Part7:読心術の攻略法

パチリ。

ネスティさんが石をめくり終わり、僕にターンが回ってきた。

盤上の石はほぼ互角。

まわりの人たちから見たら、いい勝負をしているようには見えるだろう。


だが、今までと違って僕はかなり焦っている。

なぜなら、自分が取ろうと思っていた戦略で、置かれたくないなと思っている場所にことごとく打たれているのだ。

まるで自分の考えが読まれているみたいに…


そこまで頭が行ったことで気が付いたのだ。

もしや、本当に心が読めるのではないか。

いわゆる読心術士だ。


色々なアニメや漫画を見てきた人ならば、そういうキャラクターを見たことがあると思う。

心の中を読むことで戦いを有利に進め、主人公を苦しめる敵というのは、ある意味定番のキャラクター。

そして、少なくとも地球ではフィクションの中でしか存在しえないはず。


しかし、藍の言う通りここは異世界。

しかも、魔法の存在が既に確認されているファンタジー世界だ。

僕らが直接見たことがある魔法と言えば、キルビーやフォックスさんが使っていた身体強化くらい。

だが、炎を出す魔法陣が描かれたコンロのような魔道具はキッチンにあったし、さっきパックルさんが使っていたトランシーバーみたいな装置も、ひょっとしたら魔道具なのかも。


魔法というものの定義が広すぎる。

だが、割と『何でもあり』な存在だとしたら。


『人が想像できるものは存在しえる』か……

なんせ異世界が存在してるんだから、な。

確かに、僕らの常識は通用しない。

今後は、あらゆるものが存在しえると考えた方がいい。


それに、本当にネスティさんが読心術士ならば色々と説明がつく。

じゃんけんで相手の手が完璧に読めるのならば、そりゃ無敗伝説になりますわ。

さらに、さっきは掛け金を500ブラムにしてあげると言った。

完璧に勝てる自信があるなら上限の1000ブラムにしそうなのに、わざわざ僕が出せるギリギリのラインを狙っている。

それならば勝負に乗ってくるだろうと見越して、だ。


っていうかこういう思考も、もしかしたら読まれているのかもな。

下手すると僕らが異世界人だってこともバレたか。


「ん~、マズいですねぇ」


出来るだけ顔には出さず、平静な振りをして声を掛ける。

別に勝負中に話すのはルール違反じゃない。

マナー違反かもだけど、そうも言ってられない。


「なかなか思うように打たせてもらえない。やりますねぇ」

「うふふ、お褒めにあずかり光栄よ?」


相手を称賛しつつ、こちらのピンチを仲間に伝える。

わざわざ声を上げたのだ、たぶん周あたりは気付いてくれる。

ネスティさんの笑みがより大きくなった気がする。

こちらが飲まれかけてるな…仕方ない。


「いえいえ、実際驚きました。

 『まるで人の心が読めるかのようですよ』」


あえてのドストレートをぶち込む。

ネスティさんの眉がぴくっと動いたのを僕は見逃さなかった。


周囲がざわつき出す。

だが、ネスティさんの方は慣れてるのかすぐに自然な笑みを浮かべる。


「うふふ、だって男って分かりやすいんだもの?

 あなたも、ワタシの虜にしてあげるわよ?」


そう来ますか。

確かに美人なお姉さんに迫られたら、男が考えることなんて大抵一緒だ。

だが、どうせなら僕は攻められるより攻める方が好きだし。


「ところでマリオン様、この国に『心を読める魔法』というのは存在してるのでしょうか?」


ここで僕は、マリオン様の方に話を振る。

さっきまで大人しく観戦していたところで急に話を振られ、少し慌てながらも答えてくれる。


「い、いえ。私は聞いたことはないですね。

 ただ……魔法には家や土地に受け継がれていく秘伝の物もあるのです。

 存在するかと言われたら、ゼロとは言えないとしか…」


本当に『心を読める魔法』があるかどうかは分からない、か。

だが、ゲームにおいて0か100以外は信用しない、というのは鉄則。

可能性は低くとも、『心を読める魔法』を使っていると想定して動くべきだろう。


「それとリオン殿。彼女は少なくとも魔法使いなのは間違いありません」

「まぁ、見た目からしてそうですよね」

「それもありますが、先ほどから彼女の体内を魔力が巡っています。

 僕も魔法が扱えますから、気配は分かります。

 少なくとも、『何か』は今も使っています」

「あら、女性の体内を覗くなんて、あまりいい姿勢ではなくてよ?」

「マリオン様、それは…」

「分かってる。けどこのままでは彼が不利すぎる」


ネスティさんとクラウディスさんから苦言。

魔法使いならば、魔法が使用していることは分かる。

貴重な情報だ。


「ありがとうございます。十分です」

「ふぅん? でもワタシが『心を読める魔法』を使ってるなんて、どうやって証明するのかしら?」

「なっ、ここまでやってまだシラを切るの!?」

「まぁ、そうするでしょうねぇ」


沙紀さんが噛みつくが、ネスティさんがそう言ってくるのは想定済み。

何か魔法を使ってるとしても、それが読心術に関わるものか、証明する方法が何もないのだ。


「ただ魔法を使ってるというのなら、キルビーみたいに常に『身体強化』を使ってるって可能性もあるわけですね。

 女性の冒険者だというのですから、それくらいはしてそうですし」

「ちょ、ちょっと理音!?」

「そもそも、魔法の使用禁止というルールを付けてないですしね。

 次からは気を付けないと。それに…」


次からはきちんと魔法禁止のルールを付け加えようと決めてから、一息ついて僕は一度オセロの盤面を見る。

試合自体はまだ序盤。

勝利までの道筋はまだいくつものパターンが残されてる。

ならば、彼女の読心術さえ攻略出来れば十分に勝てる。


「本当に『心を読める魔法』があったとしても、対抗する手段は……

 まぁ、なくはないです」


僕の言葉に、周囲が更にざわつき出した。


「おい、大丈夫かよ?」

「ちょっと賭けになりますけどね。

 ただ、読心術だって万全じゃないというものです」


周が心配そうに言う。

実際、確実な手なんてない。

だが、ひょっとしたらという手はいくつか思いついている。


それに、面白いじゃないか。

読心術なんて、地球ではまずお目にかかれない相手。

人の心を読むという強敵相手に、自分の得意分野であるオセロで勝つ。

うん、攻略のし甲斐がありそうじゃないか。


読心術と一言で言っても色々な可能性がある。

僕自身の心が、ネスティさんの側にどう映っているのか。


僕の心の声が文字となって浮かんでいるのかもしれない。

僕が頭で想像している光景が、向こうにも見えているのかもしれない。

ひょっとしたら心でなく、記憶を読み取っているのかもしれない。


いろんなアニメや漫画のシチュエーションを思い出しながら、現状に合うものを推理する。

自分が打とうとしているオセロの動きを読まれている以上、少なくとも僕の頭の中の光景を盗み見るくらいはされていると考えるべき。


僕が今イメージしているのは、とある漫画に出てくる絵日記だ。

相手の心の光景が、絵日記のページとなって絵と文章で表現されるというアイテム。

恐らくそれに近いものが、ネスティさんの中で行われていると考えている。

僕が思い描いている光景を、かなり詳細に見ることが出来ると推理。


そして、それを防ぐには絵日記を閉じさせる必要がある。

どうすればいいか、それも既にその漫画の中にある。

あとは…


「…マルチタスク」


僕はぼそっと口に出す。


頭の中で、真っ暗なPCのディスプレイを思い浮かべる。

その中にウィンドウが2つ浮かぶ。

片方のウィンドウには今のオセロの盤面を記憶、そのまま最小化して隅に追いやる。

もうひとつは未だ空白のウィンドウ。こちらを最大化。


「藍、彼女をネタにするならどうします?」


同人作家である彼女とは、以前同人ネタについて話し合ったことがある。

もしもの時は彼女にも手伝ってもらおう。


「あー……」


藍はちょっと呆れ気味に声を出す。

たぶん、彼女は僕がやろうとしてることに気付いたろう。

すまん、他にいい手が思いつかないんだ。


「……じゃ、触手で」

「いいね」


彼女の声に答えると同時に、自分のオセロの石を打つ。

ゲーム再開、間に挟まれた白石をひっくり返す。

相手のターンになった。

あとは、僕の力がどこまで通用するか。

僕はひたすらに"あること"をしながら、じっくりとネスティさんの姿を見るのだった。


◇◇◇◇◇


また集中モードに入った、それはすぐに分かった。

どこかの司令よろしく、テーブルの上に肘を立てて手を組んだ理音。

その恰好のまま微動だにせずに、ネスティの方を見続けている。

心なしか、彼のメガネの光ってるように見えた。


そして、効果はすぐに現れた。


「ちょ、ちょっと!? あなた、何考えてるの!?」


ネスティが急に悲鳴を上げてのけ反る。

あやうくテーブルから飛びのきそうな勢いだった。

思わず胸を押さえている。

あー……やっぱり、そういうことね。


「な、なんなのコイツ!? なんなのコレェ!?ひゃああ!?」


さっきまでの余裕はどこいったのか、ネスティはかなり狼狽した様子。

身体を押さえて身悶えている。

突然の豹変ぶりに周りの人達が何だ何だとざわつきだした。

なにせ彼女一人だけが大騒ぎしているという奇妙な光景になっているのだ。

周も、沙紀も、奈美も、マリオン様達も訳が分からないといった顔。

ふむ…ここは私がアシストすべき?


「ネスティ、彼の頭はどんな感じ?」

「うひっ!?……ど、どんなって…?」

「貴女がどんな光景を見てるか、私達には分からない。

 ね、どんなのか言ってみて?」


彼の心を読んで見たことは、彼女にしか分からない。

理音はといえば口元を隠したポーズのまま、まったく動かない。

ネスティの見ている光景を周りに伝えるには、彼女の口から言うしかないのだ。


「あ、赤い、ローパーみたいなのが……ワタシの身体を……ひゃああ!?」

「身体を、どうしたの?」

「身体に、巻き付いて……ひゃああ、そこだめ……なにこれ、吸い付いて、にゃあああ!?」


やや震えながら答えるも、腕を身体に寄せて悶えるネスティ。

やっぱり彼女は理音の心を覗いてしまったのだろう。

もはや彼の心を読心術で読んだことを隠す余裕すらないらしい。

まったく、深淵を覗くような無謀はするものじゃない。


「ね、ねぇ……藍。理音は、何してるの?」


沙紀が若干引きつった顔で聞いてくる。

どうやら沙紀は想像がついたらしいが、認めたくない様子。

だが悲しいかな、沙紀の想像通りだと思う。


「触手で彼女を弄んでる」


実にシンプルな答え。

理音は集中してこちらの会話は聞こえてないだろうから、代わりに私が答える。


「つ、つまりエロ妄想してるってこと!?」

「そ。オセロのことを考えず、ただひたすらにネスティがエロいことされてる姿を想像してる。

 たぶん、タコ足。触手を巻き付けて身動きできないようにして、そのまま身体をまさぐったり、吸盤で吸い付いたりしてる。

 そりゃもう、ぬっちょりと、ねっとねとに」


『お、おぅ……』と周りの人達から声が漏れる。

私の説明で、ネスティがどんなことされてるのかつい想像してしまったのだろう。

ホントに男という生き物は。

タコってなんだ、って声も聞こえるけど。

ソニックス領は内陸だから、あまり海の幸に詳しくないのかも。


「こ、この変態がぁぁ~~~!」

「でも、これで理音の手が読まれることはない」


沙紀が思わず理音にツッコミの手刀を入れそうになるけど、それを手で制止する。

今はその妄想のおかげで、読心術でオセロの手が読まれる状態を防いでいる。

それどころか、相手に精神的ダメージを与えているのだ。

ここで彼の集中モードを切らすのは得策じゃない。


「ん~?

 でも、今はネスティの番だけど、理音の番になったらさすがにオセロのこと考えるんじゃない?」


あまり動じていない奈美が疑問を示す。

確かに、さすがに自分のターンでゲームのことを全く考えないなんて不可能だろう。


「うぅ……くぅ……!」


奈美の言葉に希望を見出したのか、ネスティは手を震わせながら自分の石を掴む。

無理しなくていいのに。


ぷるぷるしながらも少し考えてから、白石を盤に置く。

パチリ、パチリと音を鳴らして、盤上の黒石のいくつかが白にひっくり返っていく。

そして、最後の石がひっくり返った瞬間。


パチリ。


本当に一瞬だった。

理音は次の石を置いていた。

そのまま、自分の黒石で挟んだ白石をどんどんひっくり返していく。


「はやっ!?」


奈美は、理音の手番の早さに素直に驚いていた。

うん、私も驚いた。

彼はオセロが得意だと言っていたが、ここまでの早さとは。


考える時間なんて1秒もなかったろう。

恐ろしく短い時間で、彼は自分の手番を終えた。

そしてまた、腕を組み直してネスティのことを見る。


「うひぃっ……!?」


ひょっとしたら理音のターンの間は、何も妄想されないと思ったのだろう。

ところが想像以上の早さで手番が回ってきたことで、ネスティはまた飛びのきそうになる。


理音はずっと無言で彼女を見つめるのみ。

ただその威圧感が凄い。何も知らない人が見れば、高圧的な司令官のようにも見えるだろう。

これがただのエロ妄想してるだけ、というとなんだか悲しくなってくるけど。

彼の妄想はまだまだ留まることをしないのだろう。


そういえば、さっきマルチタスクとか呟いてたっけ。

人間は普通、一つのことしか集中することが出来ない、というのが彼の持論だったはず。


ああそっか。

今はエロ妄想に全力で集中している。

だが、その集中力のまま、一瞬だけ頭をオセロに切り替えたのか。

常人には出来ない技とはいえ、集中力がいつまでも続くものじゃないはず。

ここはもうひとつアシスト。


「ま、理音に何もされなくなる方法もあるけど」

「そ、それは……?」


ネスティがすがるような目でこっちを見る。

本当に分かってないのだろうか。

ぬちょぬちょされてるうちに、頭が回らなくなってしまったのだろうか。


「簡単。理音の心を読むのをやめればいい」


当たり前といえば当たり前のこと。

理音がとった読心術への対抗策というのは早い話、相手が心を読みたくなくなるような光景を見せつけること。

自分が弄ばれるという衝撃的な光景を見せつけて、読心術を使う気を無くそうとしたのだ。

わざわざ屈辱的な思いをしてまで、彼の心を覗く必要はない。

しかも、マリオン様達が周囲にいるから、魔法を使わなくなればすぐに分かる。


「ま、読心術抜きで理音にオセロで勝てるというのなら、だけど」


もっとも、理音はオセロの実力も見せつけている。

まともにやれば、初心者の彼女には勝ち目はないだろう。

勝負を捨てるか、己の尊厳を捨てるか。

さぁ、どうするネスティ。


「ふ……くぅぅ……!」


身体を震わしたまま、次の石を掴むネスティ。

これは魔法使いとしてのプライドだろうか。

未だ読心術を使うことを続けるようだ。


だが、またしても彼女の番が終わった瞬間にはもう、理音はすぐに自分の石を置いてしまう。

そして、間髪いれずにまた理音の妄想が彼女を襲う。


「へああっ!?」


どういうわけか、彼の妄想を読心術で覗き続けるネスティ。

てっきり、読心術を使うことをやめて普通に試合をすると思ったのだけど。


「あふ……ふぁぁ……」


だらしなく喘ぎながらも、読心術を使い続けているらしい。

いったい、彼女は何を見せられているのだろうか。


「もしかして、癖になっちゃった…?」

「あひぃぃん……!」


その後も、手番が回ってくるたびに悲鳴と喘ぎ声を上げながら試合を進めるネスティ。

だが、そんな状態で頭が回っているわけでもないようで。

一方の理音は、自分の手番が極端に短い思考時間にも関わらず、順調に黒石の並びを広げていく。



結局、オセロの試合は理音の圧勝で終わった。

そして試合終了と同時に、ネスティは息を荒くして倒れこんだのだった。


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