Part8:伝統と価値

◆◆◆◆◆


「終了!理音の勝ち!」

「はぁ……はぁ……」

「ふぅ~~~……」


オセロの盤面がすべて埋まり、最後の石がひっくり返る。

だが、彼女の置いた白石は大した数をひっくり返すこともなく。

試合は僕の勝利で終わった。

ようやく試合が終わって、盛大に息を吐く。


最後の方ではネスティさんはもうほとんど気力だけで戦ってたようで、石を置くのも精一杯といった様子。

挟んだ石をひっくり返すのを周がやってたくらいだ。

試合が終わった後、だらしない顔のまま倒れ込んでいる。あぁ、色っぽい。


「危なかった……」


そうは見えないかもしれないが、実際のところ僕の方もかなり危なかった。

てっきり途中で読心術を使うのをやめるだろうと思ったのだが、まさか僕の妄想をひたすら覗き続けるとは。

自分の集中力が持つかどうか、正直ギリギリの状態だった。


僕がこの試合中にやったマルチタスクというのは、僕独自の集中法だ。

自分が集中したい光景をディスプレイのウィンドウに見立て、それ以外の光景をシャットアウトして一点集中する方法だ。

『人間は、一つのことしか集中することが出来ない』

僕の恩師の教えでもあり、僕自身も真理だと思う。


しかし、ゲームプランナーというのは、実はかなり多様な仕事を要求されるのだ。

企画の発案、仕様書の作成、ゲームバランスの考案、シナリオの作成、スケジュールの管理などなど…

考え方の異なるいくつもの仕事を、並行して行わないといけない仕事でもある。

大きな会社なら担当がバラけるだろうが、小さな会社や少人数チームの場合は、いくつもの役割を一人で担わなければならない。

僕自身、かなりのタスクを自分一人で処理しなければならない状況になったことがある。


そこで僕が編み出したのは、「1つ1つを集中してやる」という、ごくシンプルな考え方。

何か一つ、徹底的に集中したい仕事を決める。

頭の中ではその仕事のウィンドウが最大化状態になっている。

そして、並行して進めなければいけないサブの仕事があれば、そのウィンドウを用意して最小化しておく。

必要が生じたら、Alt+Tabキーでウィンドウを切り替えるように、集中したい仕事を切り替える。

その間、さっきまで行っていたメインの仕事のことは極力思い出さない。

1つのことに向いていた集中力をそのまま維持して、仕事を切り替えるのだ。

サブの仕事はなるべく短時間で終わらせるものに留め、メインの仕事にすぐに戻れるようにする。

やるべき仕事を出来るだけ1つに絞り、そこに全力で集中するというスタイル。


今回の試合ではそれを応用している。

メインの仕事を、ネスティを利用したエロ妄想に回す。

そして自分のターンが回ってきた時だけ、オセロのウィンドウを出す。

この瞬間だけオセロに集中し、すぐに一手を打つ。

そして、すぐにオセロのウィンドウを最小化に戻し、エロ妄想に戻る。


幾多の試合経験から、試合の序盤の石の並びでおおよその勝ちパターンが見えていた。

だから、先々を考えた手ではなく、手番が回ってきたその時点で一番いいと思う手をすぐに決め、それを相手に読まれるより早く打つという手段を取った。

そして、相手が悶えてる時間をとにかく切らせないよう、オセロについての思考時間は極端に短くし、妄想を途切れさせないようにした。

これを繰り返し、オセロの戦略を隠しながら、相手が音を上げて読心術をやめることを期待してエロ妄想を続けていたのだ。


ただし、人間の集中力というのはそう長続きしないものでもある。

このマルチタスクを使うと恐ろしく疲れるのだ。


しかし、もしも僕が彼女に対する妄想を止めていたら。

僕がオセロに使う時間を少しでも伸ばしていたら。

彼女の読心術の力によっては、そのわずかな思考だけで戦略を読まれ、逆転される恐れがあったのだ。

だから、まったくの妥協をせずに集中する必要があった。


あまり偉そうに言えることではないが、エロい妄想ってのは結構体力を使う。

これは男子なら共感してくれると思う。

何度か集中力が切れそうになったのだが、こちらの勝ちが確定するまでなんとか持ちこたえてた。


「お疲れ」

「助かりました、ナイスアシストです」


藍がわざわざ僕の手を解説してくれたのも、いいアシストになった。


ネスティさんが読心術を、僕ではなく周りの観客に向ける可能性があったからだ。

僕の心を読んで弄ばれるなら、周りの者の心を読めばいい。

ひょっとしたら頭のいい観客が、試合の盤面を見て有効な手を考えているかもしれないからね。


だが、藍がご丁寧にぬっちょりと説明してくれたおかげで、観客達の方もオセロの試合よりネスティさんが何をされてるかの方が気になっていたはず。

たぶんこの試合、ほとんど誰もオセロの展開を気にしてなかったんじゃないかな。

まぁ、この解説を女子にしてもらうというのはどうかと思ったけど、他に頼れる人はいなかったし。


「あぅあぅあぁぁ…………」


ネスティさんはといえば、まだ呂律が回ってない。

だらしなく倒れ込んだままである。


「あらら、随分な恰好ですね」

「…結構力入れて妄想した?」

「割と。身体のラインがよくわかるドレスローブでしたし。

 実は意外と初心なんじゃないか、という予想も当たりましたしね」

「そうなんだ?」

「男って分かりやすいものって言った時、案外男を舐めてるんじゃないかと思いました。

 たぶん、今までもエロいことを想像されることはあっても、本当に具体的に手を出される光景を想像されたことは無いんでしょう」


身体つきが分かったから、かなりリアリティのある妄想が出来たと思う。

そりゃもう、ねっちょりとしましたとも。

普通にR-18ラインを飛び越えることを想像しましたとも。

こちとらお仕事でエロゲ―に関わったこともありますからね。

本場の力を甘く見られては困りますよ。


「やっぱタコ足?」

「まぁ、日本伝統の技ですし。触手って言われた瞬間にコレだって思いましたね」


日本ではかの巨匠・葛飾北斎が蛸に襲われる美女の絵を残している。

ヌルヌルしたものに巻かれる女というのは、日本では昔から考えられていたエロネタのようだ。

しかし海外では、タコやイカを食べる習慣がほとんどないため、そうした発想がなかなか出てこなかったらしい。

そのせいか、触手プレイというのは日本発祥の演出のように思われている。


このソニックス領は内陸にあるから、ほとんど海産物が出回らない。

地球での日本国外と同様、タコやイカを使ったネタはかなりインパクトがあるだろうとは思った。

ネスティさんの様子を見る限り、やはり威力は絶大だったようだ。

まさに、未知との遭遇、という奴だ。


「なんというか……すごい光景でしたね」


マリオン様が困惑気味につぶやいた。

うまく言葉にできないのはまぁ分かる。

あまり褒められた勝ち方ではないのは確かだが、他に手が浮かばなかったのだからしょうがない。


「ま、新しい女性キャラが出てきたら、翌日にはエロ同人が完成してるような国の生まれだし」

「妄想力は立派な力ですよねぇ。

 うん、今出来る最良の勝ち方だ」


紛れもなく僕らの仕事を活かした勝利の仕方だ。


「なので、お願いですからその手の構えを解いてもらえませんか?」


とりあえず沙紀さん、さっきから顔を真っ赤にしながら睨まないでください。

手刀の構えをしないでください。

お願いします、なんでもしますから。


「日本が誤解されるようなことを言うなぁ!!この変態コンビっ!!」

「ぐふっ!」「ぎゃんっ!」


藍ちゃん共々、首に手刀を喰らった。

あかんって、これマジで痛いって!!


◆◆◆◆◆


その後。


さすがに疲れたからと賭けオセロを切り上げ、僕らは賭場の隅を借りて休憩していた。

僕と藍は、沙紀さんに殴られた首を押さえたまんま蹲ってる。

やれやれ、本気でやることはないでしょうに。いてて…


傍にいるのは同じく日本組の周や奈美、不機嫌なままの沙紀さん。

あとはマリオン様やクラウディスさん、ロクマさん、パックルさんに、今日の護衛で来てくれた3人という、ソニックス領の関係者たち。

そして、さっきまでオセロで対戦していたネスティさん。


「ひく……えぐ……」

「もう大丈夫だよ~、変態さんは退治されたから~」


そのネスティさんはといえば、最初の頃の余裕の笑みはどこへやら、今度は盛大に泣き出してしまっていた。

ようやく正気を取り戻したものの、だいぶアレな姿を晒してしまったことに、かなりショックを受けたらしい。

さすがに居たたまれない空気になり、今は奈美がネスティさんを慰めている。


「ったく、しょうがねぇ。奈美、特別に例の『いいこと』をしてやれよ」


周が奈美に振る。

その言葉に、遠巻きで見ていた周囲のお客さんがざわつき出す。


「あ、そうだね。ハイ!」


奈美は、自分の鞄からパックを取り出す。

中に入っているのは、もはやおなじみとなった奈美特製のパウンドケーキである。

ってか、いつも持ち歩いているのかアイツ。


「あの…つまり『いいこと』っていうのは?」


その光景を見ていたお客さんの一人が、おずおずと聞いてくる。


「えへへ、あたし特製のお菓子をプレゼントだよ!」


ズコーっという効果音が周囲から聞こえた気がした。


「だと思ったよ…」


彼女の中では、最上位は常に料理なのだ。

周は苦笑するのみ。僕も同じく。

そんな周囲の様子などどこ吹く風で、奈美はケーキをネスティさんに食べさせてあげる。


「ぐす……あ、美味しい……」

「にゃはは。悲しい時は、美味しいものを食べれば元気が出るもんだよね~」


奈美の笑顔のおかげで、和やかな雰囲気が作り出される。

さっきまでこちらを警戒してたネスティさんも、あっという間に絆されてる。

奈美のあれも恐るべき異能だと思うんだけどなぁ。


「落ち着いた?

 うちの変態がとんでもないことしてゴメンね」

「うん……」


今度は沙紀さんがネスティさんに声を掛ける。

なんだかんだで彼女は優しい。

さっきまで敵対していたのに、今は心から心配してるようだ。

対するネスティさんも素直に応じている。


「コイツはもう、昔からホントにどうしようもない奴だから。

 女の子相手でも、いつも手加減しない最悪な奴だからね」

「沙紀さーん、風評被害はやめてくださーい……」


首を押さえながら、なんとか抗議する。

こちとら真剣に戦ったのに、その結果が変態の烙印とか嫌すぎる。


「そだね、ちゃんと理音は手加減してる」


同じく復活した藍が僕を擁護してくれる。

ありがたいね、オタク仲間って。


「もしも理音がホントの本気だったら、もっと惨たらしい光景も見せつけられたはず。

 残酷で、残虐で、生きてるのが不思議なくらいなことされて、精神崩壊までさせられるはず。

 エロいことされる程度で済んでよかった」

「…藍ちゃん、それフォローのつもりですか?」


藍は無言でこちらを見て、ぐっと親指を立てる。

なんですか、ちゃんとエロ妄想についての正当性を証明してやったぜ的な顔は。

いや、表情あんま変わってないしさ。

あーほら、沙紀さんがまた凄い目でこちらを睨んでいらっしゃる。

ネスティさんに至っては、「ひっ!」と声にならない悲鳴をあげて怯えてしまっている。


「ホントにもうっ!!

 奈美、いったん離れましょ」

「らじゃー!ほら、ネスティさんもいこ!」

「あ…えぇ…?」


そのままネスティさんを連れて、沙紀さんと奈美は移動してしまった。

しょうがない、今は放っておこう。

しばらく女子同士でお喋りさせとけば、彼女らなら打ち解けられるでしょう。

キルビーもついていったみたいだから、護衛も大丈夫。

はぁ、結局また僕が貧乏くじですか。


それにしても……


そんな僕らの様子を、周囲のお客さんたちは遠巻きに見ている。

てっきり、賭場荒らしに勝ったことを持て囃してくるかと思ったのだがその様子はなく。

どこか畏怖を持って見られてるような気がする。

「ヤツは何者だ…」「なんなんだ、アイツは…」

そんな声も聞こえてくる。

僕、そんなに変なことしましたかね?

最後のはともかく、他は普通にオセロをやっただけのはずですが。


そんな客達の様子を横目に、賭場の主ヨスターさんが僕に近づいてきて声を掛ける。


「クク、大したもんだな。結局全勝か」

「正直、いっぱいいっぱいでしたけどね。特に最後は大変でした」


一試合一試合を、ひたすらに集中して戦っていたのだ。

正直、どんな手を打ったのかとかまったく覚えていない。


「ていうか、真剣に戦ったのにやれ鬼神みたいだの、変態だの、ひどいですよ皆さん」

「まぁ、オレらみたいなモンから見たら、確かに変わったヤツだと思ったがよ」


ヨスターさんまでそういうこと言うんですか。

確かに自分は賭場に来るようなタイプではないですけど。

しかし、ゲームについては真面目に取り組んだはずなんだけどなぁ。


「普通、道具を使う奴ってのは、自分が絶対に勝てるようにするもんなんだがな」


ヨスターさんは興味深そうに僕のことを見る。

ん、道具……?


あぁ、あああ!!

そういうことか!

なんでここまで僕が賭場の人達に避けられてるのか、今のヨスターさんの言葉で合点がいった!


「ここまで正面切ってやるとはな。お前さん、ホントは賭け事嫌いだろ」

「最初に言ったはずですよ、賭け事は苦手だと」


そのまま、ヨスターさんにだけ聞こえるように小声で言う。


「イカサマ上等なシマでやるほど、堕ちてはいないつもりですので」


それを聞いたヨスターさんは、なぜか上機嫌で笑い出した。


「…クッハハッハ!なるほどな、そういうことか!

 お前さん、随分と真っ正直な人間なんだな!」

「真っ正直かどうかは分かりませんが、こういう場は本来、僕の分野からは外れてますから」

「ククク、確かにお前さんはこの場にいるタイプじゃねぇな」


ヨスターさんの方も謎が解けた様子だ。

まったく、ようやくこの賭場で感じていた違和感の謎が解けた。


最初にヨスターさんと会話したときに感じた違和感、「腕があれば稼げるだろう」という言葉。

じゃんけんが流行した背景と、「道具を持ってたやつらはいい顔しなかった」という言葉。

この賭場に来てから感じてた違和感を解くヒントは、他の胴元やプレイヤーの態度にあった。

対戦相手の人たちは、盤面だけでなく僕のことも、周のこともよく見ていた。

まぁ、僕は眼鏡を外したせいで相手の表情まではよく分からなかったのだけど、なぜか僕らを観察しているような素振りは感じ取れた。

まるで僕が何かしでかすのではないか、そう睨むような感じで。

あるいは、僕や周の隙をうかがっているような感じで。


そして、読心術を使うネスティさんとの試合を経て、ようやく確信できた。


「腕があれば稼げるだろう」という言葉。

あれはゲームの腕ではなく、イカサマの腕のことだったのだ。


この賭場は基本的にイカサマOK。

胴元の一部はイカサマありありのゲームを仕掛け、プレイヤーから金を巻き上げる。

プレイヤーは賭けに参加する傍ら、イカサマを見抜いて遊ぶゲームを選ぶ。

イカサマが見抜かれるような間抜けな胴元は、端からプレイヤーには相手にされない、というわけだ。

もっとも、僕程度のレベルでもサイコロのイカサマが見抜けたくらいだから、この賭場の参加者のレベルは推して知るべし、ってところだろうけど。


だからこそだ。

注目を浴びた上で、さらには審判までつけて堂々とオセロを持ち出した僕に視線が集中したのだ。

新しいゲームを持ち出したことに純粋に興味を持ったプレイヤーも多いだろうが、胴元側になっていた者は別の視点を見ていた。

どんなイカサマを仕掛けるつもりなのだろう、そんな興味を持って注目していたわけだ。


あるいは逆に、イカサマを使って胴元が仕掛けるゲームに挑む者も普通にいるんだろう。

ネスティさんが読心術を使ってると分かっても、卑怯だなんだと誰も騒ぎ立てなかったことに違和感があった。

むしろ、ネスティさんの読心術を、僕がどう打ち破るかを楽しみにしていたのかもしれない。


そう、この賭場でのゲームは、「勝つために何でもする」がまかり通ってしまっているのだ。

イカサマするのが当たり前、見抜けない方がアホなのだ。そういう価値観。


そんな中、しっかりとルールを説明し、あまつさえ審判まで立てた。

その上で、僕はひたすら勝ちまくった。

みんな注目するはずだ、いったいどんなイカサマしてるんだと。


ところがこちらとしてはもう、こう答えるしかない。

『イカサマなんてしていない』と。


こちらとしてはただ真剣に真っ向勝負をしているだけ。

最後のは少々危なかったが、ゲームのルール的にズルはしていない。

だから奇異に映る。「奴は何をやっているんだ」と。


『ルールに則って、正々堂々と戦う』

そういう考え方がそもそも希薄なのがこの世界のゲームなのだ。


どこまでも正攻法故に、邪な考えでは推し量れないものを感じてしまう。

だからこそ、畏怖を持って見られる。

僕が鬼神だとか呼ばれたのも、そういう意味で『自分の理解が及ばない』何かを感じたからなのだろう。


まったく、考えてみると本当に危ない世界だな。

奈美達を一人で外に出さないようにというのがよく分かる。


おかげで少し見えてきた。

マリオン様がわざわざゲームを産業に持ってこようとした理由が。


「次からは、掛け金はイーブンでお願いしますね」


勝ちで10倍返しってのは、やっぱり割に合わなすぎる。

次の機会があったら、今度はお互いの掛け金は同じにしよう。

まぁ、次なんてない方が本当はいいんだけど。


とりあえず、今回の儲けは総額4800ブラム。

そこそこ稼いだけど、使い道はどうするかね。

後で周たちと相談しなくては。

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