Part18:油断すると取られるのが駒


◆◆◆◆◆


「…ということがあったんですよ」


パチリ、とオセロの石を置く。

ひっくり返って黒の石の数が多くなってきて、対戦相手であるヨスターさんが唸っている。


再び賭場を訪れた僕は、奥の事務所で彼と対峙していた。

一緒にやってきた周とカプチー君が、オセロの試合の行く末を見守っている。



なぜまた賭場にといえば、いくつか理由はある。


まず、本来の僕の役割だった、遊戯盤ボードゲームを流行らせるための実験。

実は少し前から、試作品の遊戯盤が出来ていたのだ。

もちろん、オセロ。


以前僕が持ってきたポータブルサイズよりも、少し大きめのオセロ盤だ。

これで大きなテーブルの上でも、ちゃんと観客に見せながら遊ぶことが出来る。


これは、魔工ギルドの一部門に作ってもらったものだ。

ギルドには日用品や嗜好品を作ることを専門にするチームがある。

鍛冶だけでなく、木工、石工、金細工など様々な職人と連携して物を作れるようになっている。

材料の生成に魔法が関わっており、大抵の物は作れるという自信があるそうな。

奈美が発注した岡持ちもそうだが、見た目や特徴を教えればその再現を試みてくれる。


今回のオセロは、僕が実物を持ってたからね。

再現は非常に楽だったらしい。

職人が作り上げた木製の土台に、綺麗に揃えられた石が64個。

石を収納するケースも盤についており、すぐに遊べるように出来ている。


魔工ギルドの実力は確かだ。

今後はいろんなボードゲームを作れるだろうということが分かった。

製紙産業も強いから、もしかしたらカードゲームも作れるかもしれない。

まぁ、さすがにテレビゲームみたいなデジタルなものはまだ無理だろうけどね。


ともかく、遊戯盤ボードゲームの作成は出来そうだが、流通できるかは未知数だ。

そこで、主な顧客になるであろう賭場にいくつかの試作品を持っていくことになったのだ。

周が同行しているのはそのためだ。

売り込みなら、僕より彼の方が適任だろうからね。



2つ目の理由は、ソニックス家領主夫妻に関する取材。

ヨスターさんもまた、ソニックス家の機密を知っていた人だからだ。

なんでもこの人は、名の知れた傭兵団の長だったんだそうな。

『魔王』討伐の際にも、傭兵団を引き連れて手を貸していたらしい。

今は引退して、こうして賭場の元締めをしながら、裏通りの事情通として領に協力しているのだった。


『魔王の娘』と英雄の関係を公表するための布石として、物語にして人々の印象を変えようという試み。

しかし、物語といえど実在の人物をモデルにするから、脚色はしても嘘は書けない。

間違ったイメージが広がってしまったら本末転倒だ。


なので、『魔王』討伐の時代を知る人々に取材して、ご領主夫妻の旅路を出来るだけ正確に知りたい。

しかし、ご本人が不在なのだから、彼らの協力者から聞くしかない。

こうして僕は、英雄の協力者巡りをすることになっている。

なんでこんな雑誌記者みたいなことしてるんだろうな、僕……


ちなみに、取材を受ける条件は、オセロで勝つことだと言われた。

実際に勝負してみて、遊戯盤の感触を確かめたかったのもあるんだろう。

あるいは、取材について僕の本気度を確かめたかったのかもしれない。


既に1度勝負しており、僕が勝利を収めた。

悔しかったのか、ハマったのか、もう一勝負と請われて今に至る。

とりあえず、取材を引き受けてくれたのはありがたい。


「じゃんけんに、オセロに、日本刀に、カツ丼に……

お前らのおかげで、最近退屈しなくていいなオイ」


くっくっくとヨスターさんは笑う。

彼の元を訪れた3つ目の理由は、昨日周たちが暴いたグンバルッパ家の情勢についてだ。

奈美がカツ丼の力で、賊たちの罪を自白させることに成功。

そのおかげで、お隣さんの情勢がかなり酷いものであることが明らかになったのだ。


グンバルッパ子爵は領内に過大な税を課し、自分達は贅沢三昧。

金品や女を巻き上げ、やりたい放題な状態らしい。

農作物の生産もひどい状況らしく、民は常に飢えの恐怖に怯えている状態だった。

そんな情勢が長く続けば民たちの不満は高まるだろうが、お構いなしな様子だ。


だがそうなると、子爵家としても奪えるものだって少なくなる。

自分の領地で奪い続けてればそうなるのは必然だ。

彼らは自分達の贅沢な暮らしを維持するために、別の領地を奪うことを考えた。


そこで目を付けたのがソニックス領だ。

小さい領なのになぜか食料が豊富。

魔道具の生産拠点という性質。

この地は、奪い取る旨味がある。


冒険者の流入があるから、治安は不安定。

『魔王』に対する負のイメージがあり、この地で起こる悪事は、まず魔族に疑いの目が向けられる。

それを利用してソニックス家の求心力を落とし、グンバルッパ領に併合する。

そう企んだらしいのだ。


随分と浅はかな考えに聞こえるが、それだけソニックス家が舐められているということか。

あるいは、それでもグンバルッパ領の方がマシと思われるほど、魔族に対する負のイメージが強いのか。


「ドンクス会長も調べてくれたが、やっぱりいくつかの店がグンバルッパ家に取り込まれてたみたいっすね」

「物品の横流しはおろか、人攫いに加担する者がいたとは…嘆かわしい限りです」


周とカプチー君の言う通り、領内でもグンバルッパ家の企みに手を貸した奴らがいた。

以前周が見つけた、脱税疑惑のある店。

それらはグンバルッパ家に賄賂を渡したり、品物の横流しをしていることが分かった。


さらに、最近では人攫いが横行しているのも明らかになった。

ソニックス領内だけでなく、近隣の領内でも行方不明者がいるのだ。

ソニックス家は奴隷が禁止になっているが、どうも奴隷商人達が密かに出入りして領内で取引がされているらしい。

確かに領をまたいでの裏取引なんて、どこかに拠点が無いと無理だ。

その点、ソニックス領は3つの領の中継地点として拠点にしやすいのだ。


しかし、それが世間に明らかになれば、まず疑いの目が向くのはソニックス家の方。

人攫いの代名詞である『魔王』のイメージが、常について回るのだ。

それを隠れ蓑に、好き放題してるやつらのことがいるにも関わらず。


「チッ、オレのシマで、んな舐めた真似してくれるとはなぁ…!」


ヨスターさんとしても怒りは収まらないようだ。

賭場に出入りしてた客の中にも、悪事に加担していた輩が紛れていたわけだからな。


「いずれにせよ、さすがに見過ごすわけにはいかないでしょう。

マリオン様たちも、昨日から従士を総動員して捜査に乗り出しました。

たぶん、今日は領内で大捕り物の大騒ぎだと思いますよ」


だが、彼らの悪事はハブロというグンバルッパ従士が告白してくれた。

攫った人物や取り込んだ店、裏取引のルートなど、かなりの情報を提供してくれたのだ。

マリオン様達は昨日、その情報の精度を確かめるために調査に動いていたはずだ。

そして彼の情報は信憑性があると判断され、今日は大掛かりな捕り物劇を仕掛けるつもりでいる。


ソニックス領で人が攫われたとなれば、魔族に攫われたと考える人が多いという世間。

しかし、それが魔族への濡れ衣であると、当のソニックス家の面々が救出したとなれば多少は見直されるだろう。

マリオン様らはだいぶ張り切っている。


「そんな状況でも、お前さんらは独自に動いてんだな」

「事件があるからといって、僕らが休みになるわけではないですし」

「カプチー君には無理言っちまって悪いな」

「いえ、マリオン様の要望もありますし。ボクは正直、戦闘より商談の方が好きですから」


僕と周はこうして賭場へ商談と取材に来ている。

こっちも大切な仕事だからね。

護衛としてカプチー君をこちらにつけてくれた。

毎回護衛を付けてもらって申し訳ないが、街を出る時は誰かに護衛を頼むようにというのがマリオン様からの要望だった。


ちなみに今日は、沙紀さんと藍も鍛冶ギルドに出掛けている。

どうやらパックルさんが何か手応えを掴んだらしく、早く出来栄えを見て欲しいとのことだった。

こっちにはキルビーが護衛についている。


奈美は領主館でお留守番。

今頃は一緒に残ってるリジー様に料理を教えているだろう。

ここにはクラウディスさんが護衛に残ってるはずだ。


残りの従士達はマリオン様の指揮のもと、領内で悪事を働く悪漢どもの確保に向かっているという状態だ。

荒事は専門家に任せておこう。

僕らは僕らの出来ることを粛々とやるのみだ。


パチリ、とまた石を置く音が聞こえる。

いくつかの石が白にひっくり返り、ヨスターさんの手番が終了した。


「ふむ……」


ヨスターさんは何か考え込んでいる。

何か気になることがあるのだろうか?


「いや何、お前らが来てから間違いなく、この領には変化が訪れている。

今回のことといい、若もだいぶ顔つきが変わったからよ」


確かに、初めて会った時のオドオドした態度はだいぶ改善された。

気弱なところはあるが、元来真面目な性格なんだろう。

それが少し、明確な目標を立てたことで積極的になってきただけだ。


「大したことはしていませんよ、僕たちは」


それでも、僕らがしたことといえば、自分達の持ってる知識を教えただけだ。

僕に至っては、ほとんどオセロで遊んだくらいしかしていない。

僕らの話から得た知識を力に変えていっているのは、ソニックス領の人々の力だ。


「謙虚だな。だが、変化を起こすってことは、必ずそれを嫌う勢力ってのが現れるもんだ」


ヨスターさんの言う通り、変化には抵抗がつきものだ。

魔族の名誉回復という変化が起きれば、必ず何かが起きるだろう。

『変化に犠牲はつきものだ』と言うつもりはないが、僕達がソニックス家に協力することで"何か"が起きる可能性は高い。


「ですね……」


パチリ、と僕は手番を終える。

黒石が少しずつ優勢になっている。


「油断すんなよ。追い詰められた奴ってのは、何しでかすか分かんねぇからな」


そう言ってヨスターさんは、白石を置いた。

むっ……この配置は!

バクダンと呼ばれる、ひっくり返されない石を仕込むテクニックだ。

しまった、こんな簡単に作らせてしまうとは凡ミスもいいとこ!


油断、か。

確かになんか、じわじわと背中がうずくような嫌な予感がするんだよなぁ……



◇◇◇◇◇


暑い……


どうして鍛冶場というのは、こうも暑いのだろうか。


そりゃあ、鉄は熱いうちに打つものだし。

全体的に熱いものを扱う作業場だっていうのは分かってる。


ただ、暑い。


鍛冶場にいる私はさながら蒸し焼きの刑に処されてるようなもの。

根っからのインドア派な私には、この熱気に長時間晒されるような体力はない……

もう汗ダラダラだよ……


「おぉし、いい感じじゃねぇか!?」

「凄い…!どうしてこんな短時間でここまで…」

「そりゃあアレよ!こないだの話を魔法ギルドの連中にも話したら、砂鉄をぐーっと集める魔法ってのを考え出してよ!

そこからは魔工ギルドの連中も乗り気になって、あれやこれやの道具作りの大騒ぎよ!」

「なんだか分からないけどすごーい!」


キルビー、能天気だなー。

私もよく分からないけど、なんかすごいのは分かった。


パックルさん、沙紀、キルビーが囲んで見ている石。あれが玉鋼なのかな?

たった数日でそれっぽいものが出来たとなれば、確かに凄いことだけど。



暑い……

沙紀、なんで平気なの……?

シャツ透けてるのも平気なの……?



「これを鍛錬していきゃ、ニホントーってのになるんだな!」

「待って待って。まだ色々と工程があったはず。芯金ってどう作るんだっけ……」

「サキすごーい。鍛冶師みたーい」

「がっはっはっは!嬢ちゃんなら弟子入り大歓迎だけどなぁ!」


…あっちは盛り上がってるけど、私はちょっと話に混ざれない。

暑くて話に集中できない……


あ、喉カラカラ……

これ以上いたら、本当にやばいかも。

昔みたいに、熱中症でぶっ倒れたくない。


「ごめん、ちょっと外出てくる」


そう言って、私は鍛冶場を出た。

私、声が小さいけどちゃんと聞こえただろうか?

けど、それを確かめてたら、私の頭の方が沸騰してしまいそうだった。



……ふぅ。



階段を上り、鍛冶ギルド内の奥にある鍛冶場から、武器屋の方へと戻ってきた。

まだ多少暑いが、あの中にいるよりはマシだ。


「お、どうした?」

「暑すぎて、参った」

「ははっ、そりゃ一般人にゃあちぃか」


武器屋さんにも心配されてしまった。

汗ダラダラで一人だけで出てきたら気遣われるよね。

なんだか視線が私の身体に向いた気がしたけど、しょうがない。

汗吸って服がぺとってなっちゃってるし。


男の視線の先なんて大概決まってる。

ま、私は沙紀よりあるもんねー。

それにしても、喉が渇いた……


「確か、ジュース売ってたね。あの通り」


表通りに出たところに、飲み物を売ってる屋台があったはずだ。

この辺りは冒険者達も来るから、景気づけの一杯、もしくは帰りに一杯というのはあるらしい。

この鍛冶ギルドには何度か来てるけど、来る時にいつも目に入ってたから気になってたんだ。


「あん?確かにあるが、大丈夫か?」

「すぐそこだし平気。お金も持ってる。ちょっと行ってくる」

「お、おう……」


私はそのまま武器屋を出て、通りに出た。

暑いときは冷たいものを飲むのが一番だよね。

沙紀にも何か買ってこよう、頑張ってるんだし。


それにしても、沙紀は本当に刃物のことになると強いなぁ。

なんであそこまで好きなのかはちょっと分からないけど、熱中できるものがあるっていうのは羨ましい。


刃物に目を輝かせる沙紀や、ゲームに対して熱くなれる理音、料理に対して全身全霊な奈美。

私の周りは、何かのオタクやマニアといった人がほとんどだ。

私も絵は好きだし漫画も好きだけど、あそこまで熱くなれるかと言われると分からない。

仕事にしてる以上、頑張ってるつもりだけど。


……暑いせいか、なんか余計なこと考えちゃった。

早く買ってこよう。


鍛冶ギルドがあるのは裏通りだが、表通りに出るには通り道一本だ。

建物の陰でやや薄暗いし人がいないけど、まぁ大丈夫だろう。

真昼間だし。




……それが、油断だったのかも。




「んっ!?」


通り道を半分くらい歩いたところで、突然口を塞がれた。

建物の隙間から男の手が伸びてきたのだ。

突然のことで訳も分からなかったが、そのまま私は肩も掴まれて裏路地に引き込まれた。


「女一人で出歩くなんて、不用心だよなぁ?」

「へへ……おとなしくしてろよ」


首元にナイフが突きつけられた。

私を掴んでる人の他に、もう一人男がいる。

これは……抵抗は無駄ですわ。


沙紀みたいに戦えるわけでも、理音みたいにハッタリが出来るわけでもない。

私は何も出来ず、とりあえずこくりと頷いた。



そのまま私は、男達に連れ去られた。

裏路地の奥にある建物の中に連れ込まれた。



しまったぁ……

攫われキャラなんて、私の柄じゃないと思ってたんだけどなぁ。

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