Part16:あなただけが頼りなの

「あれ、周?外で何やってるんです?」

「おう、お帰り。ちとな」

「あ、シュウが葉巻吸ってる。どうしたのそれ?」

「クラウディスさんに少し分けてもらった。俺のタバコと交換だ」


鍛冶ギルドから引き上げて領主館に戻ってくると、中庭で周が葉巻を吸っていた。

そういえば、コイツ喫煙者だったな。

地球からタバコも持ち込んでたはずだが、どうやら物々交換で手に入れたようだ。

こっちにも葉巻があるのは分かってたが、年齢制限とか大丈夫なんかな。


「タバコ吸いたいっつったら、奈美に追い出された。

アイツ、そのうち喫煙スペース作らせるって意気込んでやがんの」

「あはは、さすがだねー」

「料理人としても、副流煙は天敵」

「館内で吸ったら、リジー様とかに悪影響出そうだもの。分煙はちゃんとしてよね」


奈美、どんどんオカン化していってないか?

だんだんと館を掌握していってる気がするぞ。


あれ、沙紀さんがちょっと離れた。

そういえば沙紀さんは煙がダメなんだっけか。

キャンプファイアーとかでも、いつも遠くにいたもんなぁ。

葉巻吸ってる周には近づけないか。


「携帯灰皿を、こっち向けで作れねぇかな」

「さすがに葉巻は入らないですもんね」


周はちゃんと携帯灰皿を持ち歩いていたが、さすがに大きな束は入らないだろう。

また一つ、こっちで作りたいものが出来たな。


ふと横を見てみると、藍がじーっと周のことを眺めている。


「童顔が葉巻吸うと、アレだね……えっと」

「精一杯背伸びする、マフィアの御曹司感?」

「それ」

「お前らな……」


うまく言語化出来ないでいた藍の印象を僕が補足する。

顔が良いせいかタバコが似合わない男だが、なぜか葉巻だとしっくりきた。

スーツ着てるから、なおさらな。


「で、何かありました?」


普段は仕事中に吸うような奴じゃない。

わざわざコイツが一服するために外に出るくらいだ。

なんかイラつくようなことでもあったのか?


「あぁ、ちっとまたトラブルだ。魔族と関係があるために、この家が嫌がらせを受けてるってのが改めて実感できたぜ」


周は設置されてた灰皿に葉巻を押し込むと、懐からもう一本取りだした。

まだ吸うんか。だいぶ来てますね。


「マリオン様んとこ行ってみろよ。実物見せてもらった方が早ぇ。

執務室で、また頭抱えてるだろうから」


◆◆◆◆◆


「あぁ、お帰りなさい」

「ただいま戻りました。外で周に聞いたのですが、何か厄介ごとが?」


執務室では机に突っ伏していたマリオン様がいた。

今更だけど、こうやって重要な部屋とかにも出入りしているし、僕らって館内でも結構自由に行動させてもらえてるよなぁ。


「ええ、まぁ。不甲斐ないことですが、皆さまにも無関係な話ではないです」


これを、といってマリオン様が机の上に置いたのは手紙。

封筒には綺麗な封蝋がしてあったようだが、既に開けられている。

マリオン様が中の手紙を取り出し、机の上に開いて置いた。


するとどうだろう。

手紙の上に、半透明の人の姿が浮かび上がったのだ!


「これは、もしかして立体映像!?」

「SF映画みたい…!」

「助けてけのーび?」


確かに、なんとかうぉーずを思い起こす。


幻視ビジョンの魔法です。幻を作り出す魔法なのですが、こうして手紙などに載せることが出来るんです。

これはグンバルッパ領から届けられた、幻視手紙ビジョンレターなんです」


へー、立体映像を使った手紙かー。

これはまだ地球では実用化されていないものだ、面白そうだな。

やはり魔法の存在によって、文明レベルというか、文明史が全然違うんだろうな。

地球にあった技術が無かったり、逆に地球に無いものが実現されてたりする。


この幻視手紙ビジョンレター自体は色んな事に使えそうだな。

僕らでも作れるんだろうか。今度聞いてみよう。


ただ、今映ってるのは、偉そうなおっさんだ。


でっぷりと太った、立派な髭を蓄えた男の姿が浮かび上がっている。

豪奢な飾りがついた服装は貴族としてと地位を感じさせるが、どうにも服に着られている印象の方が強い。

やや剥げかかった頭に残った髪が微妙にカールして巻き上がっているのが、なんとも抜けた印象をもたらす。

いや、これがこの世界の貴族の流行なのかもしれんので、偉そうなことは言えんけど。


「ウォッホン!!」


ひときわ偉そうな咳払い。

あ、ちゃんと喋るんだこれ。


「ご機嫌いかがかな、ソニックス領主代行殿。

グンバルッパ家領主、ハウザー・グンバルッパ子爵である。

若き代行殿の噂、こちらでも聞き及んでおる」


この偉そうなおっさん、余裕たっぷりというか、自信満々な態度を見せている。

いや、見下しているというべきか。

表情と態度は、いかにも不遜な悪徳貴族です感を出している。

どうにも良い内容ではなさそうだが。


「さて、突然の手紙を送った理由は他でもない。

先日我が家の従士が、所用でそちらソニックス領の街を訪れておる。

大した用事でもなかった故、連絡を入れなかったことは詫びよう。

だが、どうやら我が家の従士達が消息不明という話が来ていてね」


「何…?」


「どうやら魔族の手に捕らえられたらしいな。

嘆かわしいことだが、汚らわしい魔族が蔓延る領地の運営、どうやら代行殿の手には余るようだな」


「こいつ……」


「我が家としては、従士達が全員無事に戻ってきてくれればよいのだ。

もしも不遜な輩に捕らえられているのではなく、こちらの連絡の行き違いであればそれでいい。

我が家の従士達の所在を存じているのならば、すべて送り返していただきたい。

まぁ、魔族の手に捕らえられているのであれば、御家の手に余るだろう。

一報をくれれば、我がグンバルッパ家は元より、ドストール家・リンクス家の連合にも協力を仰ぐとしよう。

なに、不遜な輩を一掃するのならば任せておきたまえ。

あぁそれと、どうやら遠い国から来た客人を迎えているそうだな。

それも、か弱い女たちもいるとか。

危険な地にわざわざ滞在させることもあるまい。

我が家に招待しよう、従士と共に送ってくれたまえ」


僕らのこともご存じか。

まぁ、従士達がこっそり街に入り込んでいるのであれば当然か。


「要件は以上だ。くれぐれも妙な気は起こさんようにな!」


そう言ったところで、ハウザーの幻は消えた。

映像の再生はここまでのようだな。

なんというか、偉そうな態度を最後まで変えなかったな。


マリオン様は手紙をたたみ、封筒に入れなおしてから聞いてきた。


「どう思われました?」

「どうもこうも……魔族に捕らえられた従士ってのは、この間の奴らのことですよね?」

「理音と奈美をつけてたやつね」

「それと、馬車で沙紀がナイフ投げで捕まえたのも」


初めて街に出た時の帰りに襲ってきた奴らだ。

僕らが囮捜査をして捕らえた奴らと、馬車を何やら探ってたやつら。

どっちも僕らが捕まえたのに協力したんだった。

成り行きだけど。


「ナイフで脅迫してきましたし、立派な賊と思いましたが」

「ええ。私達の馬車を探ってきた者達も、最後には襲ってきましたから、立派な賊です」


一般人と貴族を襲ってるんだから、捕まえるには十分な理由だよね。


「あれらはまず間違いなくグンバルッパ家の従士でしょう。

ただ、グンバルッパ子爵は、我々が捕らえたことを不当な逮捕と考えているようですね」

「格下の家が何勝手にうちの従士を捕えてるんだ、と?」

「ええ。わざわざ魔族のことを出して、魔族のせいでないと言うのならすぐに返せるだろうと言ってきています」

「で、返さなければまだ魔族が蔓延っているぞと周囲に喧伝する、と」


要するに、こっちで捕らえたグンバルッパ従士達を開放しろ。

さもなきゃ魔族のせいにして、周囲の家みんなでまとめてボコるぞと、そう言ってるわけだ。

魔族の名誉回復を目指しているソニックス家にとっては、最も困る展開だ。

こっちが襲われたのに泣き寝入りしなくてはならなくなる。


「悪いことしておいて、その上で堂々と無実を訴えてるわけね」

「そんなこと言ってきたら、グンバルッパ家がこの地で何か企んでるって言ってるようなものじゃないですか」


完全に弱いものいじめの構図だ。

好き勝手やっておきながら、でもそっちの方が悪いんですぅ~と堂々と言っちゃう奴だ。

あのハウザーとかいうおっさん、幻で見てるだけでもイヤミったらしかったもんなぁ。

実物で会ったらさぞ不快だろうね。


「他の家に助けは借りられないの?

襲われたのは事実でしょ」

「それで助けを求めたら、うちは自力で治安維持できませんって言ってるようなものになってしまいますよ」


沙紀さんの意見に僕が答える。

僕らが襲われたことは、他家に助けを求める理由には弱い。


「仮に他の家に助けを求めるにしろ、なぜグンバルッパ家の従士を捕らえたのか、なぜ他家に協力を要請するのか、納得できる説明をしなくてはなりません。

せめて、奴らの狙いが我々の手に負えないほど悪辣なものだと証明できればいいのですが。

しかし、彼らは地下牢で黙秘を決め込んでいるんです。

なぜこの領にいるのか、何をしようとしているのか、まだ分からない状態です」


マリオン様が悔しそうに現状を説明してくれた。

コソコソしてるのに、肝心の狙いが見えてこないのが嫌だな。


「拷問でもして吐かせるのは無理なんですか?」

「相手が殺人鬼のような重罪人であれば。しかし、必要以上に拷問をするわけにもいかないです。

拷問には常に悪いイメージが付いてしまう。今、必要以上に周囲の悪感情を高めたくはありません」


むむ……確かに拷問っていうと、秘密を割らせるために極悪な奴らがやるイメージだ。

こっちはクリーンに行きたいのに、わざわざ手を染めたくはないな。


「じゃあ、ネスティに頼むのは?」

「そっか、読心術!」


藍の提案に、沙紀さんも名案だと思ったようだが、マリオン様の顔は暗い。


「いえ、それも出来れば避けたいところです。

この国では過去、犯罪者に対して火炙りや洗脳といった非道なことが行われた歴史があるため、魔法を使った拷問や尋問は非常に悪いイメージで持たれるのです。

ましてや彼女はハーフマゾク。もしも露見すれば、魔族のイメージダウンに利用される可能性が高いです」

「そもそも、彼女が協力してくれるかも分からないですしねぇ」


僕らには正体を明かしてくれたが、好き好んで魔族絡みの厄介ごとに関わりたくはないだろう。

それに、特殊魔法ユニークマジックを積極的に使ってくれるかも分からない。

僕に看破されてから、なるべく使うのを避けたいって言ってたし。


「じゃあ、泣き寝入り?」

「このままではそうなります……しかし、それでは今までと何も変わらない。

現状を変える手は何かないかと考えていたのですが……」


マリオン様が悔しそうに唸る。

魔族に対する悪いイメージのせいで、怪しい賊すら裁けない状態になるとは。

しかし、素直に開放して送り返したところで、どうせまたちょっかいを掛けてくるのは目に見えている。


拷問もせず、魔法も使わず、周囲の家を敵に回さず、グンバルッパ家が企んでいることを暴く。

この状況を逆転できるような手はないだろうか。


何か情報が無いか、もう一度封筒から手紙を取り出してみた。


「ウォッホン!!」


再び立体映像が再生されて、嫌味なおっさんが映し出された。

これ、開くたびに再生するのか。


「そういえば、客人も迎えるとか言ってましたねぇ。

僕らのことを迎えてどうする気なんでしょうね?」

「うーん、会ったこともない人のこと悪く言うのも何だけど、お近づきにはなりたくないタイプよね」

「か弱い女、をわざわざ強調した。きっと関係を迫ってくる」


女の勘だろうか、ハウザーに対する印象は2人とも良くないようだ。

まぁ僕も、同感だ。

このおっさんがか弱い女を保護するとか言い出しても、いかがわしい言葉にしか聞こえない。

酷い言い分だろうが、第一印象というのは大事だ。


「そういえば、奈美は?」

「先ほど、シュウ殿と一緒にこの手紙を見た後、部屋を出ていきましたが……」


奈美も状況は知っているのか。

周もイラついてたし、奈美もこのおっさんの言い分には腹が立ったのかな。


「奈美、見た目は抜群だから真っ先に狙われそう」

「あー、ありえますねぇ。私の部屋なら安心だからねぇ、守ってあげるからねぇぐふふってか」

「やめなって」


藍ってば変なこと言わんでください。

奈美がこのおっさんに襲われる光景を想像しちゃったじゃないか。

沙紀さんも、冗談ですから拳を握らないでください。


「ウォッホン!!」


ハウザーの幻がまた大きな咳払いをした。

あ、そのまま開いてるとループ再生するのか。

地味に鬱陶しいな、これ。

沙紀さんと藍も非難の目で見ていたので、おとなしく手紙を閉じて封筒に戻した。


「ともかく、グンバルッパ家の企みが分からないことには進みませんね」

「けど、調べられる?」

「ウチら、探偵でも何でもないものねぇ」

「自分達で調べるのは大変だろうなぁ……」



「じゃあ、自白させるしかないよね?」



突然、奈美が部屋に入ってきた。

怒ってるわけでもなく、悲しんでるわけでもなく、いつも通りの元気な顔だ。


「いや、それが出来れば苦労はしないんだけど……」


捕まえた従士達が罪を認めるなり、情報を出してくれるなりしてくれれば状況は進展する。

それが出来てないから困ってるんだが……


…あれ、奈美の目が輝いている。

爛々と輝いているということは、やってみたい何かがあるということか。

また思い付きで、何かやらかす気か!?


そんな彼女は、あるものを抱えてきていた。


「いや~、魔工ギルドの人に頼んでたんだけど、すぐ出来るもんだね~」


彼女が抱えていたのは、木製の箱だ。

上面には取っ手が付いており、前面がスライド式に開くようになっている。

僕らがよく知るのとは材質が違うが、この形は見たことがある。


彼女が持っていたのは、和食料理店や中華料理店とかの出前に使われる箱。

いわゆる、岡持ちだ。


「ダメで元々なら、やってみようよ!」


何?

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