Part6:白黒つけるには
ゲームをこの地で流行らせるにはどうしたらいいか。
そんな無理難題を聞かされた僕は、唐突に賭場で賭けオセロをする羽目になってしまった。
あのあと、奈美が場を盛り上げる中、ヨスターさんが賭場の一角を貸してくれた。
テーブルの上にオセロを置いて、対面になるように椅子も用意してもらい、舞台を整えていく。
その間にも奈美といえば、やれ異国の遊戯盤など、黒衣の勝負師など、変に盛り上げてくれちゃって…
おまけに…
「理音に勝てたら、あたしが『いいこと』してあげる!」
「「ひゅうううう!!」」
奈美が突然こんなことを言い出したから、周りのお客さんたちは大盛り上がりである!
「はっ!?」
「おいおい、待て待て待て!!」
「ちょっと待って奈美!!」
だが、僕も周も沙紀さんもたまったもんじゃない。
奈美のいう『いいこと』を賭場の人たちがどう受け取るか。
見た目はバイーンでキュッとしてる彼女が言うことがどう受け取られるのか。
彼女はまったく分かってない!
あーもう、学生時代の頃からだけど、その手のことにはホントに無頓着だなこの人は!
「大丈夫大丈夫、理音はそうそう負けないでしょ」
「君ねぇ…」
この悪意なしの屈託のない笑顔。
うん、普通に見るならカワイイんだけどさ。
その笑顔が寄せる期待が重すぎるんだけど。
「~~~理音!負けたら、分かってるよね?」
沙紀さんはといえば、奈美の説得は早々に諦めて僕の方を睨んでくる。
もしも奈美が毒牙にかけられるようなことになったら縊り殺してやる、そんな目だ。
何この理不尽。
「藍~…」
「ガンバ」
藍はといえば、いつもの無表情のまんまサムズアップ。
あ、ハイ。あなたも僕が頑張るしかないと思ってるわけね。
「はぁ…しょうがない。周、審判頼んでいいですか?」
「審判?いいけど、必要か?」
「ええ。周りに僕がズルしてるなんて思われたくないですし。
初心者のオセロって、うっかりめくり忘れがありがちでしょ?」
自分の石を置いて相手の石をめくるオセロ。
この時に、本当は他にもめくれる箇所があるのに見落としていた、というケースが起こりえるのだ。
初心者同士ならば、あるいは単なる娯楽としてやるなら軽く笑ってそれでおしまいだろう。
だが、真剣勝負ならばそうもいかない。
めくり忘れは早い話、本来のルールとは外れた行動になるのだ。
当然、ルールに沿って戦略を練ってるプレイヤーからしたら卑怯な手に映りかねない。
だからこそ、ちゃんとルールに沿っているか判断してくれる審判が欲しいのだ。
「それに、今回は
今からやるのはお金と友人の尊厳が掛かった賭けオセロだ。
半端な気持ちで挑むつもりはない。
僕は眼鏡をはずす。
アニメとかで眼鏡外すと本気出すキャラとかいるじゃない?
なんとなくカッコいいから、真似したくなる動作。
単なる願掛けだが、何もしないよりは精神衛生上よさそうだ。
さて、地球のアニメや漫画のキャラみたいにカッコよく勝利できればいいが。
僕と周で軽くデモンストレーションをしながらオセロのルールを説明したところで、参加者を募った。
賭けのルールは、100ブラム以上1000ブラム以下を掛け金とし、僕に勝ったら10倍で返ってくる。
最初に奈美がノリで提案したものとほぼ同じになった。
正直に言って割に合わないと思うが仕方ない。
ちなみに掛け金の上限を設定したのは、単に僕らの所持金の問題だ。さすがに無い袖は振れないので。
ただ、僕があまりにあっさり負けてしまうと、僕の個人資産だけでなく日本組の共通資金からも出さなくてはいけなくなる。
奈美と沙紀さんに加え、周からもプレッシャーが加わった。
マジで負けられん。ホントに集中しなければ。
「では…開始!」
「よろしくお願いします」
周の号令を受けて、僕は礼をする。
試合だもの、礼儀はきちんとしなければ。
さて…………やろうか。
◇◇◇◇◇
「あ……集中モード入った」
思わずつぶやいてしまった。
理音とはそれなりに付き合いが長いけど、あの顔になるのは珍しい。
さすがに奈美が変なこと言いだしたから、真剣になったかな。
「ねぇ藍、理音ってあんなに真顔になることってあったっけ?」
「…あんまり見せたがらない。目つきが悪くなるからって」
沙紀が私に聞いてくる。
沙紀は理音と昔色々あったから、あんまり彼が真面目になっているところを見たことないのかも。
私は、学校を卒業してからも一緒に仕事をしたことがあったから、たまたま知ることが出来た。
ゲーム好き、アニメ好き、基本的に『その日を楽しく過ごせりゃいいや』精神のゆるーい人。
それは間違ってはいないと思う。けど、それは彼の一面でしかない。
彼だって別の顔を見せることだってある。
その落差が凄すぎて、大抵の人がついてけないだけ。
今の彼は、めったに見せない本気モードになっている。
「たぶん、大丈夫。邪魔しないように、見守ってよ?」
理音は普段はゆるりとしてるけど、ここぞという時の集中力は半端じゃない。
ゾーンに入った、とでも言えばいいのかな。
周りの声が聞こえなくなるほど、ひとつのものに集中する状態。
スポーツ選手がたまになるらしいけど、理音もたまにああなる。
もっとも、それが発動するのがゲームに関する時だけっていうのは、まぁあんまり聞こえはよくないよね…
ただ、私は知っている。
あの状態の彼は、絶対に敵に回してはいけないことを…
◆◆◆◆◆
後から聞いた話では、礼をして顔を上げた時から、僕の顔は鬼神みたいになってた、らしい。
あんまりな言い分であるが、その自覚がないぐらいめちゃめちゃ集中していたのは確かだ。
加えて、視界がぼやけているので対戦相手の顔がよく見えてない。
なので、目を細めて相手のことを見ていたのだが、どうもそれが睨んでるように捉えられてしまったらしい。
カッコつけて眼鏡をはずすんじゃなかった。
ともあれ…
「ま、またパスかよ…」
「ええ、これで終わりです」
パチリと最後の目に黒石を置く。
これでゲームセット、僕の勝ち。
この勝負を持って9連勝となった。
オセロのセオリーと言えば四隅を取ること。どこか一角でも取れれば、逆転の目が大きくなる。
もちろん僕も最初の数試合はそれを狙っていった。
ルールが分かっても勝ち方が分かるかは別問題。
哀れ最初の3人は、あっさりと銅貨を手放すことになる。
とはいえ、ここは日々賭け事に熱心なギャンブラーたちの巣窟。
皆、今日初めて見るゲームのはずだが、数試合を見るだけで角を取るのがポイントだと分かってくる。
じゃあ角を狙うにはどうすればいいかみんなは考えるわけだが、当然僕は角を取らせないように立ち回る。
これだけで7人目まで勝利できた。
さっきの奈美に触発されたのか、3人ほどは強気に1000ブラム銀貨を掛けてたのだが、あえなく僕の手に渡ることになる。
8人目、ようやく角を取るプレイヤーが現れる。
最初に角を取った時なんか、観客皆が大盛り上がりだった。
が、そのあとすぐに落胆することになる。一角を取ったところで、他が取られては意味がない。
最後に僕が盛大に取り返して逆転勝ち。
そして今戦った9人目。
どうにか角を押さえようとするあまり、自身の置ける場所がおざなりになっていた。
結果、終盤でパスを連発することになり、その間に僕がどんどん石を置いていく。
順当に勝利、9連勝。
「ふぅ…」
さすがに疲れた。ちょっと休憩させてほしい。
眼鏡を掛け直して一息つく。
今の9戦で稼いだ金額は4300ブラム。
奈美の1戦分にも届いてない。ホント割に合わない。
「どうなってるんだ…無茶苦茶つええじゃねぇか…」
「気が付いたら負けていた…こんなことが」
「あいつ、何をやっているんだ……こんなはずはない、何かやってるはずだ、そうに違いない……」
周囲がざわつく。
こちとら一生懸命戦っただけなんだけどな。
ていうか、この単純なゲームでイカサマしようとして出来るもんでもないし。
「ふぅん?なかなか面白そうなことしてるじゃなぁい?」
女性の声が響いた。
ふと声のした方を向くと、いかにも魔女といった雰囲気の女性がいた。
そりゃもう、とんがり帽子にローブを着てるとなれば、魔女というほかあるまい。
しかも、胸元を大胆に開けたセクシーな御方。わお。
赤い髪を揺らす美人のお姉さんがそこにいた。
「ケッ、また来やがったか」
「うふふ、またお邪魔してるわよ?」
ヨスターさんが明らかに険しい顔をしている。対するお姉さんは、余裕の笑み。
そういえば、周りの人もみんな渋い顔をしてこの女性のことを見ている。
さっきまで奈美達のことをもてはやしてたむさ苦しい男が多い賭場だ。
美人の登場には喜びそうなもんだが。
もしかして……あ、こっち見た。
「キミはこの前はいなかったよね?
冒険者をやってるネスティよ。よろしくね?」
僕の前に座り込み、ウィンクまでして挨拶してくるお姉さん、いやネスティさん。
美人にいい笑顔で挨拶されるのは悪くはない、悪くはないが…
「ヨスターさん、もしかしてこの人が…」
「ああ。例の賭場荒らしだ」
「あらひどい、ワタシは勝つために全力を尽くしただけよ?」
ああ、やっぱりか。
じゃんけんで無敗伝説を残していったというギャンブラー。
うーむ、ただみんなこの人のお色気にやられただけなんじゃないだろうか。
だがしかし、それでじゃんけんで強くなるとも思えんし。
「ああ、キミがあのジャンケンってのを考えたっていう人?」
「考えたというか、知っていたものを教えただけです。それが持ち込まれただけですよ」
「うふふ、そして今度はまた新しいものを売り込みに来たのかしら?」
「そのつもりはなかったんですけどねぇ……」
どういうわけか、とんとん拍子で賭けオセロをする羽目になり、今は賭場荒らしと呼ばれるギャンブラーが目の前にいる。
当然、僕の前に座ったということは……
「ワタシともひと勝負してもらえるかしら?」
……まぁ、そうなるよねぇ。
むぅ、お金が掛かっている以上、出来ればリスクは避けたいが。
ここで大金を賭けてこられたら、僕が負けた場合は今日の稼ぎが吹っ飛ぶどころか、全体でマイナスになりかねない。
「あら、まさか逃げるなんてことはないでしょう?
連れの女の子達にいいところ見せるところじゃない?」
「あいにく僕は、彼女達全員に振られてる身なので」
挑発のつもりだろうか。
残念ながら、男のプライドというものはとっくに失われてる。
モテる男がすぐ横にいるからな。僕では到底太刀打ちできない。
「うふふ、ならあなたが勝ったらワタシとデートなんてどうかしら?」
「大変魅力的な提案ではありますね」
ボディラインがくっきりと出るドレスローブ、惜しげもなく見せる胸元の肌、妖艶さを感じさせる笑み。
男を誘惑することに手慣れた、まさしく魔女と呼ぶべき美人。
女に逆ナンされるとか、20数年生きてきてそんな経験ないもの。
ぜひお誘いに乗りたいところではあるのだが…
「ただ、美女のお誘いは疑ってかかるべしと、身を以て味わったことがありましてね。
デートに誘うなら自分のフィールドへ、それが基本です」
「あなたのフィールド?」
「もちろん、ゲームですよ」
あぁ、こんなんだからモテないんだよなぁ畜生め。
だが、こっちがゲーマーだからとか、ゲームクリエイターだからってだけで見下す女性はそれだけでノーサンキューである。
お付き合いするなら少なくとも、一緒にゲームを楽しんでくれる女性がいい。
「つれないのね? ワタシならそっちの子たちより楽しませてあげられるわよ?
そっちのちっちゃい子より、ね」
「む……」
後ろで誰かが反応した。うちのメンバーでちっちゃいっていうと…
「理音をあんまり誘惑しない方がいい」
割って入ったのは藍だ。
ずっと後ろに控えて試合を見ていたのだが、ゆっくりとテーブルに近づいてくる。
あ、念のために言っておくが、彼女が小さいのは背だ。
「あら、可愛い。あなたは彼の何なのかしら?」
「仕事仲間。彼が本気出すと、色々と危険なことを知ってるだけ」
「僕、何気にひどいこと言われてません?」
僕、そんな危険思想に目覚めたりしてないはずなんだけどなぁ。
「うふふ、あなた本当に可愛いわ、お人形さんみたいね?
いっそ、あなたと勝負しようかしら?
ワタシが勝ったら、お持ち帰りしていいかしら?」
「お断り」
「ダメに決まってるでしょ!!」
たまらず出てきた沙紀さん。
彼女はホント、セクハラには厳しい。
「理音、十分に稼いだでしょ!?わざわざ危険な相手と勝負する必要ないって」
「まあ、それはそうなんですけどねぇ~……」
「あらら、そういう貴女は随分と小さいのね?
度胸が小さいと身体も小さくなるのかしら?」
「ぬぐっ!?」
「あなたではあっちの子みたいに『いいこと』は出来そうにないものね?」
「っ~~~~~~!!」
「ん~?」
沙紀さんが唸る。ネスティさんの視線がどこに向いたのかすぐに分かったからだ。
ちなみに彼女の背は低くない。むしろ、うちの女性陣では高い部類に入る。
ではどこが小さいかというのは、まぁ……つまりBだ。
豊かさであれば、沙紀さんではネスティさんに完全敗北している。
確かに奈美のフルパワーなら対抗できるかもだけど。
って、何を考えているんだ僕は。
「はぁ……それで、いったいいくら賭けるおつもりです?」
「理音!?マジで相手する気なの!?」
「わざわざ僕の友人をダシにして挑発しなくても、相手が賭場荒らしというだけでゲームから追い出したりはしませんよ。
ルールに則ってれば、ちゃんとお相手いたします。
もっとも、ズルが分かればそれなりに対処はしますが」
こちらはゲームの場を用意している側。
つまり、お客さんをもてなす側だ。
確かにリスクは避けたいが、だからってこちらの都合だけでお客さんを排除するのは、僕の美学に反する。
それに、相手は明らかにこちらを挑発している。
自分はともかく、友人をダシに使われて黙ってられるもんでもない。
『おお、あの賭場荒らしとやるつもりだぞ』と周囲がざわつきだす。
あぁ、また一際目立っちまってる。
だがもう、ここまで来たらやってやる!
さぁ、ベットして来い!
「うふふ、そうねぇ、500ブラムにしてあげるわよ?」
「承知しました」
相手の掛け金は500ブラム。銅貨5枚。
上限である1000ブラムの半分。
万が一負けても、マイナス5000ブラム。今日の稼ぎが吹っ飛ぶくらい。
多少は僕の財布にもダメージが行くが、手持ちは十分に残るし共通資産にも手が行かない。
十分に許容範囲。
しかし、『してあげる』とは随分と強気な発言だ。
まったく負ける気がないということか。
伊達に賭場荒らしと呼ばれるだけはある。
「理音、気を付けて」
藍が声を掛けてくる。
あんまり表情が変わらないが、こちらを心配してくれてるのだろうか。
「分かってます。美人には要注意」
「それだけじゃなくて、ここ。私達の国とは違うってこと、忘れないで」
藍の忠告に、思わずハッとなる。
危ない危ない、ここは日本じゃない。ましてや地球じゃない。
異世界なのだ、何が起こっても不思議じゃない、未知の世界なのだ。
「ふぅ…そうですね。
もし何かあったら、力を借りるかもしれません」
「ん……」
だからといって、勝負放棄というわけにもいかない。
この際だ。今後のためにも、ネスティさんの賭場荒らしの秘密、暴けるなら暴いておきたい。
今回は眼鏡は外さない。
盤面だけじゃなく、相手もちゃんと見る必要がある。
「準備はいいな? それでは試合開始!」
「よろしくお願いします」
「うふふ、楽しみね?」
周の掛け声と共に、ゲームが開始される。
先行である僕は、石を打つ前にネスティさんを見てみる。
彼女は、妖艶な笑みを浮かべるだけだ。
特に何もしている様子はない。
ひとまずはオセロの方に集中する。
だが、数手打ったところで、僕は違和感を感じるようになっていた。
その正体に気付いたとき、かなり追い詰められていた。
まさに異世界らしく、魔法を使ったイカサマを行っていたのだ。
早い話、彼女は読心術士だったのだ。
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