Part12:黄色の世界
魔族とは何なのか。
その説明をする前に、とある場所へ案内したい。
そういってマリオン様は、領主館の奥へと案内してくれた。
最初に僕らが訪れた、豪勢な執務室。
その壁に立てかけられた本棚をずらすと、その先に扉があった。
まごうことなき、隠し扉だ。
いかにもな扉の先へ向かおうとしたときに、クラウディスさんが僕らを制した。
「ここからは先は、我が家最大の機密区画。
いかに客人といえど、この先のことを知れば後戻りはかないませぬ。
それはよろしいか?」
クラウディスさんの真剣な目。
確かに、当初はなるべく面倒なことに巻き込まれないために客人という立場を取ったのだ。
ここで大きな秘密を知れば、この家の問題にずっと巻き込まれることになるだろう。
「…そうだな。ちょっと確認するか」
日本組代表の周が、僕らに向き直る。
「俺達の突然の異世界生活。
それを今日まで問題なく生きられたのは、最初にマリオン様達に保護してもらえたからだ。
衣食住に困らず生活できた、この恩は返さなきゃいけないって思ってる。
それに、これからも俺達がここで暮らしていくためには、この家の秘密とは無関係でいられないと思う。
だから、俺はこの家の秘密に迫ろうと思う。
恩のあるこの家の力になるためには、ちゃんと知らないといけねぇと思うからな。
……お前らはどうだ?
今のうちに本音で言ってくれ」
こういうところでまとめ役になれるのは、この男の強みだよなぁ。
「あたしは異議なーし。ここまで来といて知らぬ顔とかできないし。
それに、この家の人達は、ちゃんとあたしのことを料理人として見てくれた。
すごく嬉しかったし、これからも力になりたい。
まだまだ試したい料理もあるしね~。
この家の台所、あたしが改革してみせるよ!」
「私も問題なし。
貴族のお屋敷で生活する以上、いろんなことが起きるのは最初から想定済み。
何が出来るかはまだ分からないけど、この家に協力するのはやぶさかじゃない。
守秘義務もちゃんと守る。クリエイティブは信用第一」
周の言葉に、奈美と藍は即座に答える。
ただ、沙紀さんはちょっと戸惑っているようだった。
「沙紀はどうだ?」
「……正直、ちょっと怖いかな。
この世界では、人間以外の種族もいて、魔法があって、ウチらの常識が通用しない。
その上、魔族がいるって言われて、この先どうなるんだろうって、不安でいっぱい」
「そうか……」
「でもね……だからって、ここで置いていかれる方が怖い。
何も知らないままでいるほうが、ずっと怖い。
だから、ちゃんと付いてくよ。
大丈夫、みんなもいるし。
マリオン様達がいい人だっていうのも、この数日でちゃんと分かったから」
「そうだな。正直、それが一番ありがたかったよな」
沙紀さんは不安を口にしたが、それでも秘密を知ることを選んだ。
確かに、ソニックス家の人達がみんないい人だっていうのは、この地にいて最大の幸運だったよな。
「理音、お前は?」
「無論、ここまで来て置いてけぼりとかナシですよ」
「お前は面倒を嫌うタイプだと思ったけどな」
「確かに面倒ごとを背負いこむのは嫌いですよ?
けど、僕だってこの家に恩を感じています。
何もしない、何も出来ない人間になるのも嫌ですから。
ゲームを流行らせるにはどうするかっていうお話の答えも、まだ出せてないですしね。それに……」
「それに?」
「正直、好奇心の方が勝っています。魔族というものがいかなる者なのか。この先にあるものが何なのか」
「ったく、楽しそうだな…」
「否定はしません。けど、この先にあるものはこの家の問題の根幹でもあり、また打開策の目にもなり得ます。
僕が昼間から感じている嫌な予感…その理由を知るためにも、ここで引くわけにはいかないでしょう。
ただね、周」
「何だ?」
「今後もこれまで通り、僕らは客人という立場は取った方がいいと思います。
従士として中を見るのではなく、外側から見ているからこそ気付けることもある。
この家とは繋がりが強くとも、あくまでも独立したチーム。
そのようにした方がいいと思います」
「お前の勘は侮れないからなぁ……
ま、その辺はこの後で要相談としようじゃねぇか」
日本組は全員、この先に進む意思を確認した。
周はもう一人、新たに機密へと迫る人にも声を掛ける。
「ネスティさんはどうです?」
「ワタシだって、ここまで来て引き下がるなんてことはしないわよ。
それにね……そもそもワタシがこの領に来たのは、同じ魔族の血を引く者が集まる場所があるって噂を聞いたからなの」
「そうだったんスか」
「まさか領主代行様が中心人物とは思わなかったけど。
けど、同じハーフとしてちょっと親近感は湧いたわね。
少しは力になれるんじゃないかしら」
お仲間を見つけたことで、ネスティさんもソニックス家に協力してくれる気になったらしい。
全員が先に進む意思を見せたことで、周がクラウディスさんとマリオン様に向き直る。
「聞いての通りです。
俺達はこの先に進みます。この家の機密のこと、教えてもらえますか」
「……皆さんが力を貸してくれること、心より感謝します。
クラウディス、いいね?」
「承知しました」
クラウディスさんは持っていた鍵で扉を開ける。
その扉の先は、地下への階段があった。
階段の先にあるのは、石造りの部屋だ。
年季の入った机に、古そうな本がぎっしりの本棚。
いかにも隠れ研究室って感じだ。
マリオン様はこの部屋にあるものには目もくれず、部屋の奥へと進んでいく。
一番奥の壁の前に立つと、右手の手袋を外して掌を壁にあてた。
そういえば、マリオン様っていっつも手袋を付けてたよな。
『アル・ウェル・ケイノック・オーフェン』
マリオン様が何か呪文を唱える。
するとどうだろう。
一瞬、壁に魔法陣らしき模様が映ったと思えば、その壁に変化が見て取れた。
石の壁の表面がゆらゆらと揺らめいているのだ。
まるで、そこが水面であるかのように。
「さぁ、行きましょう。付いてきてください」
「付いてきてって、ええ!?」
そう言って、マリオン様は石の壁に向かっていく。
そのまま、壁の中へと入っていってしまった。
マリオン様を飲み込んだ壁は、波紋を出してゆらゆらと揺れるのみ。
やっぱり、水面みたいになってるみたいだ。
壁の中にいる、を実践していった光景にネスティさんは驚いていたが。
「なんか、あれだね。有名ゲームにあったね、こういうの」
「絵や壁の中に別世界ってか。
それこそ、昔から現代まで幅広く使われてるネタだって」
「お前ら……受け入れるの早すぎるだろ」
藍と僕は、割とすんなりとこの状況を受け入れられた。
魔法ありありの世界だ、むしろ定番ネタといっていい。
とにかく壁にぶつかるように進めばいいのなら、9と3/4番線に行くより簡単そうだ。
「それじゃ、先に行きますよ」
たまには僕が先鋒を務めよう。
ちょっと緊張はするけどね。
軽く壁に触れてみると、やはり水面をつついたように波紋が広がっていく。
…よし。
意を決して、僕は壁の中に飛び込んだのだった。
◆◆◆◆◆
壁を通ってみた感覚は、本当に水の壁を通ったかのようだった。
何かヒヤリとしたものが顔に身体に触れ、そのまま通り過ぎていく。
壁を抜けた時、思わず服が濡れてないか身体を見てしまったものだ。
「おお……」
顔を上げて見た光景に、思わず声を上げる。
壁の向こう側は別世界だった。
月並みだが、最初に出た感想はまさにこれだった。
目の前に広がるのはだだっぴろい草原。
遠くには田園と思われる、綺麗に区画された緑の丘。
何よりも、『空が黄色い』。
地上の鮮やかな青と違い、柔らかなクリーム色の空が広がっている。
もう夜のはずなのに、いまだ明るく輝いて見える。
よく見ると、岩がふよふよと浮遊しているところがあった。
浮遊岩エリアとでもいえばいいのか。
地下へ降りた感覚はそこまで深くなかったはずだが、それを余裕で越す高さに岩はあった。
それだけで、この黄色い場所の凄さに行き当たる。
領主館の地下空間にしては明らかにおかしい広さの世界が、そこにあったのだ。
後ろを見ると、大きな石板が立っている。
どうやらここが入り口になっていたらしい。
この石板がワープ装置のようなものになっているのだろう。
すぐに他の仲間達も、石板の中から飛び出してきた。
「こりゃすげぇ……マジで魔法の空間だな」
「わー、ひろーい!」
「驚愕」
「今までで一番、異世界に来たって実感したわ……」
日本組のみんなも、思い思いの感想を述べる。
ネスティさんとクラウディスさんもやってきた。
「この空間全体に魔力が充満してる……魔法による空間の作成?」
「ええ、その通り。
ここは、私の母が作り出した異空間、
主に亡命した魔族やハーフマゾクが暮らす、ソニックス領の秘密の領域です」
「…………とんでもないわね」
ネスティさんは呆けたように言う。
魔法のことはよく分からなくても、この空間を作り出す力が異様なのは僕らでも分かる。
領主館の地下に、街一つはすっぽり収まるような広さの空間が存在しているのだ。
マリオン様の母君は、相当な魔法使いらしい。
「あれが、真の意味で我が家の中心になります。
まずは、あちらで詳しくお話させてください」
そう言ってマリオン様が石板の裏にある建物を指した。
地上の領主館もそこそこ大きな屋敷だと思ったが…
ここにあるのは、まさに城と呼ぶべき巨大な建物だ。
異世界モノに城は付きものとはいえ、こんな急に来るんかね。
◆◆◆◆◆
城の中の一角、入り口からほど近くの部屋に僕らは通されました。
応接室なんだろうか?
高そうなソファや机、調度品の数々にちょっと委縮してしまう。
適当に掛けてくださいと言われて、やや緊張気味にソファに座った。
「さて……ひとまず我が家についての事情をお話したいと思うのですが。
正直、どこから話したものか」
「…では、魔族とは何か、からいきませんか?」
机を挟んで対になっているソファに座ったマリオン様は頭を抱える。
家の事情が複雑そうではあるが、根本的に僕らの知識が足りてないところはここだ。
今、一番知りたい情報である。
「僕が知る限り、ソニックス領で見掛けた種族は7つ。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人、半獣人、妖精族、竜人族。
マリオン様やリジー様、ネスティさんはハーフマゾクだそうですが、魔族とはどういった種族なんでしょうか?」
「確かに~。ずっとマリオン様達は人間だと思ってたもんね~」
奈美の言葉に、僕ら日本組はみな頷く。
エルフは耳の形で、ドワーフは背や筋肉の付き方などで人間との判別がつきやすい。
だが、マリオン様は金髪赤目というちょっと目立つ容姿ではあるものの、美形な人間だろうと思っていた。
「そうですね…
確かに、魔族の見た目は人間に酷似しています。
容姿が優れている、なんて言われることもありますが……少なくともパッと見では気付けないでしょう。
ただ、魔族及びハーフマゾクには身体のどこかに紋章が浮かぶという特徴があります。私の場合は、左腕にありますね」
そういって、マリオン様は左手の手袋を取り、服の袖をまくって見せた。
腕から手の甲にかけて、幾何学的な模様が描かれていた。
魔法陣なのだろうか?
ふと、僕はネスティさんの方を見る。
彼女の身体のどこかにも、何か模様があるのだろうか。
「見せないわよ?」
僕の視線に気づいたネスティさんは、そう言って胸元を抑えた。
あぁ、そこにあるのか。それじゃ見られないだろうな、残念。
「この世界の者達には、魔法を扱うための器官が体内に存在します。
ただ、これは種族による差が大きいのです。
一般的にエルフや妖精族などが魔法に適性があると言われてますね。
しかし、魔族のものはそれらを遥かに凌ぎます。
単純な魔力量で言えば、種族の中でも最高クラスでしょう」
世界でも最高クラスの魔力を持つ種族。
なんとなーく、先の展開が見えてきた気がする。
「魔族は生まれながらに高い魔力を持っています。
その力で高い文明圏を築き、他の種族よりもいち早く強大な種族になり上がったという自負がある。
しかし、それゆえに他種族を見下し、傲慢になりがちな者もいたといいます。
……その極めつけとも言えるのが、『魔王』と呼ばれた者です」
魔王と来たか。
ファンタジー的にはお約束ではあるが、やはりというかこの世界にもいるものらしい。
いや、過去形で語ったからもういないのか?
「『魔王』は自身の一派を率いて、このプラネウス王国に侵攻を行いました。
その時の『魔王』が行った惨たらしい所業が、今もなお王国の民にとっての恐怖の対象なのです」
僕はそれでピンときた。
「もしかして……それが、人喰い、ですか?」
「……………はい」
「っ!」「うわぁ……」
僕の予想に、マリオン様は神妙な面持ちで答えた。
沙紀さんは身をこわばらせ、藍は思わず声をあげてしまっていた。
あー、そう繋がるのかよ。
「誤解のないように言っておきますが、魔族が人喰いを基本とする種族であるわけではありません。
人間や他の種族を喰うなど、禁忌の所業。それは魔族でも変わりません。
しかし、『魔王』はこの地へ侵略をした際に、あえてこの禁忌を破りました。
強大な力を誇示するために……あるいは、祖国にいる時とは違うことを示したかったのかもしれません
人間、エルフ、ドワーフ、妖精族、獣人はもちろん、他の種族に至るまで……
いずれも『魔王』の食い物として狙われることとなりました」
そりゃ、『魔王』なんて呼ばれるわけだ。
どう考えても悪役一直線の所業である。
「さらに、この『魔王』が持っていた
「
「個人、あるいは家系に発現する特別な魔法です。
大抵は教会で神託を受けることで発現しますが、血筋でその力を受け継ぐケースもあります。
これらの魔法は、他の者に扱えないというものがほとんどですね。
ネスティさんの読心術も、
「ええ、そうよ。ワタシのは母からの遺伝みたいね」
選ばれた者にしか使えない魔法、ということだろうか。
『身体強化』などは色んな人が使っているのを見たことがあるから、それらとは根本的に異なるのかもしれないね。
「『魔王』だけの魔法……」
「理音、なんか気付いたのか?」
「いえ、気付いたというか、ひょっとしてこれかな、と思うものが」
地球でアニメや漫画、小説、映画、いろんな娯楽に触れてきた。
魔王と呼ばれる存在なんて数知れず。
様々な力を持った魔王がいたわけだが、何が一番凶悪だろうか。
これは人によって意見が分かれるだろうが…
今、不意に僕の頭によぎったものがある。
多くの作品に使用されるほど汎用的で、かつ恐怖を与えられるほど強力で、さらに僕らと関わりがありそうな力。
「転移……テレポート、とか?」
「なぜそれを!?」
僕のつぶやきに、マリオン様もクラウディスさんも驚いたようだ。
ほぼほぼ勘だったが、正解らしい。
「出たよ、理音の直感が」
「にゃはは、よく分かったね~」
「…いえ、先ほど子供のもとには魔族がやってくるぞって噂があったので。
色々可能性は考えられましたが、きっと弱者の元にいきなり現れるようなことが恐怖だったのかなと」
「それだけでいきなり正解引き当てるんだから、相変わらず化け物じみてるわよ」
ちょっとひどくないですかね沙紀さん。
「…リオン殿の言う通り、『魔王』の
瞬時に別の場所へ移動することが可能です。
この力を用いて王国中を飛び回り、強大な魔力をもって国を荒らしまわったと言われています」
強大で残虐な魔法使いが、国のどこにでも転移出来て、いつどこに現れるのか分からない。
そして出現したらしたで、人々を襲い喰っていく。
なるほど、確かにおっかない。
王国内の人々の記憶に、恐怖が強烈に刻まれているのだろう。
いまだに『魔王』の名前を出してないくらいだし、名前を言ってはいけないというのが通例になっているのかも。
「……ねぇ、ひょっとして、私達の異世界転移にも関係している?」
藍が口にしたことは僕も疑問に思ったことだ。
さっき僕が転移を真っ先に挙げられたのも、その件があったからな。
「……残念ながら、私には分かりません。
しかし、さすがに異なる世界まで行くことが出来るとは思えないのですが……」
「そりゃそうか…」
地球に帰るヒントがいきなり見つかるかと思ったが、そうたやすくはいかないらしい。
僕らは少し落胆していたが、ネスティさんは別のことが気なったようだ。
「ちょっと待って。随分と『魔王』や
確かに。
秘密にされるものなんじゃないの?
「ここまで来たのでお話しますが、私の
「へ……それってつまり……」
さっき血筋として受け継ぐケースがあるって言ったよな。
ってことは、だ。
「…このソニックス家は、『魔王』を打ち倒した我が父が起こしたもの。
そして我が母は、『魔王の娘』に当たるのです」
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