Part17:刑事ドラマ御用達


◆◇◆◇◆


「奈美、本当にやる気なのか?」

「まーまー、ネスティさんに頼れないならこーするしかないでしょ~」


翌日。

理音や沙紀、藍が鍛冶ギルドに出掛けている間。

俺と奈美は街外れの駐屯所内にいた。

ここの地下には、捕まえた犯罪者を捕えておく牢屋が備え付けられている。


グンバルッパ領の従士が、このソニックス領にちょっかいを掛けている。

スパイと呼ぶにしてもお粗末だなと俺達は思っていたのだが、なんとそこの子爵閣下から、捕らえた奴らを引き渡せという要求が来た。

それも、周りの家を巻き込んで脅しに来てるんだからタチが悪い。


しかし、魔族の名誉回復を目指してるマリオン様からすれば、下手に周りと事を荒立てたくはない。

かといって、コソコソ何か企んでる奴らを放置しても、何をされるか分からない。

どうしたもんかと思ったところで、また奈美が言い出したわけだ。

自白させればいいんだよね、と。


そんなノリで、急遽奈美が取り調べに参加することになってしまった。

襲われた当人が犯人相手に取り調べするとか、相変わらずどういう思考をしているのか。

さすがに心配なので、俺とフォックスさんが同行している。


「しかし、美味そうな匂いだな」


一緒に廊下を進むフォックスさんが唸る。

さすがは狐の獣人、さすがはイヌ科。

空腹感を刺激する匂いに、涎が止まらないらしい。


領主館の台所からわざわざ作ってきたソレに興味津々だ。

良い香りが廊下に漂い、すれ違う人がみな奈美が運ぶものに注目する。

雰囲気が大事だと言って、わざわざ職人に作らせた岡持ちに入れて持ってきている。


奈美コイツの武器は、いつだって料理だ。



「取り調べには必須でしょ、カツ丼!」



ホント、ドラマや映画の影響を受けやすい奴だよなぁコイツ。


◆◇◆◇◆


石造りの階段を降りて地下道を進み、ついに地下牢へと到達した。

牢屋の中には、この間捕まえた人たちがいる。


「お、なんだよぉ綺麗な姉ちゃんの登場かよぉ~」

「ん? なんだ賭場で大当たりかました姉ちゃんじゃねぇか」

「まさか俺らに会いに来たとかぁ?ひゃはは」

「…………」


下衆な笑いをする奴らがいる。

なるほど、従士というより盗賊というのがしっくりくる。

理音の奴、奈美と一緒にこいつらと対峙してたんだよな。

アイツもとことん運が悪いというか。


「まだ痛い目に遭い足りてねぇようだなァ?」

「ゲェッ!?デカギツネ!?」

「お、おい!捕虜の虐待は法律で禁じられてるはずだろ!?」

「ほーゥ?捕虜ってのはァ一生懸命戦った末に敗れて捕らえられた戦士のことで、悪事を働いて捕まった奴らを捕虜とは言わねぇと思ったんだがなァ」


フォックスさんがポキポキと腕を鳴らしながら睨みを効かせている。

この国の法律上では一応、拷問の類は一定の条件が揃えば許可されている。

悪いイメージが付くから皆やりたくないだけで。


「まーまー、会いに来たのはホントだからね~」


奈美の方はお気楽に言う。

襲われたことなんて気にしてないとでも言いたげだ。

いや、護衛のフォックスさんがいるから、安心してるのか。


「お、なんか美味そうな匂いがすんな!」

「げっへっへ、姉ちゃんが俺達のために飯作ってくれたのかい?」

「うん、そうだよ~」

「ひゅぅぅぅ、マジかよぉ!!!」


奈美の言葉に大盛り上がりの賊たち。

美人のお手製となれば、まぁ期待したくなる気持ちは分かる。


当の奈美はニコニコしながら岡持ちを置いた。


「朝から時間掛けて作ったんだよ~」



カァン、と岡持ちを置いた床から音が響く。

その音が、一瞬の静寂を生み出した。

だからこそ、か。

彼女の次の言葉は、地下牢内によく響いた。







「だって、最後のご飯だもんね」








「「「「「「え?」」」」」」




空気が、凍った。


賊たちだけじゃなく、俺やフォックスさんすら呆気にとられた。


奈美の雰囲気が、今までと違う。

いつものように喋っている、そのはずだ。

だが、賊たちを見下ろす奈美の表情は、憐れみを含めたものになっている。


「美味しいご飯を食べれるのも、温かい場所で寝られるのも、これが最後かと思うとね~」

「ちょ、ちょっと待て。それってどういう……」

「だから、気合を入れて作ってきたんだよ。最後の思い出になるようにね~」

「待て、最後ってアンタ…」

「こんな美味しい料理、"2度と"食べられないだろうしね~」



ニコニコしてるけど、怖い。



よく通る声で、努めて明るく聞こえるようにはしている。

だが、その声色には、確かに憐れみが混じっていた。

彼女の声がよく通る分、その言葉には有無を言わせぬ迫力があった。

このまま彼女の言うことを聞いたら、二度と後戻りできないような……

そんな錯覚すら覚えた。


賊たちが慌てて「待て」と言ってるが、その一切を無視して話し通した。

自分の役目は、ただ料理を出すだけなのだと、そう言わんばかりに。


妙な気配を発したまま、奈美は岡持ちの扉を開けて中を覗き込む。


「あ、やっばー。4人いるなんて聞いてなかったよ~。しょうがない、食べたい人だけにあげよう!」

「待て、待ってくれ…!」


奈美が発する圧力に、気圧されたままの賊たち。

そんな彼らの様子は気にせず、奈美は岡持ちから料理を取り出した。

彼らを黙らせる、まさに必殺料理スペシャリテだ。


「正直に言ってくれた人にあげよう!さぁ、食べたい人はだーれ?」


ニコニコ笑顔で取り出したるは、見事なカツ丼。

どんぶりにご飯、その上に玉ねぎと豚カツの卵とじ。

最後にミツバを乗せた、ザ・スタンダードなカツ丼である。

醤油はこの国に無かったはずだが、代用できる調味料を見つけたのか?

丼から漂う香りが地下牢へと広がっていく。

くそぅ、いい匂いだな。


「…………」


奈美が丼を差し出す姿に、賊たちは完全に押し黙っている。

確かに旨そうな料理だ。

だが、さっきから奈美自身が発している異様な迫力に押されて、完全に固まってしまっている。

まるでこの料理に手を出したら、もう2度と戻ってこれないかのような……

そんな威圧感を感じているのかもしれない。

横で見てる俺ですら、そう思うんだからな。


「さぁ、どうぞ?」


なんで取らないの?

と不思議そうに首をかしげる奈美。

顔はまぁいつもの笑顔なんだが、自分が謎圧力を発揮してるのは気付いてないのか?



「……オレが食う。もう、楽になりてぇんだ」


すると、一番奥の牢にいた男が声を上げた。

賊たちの中でもはしゃいだりせず、ずっと黙ってた男だ。

確か、沙紀にナイフを投げられた男じゃなかったか?


「にゃはは。じゃあ貴方にあげましょ~。はい、どうぞ。熱いから気を付けてねぇ~」


奈美は笑顔を綻ばせ、男の前に丼を差し出す。

ちなみに、スプーンも一緒に丼の上に載せている。

さすがに割り箸は無かったか。


男はカツ丼を受け取ると、しばらくじっと眺めていた。

やがて、意を決してスプーンを取り、カツと米を一気にかき込んだ。


「う……うぐ……」


急に男が丼を持ったまま、うずくまった。

他の賊たちも、俺達も、その様子を固唾を飲んで見ている。

ただ一人、怖いもの知らずの女だけが、その男に近づいた。



「美味しい?」



さっきまでの圧力はどこへやら。

いつもと変わらないお気楽な女が、そこで微笑んでいた。


それを見た男の方は……



「うめぇ………」



泣いていた。



大の男が、涙流しながら、奈美のカツ丼をかき込んでいた。

泣くほど美味いのか。

それとも、故郷の味でも思い出したか?

まさか本当に、刑事ドラマでしか見たことないような光景を見るとはな……


「くそっ……こんなにうめぇの、故郷じゃ食えねぇってのによぉ……」

「そうなの?グンバルッパ領って、ソニックス領より大きくて立派なんだと思ってたけど?」

「あのクソ領主んとこだけだ!アイツら、人のことも知らないで贅沢三昧しやがって…!」

「ひどい領主様なんだ~?」

「やっとの思いで従士になったってのに、盗みに人攫いに……非道なことばかりさせられてよぉ……なんであのクソ領主の命令なんて聞かなきゃいけなかったんだ……」


おい、なんかすげーこと聞き出してねぇか?


感極まったのか、男の慟哭は止まらない。

涙だけじゃなくて、抱えてた秘密までボロボロと溢れ出てるぞ。


だが奈美はといえばその男に、真摯に向き合う。

本気で同情するように、男の前に座り込んで話を聞いていた。


「うわぁ……大変だったんだねぇ」

「母ちゃんに、立派な騎士になるって言ってたのによぉ……なんでこんなことになっちまったんだぁ……」

「従士をやめるってことは出来ないの?」

「一回主君の元を離れた従士なんて、誰も雇ってくれねぇよぉ……」


信用を失った者の末路なんて、大概ロクなもんじゃねぇもんな。

たとえ雇い主に問題があったとしても、一度ついた仕事を投げ出すことは人生に大きな傷を残す。

この国では転職が難しそうだな。

働き方改革は遠そうだ……




「……今までの自分を全部捨て去っても、案外生きていけるよ」



奈美の表情がまた変わった。


優し気な口調で、真剣な表情で男に語りかけている。

その様子に、思わず俺達もみんな黙って聞き入ってしまっている。


「あたしも家を飛び出していったからさ。

今までのものを全部捨て去るのが、凄く勇気がいることなのは知ってる。

けど、世界って案外大きくってさ。

酷いことをする人もいれば、助けてくれる人もいる。

人が生きていける隙間って、結構色んなところにあるんだよ」


『ね?』とこっちを見た。

まぁ、高校卒業をしてから大変な思いをしたってのは少し聞いてるけどよ。


「あたしは諦めたくなかった。だからずっと足掻いてきた。

おかげで、助けてくれる人に出会えた。

本気で力になりたいって思える人達に出会って、あたしは変われた。

きっと大丈夫。貴方にも、自分を変えることが出来るはずだよ」


にっと笑う。

慈愛と自信に満ちた笑顔。

見た人間に勇気をくれる、といえばいいのか。


なんだこれ、これがほんとにいつもお気楽なあの幼馴染か!?



「そうだなぁ……オレも来世じゃ、助けてくれる人に会いてぇなぁ……」

「……は?来世?なんで?」


うなだれながらの男の言葉に、奈美は本気でぽかんとした表情になる。


「…え?だってよぉ、この飯が最後って、そういうことなんだろ?」


俺は思わず吹き出しそうになる。

こっちも何か噛み合ってないことに気が付いたか。



「奈美。お前のさっきの態度だと、このカツ丼に毒でも盛ってあるかのように聞こえたぞ」


これが最後、もう2度と食べられない、最後の思い出。

さっきの謎の迫力もあって、最後の晩餐を勧めてるようにしか見えなかったぞ。


「はぁ~~~!?料理人たるあたしが、料理に毒を使うとか絶対あり得ないってばぁー!!」

「だと思ったよ」


まぁ、この男が勝手に勘違いして色々喋ってくれたから黙ってたんだけど。

奈美は心の底から心外だと怒りを見せている。

さっきからコロコロとよく変わる顔だなぁ。


「じゃあ、最後の飯ってのは…?」

「え、ここで食べられる最後のご飯って意味だけど?牢屋で何もしないでもご飯食べられるなんて、楽でいいよねぇ~」


男の困惑気味な質問に、あっけらかんと答える奈美。

そっか、牢から出たらタダ飯食えないもんな。


「まぁ、盗みだ人攫いだなんだしてたのは確からしいし。この際だ、全部吐いてもらおうかァ?

この領で何をしてやがった?」

「うっ……」


フォックスさんが睨みを効かす。

ようやく自分の失言に気付いた男は、汗をだらだら流しまくっている。


「まーまー、ここの領主代行さんは寛大だからさ。

ちゃんと罪を償う気があるなら、ご飯くらいはちゃんと食べさせてもらえるって」


お気楽に答える奈美。

勝手に言って大丈夫か?

まぁ、マリオン様ならそうするだろうけど。


「つか、ここで白状しとかないと、そのクソ領主様の元に逆戻りだぜ?」

「待て、それはどういう意味だ?」


チャンスだ、弱ってる男に畳みかける。

非道というな、舌戦も立派な戦い。

弱いところを叩くのは常道だ。


「そのクソ領主様からアンタらを引き渡せって要求が来てるんだよ。まぁそのクソ領主が、任務失敗した賊もどきにどんなことをするか、俺達は知らねぇがな」

「…………」

「非道な領主の元でまだ盗賊まがいなことをするか、それとも罪を償ってやり直すか。

ここは分岐点だぜ?

あんまり時間はねぇが、よく考えろよ?」


選択肢の提示、それが交渉の基本。

自分の意思で選ばせるんだ、うまく誘導してな。


「…………」


突然の人生の選択を迫られてじっと考え込んでいる男に、お気楽な一言が最後のダメ押し。


「こっちに残れば、またカツ丼食べられるチャンスがあるかもね~」

「……全部、話す」

「はやっ!よっぽど領主さんが嫌いなんだね~」


いや、どっちかって言うと飯に釣られたような気もするが。


「あーーくそっ!言ってやるよ!全部!!」


もはやヤケクソ気味になった男が叫んだ。

飯一つに動揺して、全部罪を告白してしまう。

確かにそれだけ聞いたらバカバカしく思われるだろう、開き直った男に同情する。


とにかく、これでこいつらの企みを聞き出すことは出来そうだ。

一応、任務成功か。




…にしても、さっきの奈美の変わりよう。

凛とした言葉と一緒に発した、有無を言わせぬ迫力。


あれはさすがに演技だよな?

あれが素だったら、それはそれで怖いんだが。


天使と悪魔は紙一重って言葉の意味を知った気がした。


「あ、そういえばまだカツ丼あるのか?」

「ん~、あるけど?

元々ちゃんと取り調べを受けてくれた人のために作ったものだからね~」

「『正直に言ってくれた人にあげよう』って、そういう意味かよ。喋る前に飯あげたら意味ないだろ」

「あ、そっか~。うまく行かないね~。もっとこう、頑なな犯人に向かって『田舎の母ちゃんが泣いてるぞ』的なことを言いたかったのに」


コイツは本当に……

頭がいいのか悪いのか、本当に分からないんだよなぁ。


「結果オーライだろ。ま、有益な情報は引き出せそうだし、残りは持ち帰るようか?」

「周も食べる~?」

「いいね」


さっきから肉の香りが漂って、空腹感を刺激してくる。

そういえば、異世界こっち来てから和食らしい料理食ってないなぁ。


「ま、待て!待ってくれ!」

「俺も話す!だから!」

「オレにも食わせてくれ!もう不味い黒パンは嫌だぁ!!」


残りの賊たちが急にわめきだした。

まぁ、毒じゃないと分かれば食いたくなるのが人情よな。


「あ、足りないや。あと1杯しか持ってきてないんだよね~」

「「「なんだとぉ!」」」


足りないのはホントなのかよ。


ん~~、と顎に指を当てて考えていた奈美。

そして、再び爆弾を投下する。




「じゃあ~、一番有益な情報をくれた人に提供ってことで」




…そこからはもう、罵詈雑言の嵐だったよ。


グンバルッパ領主やお互いの悪口やら罵倒が飛び交う中、罪の暴露も交じえて情報をどんどん喋る賊もどき共。

慌てて従士を追加で呼び込んで、話をまとめるのに大変だった。

ただ、おかげでグンバルッパ領の情勢について多くの情報を得られたのだった。



ちなみに、最初に白状してくれた男、ハブロって言ったっけ。

あの人は従士の中でも結構地位があったらしく、彼の情報が一番有益だった。

まぁ、そこでもう一杯のカツ丼を彼に渡すとなると、残りの奴らがもう怒り狂ってたので。

結局、駐屯所の台所から皿を借りて、4つに分けてあげたのだった。


最初は不満を出してたやつらも、一口食ったら文句なくなった。

どこに行っても、飯は争いの種であり、争いを治める力でもあるのだ。



「ところでナミよォ」

「な~に?」

「頼む!今日の夕飯もそのカツ丼にしてくれ!オレァもう腹減ってしょうがねぇんだ!!」


うわぁ、ヨダレすんごい。

この狭い地下牢に充満する肉の香りの中で取り調べしてたんだもんなぁ。

フォックスさん、お疲れ様です。


また争いの種にならないうちに、領主館に戻ろうぜ。

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