Part14:テコ入れと言えば温泉回
◇◇◇◇◇
「はぅ~、いい湯だねぇ~~……」
湯舟につかり、奈美はすっかりとろけている。
こうして見ると、やっぱり羨ましい肉体をしている……くっ!
地上の領主館に戻ってきた私達は、ただいま入浴中。
この家には大浴場があって、快適な入浴が出来るようになっている。
あんまり意識していなかったけど、当たり前のようにお風呂に入れるのって色んな技術が組み合わさっているおかげなんだよね。
軽く聞いてみたけど、ソニックス領の水路は水が湧き出る
おかげで、川もないような領地にも関わらず、綺麗な水が使えるのだという。
加えて、ボイラーのような装置がこの家にはあるそうだ。こっちは火属性の魔法が使われているとか。
魔工ギルドがあるからこそ出来る芸当らしく、家庭に風呂があるなんてソニックス領でないと出来ない贅沢なことらしい。
拠点がこの家で本当に良かった。
いくら私が不摂生な人間でも、お風呂くらいは毎日入りたい。
「ねーねー、二ホンにもやっぱりお風呂ってあるのー?」
「ええ。毎日入るのが当たり前になってるわよ」
「あはは、サキ達が綺麗なのはお風呂のおかげなのかな?」
「うーん、どうだろ?綺麗でいたいとは思うけど」
今日のお風呂はリジー様とご一緒している。
今まではお嬢様と一緒に入るというのも無かった。
だけど、ソニックス家に本格的に協力すると知ったら、リジー様が「お風呂は秘密の共有場所!」と言い出し、一緒に入ることをお願いされたのだ。
まぁ、今日は一日相手にされてなかったので、夜だけでも沙紀と一緒に過ごしたかったのかもしれない。
ちなみに護衛のため、キルビーほか数名の女性従士もご一緒してる。
この人数でも余裕で入れるのだから、ちょっとした旅館の浴場みたいだ。
「あと、温泉もある。旅行の定番」
「おんせん?」
「屋外にあるお風呂。疲れには非常に効く」
「お外にお風呂があるの!?」
「火山地帯の付近はあったかいお湯が自然に出来る。それを使って観光地にしているところがある」
「山の旅館とかで、綺麗な景色を眺めながらお湯に浸かるのって最高なんだよね~」
「ほえぇー……」
リジー様がぽかんとしてる。
まだちょっとイメージがついてないのかも。
後でこんな感じだって絵を描いてみせようかな。
「温泉旅館いいよね~。ソニックス家でも露天風呂作れないかな?」
「魔工ギルドの力で出来ないか、聞いてみる?」
「大掛かりになりそうね。けど、いちアイディアとしてはありかも」
ソニックス家に協力することになった私達。
もちろん、まだまだこの家について詳しいわけじゃないし、いきなり出来ることはそう多くはない。
だから、まずはアイディア出しだ。
今この場で出来ることはもちろん、将来やれそうなことも考えておく。
日本にあったものを参考に、この世界、この家でも出来そうなものを考えていく。
アイディアはたくさんあるに越したことは無い。
案を出して残しておけば、すぐには活用が出来なくても、いつか使える時が来るかもしれない。
実際にどのように活用するかは、決定権のあるマリオン様達が決めることだろうけど。
こうしてお風呂でリラックスしていると、頭がすっきりしてくる。
アイディア出しをするにはお風呂が一番だ。
会議室ではまず良い案は出てこない。経験則だけど。
「おーい、ネスティさーん!そんな隅っこにいないでよ~」
ふと、奈美がネスティに声をかける。
ネスティは浴槽の端っこにうずくまっているのだった。
「な、なんでアンタたち、裸見せるのが平気なのよ……」
「にゃはは、女同士なんだし、そこは気にしてもしょうがないじゃん~」
ネスティは最初、なかなかお風呂に入ろうとしなかった。
身体の紋章のことがあるから拒否してるのかと思ったけど、どうやらただ単に恥ずかしいだけらしい。
お風呂に馴染みがないということは、こうやって裸の付き合いというものがないということだ。
綺麗なところは身内以外に見せないみたいな慣習があったりするのかな?
ちなみに私達は高校の修学旅行や部活の合宿で一緒したこともあるから、今更だ。
「ま、日本には混浴のお風呂もあるし。女同士くらいへーきへーき」
「こ、こんよく!?」
「混じって浴びると書いて混浴」
「え、混じってって……もしかして、男の人と一緒に入るの!?」
「一般的じゃないからね!!藍も変なこと教えない!!」
「あだっ」
ネスティとリジー様は顔を赤くしている。あー面白い。
男の人と一緒に入るって発想がまだ無かったんだろうなぁ。
沙紀に手刀を喰らったけど、こうした驚きをしてくれるのはやっぱり面白い。
「も、もしかして、アイってしたことあるの?……その、こんよく……」
「ある」
「「「えええええええええ!!?」」」
「えー、それはあたしも初めて聞いたよー?」
リジー様、沙紀、ネスティの3人はもう、むっちゃ驚いてた。
奈美も驚いてたけど、そこまで変なことかな?
「取材で秘境の温泉に行ったことがある。
景色は綺麗だったけど、浴場が混浴しかなった。
隠れ里みたいなところにはよくあること」
「ど、どうだった…?」
「おっさんしかいなかった、残念。
ま、田舎ならではの伝説とか面白いお話は聞けたけど」
「普通に話してたんだ……」
「平気だった~?」
「身体は見られてたけど、まぁ大きめのタオル巻いてたし」
隠れ温泉で素敵なイケメンとの出会い、なんてそんな都合のいいものが起きるわけはなかった。
襲われる可能性は無きにしも非ずだけど、まぁ日本ではそこまで心配はしなくてもいいと思う。
何かあったら、まぁその時はその時だし。
「ねぇ……二ホンの女の人って、こう、男に対してオープンなのが普通なのかしら?」
「奈美と藍がおかしいだけよ……」
「失敬な。私にも恥じらいはある」
「理音と組める時点で、結構怪しいわよ」
「そうねぇ……昼間は本当、頭がどうにかなりそうだったわ……」
むぐ……反論しづらい。
「何かあったのー?」
「ネスティさんが理音に勝負を挑んで、返り討ちにされて酷い目にあったんだよ~」
「えー、リオン何したの?」
「大人な対応をしたの」
沙紀、それはちょっと無理があると思う。
リジー様は興味津々だが、まだうら若い彼女には早い気もする。
この純真無垢さを汚すのは憚られる。
「あ、そういえば聞いてみたかったんだ。
サキ達って、リオンやシュウのことをどう思ってるのかなーって?」
…リジー様のこの純真さが妬ましい。
男女の関係が気になるお年頃。
私達が昔からの仲間だと聞いていれば、そりゃ聞きたくもなるか。
「ん~、周はね~頼りになるかな~。いつも皆を引っ張ってくれるしね~」
「うん、それに優しいからね。いつも真剣に周りのことを見てくれてるし」
「苦労性だけど。なんでも背負い込むから」
三者三様、女性陣からの評価。
ただ、明るくて頼りになるというのは共通認識。
つい頼りがちになっちゃうけど。
「あはは。アイツいつも人の役に立とうとするからね~」
「お人好しだよね。たまにこっちが心配になるくらい」
「むむ、好感度が高い。もしかして、シュウってモテるの?」
「モテモテだった。けど、鈍感だった」
最後のが私の率直な感想。
見た目良し、話良し、付き合い良しのイケメンゆえに、男女問わず仲の良い友達は多かったと思う。
ただ、誰にでも分け隔てなくって感じだった。
どこのラノベの鈍感系主人公だよ、と思うようなことを素でやってたのが彼だ。
実際、彼にアプローチをした人もいたらしいけど、やんわりと撃沈したらしい。
だからこそ、彼に恋人が出来たって知った時はかなりの衝撃だったんだけど。
続けて、話題は理音の方に移る。
「理音は~、変わってるよね~。ゲームのことになると熱くなるけど」
「変態ね」
「変人」
「……散々ね。分かる気がするけど」
周に対して理音の評価がこちら。
ネスティも概ね同意らしい。
オセロ勝負のことを考えれば、そんな評価になるのも仕方ない。
自業自得。
「彼は基本ことなかれ主義。けど、キレたら容赦しないタイプ」
「あー分かるかも~。なんか、一回爆発したら止まらなそうだよね~」
奈美がうんうんと唸る。
彼女にも心当たりがあるのか。
実際、彼は滅多に怒ったりはしないけど、なんていうのかな。
生まれ持った狂気みたいなのは感じる。
「けど、アイはリオンと仲良いよねー?
よく一緒に話してるでしょ?」
「ま、仕事仲間だし。話しやすい方ではある」
私も理音も、学生時代はあんまり人前に出ないタイプ同士だったから。
「アイって絵描きさんなんだよねー?リオンとどういう仕事してたの?」
「ウチも気になってた。藍はゲーム作ってたわけじゃないでしょ?」
「私はイラストレーター。キャラクターデザイン関係で同じ仕事をしたことがある。
つまり理音は依頼人。理音たちプランナーが考えたキャラを、きちんと絵にするのが私の仕事だった」
最近は、キャラクターがいっぱい出てくるソーシャルゲームとかは多い。
ゲーム会社の社員だけで足りるわけはなく、いろんなイラストレーターさんに外注して、キャラクターを描いてもらうことが多い。
私はとあるゲームに登場するキャラクターのイラストを何点か請け負った。
その時、依頼をしてきた会社にいたのが理音だったのだ。
どうも多数の絵描きを確保する必要があったらしく、昔の縁もあって私に声をかけたとか。
私もまだ新人だったから、仕事を回してくれたのはありがたかった。
発注書にやたら細かい注文と、その注文の意図が記載されているのは理音らしかったけど。
「てっきりキャラクターって、絵描きの人が考えてるんだと思ってたよ~」
「そういう場合もある。
けどそれは、プランナーも兼任できるほど優秀じゃないと無理。
絵描きが創れるのは外見だけ。中身を創るには別のスキルがいる」
小説家とイラストレーターを兼任できる人はそうはいないように。
ゲームでもプランナーとデザイナーを兼任できる人はそうはいない。
漫画家ならキャラクターの見た目と中身を両方考えられるんだろうけど。
残念ながら、私にお話や設定を考える才能はあまり無かった。
「ぷらんなーってよく分からないけど、リオンって優秀だったのー?」
「ま、仕事はやりやすかった。さすが絵も描けるプランナー」
「えっ、リオンも絵が描けるの!?」
「人並みには。プロに及ばずとも、説明には十分。仕事をする上では大助かり」
イラストレーターというのは、世間で思われてるよりずっと立場が低い。
ゲームに限った話じゃないけど、依頼人が出してくる無茶な要望に応えて絵を描かなくてはならないのだ。
ひどいところだと、何度もリテイクをしてくるくせに、修正内容が「なんかカッコよくないから」とか曖昧だったりする。
理音はまだマシなほうだ。絵を作る大変さを理解してる人だから。
プランナー側の望み、キャラクター設定の意図を細かく教えてくれるからイメージはしやすい。
時には理音自身の手書きイラストが資料として付随してくることもあった。
「たぶん、理音抜きでは、私はまともに仕事出来なかったと思う。
そういう意味では恩人ともいえる」
「結構、がっつりと絡んでたんだ?」
「肯定。おかげで、可愛い女の子を描く術を身につけられた」
「やっぱりアイツの影響あるじゃんか……」
沙紀は複雑そうだけど、なんだかんだで私は彼との付き合いは多かった。
何より、自分の生き方を肯定してもらえたというのはやっぱり大きい。
その点では感謝してる。
「もしかして、アイってリオンとラブラブ?」
「ビジネスライク」
リジー様は目を輝かせてるが、残念ながら彼に恋愛感情を持つには至らない。
仕事仲間ならではの付き合いだ。
お互いの事情を知ってるからこそ、互いに深く踏み込まないようにしている。
「私達に恋バナ振っても、面白い話は出てこない。
それよりも、私はリジー様の腕が気になる」
「あ、これー?うん、見ていいよー」
いつまでも私達ばかり話題にしてもしょうがない。
せっかく一緒にお風呂にいるのだ、リジー様のことも聞いてみたい。
魔族の血族の証である紋章。
この国だと魔族は紋章を隠す傾向にあるみたいだが、リジー様は特に気にした様子もなく見せてくれた。
「これが、魔族の紋章……」
「うん。あたしのは右腕にあるんだー」
「紋章っていうか、もうタトゥーだよね~。腕にここまで出てるとさ」
「マリオン様のとは違うんだね」
これまでは見られなかった、ハーフマゾクの証であるリジー様の紋章。
沙紀の言う通り、マリオン様のものとは違う模様が腕に描かれている。
マリオン様の左腕の模様は、ダイヤ型の組み合わせで出来たものだった。
大小さまざまなダイヤ型が、みな同じ向きで左腕に描かれ、少し変わったチェック柄のようになっていた。
ひときわ細長いダイヤが左手の甲へ伸びており、まるで矢印のようになっていたかな。
一方、リジー様の紋章は、右腕に記されていた。
リジー様のは草の枝のようにも、渦のようにも見える曲線で構成されていた。
くるりと曲がった線が幾重にも重なり、一定でない太さの線がまるで蔦となって巻かれてるように右腕に描かれていた。
あれだ、唐草模様が近いかもしれない。
「むぅ……正直、カッコいい」
「えへへ、そうかなー?」
「腕に模様は厨二の基本。掌でも可」
「リジー様に変な事吹き込まないでよ、藍」
「あはは、リジー様が『我は暴風の執行者』とかやったら微笑ましいかなー」
「クラウディスさんに怒られるからやめなさい」
身体に模様というのは、どうしてこうも心惹かれるのだろうか。
厨二心がくすぐられるというか……
既に思春期を過ぎたはずの私も、身体が疼かずにはいられない。
「あ、ネスティもハーフマゾクなんだよね?」
リジー様が何の気なしに言った言葉。
ふとネスティの方を見てみると、彼女の身体に紋様は見当たらない。
いや、見えないようにしてるというべきか。
「……そのタオルの下、どうなってるのか。私、気になります」
先の会議での反応を見る限り、胸元にあるのは間違いない。
タオルで隠したところで、私の好奇心は抑えられない。
「ちょ、ちょっと…!」
「あたしも気になるな~。ねー、リジー様~?」
「ねー。あたしも見せたんだから、見せてもらいたいなー」
「もう、奈美もリジー様も。やめときなって」
「とかいいながら、沙紀も気になるんじゃない?ネスティさんのカ・ラ・ダ」
「う…………まぁ、正直羨ましいなーとは思うけど」
「ひえっ!?」
いじらしくも胸元を押さえるネスティを前にして、無粋な布など剥ぎ取らねばならない、そんな使命感に駆られる。
デザイナーとして、どんな美しい紋様が描かれているのか、大変に興味がある。
私は別に、奈美よりでかいなーいいなーとか思ったりはしていない。断じて。
じりじりと浴槽の隅に後ずさりするネスティ。
獲物は既に追い込んだ、あとは狩るのみ。
「風呂場でタオルなど無粋」
「ひょえああああああ!!!」
◆◆◆◆◆
「…………もう少し、壁の防音を強くした方がよいかと」
「…そうですね」
こちら男湯。
僕らもまた、周やマリオン様らと共に入浴中。
こちらもマリオン様の要請の元、たまには裸の付き合いをというわけだ。
クラウディスさんがよく許してくれたものだ。
ちなみに、護衛役としてカプチー君が一緒である。
ゆったりと湯船につかっていたのだが、壁の向こうから騒がしく聞こえる女性陣の声。
どうやらあちらではネスティさんの身体が気になっているらしい。
うん、正直僕も気になってるけど。
マリオン様とカプチー君も、女性陣の会話を聞いてさっきから黙りこくっている。
この辺はやっぱり思春期の男子だなって思う。
男湯と女湯で壁越しに会話できる温泉というのは日本でも珍しくはないけど、壁から駄々洩れなのはさすがにアレだな。
「それとも、向こうの意見を参考に、本当に混浴温泉でも作ってみます?」
「い、色々と問題がありそうなので当面は無理でしょうね……」
「理音、あんま若様をからかわないようにな」
そうだね、いつまでもからかってばかりでもしょうがない。
「コホン、時にリオン殿。私に聞きたいことがあるとか?」
「ええ。さっきの会議で聞きそびれたものが。
僕にゲームを産業にするにはどうしたらいいかと聞いてきた、その狙いを聞こうと思いまして」
「とか言いながら、お前はもう予測がついてるんじゃないのか?」
「まぁ、僕なりにこれじゃないかなと思うものは」
「……ぜひ、聞かせていただきたい」
わざわざゲームを流行らせようとする。
その狙い、今のソニックス家やこの世界の情勢を照らし合わせると、特有の事情が見えてくる。
「一番平等に戦えるものだから、ですね」
この国では魔族に限らず、様々な種族が存在している。
生まれながらにして明確な能力差が存在しているためか、平等という概念が希薄だ。
賭場では、ドワーフさんが器用さを駆使してイカサマしてた。
ロクマさんとパックルさんは協力関係にあるけど、事あるごとに喧嘩してる。
互いに長所・短所がはっきりしており、お互いが補い合っているといえば聞こえがいい。
だが、実際のところ互いの能力を妬み、互いに蹴落とし合う文化があるのではないか。
魔族が傲慢に他の種族を襲い、人間が数と連携で覆したという歴史は、その延長線上にあるのではないか。
僕はそう予測していた。
そして、極めつけはじゃんけんが一度流行したという事実。
種族も年齢も性別も関係なく、頭と手があれば平等に同じ舞台に立てる。
誰でもすぐできる遊びであり、もっとも公平な決闘法。
それが流行ったということは、それが人々にとって物珍しかったこと。
そして、潜在的に求めていたことである、ということだと僕は考えている。
常に種族という壁が存在している世界の中で、誰にでも『アイツに一泡吹かせたい』という願いが眠っている。
それも、種族差なんて関係なくなるものが欲しい。
この世界特有の心情として、みな心のどこかで、平等に戦える舞台が欲しいのだ。
恐らく、この世界ではスポーツの類もほとんど定着していないだろう。
球技とかをやったら、まず勝負がまともにならない。
たぶん、素の身体能力が優れた獣人たちが圧勝してしまうだろうから。
そういう意味であれば、
ルールを守れば、みな同じ舞台に立てる。
正々堂々と、戦うことができる。
この精神を根付かせることが出来れば。
どんな種族も平等であるという心持ちを人々に持たせることが出来れば。
遠回りでも、魔族迫害を解消できるのではないか。
「……というのが僕の考えですけど、いかがです?」
「……驚きました。その、正直そこまで深い考えがあったわけではないのです。
ただ、リジーを含め、皆が楽しく遊んでいたのを見て、これは使えるのではと思った次第で」
「理音、お前は相変わらず回りくどく考えちまうのな」
「……そのようですね。ただ、結局、結論は一緒でしょう。
みんなが一緒になれる、その手掛かりになるかもしれないという点で」
どうも僕は捻くれて物事を見てしまうらしい。
マリオン様みたいに、直感的に良さを感じるというのが出来るのは正直羨ましい。
直感というのは案外バカに出来ない。
人が持つ感覚や感情。
気持ちいい、面白い、と思う瞬間的な感想を素直に受け取る感覚。
ゲームを作る側においては、こうした『感じる』感性ってのは大事だからな。
「マリオン様の直感もありますし、
ただ、何を売るかはこれからも要相談。
ネスティさんの読心術という想定外の力が登場したことで、早くも『平等に戦う』という前提が覆りかけたからな。
彼女のような能力を持ってる人がそう何人もいるとは考えたくないけど。
考えを巡らせている中、周がおもむろに口を開く。
「なぁ理音、他にも何か手があるような口ぶりじゃなかったか?」
さっきの会議ですぐに頭に浮かんだ方法はある。
「ええ。
娯楽を使って、魔族に対するイメージを変えていくというのはアリかと。
つまりプロパガンダですね」
個人的にはあまり好ましい方法とは思わないのだけど。
ただ、娯楽によるイメージ作りが世界を動かすことがあるというのは地球でも起こっていたことだ。
世界的に最も有名なネズミを生み出したあの御方だって、戦争プロパガンダアニメをたくさん作ったりしてたからね。
「ソニックス領でやるのであれば、やっぱりご領主様の冒険活劇でしょうか」
『魔王』討伐のため旅立った二人の男女、けど女の方は『魔王の娘』であることを隠していた。
2人は様々な障害を乗り越え、『魔王』を打ち倒し結ばれた。
うん、分かりやすくて大衆受けしやすそうで、なおかつイメージ戦略にも有効。
実に優秀なプロットである。
「そういや、お前はシナリオライターもやったことあるんだっけか?」
「ゲームシナリオと劇の脚本ではだいぶ勝手が違うと思いますけどね」
というか、物書きもやったことがあるってだけで、僕はそこまで文才に優れてるわけじゃない。
仮に僕に作家の真似事をしろと言われても、うまく出来る保証はないぞ。
「劇、ですか……この国だと王立劇場が王都にありますが」
「借りるだけで大金がかかりそうですね」
「まぁ、それは将来的な目標でしょう。少し広い場所があれば、劇自体は出来るでしょうし」
「それこそ、街の広場とかでも出来そうだしな」
路上パフォーマンスというのは地球でもよく見かけるしな。
駅前の路上ライブやってる人たちとか。
「まぁ、どれも一発逆転という策にはなりませんが」
「そう、ですか……」
「こればっかりは、じっくりと行くしかないでしょうね。
時間をかけてでも、一つ一つ確実にやってくしかないでしょう。
何かドでかい手でもない限りは」
長い間根付いている偏見をいきなり覆すのは難しい。
大きな衝撃を以て世間の常識をひっくり返すというのは、何か革新的なものがないと無理だ。
現状、僕らにそれが出来るだけの大きな手はない。
ならば、少しずつでも理解者を増やして浸透させていくしかあるまい。
「先は長そうですね…」
「まぁ、それでも出来ることからやっていくしかないでしょう。
千里の道も一歩から。千里先に目指すものをブレさせなければ、いつかたどり着くでしょう」
果たしてこのやり方では何年かかるか。
だが、何もしなければ成果はゼロのままだ。
ならばちょっとずつでも進めるしかあるまい。
「リオン殿は、いつも先を見越して動くのですね」
「いえ、正直僕は大したことは出来ないですよ。
…ただ、ゲームクリエイターとしての心構えだけは忘れないようにしています」
「心構え、ですか?」
僕はひとつ、絶対に忘れないようにしている言葉がある。
「まだ見ぬ理想を思い描け」
クリエイターとしてはまだまだ未熟。
けど、この心構えだけは何事においても忘れてはいけないと思う。
「誰も見たことが無いもの、頭の中にしか無かったものを創るのが、僕たちクリエイターの仕事です。
そのためには、自分が理想をどれだけ思い描けているか。
自分が目指すものを明確にするためにも、仲間に協力してもらうためにも、理想像を具体的に想像できているかが重要なんです。
そして、その理想を現実にするための具体的な計画を描くのがプランナーの仕事ですから」
理想を思い描けない者に、新しいものは生み出せない。
それが世間に求められるものであろうとも。
それが自分の欲望から生まれたものであろうとも。
それがどれだけ突飛なものであろうとも。
想像できないものは、生み出せない。
「プランナーは、企画を導く主導者であると同時に、様々な技術を持った人たちにお願いする立場でもあります。
プランナーは、自分の理想を実現するために、誰よりも早く動き、誰よりも謙虚でいなければならない。
……まぁ、これはあくまで僕の理想ですが」
僕は謙虚さとは程遠いし、理想的なプランナーとは言い難い。
ゲームに関係ないところでは面倒ごとなんて背負いたくないし。
ただ僕が知る限り、優秀なクリエイターっていうのはみな、誰よりも謙虚で且つ仕事熱心だ。
本当に熱意をもって仕事をしている人間ほど、自分の望みを叶えてみせている。
そうした生き方に憧れているというのは嘘じゃない。
「主導者は誰よりも早く、誰よりも謙虚に……」
「案外、国創りってのも、似たようなものなのかもしれませんね」
ゲームであれ、発明であれ、国であれ、モノづくりっていうのは最後には熱意がモノを言う。
その熱意は、誠意という形で味方に伝わっていく。
理想を現実にする熱意と誠意。
それがある限り、なんだって創れる。
僕はそう思ってる。
そんな僕らの様子を見てて、周はため息をついた。
「政治とゲーム開発を同列に考える時点で、お前は十分変人だよ」
「はは、今更でしょ」
自分が変人なのは否定せんよ。
ついでにいえば、クリエイターってのはどっか変な人ばっかりだから。
偏見なのは認める。
「というわけでマリオン様。あんまり変人の戯言に誑かされないように」
「自分で言うな自分で」
「いえ……感じ入るものがあったのは確かですから」
「本当に気を付けてくださいよ!?僕、結構テキトーに喋ってますからね!?」
「だから自分で言うな自分で」
なんかマリオン様、僕の言葉を鵜呑みにしがちなところがあるからな。
信用してくれるのはありがたいけど、それに応えられるか自信はないんだ。
僕の言葉のせいでこの領が崩壊とかになっても、正直困るぞ!?
「リオン殿と話すと、これまで考えたことの無かった視点に気付かされます。
これからもぜひ、その力を貸してください」
「それは構いませんけど、正直僕はそれしか出来ない人間ですからね?
あぁ、なんか不安になってきました……
周、僕やマリオン様が変な方向に行かないよう、ブレーキ役を頼みますよ。常識人代表」
「俺か!?」
ぶっちゃけ日本組5人で常識人は誰かと言われたら、たぶん4人が君だって答えると思うよ。
「俺の言葉で止まるタマじゃねぇだろ、お前ら……」
「それでも、ブレーキを掛けるか掛けないかの違いは大きいですよ」
「ったく……」
あきれ果ててるけど、この男はそれでも引き受けてくれるだろう。
頼りにしてるぞ、真っ当な人間。
「ったく…それで、最初はどうするつもりだよ?」
「そうですねぇ。とりあえず、色々作ってみるってのは当然として……」
「いくつかの
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