Part5:賭博黙示禄は似合わない

「悪ぃな、眼鏡の兄ちゃん。脅かしちまってよ」


そう言うのは竜人族のヨスターさん。

この賭場の元締めというか、まとめ役みたいな人。

顔は竜というかトカゲ、手も爬虫類らしいするどい爪を持ち、鱗びっしりの尻尾もあるお方。

あやうくトカゲ人間って言いかけたけど、すんでで止まることが出来た。

たぶん侮辱になってしまうんだろうなと思ったからだ。


パックルさんに連れられて賭場へと入った途端、怖いお兄さんが僕に絡んできた。

しかもなぜか、じゃんけんを広めたことに対していちゃもんをつけてきた。

僕、広めた覚えは無いんだけどなぁ……

この世界に来てからじゃんけんをやったのって、最初のロクマ先生とパックルさんの件だけのはずなんだけど。


一応はソニックス家の客人という扱いになっている僕たち。

絡んできた男と僕の間にフォックスさんが割り込み、すわ乱闘かというときにこのヨスターさんが登場。

賭場ん中で暴れようってやつは叩き出すぞと脅したことで、いったんは収まったのだ。

ひと睨みで賭場のお兄さんたちは全員震えあがった。もちろん僕もである。

怖ぇ、完全にオカシラだよこの人。


今は賭場の奥にある部屋でお話し中。

みすぼらしい外見の建物に反して、高そうなソファとテーブルがある部屋。

なんというか、その筋の人の事務所って言葉が浮かぶんだけど。


「えーと…確認しますけど、ヨスターさんが僕を呼んだんですか」

「ああそうだ。きっかけはそこの若様だがな」

「そもそも、なんでマリオン様がこういう賭場に?カプチー君が青い顔してましたよ?」

「あぁ、若様はよく遊びに来るんだよ」


マジか。おとなしい顔してギャンブラーなのか、マリオン様。

財務担当としちゃ、そりゃお金が吹っ飛ぶギャンブルに良い顔をしないだろう。


「ああ、賭けで大枚落としていくってこともあるが、商品の売り込みに来ることもある」

「商品…?」


いかにもヤのつく商売っぽい雰囲気。

まさか……


「まさか、アンダーグラウンドなことやってるんじゃないでしょうね?

人身売買とか…」


自分の言葉で、思わず顔が引きつってしまう。

貴族が家ぐるみで珍しい人間を取り込み、裏の組織に売り渡して財を成す。

……あり得る。

この世界基準で言えば高度な知識を持つ使い勝手のいい人間。

しかも半数以上は見た目も良しの若い女。

戦闘能力ほぼ皆無だから力で従えることは可能。

なるほど、考えてみれば僕らは奴隷として飼うには最高の条件だ。


もしそうなら、僕らはかなり危険な状況にいることになる。

ヨスターさん以下賭場の怖いお兄さん達に、ソニックス家屈指の武闘派従士が揃ってる中に囲まれていることになる。

後ろで沙紀さんがヒッと声を出しているのが聞こえた。身体を強張らせているか、身構えているか。

だが、僕の想像を吹き飛ばすかのように、ヨスターさんが大笑いしだした。


「クッハッハッハッハ!!この若様に、んなことする度胸があるかよ!」

「失礼ですぞ、リオン殿。若がそのようなことをするはずがないでしょう」

「……失礼しました。どうにも、まだ心がビビっているようです」


ヨスターさんに笑われ、クラウディスさんが苦言を呈する。

さすがに僕もすぐ謝罪した。

さっき睨まれたせいか、どうにも悪い方向に物事を考えてしまいがちだ。

いや、つい悪い方へ考えてしまうのは性分もあるだろうな。


「クク、あぁ面白れぇ。

 まぁある意味、アンダーグラウンドな商売ってのは合ってるがよ。

 若はまだアレについちゃ話してなかったのかよ?」

「ええ。あれは当家が持つ機密ですから」

「アレ…? さっきパックルさんが使っていたあれですか?」

「あれだけじゃねぇがな。まぁ、その辺はおいおい若に聞いてくれや。

 今はウチの話をさせてくれ」


ひとしきり笑ったヨスターさんが向き直る。

機密というのも気になるが、今はこの賭場に呼び出された理由が先だ。


「さて、話はまず、パックルのヤツがこの賭場に例の【じゃんけん】を持ち込んできたことがはじまりだ。

アイツが道具も使わない、一発勝負のギャンブルを知ったとか言って持ち込んできてよ」

「持ち込んだ?」

「クハハ、ああ。ありゃすげぇな。

初めて見た物珍しさってのもあるんだろうが、普通は負け越してばかりの野郎どもが勝ったり負けたりしてよ。

道具も必要ないからすぐに始められるってんで、ウチの連中はこぞっておっ始めやがった。

ここ数日は、じゃんけんが大流行だぜ。

自前の道具持ち込んでる連中はいい顔をしながったがな」


んー?

じゃんけんが流行ったこと自体は喜ぶべきかもしれないが、今のヨスターさんの話に何か違和感がある。

何か大きな齟齬があるような気がする。

気にはなりつつ、続きを促す。


「で、だ。じゃんけんのおかげで賭場は大盛り上がり、ウチとしちゃ歓迎すべきだったんだが……

 どこから聞きつけたのか、歓迎できないヤツがウチに現れた。

 賭場荒らしってヤツだ」

「賭場荒らし……」

「おう、王国ではそれなりに名が通ってる奴でよ。

 どんな賭場でも必ず勝ちを上げていくって評判のヤツだ。

 こんな場末の賭場に現れるとは、オレも想像してなかったぜ。

 ……そいつがよ、勝ちまくっていくんだよ。じゃんけんで」

「そりゃ、じゃんけんですから、勝ちまくるってこともありえるでしょうが…」


確率論でいえばじゃんけんの勝率というのは、1発勝負なら三分の一、あいこによる再戦をやれば二分の一だ。

しかし、じゃんけんはどこまでいっても運が絡む、と僕は思う。

数字上では勝ち負けの可能性が同じだといっても、体感ではそう感じないことなど十分あり得る。

物凄く運が良くて、じゃんけんに勝ちまくる奴とか実際にいるしな。逆もしかりだけど。


しかし、周が補足として驚くべきことを言ってきた。


「50戦50勝だっつってもか?」

「!?……負けなしですか?」

「ああ。50戦50勝0敗。あいこもなかったそうだ。

理音、じゃんけんでこの戦績ってありえると思うか?」

「…普通ならありえないって言うでしょうね」


じゃんけんは運の要素も強いが、心理戦の面も大きい。

単にじゃんけんをするだけでなく、勝負前の会話や体裁きから手を予測する駆け引きの要素もある。

地球でなら子供の頃に、「俺はグーを出すぜ!」とか言いながらチョキを出す、なんてのをやったことがある人もいるだろう。

賭場荒らしがこの賭場でどんな行動をしていたのかは分からないが、そういう心理戦に長けたやつかもしれない。


「相当に場慣れしたギャンブラーか、あるいはイカサマか……

じゃんけんでイカサマってのも想像がつかないけど」

「だよなぁ。お前もすぐには思いつかないか」

「……というか、まだマリオン様や周たちがここにいる理由を聞いてませんでしたね」


ヨスターさんに話の続きを促す。

いかんな、人の話を途中で遮ってしまうのは僕たちの悪いところだ。


「ま、あとの話は簡単さ。

 賭場荒らしに散々荒らされて、ウチの連中もすっかりしょぼくれちまった。

 そこへ若が新しいギャンブルになりそうなものを持ってきたってわけだ」

「ギャンブルになりそうなもの………あのオセロとかをここに持ち込もうとしてたんですか?」


人の大事な道具を使って何してんだか。


「す、すみません。コレ自体を売るつもりはまったくなかったのですよ」

「っていうか、そもそも商会の問題を追及しに行ったのでは?

 詳しい話は何も聞いてませんけど」

「ええ。ドンクス商会と我が家の問題については、一旦は話がつきました。

 商会のトップにも黙って、傘下の店の何軒かがこっそり売り上げをごまかしていたようです。

 会長自ら調べ上げるということで、一旦はお任せすることになりました」

「まぁ、見た目は怪しいおっさんだったけど、ソニックス家とは昔からの付き合いらしいからな。

 マリオン様の意向もあって、ここは信用しとくことにしたんだよ」

「その後で、シュウ殿が二ホンの道具を色々売り込みましてね。

 ドンクス商会の会長が特に興味を示したのが、このボードゲームだったんです」


この国の住民、娯楽に飢えすぎじゃね?

マリオン様もまた、妙にゲームを広めることを推している気がする。

何か理由があるのだろうか。ゲーム好きが広がるのは個人的には歓迎できるけど。


「そこで、市場調査というか、このゲームの価値を現場の人に聞きたかったのですよ」

「ドンクスの会長さんとも話してたんだけどよ、もし遊戯盤を作って売るとしたらまずここになるだろうってな。

 マリオン様がここの元締めに顔が利くってんで、試しに来てみたってとこだ」


周が経緯を補足する。

ゲームセンターに売り込みに行く営業みたいだな。


「どうもよ、こっちじゃ遊びっていうのは、ギャンブルとほぼ同義みたいなんだよ。

道具を使って勝負をし、勝った方が負けた方から何かをいただく。

勝負というのはそういうものだって感じみたいだ。

だからまず、遊戯盤を売り込むなら賭場へって話になる。

これを使って賭け事しようとする人に売るんだと」

「……なるほど、暇つぶしの娯楽という概念が希薄ということですか。

勝負に何かしらの代償がいるのが当然、と」


日本人感覚でいえば、ゲームと言えば暇つぶしのための娯楽。

日本が賭博禁止ってのもあると思うが、ゲームとは一人で時間を潰すもの、あるいは友人や家族との交流を深めるためにあるもの、という認識が強い。

しかし、この国では娯楽と言えばギャンブル。

奪い奪われるのが常識と。

まぁ賭けチェスとかは地球にもあるだろうしなぁ。…あるか?


「で、さすがにお前に黙ってコレを賭け事の道具にするわけにいかないってなったんだが、ヨスターさんの方もこのボードゲームをえらく気に入ってな。

色々と話をしてるうちに、さっきのじゃんけんの話が出た。

お前がじゃんけんを広めるきっかけになったこと、このボードゲーム…特にオセロなら負けなしだってことを知って、ぜひ会ってみたいって話になったんだよ」

「それで、ロクマとパックルに頼んで、街にいるリオン殿達を呼んだ、というわけです」


なるほど、この国でゲームを広めるためには、賭場での流行が必須。

ヨスターさんも賭場の責任者として、場が新たに盛り上がる種を見逃すつもりもなし。

そこで、ゲームに詳しいであろう僕に話を聞いてみようってことになったのか。


「ついでに、賭場荒らしをどうにかできる知恵を持ってないか、ってとこですか」

「クク、そういうことだ。アテは外れちまったみたいだがな」

「僕は、賭け事は得意ではありませんから」


僕はくじ運の類はかなり悪いと自覚している。

宝くじとか、実際にお金を賭けるギャンブルは、極力避けるようにしている。

ソーシャルゲームだって、よほどのことがない限りは無課金で通しているくらいだ。


「で、だ。理音。

 お前、マリオン様にも遊戯盤を流行らせられないかって相談されてたろ?

 ここにオセロを売り込んだとして、流行る見込みはあると思うか?」

「うーん……」


日本でオセロは爆発的にヒットした。

ヒットの理由は諸説あるが、まだネットもTVゲームもなかった時代。

遊びやすいルールゆえに友人を誘って一勝負、というのが気軽に出来たからだと僕は予想している。

友人に、家族に、みんなが勧めていくものだから、プレイ人口が瞬く間に増えていったのではと思う。

面白いものは人に教えたくなるのが人の性。

我々ゲームクリエイターは、そんな人の習性によって飯を食っていけてるのだから。


それに、単に面白いから、というだけじゃない。

実際にプレイした人間ならば、負けたことだってあるだろう。

負ければ悔しいと思うのもプレイヤーの性。そんな人間が勝ちに行くには、練習するしかない。

となれば、必然的に練習用に自分もゲームのボードを買う必要が出てくる。

そうした負けず嫌いがたくさん現れたんじゃないだろうか。

単純ゆえに、割と自分でも勝てそうな気がしてくる、というのがオセロの面白いところであり怖いところでもあるのだから。


ホントのところがどうかは知らない。

オセロが生まれた時代から生きてる人がいるなら教えてほしい。


さて、僕の予想が正しかったとして。

もし、この世界でオセロを流行らせるとしたらどうだろう。


遊ぶ人口が増えればボードの方も売れるのは自然。

ゲームといえば賭場、というのがこの世界。

要はこの賭場でいかにプレイヤー人口を増やせるかって話だよな……

そして、賭場でプレイするってことは、当然稼げるものがいいってことになると思うが……


「…オセロを賭けに使って、儲かるものなんですかね?」

「そりゃ、腕がいいなら稼げるだろうよ」


僕の質問に対して、ヨスターさんはさも当然というように答える。

いや、確かに腕があれば賭けオセロでも稼げるでしょうけど。


…まただ。何か奇妙な感覚がある。

僕とヨスターさんとで、何か大きな齟齬が生じている気がする。


「ね~、理音。どうせなら実際に試してみない?オセロで稼げるか」

「はい?」

「理音がオセロ強いのはホントでしょ?

 あたしらもどこかでお金稼がなきゃいけないけど、得意分野で稼げるならいいじゃん」


しばらく後ろで控えていた奈美が提案してきた。

彼女は時々、本当に大胆なことを言ってくる。

地球のコインがまだあるとはいえ無限ではないし、この世界で生活する以上は確かに金策をしなければならない。

しかし、自分のオセロの実力でいけるものだろうか?


オセロにはあまり賭け事に使えるイメージはない。

ゲームがとてもシンプルであるがゆえに、どれだけ腕に自信がある者でも足元を掬われる可能性が高いゲームだからだ。

僕だって、常人よりは腕が立つというくらいで、常勝無敗というわけではない。

しかし、そんな不安も取っ払ってしまう女性が一人。


「まずは軽く試してみるってのは何事も常道でしょ。

 賭場荒らしってのが来て、ダメそうなら切り上げればいいし」

「……君は賭場で遊んでみたいってだけでしょ。何か面白そうなのがないかなって」

「あはっ、バレた?」


さっきからウズウズしてるのが分かる。

奈美は常に何か面白いものがないか探し、面白そうなものには何でも飛び込んでみたがるミーハーなところがあるのだ。

僕よりもゲームクリエイター向きなんじゃないかって思うこともある。


だが確かに、僕もこの世界にどんなゲームがあるのかは気になる。

それに、賭場の様子も知りたい。さっきから感じている違和感の正体も掴めるかもしれない。


「丸々スられたりしないでくださいよ……」


奈美に忠告してから、ヨスターさんに賭場の様子を見ていいか尋ねた。

快諾してくれた彼に連れられて、僕らは賭場へと再び足を踏み入れたのだった。


◆◆◆◆◆


「ほう、こっちにもサイコロはあるんですね」


賭場に戻ってみると、大広間の部屋の中でいくつかの人だかりができていた。

どうやら、いくつかのエリアに分かれて別々のゲームが行われているようだった。

その辺は地球のカジノと似ているのかもしれない。

人だかりの中の一つを覗いてみると、どうやらサイコロを使った賭けを行っているようだった。


ガラの悪そうなドワーフの男性が胴元だろう。

彼が持っていた少々形の悪いカップの中から、6面サイコロが2つ出てきた。


「1・3の4だ。残念だったなぁ、外れだ」

「だーっ、またかよ!」


挑戦していたプレイヤーの一人であろう男の一人が叫ぶ。


「まだやるかい、若造?」

「当然だ!」

「それじゃ、今度はいくつに賭けるんだい?」

「今度は6だ!」


胴元と客の会話が終わり、サイコロがカップに入る。

カップの口元を床に付けたまま、カラカラとカップを振っていく。

なるほど、カップから出た時の目の和を当てるゲームのようだ。


「残念、8だ」

「だーーーーっ!!」


賭けてた男、またしても撃沈。

まぁ、そう簡単に当たるようなら苦労はしないよな。

ちなみに、サイコロ2個の目の合計で、一番出る確率が高いのは7だ。

普通ならば。


「お、あんたらヨスターさんとの話は終わったのかい?

 だったらどうだい、ひと勝負」

「いいね、やるやる!」

「ちょっと、奈美!?」


いきなりのお誘いにあっさり乗ってしまう奈美。

あかん、この子乗り気や!


「お、乗り気だね嬢ちゃん。何を賭けるんだい?」

「あ、じゃあ有り金ぜんぶ」

「待て待て待て、ノリでとんでもないこと言うんじゃない!!」

「にゃはは、冗談だってば。

 ごめんねーオジサン。相場が分からないんだけど、いくらくらいが普通なの?」


いきなりオールベットという事態を引き起こしそうになり、周が慌てて止めに入る。

僕たちだけならばその場のノリでこういう冗談はよくいうものだが、ここはマジモノの賭場なのだ。

全掛けが冗談だと受け取られない可能性もある。

奈美の方は笑顔のまま、メンゴメンゴと手を振る。


「がはは、面白れぇ嬢ちゃんだな!

 うちは100ブラムからやってるよ。上限はねぇ。

 当たれば10倍で返ってくる、そんだけだ!」


幸い、周の素早いツッコミと奈美自身の愛嬌のおかげか、不快に思われることもなく。

そのまま素直に賭けのルールを教えてくれた。


「最低で銅貨1枚、当たれば銀貨1枚…当たる確率は1割強」


ボソッとつぶやく周。さすが、計算が早い。

まぁ、妥当な数値といえばいえるだろう。

普通ならば。


「そっちの兄ちゃんたちはどうだい?可愛い姉ちゃん達にいいとこ見せるチャンスだぜ?」

「ちぇっ、綺麗どころ連れて羨ましい限りだぜ~」

「なんなら後ろにいる子達もみんな参加しようぜ~?」


胴元のドワーフさんが僕らにも声を掛け、周りのプレイヤーたちも囃し立てる。

…まぁ、綺麗どころだとは思うよ、うちのメンバーは。


ふぅ、しかしこのまま大真面目に勝負に挑んではまず勝てないだろう。


「やる前に、そのサイコロを見せてもらうことは出来ますか?」


僕はそのまま手を差し出す。

胴元のドワーフさん、ぴくっと停止。


「おめぇさん、どういう意味でぇ?」

「遊ぶ前に道具に不備が無いか、みんなでチェックするのは基本ではないですか?」


アナログゲームを遊ぶなら、ルールと道具のチェックは基本だ。

カードが足りなかったり、駒が欠けてたりしたらゲームが成立しなくなる。

だからこそ、最初にちゃんとゲームが遊べるかチェックする。

僕にとってはごく自然なこと。


だが、ドワーフさんは明らかに動揺する姿勢を見せた。

あーやっぱり…サイコロかカップのどっちか、あるいは両方に何かが仕込んであるとは思ったけどね。

ちっと言いつつドワーフさんがサイコロを差し出す。


ああ、やっぱりだ。

手の平において転がしてみると、サイコロの重さが一定じゃない。微妙に重さが違う目がある。

たぶん中に重りが入ってて、出やすい目が決まってる。

加えてあの不自然な形のカップ。

カップの振り方も、カップから聞こえてきた音も、1回目と2回目で違っていた。


恐らくだが、この人はうまくカップを操作してサイコロの出目を操作できる。

いかにもそれっぽく場を盛り上げて、当たりが出ないようにすることが出来る。

しかも、胴元がカップの中にサイコロを入れるのは、プレイヤーが数字を宣言してからだ。

プレイヤーの宣言から、試合結果を操作し放題。そりゃ普通には勝てん。

なので。


「彼女が1戦やって勝てたら、参加を考えますよ」


サイコロを返しながら一言添える。

だいぶお粗末なイカサマだが、さっきまで盛り上がってたのを見ると、多分みんな分かった上であえて乗ってる気もする。

ようは当たるかどうかよりも、その場のノリが楽しめればいいや的な発想。

そんな場を「イカサマだ!」とか言ってしらけさせるよりはいいだろう。

奈美もまぁ…やる気満々なので水を差すのも忍びないし。


「へいへいそーかい…

 んじゃ嬢ちゃん!掛け金を決めてくれ!」

「あ、じゃあ銀貨5枚で!」

「「ぶっ!?」」

「おいおい嬢ちゃん、意外と強気だなぁ大丈夫かオイ」

「銀貨5枚で!」


奈美の宣言に、僕と周は思わず吹き出し、周囲もざわざわし始める。

ドワーフのオジサンが念押しするが、奈美は譲らない。

いや、確かに君の所持金だからね、自由に使っていいお金だけどね。

たぶん日本円だと20万くらいにはなるよ、それ。

ガチャよりずっと高いのよ、それ。


「おい奈美、大丈夫かよ…」

「まー、なんとかなるっしょ。あ、数字は7で」


ニコニコしながらどこまでもお気楽に言う。

そこで普通なら一番確率が高い7を言うあたり、大胆なのか慎重なのか分からん。

思わず僕も胴元のドワーフさんの方を見てしまう。

下限が銅貨1枚ってことは、普段はそんなに高いレートでやっていないのだろう。

ホント、うちの連れがとんでもないことしてすんません…!

場をかき乱すような真似してすんません!


「おう…じゃあやるぜ?」

「来い来い~♪」


約一名を除きその場の全員が息を飲む中、ドワーフさんがカップにサイコロを放り込む。

口を床に付け、カラカラと振る。

さぁ結果は…


「…7だ!」

「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」


会場、大盛り上がりである。

10倍の支払い、銀貨50枚。

我々の当初の資金の半分という大金を取り戻したことになる。

いや、いいのか胴元さん?

明らかに大損じゃないか?

自由に勝てるはずなのに、サービス精神旺盛すぎだろ。

あるいは、僕がイカサマに気付いた口止め料代わりだろうか。

もしくは領主代行のマリオン様が一緒にいるのを見て忖度してくれたのだろうか。


「やー、こういう運試し系は昔から強いんだよね~。にゃはは、楽しかったー」

「お前はよくても俺達の方が緊張するから勘弁してくれ」

「全くです、ホントに運がいい…」


僕がイカサマに気付かなかったらどうするつもりだったのだろうか?

一緒にいるのが僕らでよかった。


「嬢ちゃんすげぇぜ!もうひと勝負やってかないか!」

「あ、ごめんねオジサン。幸運は何回も発動するものじゃないからねー。

 1回やったから十分楽しんだし!」


周りが盛り上げようとするが、奈美はあっさりとお断りした。

うん、もう一度やるとか言い出したらさすがに止める。


「んじゃ、今度は兄ちゃん達がやりなよ!嬢ちゃんが勝ったから参加するんだろ?」

「うーん、参加を考えるとは言いましたけどね」


さすがに今度は胴元さんも手加減してくれないだろう。

正直、負け確のゲームに参加する気なんてない。

どうやって断るか逡巡していると…


「あ、じゃあ今度は理音の方がオセロのコーナー開けばいいじゃん。予定通りに!」

「は、ちょっと!?」

「理音にオセロで挑んで、勝てたら10倍になって返ってくる。シンプルでよくない?」


何をいきなり言い出すのだこの乳牛姫はー!!


「お、なんだ兄ちゃん、胴元志望かよ?」

「おせろ…ってなんだ?」

「そういやなんか持ってるな、それでなんかやるのか?」

「この眼鏡の兄ちゃん、そんな自信あんのか?」


まずい、めっちゃ注目を浴びてる。

奈美が大当たりかましたことで盛り上がってるところへ、新しい賭け事を始めるらしいという話。

賭場中のみんなの視線が僕に向けられる。どうしてこうなった。

賭場の責任者のヨスターさんも、領主代行のマリオン様までこっち凝視してる。

やっべ、これ逃げらんねぇ。


「やるしかなさそうだぞ」


周が肩を叩いたことで、僕は盛大にため息をつくしかないのだった。



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おまけ:とあるドワーフさんの証言。


「あいつは俺の手を見抜いてた、その上であの女をけしかけてたんだ。

 あいつはやべぇ…あの無言の圧力はヤバかったぜ…。

 「分かってんな、ここで7出さなきゃお前をとことんまで破滅させてやる」そんな目だった。

 あそこで7を出さなきゃ、俺はきっと生きてたかどうかも分からねぇ…

 分かるだろ、領主代行様がお味方してんだよ、やろうと思えば破滅一直線にすることくらいわけねぇはずだ。

 その場の糧より、これからの人生を俺は選んだんだ…」


理音は集中すると目つきが悪くなるという癖があります。


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