Part13:ソニックス家の事情
『魔王』を打倒した英雄の息子にして、『魔王』の孫。
それが、マリオン様とリジー様の立場。
なるほど、いろんな面で悩みの種がありそうだ。
そして、見方を変えれば僕らも『魔王』の関係者になっちゃったわけだ。
はい、分かってはいたけど面倒ごとになることは確定。
今更引くわけないけどね。
引き続き、マリオン様からソニックス家の事情を聞き出していく。
「我が母は、父である『魔王』の所業に心を痛めておりました。
そんな時、冒険者であった我が父と出会ったそうです」
「その頃の王国にも魔族やハーフマゾクはそれなりにいたのですが、『魔王』の出現によって魔族やハーフマゾクに対する風当たりは非常に厳しいものとなりました。
罪なき多くの民が『魔王』に殺されたのと同様に、罪なき魔族もまた謂れのない差別に苦しめられていたのです。
我が母も当初は身分を隠し、一人の人間の魔法使いとして父と出会ったのだとか。
父とは意気投合し、次第に心惹かれ合っていったそうです。
そして、『魔王』を共に倒すことを決意した父と母は、有志を集めて『魔王』を倒す旅を繰り広げたそうです」
まるで勇者が主役の冒険小説のような話だ。
きっと壮大なドラマが繰り広げられたんだろう。
残念ながら、それに関する資料がほとんどないのだが。
「当時は私もお館様と共に剣を振るったものですな。
まさか一介の地方騎士が、『魔王』討伐の旅に巻き込まれるとは想像だにしてませんでした。
彼女が『魔王の娘』であると知ったあの時などはもう……
いえ、あの方々が結婚すると言い出した時の方が衝撃は大きかったですな」
クラウディスさんが懐かしむように言う。
この人も勇者パーティの一人だったのか。
「結論から言ってしまえば、我が父は多くの協力者の力を借り、『魔王』討伐に成功しました。
その功を以て貴族へと任命されることになったのですが、そこで問題が起きました。
魔王討伐の英雄である父が婚約した者が『魔王の娘』であったことです。
そのことは、父をはじめとするわずかな者にしか知らされていなかったのです」
「あ、お父さんは妻が魔族だってことは知ってたんだ~」
「ええ。むしろ、実の父親と敵対することを選んだ芯の強い人だといって、さらに惚れ込んだとか」
それ絶対惚気話として後世に伝わるぞ。
「ですが、先ほども申した通り、当時の王国内では魔族は人類共通の敵という風潮になっていました。
また、その影響もあって多くの魔族が『魔王』一派に加わったということもあります。
王国内では魔族であるということを公にすることができず、母は表向き人間の魔法使いとして英雄一派に協力していました」
「魔族側だと思われたら、いくら英雄の仲間であっても立場が危うかったのか」
「ええ、あの時はそれが最善だと思っておりました。
お館様も当時はまだ名もなき冒険者に過ぎなかったのですから」
クラウディスさんは目を伏せる。
この人はきっと正体を知ったために、相当な気苦労をしてきたんだろうな。
「しかし、魔族に対する風当たりは、『魔王』討伐後も覆りはしませんでした。
王国では現在も魔族やハーフマゾクに対する市民権はありますが……」
「一度、世間に植え付けられた恐怖を覆すのは容易ではないと」
「……ええ」
うわぁ……これはかなり根が深そうだぞ。
「ただ、奥方は魔法の腕も一流でしたので、英雄の相棒にして恋人であるということは周知の事実になっていました。
実際、『魔王』討伐にはお二方の力が欠かせませんでしたから」
魔族の力は今もなお恐れられているが、ソニックス家当主夫妻は英雄として認められているということか。
「お館様と奥方の婚約は、王家も頭を抱えることになりました。
国の中枢でも、英雄と『魔王の娘』の婚約を華々しく伝えて平和を取り戻したと喧伝すべきという意見と、『魔王』の一族を貴族にすることは危険だという意見で大きく分かれました。
中には領地運営の力が未知数ゆえにお館様の任命を取りやめるべきとか、『魔王』一族を根絶やしにすべしという過激な意見もありましたな」
「勝手な話だね」
「全くですな、アイ殿。
ただ、貴族の任命については辞退する可能性はありました。
当人同士が何よりも望んでいるのが、お互いに結ばれて安住の地を得ること。
王国としても救国の英雄である彼らの結婚を止めるわけにはいきませんでした。
諸々の事情を鑑み、奥方が『魔王の娘』であることは世間に伏せ、英雄同士の結婚という形で世に知らせることになりました」
救国の英雄なのに、国が愛想を尽かされちゃ王家としてもたまらないだろうからな。
冒険者なんだし、その気になれば外国にも行けちゃうわけだ。
「命がけで国を救ったのに、あの国は恩知らずだ!」なんて噂を流されたら困るのは王国の方だもん。
「……あぁ、それでこの立地なのですね」
以前見せてもらったソニックス家周辺の地図を思い出す。
ソニックス領は王都から離れた辺境であり、小さな領地が他のいくつもの家に囲まれている。
北西には例のグンバルッパ子爵家、北から北東にかけてはさらに大きな伯爵家。
西はエルフの森、東はドワーフが住む鉱山がある山脈、そして南から南東は別の伯爵家。
交通の要衝といえば聞こえはいいが、どちらかといえば3つの家の合間に入れられて監視されてるような立地だ。
なお、南西は未開拓地域であり、冒険者たちが日夜、魔物討伐とダンジョン攻略に勤しんでいる。
「表向きは冒険者にして英雄である領主が陣頭指揮を執って、未開拓エリアへの開拓を推奨。
しかし実質は、王国の端のエリアで英雄を飼い殺しにするための方策。
万が一この家で魔族がまた何かやらかそうとすれば、周囲の諸侯が黙っていない。
そういう布陣なのですね」
「……凄いですね。そのように読まれますか」
「違いましたか?」
「そういう側面もあるでしょうな。
ただ、この地にソニックス家を起こした理由はもっと単純ですぞ。
この地こそ、『魔王』との決戦の地なのですから」
おっと、ちょっと深読みしすぎだったか。
にしても、ソニックス領が最終決戦の舞台ね…
ひょっとして僕ら、ラストダンジョンに住んでる?
「元は北東のドストール家の領地であったこの地は、『魔王』の住処として相当に荒れ果てていました。
それを復興させることがソニックス家の当初の使命でした。
父と母は、旅で得た人脈を駆使してここを新たな町として生まれ変わらせたのです。
復興がひと段落した今は、未開拓地域の開拓が主な使命に切り替わっていますが」
「早期の復興が出来たことは、人知れず魔族の協力があったことも大きいですな」
「はい。母は虐げられた魔族達を救うように動き、父もそれに賛同しました。
母の
彼らは公には姿を隠したまま、密かにこの領の支援をしていただいているんです」
支援か…
この
何かひとつ産業を興そうと思えばできそうなくらいに。
「あぁ、ひょっとしてさっき言ってた新鮮な野菜ってのは!」
「ええ、ご明察の通りですシュウ殿。
この
そこで、いくつかのエリアに区分けして、農作物を育てているのです」
「この異空間で、まるごとハウス栽培ってわけッスか」
「さっき田園も見えたけど、もしかして米や麦も作れるのかしら?」
「ええ。表の記録には出せない状態ではありますが…
この異空間内でも長年の研究の甲斐あって、様々な食材を育てることが出来るようになりました。
おかげで、このソニックス領で飢えるということはまずありません」
「ひえぇ……」
周は感嘆とした声を上げるが、僕も同じだ。
強すぎる。
政治経済に詳しくなくても、これはあまりに強力すぎるのは分かる。
気候が安定しており、周囲から隔離され魔法で守られた農園。
外でどんな災害が来ても
食糧の心配がないってのは無茶苦茶デカい。
ちなみに、ちゃんと"裏"の記録も取ってあるとのこと。
あぁ、後で周がまた苦労を背負い込みそうな気がするなぁ。
「そういえば、キッチンの魔道具とか使いやすいけど、あれも魔族の力~?」
「ええ、コンロなどは魔工ギルドの作品ですね」
「何度か聞きましたが、その魔工ギルドとは?」
「魔法の力を込めた道具、魔道具の開発と生産を専門とするギルドです。
ロクマの魔術ギルド、パックルの鍛冶ギルド、そして魔族の率いる魔紋ギルドの連携で生まれた機関です。
エルフの住む森と、ドワーフが定住する鉱山と隣接しているからこそ出来る、この国で唯一といっていいギルドです」
「ロクマ殿もパックル殿も、『魔王』討伐の頃からの縁で、ソニックス家に協力していただいております。
まぁ、当人同士はそりが合わんようですが」
「ちなみにこの城ですが、魔工ギルドの本部も兼ねており、建物の大半が工廠として機能しています。
大小さまざまな魔道具を研究・開発しております」
城が工場って、また思い切ったことしてるなぁ。
いや、一点に集中してる方が情報の秘匿には便利なのか。
「そういえば、お風呂とかもちゃんとあったね、上の領主館。
あれも魔工ギルドの力?」
「ええ。ソニックス家の起こりと共に、真っ先に水路の整備を行いましたからな。
水が半永久的に生まれる魔法を軸にして、常に清潔な水が領内を巡るようにしております」
「魔族の国ではごく当たり前にやっていたそうですが、この国でここまで地下水路が充実してるところはないでしょうね」
無敵すぎるやん、魔法。
「この領の住民に衣食住で困らせるつもりはありません。
ですが、物は良くても『魔王』の本拠地というイメージはなかなか拭えません」
「市民感情の悪化……治安には難ありということですか」
「おっしゃる通りです。
ただでさえ未開発地域に隣接し、冒険者ギルドが賑わう町。
活気があるといえば聞こえはいいですが、実態は荒くれ者の巣窟同然です」
「今日も賊に襲われたもんね~。トラブルが常態化しちゃうと住みにくいかな~」
「交易で訪れる者はいても、定住する者が少ない……そんなところか」
「子供があまり見当たらないわけね」
「そういえば、肝心の領主様はどうしているのです?」
この地に最初に来た時に聞くべき内容だが、込み入った事情がありそうだったので今まで踏み込めなかった。
そもそも英雄である領主がいるならば魔族に対する不安は和らぐのではないか。
「父と母は、現在遥か北の国へ遠征しているのです。
『魔王』の故郷でもある魔族の国へ」
「それは、王国の命令で、ということでしょうか」
「…はい。かの国で何らかの動きありという知らせを受けて。
王国内では今も魔族に対しては過敏になりがちです。
ここから離れた王国北部ではなおさら。
しかし我々からすれば、かつて王国に侵攻してきたのは魔族全体ではなく、あくまで『魔王』一派のみの暴走であると知っています。
そこで、英雄である父と母は、自ら調査と交渉の役を担うことになりました。
ただ、遠く離れた魔族の国がどのような状態なのかは分からず、数年がかりの調査になるだろうとは考えています」
既にこの世にいないとか、そういうのじゃなくてよかった。
けど、英雄は揃って不在か。
この家の精神的支柱がなくなっている状態、というわけだ。
「私は残された者として、この地の安定と繁栄に尽力する義務がある。
しかし、私はまだ未熟な身。
英雄としての力強さはなく、おぼつかない指揮で、領内は徐々に荒れつつある。
…これが、ソニックス家の現状になります」
……………
マリオン様のひとしきりの説明を聞いて、僕らは沈黙する。
たぶん、各々現状を鑑みて、どうするべきか考えてるんだろう。
もちろん僕も、家の現状を整理する。さて、どうするか…
快適な住居、安定した食料供給。
住む分には不自由しないだけの下地が出来ている。
加えて主に魔道具開発による技術開発は、王国内でも独自の地位を持っている様子。
技術発展という意味でも、将来豊かになる可能性を秘めている。
しかし、『魔王』との繋がりが常に足を引っ張っている。
魔族という強力なバックアップが表沙汰に出来ず、周辺の領地から虐められる要素になり得る。
おまけにこれが遠因となって、英雄視されている領主夫妻がいない。
さらに、未開拓地域の開拓という使命があるため、冒険者の流入が常に起こる。
これは同時に、治安の低下を招いていっている。
魔族に対する恐怖心や差別をひっくり返すことが出来れば、事態は一気に改善できる可能性もある。
しかし、僕らはすでに『魔王』の関係者になっちゃったわけだ。
可能性は低いが、下手を打てば僕らが一気に人類の敵認定される可能性もあり。
異世界にて魔女狩りされるとか勘弁だぜ、マジで。
「ねーマリオン様、大事なこと聞いていいかな~?」
突如、奈美がマリオン様に聞く。
「マリオン様は、この領をどうしたいの?」
口調はいつものように砕けているが、普段のお気楽な雰囲気は抑えて真剣な顔つきでいる。
珍しい、真面目モードの奈美だ。
そういえば、彼女って結構いいとこの出なんだっけか。勘当同然らしいけど。
「どう、と言われましても……この地を平和にしたい、としか」
「あーうん、それは分かってるんだけどね。
何をもって『平和』にしたいかってこと」
そだねー、たとえばーと奈美は続ける。
「あたしみたいな女一人で町を歩き回っても大丈夫とか、毎日3食美味しいものが食べられるのが当たり前になるとか。
あたしだったらそういうのを目指すかな」
「目標の具体化、ですか。確かに、大事ですね」
「細かいものはたくさんあるだろうけど、それを全部ひっくるめた大目標があるんじゃない?
リーダーが目指すもの。一番やりたいことをちゃんと示さないと、下の者は道に迷っちゃうもん。
みんなはそれを信じて付いてくるんだから」
確かに。
ゲーム開発だって、どんなビジネスだって、企画の最初は『何を目指すか』を明確にするものだ。
企画書がどっかに行っちゃった仕事なんて、マジで迷走するからな……
「私がこの家をどうしたいか、か……
……正直、問題への対処ばかりで、将来のことなんて全く考えてませんでした。
けど、そうですね……」
マリオン様はゆっくりと目を伏せる。
じっくりと考えているんだろう、部屋が沈黙するが誰も言葉を発さず、マリオン様の言葉を待つ。
「ナミ殿の言葉ではありませんが、誰もが堂々と町を歩けるようにしたい、かな」
目を開けたマリオン様の目標は、非常に単純。
しかし、あえて口にすることで、それがどれだけ遠いことを僕らは再認識する。
「父と母が、どんな思いでこのソニックス家を起こしたのか、今なら分かる気がするのです。
魔族も含めて、あらゆる種族の者が安心して暮らせる場所。
父と母が目指したものを、私自身の手で作り上げたい。
それに……」
少し言い淀んだが、意を決して口にした。
「私とリジーは表向き、人間ということになっています。
ですが、ハーフマゾクであることをきちんと公表したい。
……正直、悔しいんですよ。
両親の功績が不当に歪められたままなのは。
魔族の力がどれだけこの領地の力になっているのか、知られていないままなのかは」
最初に会った時以来だろうか、悔しさを正直に吐露したのは。
恐らく、僕らの知らないところで『魔王』の血縁者であることに由来する苦労をしてきたのだろう。
それを改善したいというのは、マリオン様の悲願とも言えるのかもしれない。
「とはいえ、このような不純な動機を掲げていいものか」
「いいんじゃない、別に」
今度は藍だ。
「本音をぶちまけることは大事」
「そうですね。悔しさを素直に受け止めるってのも大事です。
上っ面だけの意思っていうのは、結構簡単に見破られますから」
不純というほど不純な動機には感じないです。
悔しさをバネに状況を改善しようというのはむしろ自然なこと。
変に取り繕われたりするより、ずっと好感が持てる。
「ね、みんな。やろうよ、お家再興!」
「問題なし。覚悟は決まってる」
「まぁ、最初からそのつもりですしねぇ」
奈美の一声に、藍と僕は同調する。
この家に協力することについて、改めて覚悟が決まった。
これに対し、少し黙ったのが周と沙紀さん。
おや、沙紀さんはともかくお人好しな周が即反応しないとは珍しい。
「協力するのはもちろんいいよ。ただ、どうすればいいかはさっぱりね…」
「だな……」
言わんとすることは分かる。
協力することは構わないが、自分達が何を手伝えるかなんて、正直今は全然分からない。
「そうですね。まだまだ先行きは不透明、課題は山積みでしょう。
ただ、まったく望みがないわけでもないと思います」
「そうか?」
「王家が魔族の市民権を認めてるっていう点です。
これが、魔族は王国に住めない、永久追放だとかになってたら、それこそ戦争でもして革命なり独立なりしなければいけないところでしたが」
「コエぇよお前!」
「国に逆らうっていうのはそういうことですからね。
だが幸い、一番取るべきマスは抑えている。
どこかでひっくり返す要素は十分あります」
つーか、戦争なんか絶対やりたくないし。
僕はいちゲーマー、ゲームクリエイターに過ぎないんだから。
荒事はなるべくナシで。
「…貴方がたに、心から感謝を」
「そのお礼は、無事に魔族が世間に認められた時まで取っておいてください」
マリオン様が頭を下げる。
きっと本心から相談することがあまりなかったんだろう。
気持ちは分かる。本音で話すのって、勇気がいることだからな。
さて、何にせよ僕らはこの領の状況を改善することになったわけだ。
詳しくは後で確認するけど、話を聞く限り農業や工業は十分回せる状態。
しかし、市民感情という見えないステータスが問題を抱えている。
なんか急にシミュレーションゲームっぽくなってきたぞ。
これを打開する方法、一応は思いついているけども……
新米クリエイターの僕の力がどこまで通用するかな。
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