Part10:デートと囮とフェイクニュース

◆◆◆◆◆


「奈美、わざわざ腕を絡ませて歩くのはどうかと思うのですが」

「にゃはは、バカップルっぽくしてれば向こうも油断してくれるかと思って」


自分達をつけてくる怪しげな人達が何者なのか確かめるべき。

そう主張した以上は、自ら囮を引き受けるべき。

通ってるような通ってないような理屈の元、僕と奈美は2人で街を歩いている。


まぁ、僕も怪しい奴は排除したいから、結局彼女と行動することにした。

フォックスさんとキルビーがこっそりと僕らを監視してるはずなので、何か起こってもなんとかしてくれる、はず。


そっちも気がかりではあるのだが……正直、そっちに頭が回ってない。


「…当たってますよ?」

「そんくらいじゃ動じないにゃ~」


この女、相手が油断してくれるんじゃないかと、僕とデートの振りをしようと言い出した。

そのまま腕を、しっかりぎゅっと抱きついている。

ばくにゅ~な彼女がそんなことをすれば、当然柔らかいものが僕の腕に触れるわけで。

そんでもって、彼女は全然嫌がる素振りを見せずニコニコなわけで。

うん、可愛い。


顔なじみの美女が、濃厚接触しながら横を歩いてくれる。

どーてーな僕には正直、刺激が強いのですけど。


「こんなことされたら、何かあるのかと勘繰っちゃいますよ。

 ハッ、貴女はひょっとして僕のことを…」

「それはないかなー」

「ですよねー。分かってますよ」


彼女が僕に対して特別な想いを持っている、なんて淡い期待はしない。

この人は、ぶっちゃけ誰にでもこんな感じなのだ。

羞恥心というものをほとんど感じないのか、人に抱きついたりすることに抵抗がない。

非常に人懐っこいといえばいいのだが、彼女のスタイルがスタイルなので、やられた側からすれば心穏やかにはいられない。


「昔からそうでしたが、あんまり誰彼構わずくっつくのはどうかと思いますよ?」

「あたしだって、誰でもおっけーってわけじゃないってば~」

「そうですね。男子は大体、周くらいにしかやってませんでしたか」


周と奈美は幼馴染の関係ということもあって、昔から非常に仲がいい。

奈美が周にじゃれつくというか、抱きついたり飛び掛かることもしょっちゅうだった。

そのたびに、周囲の男子(僕含む)が羨望と嫉妬の眼差しを周に向けるというのがお約束。

モテる男は大変ですなぁ、大変うらやまけしからん。


「あ、ちょっと待ってね。……うん、やっぱりついてきてるね~」

「手鏡で確認って…そんなスキル、どこで覚えてくるんですか」

「ん~、映画とか~?」


曲がり角を曲がって少し歩いてから、一度僕の腕を解放した奈美。あぁ、もったいない。

そんな僕の心情を気にせず、ポケットから取り出したコンパクトミラーを見ながら前髪を直す。

そのついでに、後ろを確認。女スパイさながらの手際の良さである。


「男2人、しっかりついてきてるね~」

「予想通りといえば予想通りですか。

 少しずつ人の少ないエリアになります。

 何かしてくるとしたらそろそろですかね。

 覚悟はいいですか?」

「もち♪」

「楽しそうですね…」

「あはは、漫画みたいでちょっとドキドキしない?」

「……まぁ、分からなくはないですけどね」


僕だって、漫画や小説みたいな冒険をしてみたいと思うことだってありますよ。

ドキドキワクワクしたいって思うことはあります。

ただ、実際に命が関わるのは勘弁。

今回は、護衛がちゃんといるからこそってこと、お忘れなく。


「そんじゃ、行きますか」


次の曲がり角から足を早めて、裏路地へと回っていく。

フォックスさんに教えられた経路は頭に入ってる、大丈夫。

さらに細い道へ、さらに足を早めていく。

後ろの人達は慌てたのか、僕でも分かるくらい足音を立てて追ってきている。


目的の袋小路に到着。

おお、見事に行き止まりだな。

3方向を高い建物に囲まれて、追われる側としては逃げ場なし。

わざわざここまで来たんだ、後ろのやつらが何者なのか手掛かりは掴みたいところだ。

さて……


「それで、いったい僕らに何の御用です?」


急に立ち止まって振り返り、尾行者に声を掛ける。

追ってきたのは、人間の男2人。

目つきの悪い男たちが、そこにいた。


「へへ……」

「いやいや、なかなか羽振りのいい方がいるなと思いやしてね」


周りに人がいないせいか、僕らに気付かれたことを気にするでもなく近づいてくる。

ニヤついた顔は、自身の欲望を隠そうともしていない。

ふむ、顔に見覚えがあるような。

さっき賭場にいた人間には違いないが……喋ったっけ、この人。


「あ、理音にボロ負けして銀貨取られた人だ」

「うぇ……全然覚えてないんだけど」


オセロ中は眼鏡を外して集中してたせいで、相手の顔を覚えてなかった。


「…まさかと思うけど報復に来たとでも?

 さすがに街中でやったら、騎士とか従士とかが飛んできそうなものですけど」

「おやぁ、随分余裕じゃないかぁ」

「イチャイチャしながら街を散歩とか、随分いい御身分だよなぁ」


ああ、なかなかにイラついていらっしゃる。

そりゃ、見せつけながら歩いてきたからね。

気持ちは分からんでもないが、そんなバカップルをわざわざ尾行してきたのは何故だ?


「ハッ、まあいいさ。あんたらに1つ忠告してやろうと思ってよ」

「忠告?」

「あの公子様に付き合うのはよしときな」

「ほう、マリオン様のことですか?」


僕が聞き返すと、男が自信満々に言い出した。


「あの公子様には、怖ーい噂があんだよ。

 夜な夜な人を攫っては、喰らってくっていうな」

「……………………は?」


思わず変な声が漏れてしまった。

ちょっと予想外の方向に来たね。

なに?マリオン様が人攫い?


「アンタら、この街に来たばっかなんだろ?

 大事な女を獲られたくなかったら、オレ達が護ってやるぜ?」

「稼いでるモンも命も、あのケダモノ公子に盗られないようにな」


ニヤニヤしてる男たちの言葉には、ぶっちゃけ説得力がないんだけど。

なんであんな自信満々なんでしょ?


「えーと…………奈美。

 マリオン様って、襲ってくるような人だった?」

「ううん?

 いつも紳士的だよ~?」


奈美の方もきょとんとしてる。

どうなってるのか。

絶対にマリオン様が悪だという確信があるのか。


「くく、そりゃ~街ん中じゃあニコニコと優しげだろうさ」

「けど、お屋敷に招かれるようなら注意しろよな」


あれ、この人たちひょっとして…

彼らの言葉を聞いて、僕の中でとある可能性が浮かんだが。

それについて思考する間もなく奈美が口にしてしまう。


「あたし達、あのお屋敷に住んでるんだけど?」

「……なっ!?」


奈美が言った途端、男たちの顔が変わった。

信じられない、といった顔だ。

うーむ、住んでいるというのはちょっと語弊はあるが……そのおかげで向こうもボロを出した様子。


「……それで、領主代行が人攫いなんて嘘を聞かせて、いったい何をさせたかったんです?」

「は、ははっ、嘘なんて」

「いやせめて動揺すんなよ……フェイクニュース流す奴ってのは、ホント反撃に弱いな」


やっぱり嘘をついて世間を惑わす人達だったか。

どうやら、僕らがマリオン様達の関係者だとは思っても、領主館に滞在している客人というのは知らなかったらしい。

屋敷で数日も暮らしていれば、さっきの話は嘘だろうというのはすぐに分かる。

裏工作にしてはお粗末すぎるが……


どういうわけだか知らないが、領主代行殿は人攫いだの人喰いだのという噂が流れてるらしい。

いや、この人たちが意図的に流しているというべきか。

本当は僕らにその噂を聞かせて、疑念を植え付けるつもりだったんだろう。

残念ながら、奈美の一言であっけなく崩れてしまったようだが。


おそらく、彼らは僕ら日本組のことを、どこか領外からやってきたお金持ちとでも思ったのだろう。

珍しい服を着てるし、買い物も結構してたし。

オセロをはじめ、珍しい道具も持ってたわけだし。

賭場でだいぶ稼いだけど、たぶん元手もたくさん持ってると思われたのかもしれない。

そこでマリオン様と接触しているのを見て、屋敷に招かれると思ったのだろう。


まさかとっくに領主館で暮らすようになっていたとは思わなかったようだ。

賭場で初めて僕らのことを知ったのなら、街に来た時からマリオン様達と一緒にいたなんて知らないだろうし。


考えてみれば、僕らは直接領主館に転移してしまい、なし崩し的にお屋敷で暮らすことになった。

けど、普通は領外からお屋敷を訪れるなら、ドンクス区域をはじめいくつかの街か村を経由するはずだ。

誰にも知られないでお屋敷にたどり着いているなんて、だいぶイレギュラーなはず。

街で別行動を取ったことで、図らずも僕らは今日初めてマリオン様達と知り合ったように思われたようだ。


さてと…なんでわざわざ尾行してまで僕らに嘘の噂を聞かせようとしたのか。

嫌な予感はするが、ここで聞き出しておけば従士の皆さんも動きやすいはず。


「貴族様の悪い噂を流すのって、結構な重罪じゃないですか?

 冤罪ならばなおさらだ。

 わざわざ人通りの少ないところで話そうとしてるんです。

 いったい、何が目的です?」

「いやいや、冤罪ってわけじゃ……」


こっちが疑惑の目を向けるだけで、目が泳いでいる。

おいおい、まさかまったく疑われることを想定していなかったのか?

嘘ってのは、ついた時点で疑われると思うもんだろうに。


「あ、もしかして」


奈美は何か気付いたようだ。

あっけらかんと言おうとしてるけど、急に背筋がぞくっと来る!

なんかすっごい嫌な予感がする!



「この人たちが本当の人攫いで、その罪をマリオン様に擦り付けようとしてるとか?」

「っ!!?」



あー……言っちゃった。

向こうさん、驚いてますよ。図星らしい。

そして、今度こそ下衆な表情を表に出した。

最初からこの方が分かりやすかったのに。


「ちっ、随分と勘がいいじゃねぇか」


むしろこの勘が当たってほしくなかったんだけど。

もう、隠す気も無しかい。


おい、と片方の男がもう一人に顎で指示する。

2人がゆっくりと近づいてくる。

その手にはいつの間にかナイフが握られている。

あーくそっ、これ口封じの流れじゃね?


「奈美、下がって」


一応は男だからね、奈美の前に立って庇うように人攫いどもと対峙する。

カッコつけたいところだが、僕に武術の心得なんて全く無い。

正直かなり怖いが、相手の武器がナイフなのはせめてもの救いだ。

沙紀さんのおかげで、ナイフは見慣れている。

なんとか強がりを言えるくらいには、心を保てている。


「…さっきも言いましたけど、こんな街中で騒ぎを起こせば従士がすっ飛んできますよ?」

「悪く思うなよ。こっちも仕事なんだからな」

「心配すんな、そっちの女は可愛がってやるからさ、うひひ」


あんたらが可愛がれるほどたやすい女じゃないぞ、この人は。

それはともかく。


どういうわけだか知らないが、ここで僕らが攫われたり殺されたとしても、世間的にはマリオン様達が悪になる。

そうなる確信があるってことかな。

どうやらあの家にもまだ秘密があるみたいだな。

それを確かめるためにも、とにかくまずはこの場を切り抜けないと。


と言っても、あとはもう頼るだけなんだけど。


「さすがにこれ以上は聞けないっぽいので、お願いします!」

「りょーかーい!」


僕の言葉に答えるように、可愛らしい声が響く。


「究極!キルビーちゃんキーック!!!」

「ぶふぇうぉっ!!?」


横の建物の上から飛翔し、急降下で飛び蹴りをかますメイド妖精のキルビー。

見事に顔面直撃。

綺麗に入ったなぁ、トドメ演出で書き文字が出てきそうだ。


さらに、後ろの建物から大男が降ってくる。

モフモフマッチョのフォックスさんだ。


「うちの客人に何手ェ出そうとしてんだァ?」

「くっ……!」


狐男の登場に怯んでる男たち。

文字通り、獣に睨まれてビビっているらしい。


僕らはなんとかこの男達から情報を引き出そうと思い、彼らと話すことを事前にフォックスさん達に伝えていた。

袋小路に追い込まれた時、話しかけたら逆に色々喋るんじゃないかと思ったのだ。

思った以上に色々なことを喋ってくれたけどね。


フォックスさん達は僕らの会話もずっと聞いてたからか、向こうに敵意むき出しである。

そりゃ主君が人喰いだの人攫いだの言われてよく思うような家臣じゃない。

相手はナイフも取り出してるから、言い訳しようがないでしょう。


「さぁて、暴れるぜェ?」

「ほどほどにお願いしますよ。殺したりしちゃダメですよ?」


一応、忠告しておく。

大丈夫だと思うけど…


「ウォラァァァァ!!!

 黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがってオラァ!!

 ウチの大将ナメンなァァ!!」


あぁ、キレてますね。

猛スピードで突っ込んだと思ったら、2人の鳩尾に一発ずつパンチ。

怯んでうずくまる前に片方の男の顎にアッパー。

返す身体でもう一人に回し蹴り。

フラフラになってる2人に向かって向き直り……


「ウォラウォラウォラウォラウォラウォラウォラ!!」


そこからはもう、ひたすらに殴りつけています。

手が何個にも分かれてるように見える早業で。

そろそろ背後になんか出現したりするんじゃないだろうか。


「ウォォラァ!!」

「ぶぼらヴぁ……!」


一際重い、トドメの一撃が顔面に。

うわぁ、痛そうだ……

ぼっこぼこに殴られて、男たちはあっという間に気を失ってしまったようだ。

あっけなく地面に突っ伏してしまう。


「ふしゅぅぅぅ……うっし。こんなもんか!

 カラテってのァ役に立つな!」

「空手って、そんなにオラオラ殴るもんじゃないですけどね」


沙紀さん、いったい何を教えてたんでしょうか。


◆◆◆◆◆


その後、キルビーが近くの駐屯所へひとっ飛び。

交番みたいなもので、街の中で治安維持に努めている従士たちが詰めている。

そこから何人かの従士達を呼んできて、男たちを連行する運びとなった。


怪しげな連中は捕まえられたし、取り調べは従士たちに任せよう。

あとはマリオン様達と合流するだけ、と思ったのだが…

連行を引き受けた従士達が、フォックスさんに報告していたのが聞こえてくる。


「フォックスさん、この賊なんですが…」

「おゥ、どうした?」

「この者達なのですが、どうもグンバルッパ領の者たちのようです。

 ナイフの柄に刻まれている紋はあの領のもの。

 あそこの従士達が使うものです」


貴族の家には、それぞれ決まった紋章がある。

その紋章が刻まれた装備を身に着けることで、その家の従士であると示すことになるのだ。

大抵は従士に支給される武器に刻まれている。


ちなみにソニックス家の場合は、武器ではなく腕輪である。

家の紋章が刻まれた銀の腕輪が右腕に装着されている。

もちろん、フォックスさんやキルビーさんも身に着けている。

いいよな~、お揃いの装備って。チームメイトって感じさ。


それはともかく、賊が持っていたのは本来、他所の領の従士が持っているナイフらしい。


「ぐんばるっぱ?」

「ソニックス領のお隣さんですよ」


奈美が聞きなれない名前にぽかんとしてるので、僕は覚えてることを教える。


ソニックス領はいくつかの諸侯の領地に囲まれている。

そのうちの一つが、ソニックス領から見て北西にあるグンバルッパ領だ。

確か、子爵領じゃなかったっけ?

階級的にはソニックス家より大きいはず。


「って、ちょっと待ってください。

 子爵家の従士の武器を、賊が持っている?」


なんか違和感がある。

単純に、盗まれたナイフをこの賊が持っていただけという可能性もある。

しかし…


「他所の従士が、賊の振りしてこの地で何かしてる…

 っていうのは、考えすぎですかねぇ……」


変な噂を言い出すし、人攫い疑惑もあるし。

そんな賊の正体が、お隣のお偉いさんとこに仕える従士?


いやいや、さすがに考えすぎ。

発想がちょっと飛びすぎだろう、早計だろう。

そう思いたいのだが、さっきから嫌な予感が消えない。

もしも僕が考えてる通りだとしたら……



うわー、どう転んでもトラブルの予感しかしねぇ。


せめて今日は穏便に領主館に帰りたいと思うのだった。

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