Part9:気配は読み取るもの

あのあと、ネスティさんを伴って僕らは賭場を後にした。

ヨスターさんはまた来いよ~と快く送り出してくれたが、正直ああいう場にはもう行かずにすむようにしたい。


オセロをはじめとするボードゲームの売り込みについては、いったん保留となった。

僕があまりにも無双してしまったので、儲け話に使えるかどうか微妙なラインになってしまったからだ。

イカサマしにくい道具なんて、イカサマ上等なあの賭場の常連からすれば、使いにくいことこの上ない。


結構長いこと地下にいたからか、なんというか空気が澄んでるように感じる。

といっても、商店街から外れた寂れた一角だし、早く本道に戻ろう。


「マリオン様、ホントにいいんスか?ネスティを連れてきて」

「ええ。有益な魔法使いであれば囲っておきたいところですし」

「心を読む魔法がある以上、色々とバレている気がしますから。

 出来ればうまく味方にしたいところです」


僕はマリオン様に、彼女が本物の読心術士であることが高いことと、僕らの素性がバレた可能性を話した。

それを知ったマリオン様は、すぐにネスティさんを誘うことを決断。

クラウディスさんやカプチー君は渋い顔をしていたが、有能な冒険者や魔法使いを貴族が雇うことは別段不思議なことではないらしい。

強力な魔法を持っているというのは間違いないのだし。


いきなりの貴族の誘いに戸惑っていたネスティさんだったが、そこで動いたのはやっぱり奈美だった。

賭場の中でずっとネスティさんと話し込んでいた彼女は、こう提案したのだった。


「あ、じゃあさ!

 今日のところは一旦お泊まりに来ようよ!

 あたし達も色々お話してみたいし!

 難しいお話は後でも出来るでしょ!」


すっかり仲良くなった奈美は、お泊り会という口実でネスティさんを屋敷に誘ったのだった。

マリオン様達のお屋敷なんだがなぁ…まぁ、領主代行が許可してるのだからいいか。


最初は訝しんだネスティさんだったが、奈美の勢いに押されて結局承諾した。

もしかしたら読心術で心を読んで、奈美は無害だと判断したのかもしれない。


うん、あの明るい笑顔でのお誘いは、本当に素でやってるのだ。

今は沙紀さんや藍も加えて、後ろで賑やかに談笑している。

女3人寄れば姦しいというものだが、恐るべきコミュ力の高さである。

羨ましい限りだ。


ギルドに戻るというロクマさん、パックルさんと別れ、僕らは再びドンクス区域を歩いていく。

帰りの馬車は街の入り口に止めているため、少し歩く必要があるのだ。



その途中、不意にフォックスさんが声を潜めてマリオン様に告げる。


「マリオン様、何者かがついてきています」


声を潜めていたとはいえ、フォックスさんは基本声が大きい。

マリオン様のすぐ横にいた僕にも聞こえる。


「賭場からですね?」

「ええ。ずっとついてきてますなァ。尾行は稚拙ですが」

「うーん、派手な稼ぎしましたからねぇ……僕か奈美でしょうか?」


どうやら、街の中でずっと僕らをつけている人たちがいるらしい。

賭場で悪目立ちしてしまったせいだろうか。

確かに僕らは、この世界基準で見れば結構な大金を持ち歩いている。

狙われる理由は十分ある。

今はソニックス家の人達がいるけど、僕らだけの時に暴漢に襲われたりでもしたらアウトだ。


「あ、マリオン様ー。なんか変な人たちがついてきてるっぽいよ~?」

「おゥ、ナミ達も気付いたか」

「気付いたのは沙紀とネスティさんだけどね~」


女性陣で固まって話してたはずだが、奈美だけがこちらにやってきた。

てか、冒険者のネスティさんはともかく、沙紀さんも気付いたのか。

気配か?気配読んだりできるのか彼女。


「やっぱり盗人の類ですかねぇ」

「ちょっと分かんないかも。ネスティさんの魔法って、結構近づかないと使えないんだって。

 あいつら、なんであたしらを尾行してるのかなぁ?」


さらっと読心術の重要な秘密を聞き出しちゃってませんか、奈美。


「このまま無視して振り切りますか?

 馬車に乗ってしまえば追われないとは思いますが」

「うーん…それでいいのかなぁ?」


マリオン様は無視して屋敷に戻ろうと提案するが、奈美はその点に待ったをかける。


「どうしてです?」

「いや~、ストーカーってさ、痛い目見ないと絶対やめないじゃん?ねぇ?」

「…なぜ僕を見るんです?」

「にゃはは。ま~、ここであたしらが無視したらさ、ずっと追っかけてくるかもしれないじゃん。

 それに、あたしらのことは諦めても、あいつらまた別の誰かを追い回すと思うよ?」


む…確かに。

彼らが盗賊の類であれば、自分達がダメなら別のヤツを狙うってのはありそうだ。

とはいえ、そこで僕らが危険を冒す必要はあるのかというと…


「治安維持する領主様達なら、見逃すわけにもいかないでしょ?」

「むむ…」


奈美の言う通り、不逞な輩を目の前にして貴族や従士が黙ってるというのはよくない。

しかし。


「とはいえ、まだ怪しいってだけなんですよねぇ。

 単に珍しい服の人がいるから、気になってるってだけかもしれないですし」

「ええ。さすがにそれだけで詰問するわけにもいかないでしょう」


僕らは異国人、というか異世界人だから物珍しさで見てるだけって線もないわけではない。

まさか怪しいからってだけで殴り掛かるわけにもいくまい。

マリオン様も同意見のようだ。


「そうなんだよね~。だからさ~……ちょっと確かめてみない?」

「はい?」

「あたしと理音だけで歩き回って、襲ってくるようだったら現行犯逮捕って感じで。ずばり、囮捜査!」

「いやいやいや、待って待って」


なんで君はこう、危ないこと平気で提案してくるのかな!?


「ナミ殿、さすがに客人を危険な目に遭わせるわけには参りませんよ」

「やっぱそうなるかー。でも気にならない?

 "領主代行の関係者"をわざわざ尾行するって」

「うん?どういうことです?」

「だって、こんなに堂々とマリオン様が歩いてて、あたし達も関係者です感バリバリ出して歩いてるんだよ?

 もしあの人たちが盗賊で、貴族様とその関係者に手を出したら、それこそ従士とか騎士とか動くって分かりそうなのに」


僕らはこの街の領主館に招かれた客人という扱いになっている。

その辺は賭場でもそういう風に扱ってもらっていた。

一応はVIP待遇の扱いの僕達、それをわざわざ追っている。


「む……確かに少し変ですね。もしも賊ならリスクが高すぎるようにも思える」

「その辺りも分からないほどの大間抜けか…」

「そんなリスクを負ってでも、何かを探りたいか、とか~?」

「……あるいは、単にマリオン様達が舐められているという可能性」


マリオン様も少し引っかかるようだった。

フォックスさん、奈美、僕も、変な輩が付いてくる理由を考えてみる。


「リオン殿、我が家が舐められているとなれば問題ですぞ」

「ね、やっぱり確かめた方がいいかもでしょ?」

「ぬ……」


確かに、領主が舐められているとなると、貴族の沽券に関わるのだろう。

僕らとしても、ここでしばらく過ごすことになるので、安全は確保したいところ。

クラウディスさんが僕の意見に反論しようしたとき、やはり確かめるべきと、奈美はすかさず口を挟む。

ああ、クラウディスさんも揺れたようだ。これは完全に囮捜査やる流れですわぁ。


「…1つ確認。なぜ、僕と奈美が囮に?」

「え~、だって言い出しっぺはあたしだもの。そのくらいはちゃんと引き受けるわよ。

 キルビーちゃん達も護衛にいるんだし、大丈夫!それに…」

「それに?」

「理音に賭けオセロで負けた腹いせってのが、一番可能性高くない?」


ぐうの音も出なかった。



◇◆◇◆◇


「ホントに、もうっ!」


わざわざ危険なことに飛び込んでいくんだから、危なっかしくてしょうがない。

理音はともかく、奈美は自分に何かあったらどうするつもりなんだろ。


何か怪しい人達がついてきてる。

そのことを伝えたら、奈美ったら急に囮捜査やってくると言い出した。

マリオン様達も最初は止めたらしいけど、押し切られてしまったらしい。

ウチもさすがに止めたけど、言い出しっぺだしと言って聞かなかった。


「そろそろ落ち着けよ、沙紀」

「ああなった奈美を止めるのは無理」

「それは分かってるけど……」


周と藍の言葉に、ウチはもうため息しか出ない。

あの子はどこまでも、自分のやりたいようにやる人だ。

気になったからやってみたかっただけだ、たぶん。


理音と奈美は今、連れ立って別行動を取っている。

賭場で稼いだあの二人が狙われている可能性が高く、もし襲われるようなら現行犯逮捕。

何かの目的で接触してくるなら事情聴取。

危険なことに変わりはないけど、結局この2人が囮をすることになってしまった。


2人は少し街を歩いた後に、人通りが少ない路地裏に回ることになっている。

ちょうどいい袋小路があるんだそうで、そこへあえて向かい、怪しい人達の様子を探ろうというわけだ。

フォックスさんが先回りし、キルビーちゃんが付かず離れずの距離で監視する。

ソニックス家の中でも腕利きの護衛だって話だけど、本当に大丈夫だろうか。


「うー、ホントに大丈夫かなぁ。周は心配じゃないの?」

「まぁそりゃ心配だけどよ。

 もし本当に恨まれてるんだったら、今後街に出ることも難しくなっちまうからな」

「それ、奈美が言ったの?」

「みたいだぞ。理音もそれに乗ったみたいだ。

 見えてる危険は避けるべきだが、降りかかる火の粉は払わないと後で燃えるってさ」


周も呆れてる様子だが、結局は幼馴染のいうことに同意したようだ。

ウチだけが心配性なのかな?


「ま、最悪理音がなんとかすると思う」

「それが一番不安なんだけど…」


理音は確かに勘が鋭い。

けど、あんまり物事を考えてないことも多い。

刹那的というか…あんまり先のことを考えて行動していない。

奈美以上に、自分の好き勝手にやる男だとウチは思ってる。

そんな男が、危機意識ゼロの奈美と2人っきりで行動してるのだ。

何か起きそうで怖い。


「奈美とデートまがいなことになって、鼻伸ばしてそうよね」

「それはありえる」

「これを機に、奈美に迫ったりしないかな?」

「望みがないことも重々承知してる。彼は勝てない勝負はしない主義」

「お前ら、理音が聞いたら泣くぞ…一応、真面目に囮やってんだから」


こっちも真面目に心配している。

あの変態は、女子と二人っきりになると何するか分からないんだから。


「なんというか、皆さんは不思議な関係ですね」


不意にウチらの話に入ってきたのはカプチー君だった。

彼はこっちのチームの護衛についている。


「御学友だという話でしたが、お互いに信頼しているかと思えば、お互いに遠慮しあっているようにも見えて…」

「鋭いな。まぁ、俺達もお互いに色々あったからな」

「ん……語ると大変。軽く200ページは必要」

「そこまでいるかな…?」


色々とあったのは事実だけど。

同じ高校の仲間だけど、単純に仲良しこよしな関係だけではない。

それは出来れば触れたくないんだけど。


今更ながら、異世界転移という異常事態があったからこそ、昔のように話せている節はある。

それがいいことなのか、悪いことなのか。

それはまだ分からないけど。


「っと、馬車が見えてきた……って、ん?」


ウチらの方はもう街の入り口についてしまい、乗ってきた馬車が見えてきた。

しかし、その馬車の影に怪しい人影がいるのが見えた。

馬車に密着し、こそこそと覗き込むようにしている。

明らかに普通じゃない。


「御者の人、じゃないよな?」

「そうですね。…クラウディス」

「はっ」


周の疑問にマリオン様も同意する。

まずはクラウディスさんが接近。


「我が家の馬車に何か御用ですかな?」

「っ!?」

「おっと、さすがに見過ごせませんぞ」


明らかに動揺した様子の男。

そのまま逃げだそうとしたが、素早くクラウディスさんが抑え込んだ。

おお、やっぱり執事は強いものらしい。

見事に腕を後ろで抑えつけている。


だが、すぐ近くで足音がするのが聞こえた。

明らかに慌ててここから離れようとする音だ。


「もう一人!?」


カプチー君が思わず声を上げる。

彼と同じ方向を見ると、別の男が逃げ出そうとしているのが見えた。

逃げられる!?


「沙紀、やってやれ!!」


周がそう言ったことで、ほとんど反射的に身体が動いた。

ウチの服のポケットには、折り畳みのツールナイフが入っている。

それをすぐさま取り出し、ナイフを展開。

そして。


「逃がさない!」


投げる。



ひゅっと音を立ててナイフが飛んでいき、男の顔面スレスレを飛んでいく。


「うおぉっ!?」


驚いた男が思わず顔を反り、そのままバランスを崩して転倒した。

すぐさまカプチー君が取り押さえにいく。


「確保!」

「ほう、やりますな」





…………はっ!?


クラウディスさんの言葉で、自分が何やったか気付く。

思わず勢いでナイフ投げやっちゃったけど、大丈夫かな!?

誰にも当たってないよね、てかウチの大事なナイフ!


「ほれ、あそこだ。木に刺さってる。

 うまいこと人のいないところに行ったな」

「あわわわ、やっちゃった…!」


周に言われて、慌ててナイフを回収しに行く。

うぅ、ずっと人前ではやらないでいたのに。

まさかこんなところで実践しちゃうなんて…


「久々に見たね、沙紀のナイフ投げ」

「…ちょっとびっくりしました。カラテ以外にも特技があったんですね」


藍の淡々とした態度と、驚いた表情のマリオン様。

うぅ……この技は出来れば使いたくなかったんだけど。


「周~……」

「悪い、咄嗟に思いついたのがそれだったんだ」

「それで反射的に出せるんだから、十分驚異的」


周は両手を合わせて謝罪する。

ウチがこの趣味をあまり知られたくないのを知ってるからだ。

だが、藍の言う通り咄嗟に出せてしまうあたり、ウチは随分手慣れてしまっているらしい。


あんまりな趣味だから、知られたくなかったんだけどなぁ。

刃物コレクションとナイフ投げが趣味な女だなんて。


「もしかして、貴女が一番危ないのかしら?」


うぐぅ……

ネスティの言葉に、まったく反論出来ませんでした。

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