Part15:変化は静かに、そしてしなやかに

『魔王』の一族ということから偏見を受けるというソニックス家の再興を手伝うことになった僕たち。

とはいえ、いきなり有効な手なんてものがあるはずもなく。

それぞれにアイディアを出し合いながら、今出来ることを探していく。

これまで通り、地球のことを聞かれたり、逆にこのフェルナディアのことを聞いたりしながら生活してるうちに、ちょっとずつ変化が訪れていった。


黄色い世界イエローゾーン内の巨大な農場、そして城の中にある工房を使って、地球にあったものの再現を試みるようになったのだ。

『こんなものがあったらいいのではないか』というアイディアを皆で出し合い、それをマリオン様達をはじめとする家の上層部が吟味。

すぐに作れそうなものから、長期の研究が必要なものまで、いろんなものを作ってみようということになった。


そんな中、一足早く成果を上げる人が一人。


「ナミ殿、これは?」


本日の朝の食卓。

マリオン様らが怪訝な顔をして、小皿に乗った調味料について聞いてくる。

だが、この白い半固体状の物体は、僕らにとっては馴染みのあるものだ。


「えへへ、マヨネーズだよ~!卵とオリーブで作った調味料!サラダのお野菜にはこれをつけてどうぞ~!」

「異世界で作るといえば、やっぱりこれなんですかねぇ…」


奈美は手始めに、いくつかのレシピを料理人に提供する傍ら、調味料の開発に取り掛かった。

食文化の発展には調味料が欠かせないというのが彼女の談。

もし量産できれば、領の特産品にも出来るのではないかという意見もあり、地球の調味料の再現を試みたのだ。


領内の食糧事情を調べて、いち早く材料が揃えられて再現に至ったのが、このマヨネーズである。

卵とオリーブで作るというと、たしかヨーロッパの昔のタイプじゃなかったっけ?

日本で流通してるものとは幾分違うだろうけど、れっきとしたマヨである。


いやはや、確かに何故か、異世界モノで作る調味料ってこれのイメージがあるんだよな。

外交兵器とかにならなきゃいいけど。


「おぉぉ…!この見事な舌触りはぁぁ……!」

「わーー、おいしぃぃぃ!!」

「うおぉぉぉ、うまぁぁぁいいぞぉぉ!!」


マリオン様とリジー様、さっそく顔が破綻していらっしゃる。

他にも従士の方々から賞賛の声が相次ぐ。

フォックスさんなんか、顔からビーム出しそうなほど感動して叫んでる。


「ん~~、でもまだまだなんだよね~。理想にはほど遠いかなぁ~」

「ナミ~、これでも十分美味しいよ?」

「ええ。これなら嫌いなレタスも食べられそうです!」

「ありがと~」


キルビーやカプチー君の感想に奈美は笑顔で返すが、納得している様子はない。


「でも、たぶん日本のみんなはこれじゃ満足できないでしょ?」

「まぁ、言わんとすることは分かります。さすがに現代日本の一般的なものを再現とはいきませんか」

「いきなり実現出来たら逆にびっくりだよ」


奈美の意見に対し、僕と沙紀さんが返す。

確かに、僕らが食べ慣れてるものとは違うという思いはある。

ただ、そういったものは日本の食品会社の皆さんが長い月日をかけて研究して出来上がったものだ。

一個人が一朝一夕で真似できるとは思ってない。

奈美がいなければそもそもマヨを作れたかも分からないしね。

このくらいで文句を言う人はいない。


「研究し甲斐があると、前向きに捉えるべき」

「だな。みんなが美味いと言ってんだ。第一歩としては上出来じゃねぇか?」


藍と周も続く。

とりあえず、今後も奈美は料理方面で力を貸していくのは確定だろうな。


「周。このマヨネーズ、量産して売れると思いますか?」

「勝算は十分あると思うけどな。マリオン様はどう思います?」

「えぇ、えぇ!全然アリだと思います!むしろこの美味しさを皆さんが知らないままなどありえません!」

「……あとで、クラウディスさんやドンクス会長とも相談してみるか」


マリオン様がマヨラーになってしまわれた。

興奮具合にちょっと不安を覚えるけど、とりあえずの成果としては上々だろう。

実際に流通させるには、その手に通じてる人達に聞くのが一番だ。


「しかし、なんか妙ね。これだけ食材が揃ってたのに、料理が発展してないって」


ふと沙紀さんが疑問を上げる。

確かに、黄色い世界イエローゾーンには田畑があるだけでなく、畜産のためのエリアもあった。

卵もニワトリの産み立てを譲ってもらったものだ。

僕らは踏み入れていないが、なんと酪農のための農場まであるらしい。乳製品も領内で手に入るという。

確かに食材は豊かな場所である、というのは感じ取れた。


だが、初日の質素すぎる食事のことを思うと、確かに料理について関心が高いとは思えなかった。


「ふむ……これまでは復興を中心にしていた故に、新しいものを生み出す余裕がなかったのかもしれません。元々あるものの再現を中心にしていたんじゃないでしょうか」

「お恥ずかしい限りですがその通りだと思います。黄色い世界イエローゾーンの食材生産も、各地の農業の知恵を空間作成ゾーンメイクで再現したに過ぎないものですから」

「街の復興や治水には力が入ってたけど、産業についてはコピーが精々、と」

「ええ。今更ながら、この領は多くの借り物で成り立っているのだと気付かされました。そして、そこで止まってしまっているということも」


この領を支えているのは魔法による便利生活と思ったけど、実態のところは先人の知恵を魔法で再現した、というところか。

研究といっても、各地のものを再現することが重点になっていた。

そして、それが十分便利であるが故に、さらにより良くするという意識が薄い。

これまではその認識だったんだろう。


「この領はまだまだ発展できる余地がある。料理一つとっても、出来ることがたくさんある。

皆さんのおかげで、常に新しい刺激をもらえていますよ」

「にゃは~、あたしは料理に全力で取り組めるからありがたいけどね~」


余所者からの知識といえど、それはそれで刺激になる。

大事なのは、得た知識をどう活かすか。


マリオン様をはじめ、この領主館の人々はよく日本や地球のことについて聞いてきてくれる。

単なる興味からなんだろうけど、それを活かして新たな研究を始める者も現れだした。

奈美も料理について色々と相談されることが多いらしい。

試作料理の味見を頼まれたりしているそうだ。


この領は国の中では地位が低いし、世間の風当たりも強い。

魔族を抱える事情から目立つことを避ける傾向があったせいか、どこか閉鎖的なところがあった。

けど、僕らの登場によって、少しずつみんなの意識が変わり始めているのかもしれない。


知らないものを取り入れ、新しいものを生み出す。

その流れが静かに動き出している、そんな気がしていた。


◆◆◆◆◆


奈美以外にも、思わぬところで成果を見せた人がいる。


「ふあああっ、綺麗な直刃!」

「沙紀、目が輝いてる」

「剣を持ったままウットリしないでください。見た目は完全に危ない人です」

「はっ!?」


再び街を訪れた僕たち。

今回はカプチー君に連れられて、パックルさんのいる鍛冶ギルドを訪れている。

主に僕がパックルさんに用事があったんだが、沙紀さんと藍も一緒に来ているのだ。

ギルド横が武器屋になっていて、さっそく沙紀さんが刃物マニアぶりを発揮している。

その様子が武器屋の店主の目に留まってしまった。


「おぅなんだ、嬢ちゃんは剣に興味があんのかい?」

「あ、えーと……」

「彼女、刃物マニアなんです。ナイフコレクションとかしてい「……ふん!」ぐふぉっ!?」


沙紀さん、鳩尾に思いっきり拳入れないでください……

あと剣を持ったままやらないでください、危ないです……


「がっはっは。女でも客なら大歓迎だぜ!なんなら嬢ちゃんのために一本剣を打とうか?」

「いいんですかっ!?」

「一本3000ブラムでいいぜ!」

「あれ、意外と買える!?」

「落ち着いてください、沙紀さん。振るう機会がないでしょう」

「気持ちは分かる。専用武器はロマン」


まぁ、異世界に来たなら剣を持ちたいというのは分からなくもないけども。


「理音はパックルさんに取材に来たんだろうけど、何も買わずにお話を聞くのも失礼じゃない?」

「む、それはそうですけど…」

「なんだ、親方と話がしたいのか?」

「ええ。少しパックルさんに聞きたいことがありまして」

「オレがどうしたってぇ?」


おっと、いらっしゃったか。

奥の扉からパックルさんがやってきた。


「おう、じゃんけんの兄ちゃんか。若の勧めで剣でも買いに来たか?」

「マリオン様に許可はもらってますが、今回は僕個人のお願いです。少しお話を伺いたいなって」

「おぅ、何が聞きてぇんだ?」

「……ソニックス家のご領主とその奥さんについて」

「!……てめぇ、どこから聞きつけやがった?」

「マリオン様ご本人から。この件を聞くなら、まずはロクマさんやパックルさんに聞いてみるといいと」


パックルさんとロクマさんは、ソニックス領が起こる前の『魔王』討伐にも関わっているそうだ。

そして、ソニックス領主夫人が『魔王の娘』であることも知っている。

ただ、その件は領内では機密事項なのだ。聞こうとすれば怪しまれるだろう。

だからちゃんと許可証を作ってもらってきた。


カプチー君がパックルさんに手紙を渡す。

包まれたそれは、マリオン様直筆の手紙だ。

マリオン様自身の出生、魔王の血縁者であることの公表を考えていること。

魔族がこの領の発展に力を貸してくれていることの公表も考えていること。

その下準備として、領主達の過去を物語として世に出すというつもりであること。

その実現のために、僕の取材を聞いてほしいということが書かれている。


「……本気か?」

「いきなりこのようなお話を言われて、信用しろと言われても難しいと思います。

ですが、マリオン様は自分達が謂れのない侮蔑を受ける現状を改善したいようです。

たとえ時間が掛かっても」

「がっはっはっはっは!!そうか、若もやっと覚悟を決めたか!」


突然、パックルさんは大笑いし出した。


「いやよぉ、いろんな政治的な思惑があるからっつって色々秘密にしなきゃいけないことが多くてよ!

息苦しいったらねぇぜ!

やっぱ人生、堂々と生きてかねぇとな!!」


やっぱり、色々と危ないなこの人。

こないだもトランシーバーの機密をバラしそうだったみたいだし。

まぁ、だからこそ最初に協力をもらいにきたんだけど。


「気持ちは分かりますけどね。秘密は身を守りますが、バレるリスクを抱えることになる」

「がっはっは!しっかし、アイツらの話を物語にか。アンタ、物書きだったのか?」

「一応、経験があります」

「ははっ、一応か!その割には随分若が推してるみたいじゃねぇか!」

「恐れ入ります。どういうわけか気に入っていただけたようで」

「がっはっは!まぁじゃんけんの時といい、オセロん時といい、面白い兄ちゃんだとは思ったがよ!」

「理音が変人なのは正解。私達の間でも共通見解」

「おい……」

「がっはっはっはっは!!!」


笑いっぱなしのパックルさん。

僕が変人なのは認めるけど、だからっていつも言っていいわけじゃないんだぞー。


「あーったく、こんなに笑えるなんてなぁ!

まぁ、協力はしてやらんでもねぇ。魔工ギルドの連中にも世話になってるからよ。

若の言うように、みんなが堂々と歩ける街ってのを目指すのはやぶさかじゃねぇ。

ただなぁ…」

「何か?」

「オレもギルドの長だ。何のメリットも無しに引き受けるわけにはいかねぇ。

お前さん達は遠くの国から来たんだろ?

あの菓子の姉ちゃんも領主館で色々やってるみたいだし、うちにも色々と聞かせてくれよ。

武器の話だとなお良いな!」

「ぶ、武器ですか……」


領の発展のためという大義名分もあるし、ギルドのために知識や知恵を貸せ、というのはまぁ分かる。

しかし、武器と来たか。

僕は武術はからっきしだからなぁ。


「なら、日本刀はどうかな?」

「沙紀さん?」


話に入ってきたのは沙紀さんだ。

そういえば、さっきまで武器屋の親父さんに店内を見せてもらってたみたいだけど。


「やっぱりこっちも西洋風の武器が多いね。

ショートソード、レイピア、ジャベリン、ランス、メイス、ハンマー、ロングボウなどなど……

色々あったけど、東洋系っぽいのは見掛けなかったね」

「いつの間に……でも、確かにそれなら珍しく思われるかもだけど」

「二ホントー?お前らの国の武器か?」

「藍ー」

「ん」


沙紀さんが呼ぶと、ひょこっと藍がスケッチブックを持って隣にやってきた。

ちなみにこのスケッチブックは、先ほど街で買ってきたものだ。

僕と藍が一つずつ購入している。

やはり紙の材質は良い、僕や藍でも描きやすい。


それはともかく、藍が見せた絵には立派な日本刀が描かれていた。

いつの間に描いたんだ!?

というか、ボールペンだけでよく描けたものだ。


「ほう、なんつーかデケェ包丁みたいだな」

「まぁ、首切り包丁なんて言われ方もあるみたいですし」

「切れんのか!?」

「切れ味は刀剣でもトップクラス。ショートソードの比じゃない」

「例えばこういうショートソードって、どっちかっていうと切り付けて傷をつけたりすることが目的になってるんだよね。殺すならむしろ突きを使う。

だけど日本刀は、最初から斬り捨てるところまで想定されて作られてるんだよ。威力が段違いだね」

「沙紀さん、目ぇ輝いてます」

「はっ!?」


危ないよ、人斬れることを嬉々として語ってると危ない人に見えるよ。


まぁでも、沙紀さんの言う通り日本刀って西洋剣より丈夫で切れ味がいいらしいね。

綺麗な刀は兵器としても美術品としても価値がある。


「ほーぅ。けど、絵で見る限り薄そうな剣じゃねぇか?」

「見た目より頑丈ですよね。玉鋼のおかげらしいですが」

「タマハガネ?」

「鉄鉱石じゃなくて、砂鉄を主に使うんです。独自の手法で特別な金属にしてると聞いたことがあります」

「たたら吹きだね」


映画やドラマで見たことはあるな。足で装置を踏んでく奴だ。


「ほうほう……面白そうだな。

何より、うちのより鋭い剣があるってのは聞き捨てならねぇ。

もっと詳しく教えてくれや。できれば作り方まで!」

「えぇ……さすがに僕は製法までは詳しくないですよ」


日本刀の製法って基本、口伝らしいしねぇ。

そうでなくても、一般人は刀剣を触ったことが無いというのが普通だ。

僕は観光地で触ったことはあるけれど、さすがに作り方までは詳しくない。


うーん……って、沙紀さん。

なんかウズウズしていません。

ひょっとして……


「沙紀さん、ひょっとして作り方分かっちゃってたり?」

「え!?いやーウチも本で読んだ程度だよ?」

「たたら吹きの後の工程といえば?」

「水減し・積沸かし・鍛錬……あ」


藍の質問にほぼ反射的に答えてみせる沙紀さん。

その本、読み込んでらっしゃるようで。


「嬢ちゃん!分かる範囲でいいから教えてくれ!」

「いやさすがに大雑把な工程しか分からないわよ!?

比率とかまではさすがに知らないよ!?」

「構わねぇ!そんなモンはあれだ!鍛冶師の勘でなんとかすらぁ!!」


うわぁ、やる気だこの御方。

聞きかじっただけの情報を頼りに、日本刀の再現を試みる気だ。

やっぱりこの人も職人なんだなぁ。

自分達の技術が優れていると自負している。

しかし、未知の知識も貪欲に取り入れて、より自分の力をつけていくことに喜ぶタイプの人だ。


「さっそく教えてくれ!もしうまくいったら、タダで一本剣をやる!」

「えっ、いいの!?」

「もちろんだ!さぁ聞かせてくれ!あっ、奥の黒板使っていいぞ!」

「じゃあ、とりあえずウチが知ってる限りで」

「あれ、ちょっと沙紀さーん?」


パックルさんの勢いに乗せられて、そのまま沙紀さんが奥へ行ってしまった。

こないだ囮捜査やった僕らに、不用心だなんだ言ってた君はどうした!


「ご領主様のお話を聞きに来たんだけどなぁ…」

「ああなった親方は止めらんねぇよ。落ち着くまではひたすら武器のことしか頭に入らないだろうぜ」

「まぁ、やる気に水差されてへそ曲げられても嫌だしなぁ」

「よく分かってんじゃねぇか」


武器屋の店主さんが、少し同情気味に言ってくれた。

僕の偏見かもしれないが、職人というのは自分の仕事を邪魔されることを嫌う。

特に、モチベーションが高まってさぁやるぜ!ってタイミングで邪魔されれば、無茶苦茶腹が立つだろう。

僕自身もそういうところがあるから気持ちは分かる。

なかなか上がらないやる気を出したぞってタイミングで、電話が掛かってきたりするとキレそうになる。


「仕方ない。落ち着いてお話聞けるまで、少し日本刀作りに協力しますか」

「ん。私もとーらぶやってたから、多少は知識がある」

「さいですか…」


藍の絵は沙紀さんの話のサポートにもなるだろう。

パックルさんが落ち着くまで、しばらくは沙紀さんと藍を交えて刀剣トークをすることになった。

僕はあんまり詳しくないので、大人しくお店の武器を眺めたり、職人の様子を眺めたりして時間を潰すのだった。

あと、武器屋の店主さんともお話させてもらった。


「なぁ、アンタらの国じゃ、女の方が剣士になったりするのが普通なのかい?」

「いや、そもそも剣を振るって戦う人が少ないけど。あぁでも、今は女子の方が刀剣に詳しい人多いかも」


刀剣が美少年化する某乙女ゲー、人気凄かったからなぁ。

ひと昔前に歴女ブームとかもあったし、鬼を滅する漫画とかも人気あったからねぇ。

刀に詳しい女子って案外多いかも。

実際に剣を振る女子は二次元だけだけど。


沙紀さん、そんな二次元女子の仲間入りし出すんじゃないだろうな?

気がついたら剣士としてゴブリン狩ってました、とかにならないことを祈ろう。



結局、この日はご領主の話について話を聞くことは出来なかった。

ただ、沙紀さんの説明を聞いて何か思い至ったらしく、パックルさんはさっそく工房に引っ込んでしまった。

沙紀さんと藍の協力の末、なんとか後日改めて話を聞きに来る約束だけは取り付けたのでした。

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