマリオン様に状況を知らせるとして、俺達はどうするか……


「僕らも行きましょう!」


理音は既に立ち上がって、もう部屋を飛び出そうとしていた。

こいつもパニクってないか!?


「おい、アテはあんのかよ!?」

「無い!けど、今探さないとマズイ気がします!」


そう言って、部屋を飛び出してしまった。


「お前まで一人で行くなっつぅの!」


くそっ、焦りは敵だがアイツの勘は侮れない。


グンバルッパの従士達は、東通りに近い路地にこっそり拠点を作っていたのが分かってる。

だからマリオン様らも、今日は東通りを中心に捜査してるはずだ。

鍛冶ギルドは西通り、賭場こっちの方が近いのも確かだ。

そして、この辺りはまだ従士達も来ていないだろう。


「すんません、ヨスターさん!話はまた後日!カプチー君、頼む!」

「は、はい!」


雑な挨拶になっちまったが、試作オセロは置いてくんで勘弁してほしい。

俺はカプチー君を連れて、理音を追って賭場を飛び出したのだった。


◇◇◇◇◇


私が連れてこられたのは、倉庫と思しき建物だった。

西通りは冒険者向けの商店がいくつかあるから、そのための倉庫があるのは自然だろう。


「あだっ…!」


私は後ろ手を縄で縛られた状態で、その中に乱暴に押し込められた。

おかげで受け身が取れず、床に転がされた。

男達は「大人しくしてろよ」と言って早々に出ていってしまった。

まったく、レディの扱いがなっていない…


「ここは……」


倉庫の中には、他にも女の人が何人かいた。

私を含めて、6人かな。

私と同じように、どこかで脅されて連れ去られてきたのだろうか。


「思ったよりも人がいる……」


グンバルッパ家の従士やその協力者が、奴隷商人を使ってるらしいのは聞いていた。

私も商品ということか。

このまま何もしないでいたら、売られた先で何されるか分からない。

ま、ここにいるのが女の人ばっかりって時点で、ロクでもないことをされちゃうのは間違いない。


「大丈夫ですか?」

「ん、大丈夫。ありがとうございます」


倉庫内にいた人が一人、私に声をかけてきた。

転がったままの私は返事をして、その人を見上げる。

この人も後ろ手を縛られてるけど、立ち上がって近寄ってきた。

私と同じく、縛られてるのは手首だけのようだ。


第一印象は『ザ・お嬢様』という人だった。

薄いピンクのドレスを着ており、歳はたぶん10代半ばから後半。

長い金髪を揺らす、可愛らしいお嬢様だ。


そして、デカい。

まさかこの若さで、奈美やネスティと張り合える子がいるとは。

手が後ろで縛られてるせいで、そのデカさがよく強調されている。くっ…!

いかんいかん、初対面の子に何ムキになってんだ私。


その横には、メイドさんと思しき人がいる。

黒いワンピースに白エプロンにカチューシャという、由緒正しきザ・メイドさん。

銀髪をショートに揃えていて、ちょっと猫目というか釣り目な感じ。

どことなく沙紀に似てるかも。


それにしても、こんなお嬢様とメイドのセットが誘拐されてるのか。

明らかに大問題じゃないのかな。

ソニックス領の治安は、思った以上に悪いものだったようだ。


「こんなにたくさんの人が攫われてたなんて…」

「ん、私はすぐそこで捕まった。買い物途中なのに……貴女達も?」

「我々は所用でソニックス領を訪れたのだ。しかし、街中で堂々と人攫いが横行するとは…」


メイドさんが恨むようにつぶやく。

まったくだ。

白昼堂々とこんな調子じゃ、賊さん達もさぞヌルゲーに思ってるだろう。


んしょ……

手首を縛る縄だけど、そこまで強くない。

攫ってすぐだもんね、ちゃんと縛られてないのかも。

なんとか縄がほどけないか、腕をぐいぐいと動かしてみる。


そんな私の様子をよそに、お嬢様とメイドは会話を続けた。


「やはり、魔族がいるという話は本当なのかもしれません」

「ソニックス家は、もう……支配されているのかもしれませんね」


その瞬間、周りの人達もみんなビクって怯えだした。


ん?

ちょっと待って。


「どういうこと…?」


お嬢様、今の言葉は聞き逃せませんよ。


「ちょっとノキア!」

「失礼、無駄に不安を煽るようなことを口にしてはいけませんでした」


先に魔族の話を出したのはメイドさんの方だよね。


しかし、少し口にしただけでみんな怯えだすなんて。

それだけ魔族が怖がられてるってことなのかな。


ともかく、この人たちは誘拐が魔族の仕業だと思ってるみたいだ。


どうしよう……?

それが違うというのを、私は知っている。

けど、うまく説明できるのかな…?


私はそこまで口は上手くない。

逆に、変に混乱させてしまうかもしれない。

ただでさえ、初対面の人と話すのは苦手なのに。


けど、今は非常事態。

うだうだしてる場合じゃない。


「あの!私達を捕まえたの、魔族じゃないです」


とにかく、まずは誤解を解かないと。


「私、ソニックス家にいる人間です」

「えっ、貴女が?」

「今、この領ではグンバルッパ家の従士が悪さしてるんです。

この間、私の仲間が襲われました。

魔族がいるという噂を隠れ蓑にして、色々してるみたいなんです」


お嬢様の方が驚いているのを機に、私は一気にまくし立てた。

間違ったことは言ってない、よね。

しかし、私のことを怪訝な目で見るのがメイドさん。


「いけませんよ、お嬢様。従士なら、家紋の装備を持っているはずですから」


メイドさんは私の方を疑っているようだ。

確かに、貴族のお屋敷にいる人間には見えないよね、私。


「仕えてるわけじゃないです。ここ最近、泊めてもらってます」

「いくら誘拐された身であっても、身分を偽ってお嬢様に近づこうというのであれば、許すわけにはいきませんよ」


困った…メイドさんは取り合ってくれない。

確かに私は、誰かに仕えるような人には見えないだろうけど。


「それに、我々は遭遇しているのです。あの恐ろしい魔族と…」

「えっ!?」


今度はこっちが驚く番だ。

本当に魔族が人攫いをしているのだろうか?


わたくし達は、ソニックス領を経由して、リンクス領へと向かうところだったのです。

ですが、このソニックス領に差し掛かった時、恐ろしい男が立ちふさがりました。

顔に紋章がある、異様な男でした」


お嬢様が悲痛な顔をして話してくれた。


身体のどこかに紋章がある、それが魔族の特徴。

もし事実なら、人攫いにも魔族が関わっているということだろうか。


「あの人の暴れぶりに、傭兵たちも散り散りに……

私たちは、大人しく捕らえられるしかなく……」

「そう、でしたか……」


震えているお嬢様を前にして、私は困ってしまった。

恐ろしい男に襲われたというのは事実なのだろう。

怖い目に遭ったのに、わざわざ思い出させてしまって申し訳ない。


…しかし、どうにも違和感がある。

なんでこのお嬢様、わざわざソニックス領に来たんだろ。

確か、リンクス家って南東にある、もう一個の伯爵家だよね。

わざわざソニックス領を通るのって、遠回りじゃない?


しかし、それをうまく説得できそうにない。

伝達力が足りない。困った……



すると、扉の向こうが騒がしくなっているのが聞こえた。


「……ニキ、大変だ。東……中が…!」


男達の声は断片的にしか聞こえないが、だいぶ慌ててる様子だ。

何か非常事態が起きたらしい。


たぶん、他の誘拐犯をマリオン様達が捕まえたんだろう。

確か、東通りを中心に奴隷商人が潜伏してるらしいというのは聞いている。

そっちはうまくいったのかもしれない。


それは良いことだけど、もしかしたらここに私達がいることに気付いていないかも。

牢獄にいたグンバルッパ従士が情報をくれたらしいが、もしここのことが漏れていたとしたら。

この倉庫のことは、ソニックス家の皆はまだ誰も知らないかもしれない。


「ちっ……ここもヤ…いか…………だけ…して………………げるぞ……」


緊迫した男の声色が、少しだけ聞こえた。

よくない想像が私の頭をよぎる。

ひょっとして私達を殺して逃げるつもりだろうか。


…ありえる。

そうなると非常にマズイ展開だ。

ここで何もしなければ、皆連れ去られるか、殺されてアウト。



……このまま誰にも気づかれないままなんて、絶対嫌だ。



んしょ、んしょ!

なんとか手首を動かして、縄がほどけないか試す。

ぐりぐりと暴れるように腕を動かす。

すると……


「!……やった!」


やっぱり結びが緩かった。

するりと縄がほどけて床に落ちていく。

これなら理音の方がもっとうまく縛れるだろう。

とにかく、手首が自由になったのは大きい。


立ち上がって、必死に倉庫の中を見渡す。

何か使えるものはないか?

もしくは、外に出る手段はないか?


少し高い位置にある小窓が開いているのに気がついた。

換気のためだろうか。

少なくとも地下室に閉じ込められたわけではない。

なら、あそこから外に助けを求めることは出来そうだ。


「あそこから出られないかな…?」

「…ちょっと高いですね」


小窓は吹き抜けの天井近く、2階くらいの高さだ。

お嬢様も残念そうにしている。

頑張れば届きそうだが、倉庫の中にはハシゴも脚立も無さそうだ。

なんで無いんだろ…


「それに、あそこから声を出しても、外に聞こえるかどうか」


メイドさんの意見に、私も思わず言葉を詰まらせる。

確かに、あの窓の向こうに人がいるかどうかは分からない。

私は大声を出すのは得意じゃないし、もっと遠くまで音が聞こえるようにしないと。


ん?

外に助けを求める手段……



「……音……遠くまで」



……あ、ある!

私は自分のポケットの中を探る。

あるものが入っていたはず……あった!

たぶん、まだ使えるはず!


「えっと、一応、手はあります。ちょっとリスクあるけど…」


普段から持ち歩いていたものが一つある。

念のため持っていたけど、日本ではついぞ使うことが無かったもの。

まさか異世界で出番が回ってくるとは思ってなかった。

盗賊さん達に盗られなくてよかった。


「それは?」

「大きな音を鳴らす道具」

「ちょっと、ここで大きな音なんて出したら…!」


私が取り出した『それ』を、お嬢様が興味深そうに見た。

だが、メイドさんはそれを止めようとする。


確かにこれを使えば、確実に外に異変は伝わる。

ただ、倉庫内にいる悪党さん達にも気付かれるだろう。

私は下手したら殺されるかも。


どうするべきかと思案する間もなく、バァンと音を立てて倉庫内の扉が開かれた。


目が怖い、細くて目つきの悪い男が入ってくる。

その男の顔の左頬に、変な紋様が描かれていた。

この人が、噂の人攫いの魔族だろうか。


「ちっ、可愛そうだがそっちの娘だけは来てもらうぜ!残りは処分だ!」

「ひっ!」


その男が見ていたのは、さっきから私が話していたお嬢様。

それ以外処分って…

もしかして私、かなりピンチ…!?


もはや猶予はない。

助けが来てくれることを信じるしかない。


覚悟を決めて、私は『それ』のスイッチを強く押した。

お願い、みんな気付いてよ…!





ピュィィピュィィピュィイイイイイイイ!!!!






けたたましい音が鳴り響く。


「おい、何の音だ!!」


思わず耳を塞ぐ魔族らしい男。

倉庫内の女性たちも目をつぶっている。

手が縛られてちゃ耳塞げないからね。

うるさくしてゴメン。


私が持っていたのは、痴漢防止のための防犯用ブザー。

人が多くて騒がしい大都会でも通用するよう、小形の割に高性能なものだ。

なんでこんなもの持ってるかって?

もちろん、日本にいた頃から身の危険を感じたことがあるからですよ。


さすがにこんな音が突然聞こえてきたら、倉庫の外にいる人にも異変が伝わるだろう。



「それか…!」


男の視線が私に向く。

うぅ、囚われヒロインなんてのも柄じゃないけど、ヘイトを集める役なんてもっと柄じゃない。

けど、今はこれしか手がない。


助けが来るまで、なんとかこれを壊されないようにしないと…!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る