1章:御家再興はオセロの如く
Part3:ソニックス家の日常
日本人なら一度は、異世界に行ってみたいな~とか、空から超能力を持った美少女が降ってこないかな~とか、非現実な状況について考えたことはあると思う。
そして、そうなったら自分はどうするだろうかって妄想したこともあると思う。
ある。絶対ある。少なくとも自分にはある。
そんな、現代日本なら絵空事と言われるようなことを、僕らは実践することになった。
異世界の男爵家であるソニックス家の館に厄介になるのだ。
もしも異世界に転移したら、どうやって生き延びるのか。
政治、経済、学問、生活、それから娯楽はどんな感じなのか。
地球との違いをどう認識し、どうやって生活基盤を手に入れるのか。
かつての妄想を思い出しながら、これからどうするべきかをシミュレートする。
この世界のこと、自分たちに出来ること、確認すべきことは山ほどある。
館の客間に通されたその日から、僕らはこの世界について聞きまくった。
マリオン様をはじめとするソニックス家の人々も、忙しい中で快く質問に答えてくれた。
もちろん、逆に地球について聞かれることもある。
僕たちの方も聞かれたことは、なるべく答えるようにしていた。
この方向性は5人とも一致している。
それが向こうの望みでもあるし、最初から異世界人だと分かってる以上、無理に隠す必要もない。
まぁ、僕たちの存在については、遠い異国からやってきた客人ということにしておくことは決めていた。
僕らが異世界人であることは、ソニックス家の領主館の面々で留めておくことになる。
さすがにこの世界でも、別の世界から人がやってくるなんていうのは非常識らしいからね。
僕らは二ホンという異国からやってきた旅人。
遠い異国について興味を持ったマリオン様の招きに応じて、ソニックス家に滞在している。
そういう扱いになっている。
そんな感じで、ソニックス家で暮らし始めて早3日。
マリオン様が望んだとおり、地球の知識を手に入れて、ソニックス家では早くも変化が訪れ始めていた。
◆◆◆◆◆
「にゃは~、おやつの時間だよー!」
明るく元気な声が響く。
ネコっぽい表現をしてるが、紛れもなく人間が発した言葉だ。
「はーい、パウンドケーキお待ちどう~!」
「わーい!」
午後3時。
ソニックス家ではおやつの時間だ。
食堂を兼ねた大広間に、男女問わず人が集まってくる。
今日のメニューはパウンドケーキ。もちろん、先日の一件でも話題になったアレ。
それを運んできたのは、我らが日本組の一員である奈美だ。
髪をポニーテールにして結っており、ぼんっきゅっぼんとグラビアアイドル顔負けのスタイルを持つ、快活な女性。
料理人服に身を包み、すっかり馴染んでいる。
実は、このソニックス家で最初に問題を起こしたのが彼女だった。
突然の異世界生活。
いずれ何かしら問題が起きるだろうと思ってはいたのだが、真っ先に困ったのが食事だ。
仮にも貴族の館、それなりにいいものを食べているだろう。
そんな僕らの予想を裏切る、質素どころか貧相な食事。
というか、硬い黒パンと味のしないスープって…異世界モノの定番とはいえ、日本の食文化に慣れ親しんだ僕らからすれば拷問以外の何物でもない。
現代日本の食文化って、世界的にもかなり評価されてるらしいね。栄養面とか考えられてて。
とはいえ、さすがにお世話になる家の食事にケチをつけるのは…と思うのが普通なのだろうが、そうはいかなかった。
そこで「不味いっ!!」とはっきり言いだしたのがこの奈美である。
最初はそのあんまりな物言いに不審がられたものだったが、先の一件で食べたパウンドケーキが奈美の手作りだと知ったマリオン様。
彼の鶴の一声で、彼女に料理を任せてみることになる。
結果、わずかな野菜で美味しいスープを作ってみせたことで、家の料理人を黙らせてしまった。
まぁ、無理もない。
何せ彼女の地球での職場は、洋食店の厨房。
洋食が得意なのはもちろんだが、和食や中華、お菓子なんかも一通り出来る。
学生時代の頃から、時々手作りの料理を皆に振舞っては感想を聞いたりしていたのだ。
胃袋を掴まれた男は数知れず。昔からモテモテだったね、彼女は。
そんな彼女の指導の下、さっそくソニックス家の料理事情の改善が図られた。
幸いというか、食材や料理器具はそこまで苦労はなかったらしい。
さすがにレンジみたいな家電は無いが、コンロのような魔道具があったり、釜があったり。
食材についても、ジャガイモとかニンジンとか地球のものと似た野菜があったという。
金銭的に買えないわけではなく、単に料理にそこまで投資していなかったらしい。
以降は厨房の人に食材の在庫を確認してもらいつつ、限られた食材で美味しい食事を作っている。
もちろん栄養学もガチで学んだ彼女である。皆の健康面についても妥協しない。
家の人々も、彼女の料理を食べるとなんだか気力が漲る気がすると言っていた。
おかげで、奈美は一気に家の人々から尊敬される身になった。
完全に家のオカンの立場を手にしてしまっている。
それを言うと怒るから口には出さないが。
「お、これが例のケーキだな。若様を骨抜きにしたっていう噂の」
「ロクマ先生やパックルの旦那も夢中になったらしいぞ」
「俺らみたいな獣人でも食えるかな?」
「獣人の人にも試作品食べてもらってたから、大丈夫だと思うよー」
家の人々へ続々とケーキが運ばれていき、食堂の喧騒が段々と広がっていく。
その中にはエルフやら獣人やら、いろんな種族の者がいる。
食堂の人々を観察しながら、テーブルの端に座っている僕の元にも、ケーキを運んでくれた者がいた。
「は~い、リオン様」
「ありがとう、キルビー。皿、重くなかったかい?」
「あはは、妖精族はちゃんと魔力で身体を支えられるから大丈夫なんですよ~」
僕の元へ皿を運んでくれたのは、妖精族のキルビーだ。
手のひらに乗っかる小さなサイズの、羽の生えた女の子。
メイド服を着こんでいる彼女も、ソニックス家に仕える立派な侍女だ。
小さな体で人間用の皿を持ち上げて運んでいるので、さながらアスリートばりの怪力を発しているように見える。
元々妖精族は魔力を身体に流して身体能力を高めるらしく、見た目に反して人間と同じくらいの力は出せるものらしい。
自由に飛び回ることもできるので、お手伝い役には最適なんだとか。
「キルビーちゃん、お手伝いありがとう!はい、あなたの分も!」
「わーい、ありがとナミ~」
可愛らしい彼女は、日本の女性陣とすっかり仲良くなっている。
もともと女性陣の世話を最初に仰せつかったのが彼女であり、奈美達が泊っている部屋の掃除も彼女がしている。
特に奈美とは仲が良く、よく料理を手伝っているようだ。
ちなみに妖精族はその小さな身体に反して物凄くよく食べる。
自身の数倍はあるであろう人間サイズの料理を軽々と食べてしまう。
栄養を魔力に変換するのだそうで、飛行による移動にも魔力を使う妖精族にとって、魔力の枯渇は死活問題になってしまう。
普段から溜め食いしているのだそうだ。
「しかし奈美、ケーキなんか作って大丈夫なのか?
砂糖とか高級品だったりしないか?」
「あ、それ聞いてみたけどね~。砂糖も塩も、ちょっと割高ではあるんだけど領内では普通に流通してるみたい。
ソニックス領はエルフの住む里が近いんだけど、そこで砂糖の元になる植物を栽培してるんだって。
なんか色々と融通してもらってるみたいだよ~」
ファンタジー物のフィクションにおいて砂糖や塩といった調味料は高級品として扱われることが多い。
地球上ではこれらが実際に高級品として扱われていたことがあるからだ。
リアリティのある要素として取り入れられることも多い。
外交において食材は強力なカード。食料を巡る戦争など、地球の歴史を紐解けばいくらでも出てくるだろう。
地球上でだって、国が違えば食材の値段がガラリと変わるのだ。
調味料以外にも、日本とは食糧事情が異なるだろう。
まして異世界では、何が高級食材になるか分からない。
奈美が料理を作るとなった時、この世界の高級食材をうっかり使ってしまうことが無いように、厨房の者に細かく確認するように言っておいたのだ。
今のところ大きな問題になってないようだから、とりあえず奈美は厨房の料理人とうまくやれているようだ。
「あ、でも砂糖をあんまり使わないことにはちょっと驚かれたかな。そんな少なくていいのかって」
「砂糖をたくさん使った甘いものこそ菓子っていう先入観はこの世界にもある、と。マリオン様がこないだ驚いてたわけだ。
なら、このケーキも人気が出そうだね。甘さ控えめっていう発想はまだないのかも」
「
「そうだけど、さすがに僕でも甘さが濃すぎるのを何度も食べるのは勘弁」
果汁ジュースを配りながらの奈美と話す僕。
そこへ飛び込んできた者がいる。
「あー、何食べてるのみんなー!!」
「リジー様、あんまり走ったりしない方が!」
「…お転婆さん」
勢いよく食堂へ入ってきたドレスの少女。
それを追って沙紀さんと藍が続いて食堂へとやってきた。
「リジー様、奈美がケーキを作ってくれましたよ。そんなに慌てずに」
「ちゃんと人数分あるから大丈夫だよ~、はいリジー様」
「わーい、ありがとうナミー!」
奈美に渡されたケーキを見てはしゃいでいる子が、リジー・ソニックス。
マリオン様の妹で、このソニックス家の長女。
マリオン様と同じ金髪に、翡翠の目をした美少女である。
このお嬢様、比較的物静かなマリオン様とは反対に、大変なお転婆であると家内で評判である。
実際、日本の女性陣に地球の話をせがんでいるのは主に彼女だ。
先ほどまで、貴族令嬢の嗜みとして刺繍の練習をしていたはずなのだが。
「沙紀さん、リジー様の花嫁修業に付き合ってたのでは?」
「そうなんだけどね…なかなか先は長そう」
「だってー、刺繍って退屈なんだもんー」
「うーん……想う人がいれば頑張れるものなんだけどね」
そんなリジー様が一番懐いているのは、沙紀さん。
日本組の一人で、ショートカットの髪が似合うボーイッシュな女性。
スレンダー体型で男装が似合う人だが、たぶん一番根が乙女だと思う。
彼女はとにかく手先が器用で、アクセサリー作りが趣味だ。
リジー様と初めて対面したときに、手作りのビーズアクセサリーをプレゼントしている。
裁縫も得意なため、マリオン様に頼み込まれて、リジー様の刺繍の練習に付き合ってあげていた。
自前のソーイングセットもこっちに持ち込んでいたから、仕事に支障はないだろう。
「大丈夫よサキ!あたしはカラテで強くなるから」
「そんな一朝一夕に身に付きませんよ…」
「えー?でもフォックスとかが褒めてたよ?素手を甘く見てたって」
「あの人、ウチよりずっと強いよ」
彼女には空手という特技もある。実力は黒帯。
僕ら5人の中で戦闘能力と呼べるものがありそうなのは彼女くらいだ。
先日は従士たちに頼まれて軽く手合わせしているのを見掛けた。
まぁ、スポーツ空手ではさすがに本職には敵わないだろうが、剣技が主体となるこの世界では素手で戦えるというのは興味深いらしく、何人かの従士が彼女に空手を教わっていた。
ちなみに、リジー様も教わっている一人だ。
これからは貴族令嬢も戦う時代よ、と息巻いている。
そんな沙紀さんだが、地球では薬剤師見習いというのだから、世の中分からないものである。
「…疲れた。甘いものプリーズ」
「お疲れです、藍」
「ん……あ、
「いいですよー。似顔絵、描けました?」
「ま、ね。簡素だけど、それっぽくなった」
眠そうな顔をしているダウナーな感じの女性が、藍だ。
僕と同じくオタク気質なところがあるので、何かと話すことは多い。
髪はストレート。やや小柄な印象を受ける女性だ。
前髪がぱっつん気味なので、着物とか着ると日本人形っぽく見える。
藍は地球ではイラストレーターをやっていた。
ライトノベルの挿絵などを描いていた、新進気鋭の絵描きだ。
同人誌なんかも描いていて、人物・背景・エフェクトなど色々描ける。
あと、音楽家という一面もあったりする。
自作の曲をネットに上げているオンラインクリエイターだ。
ボーカロイド曲なんかも作ってたかな。
日本メンバーの中では芸術面に秀でていると言えるだろう。
彼女が絵描きだと知ったリジー様が自分を描いてほしいと言い出したのだが、困ったことになった。
この世界では絵と言えば油絵が主流のようだが、さすがに画材は持っていない。
彼女の手元にある道具と言えば、メモ帳と黒のボールペン、鉛筆くらいだ。
帰郷のために、仕事道具は自身の部屋にほとんど置いてしまったのだから。
そこで彼女は、僕が持っていた6色ボールペンを借りていった。
黒・赤・青の3色ボールペンなどは地球で見掛けることは多いだろう。
これに橙・ピンク・緑を加えた6色が出せるボールペンだ。
仕事で使うには便利なんだよね。扱っている文具店が限られているけどさ。
この6色を使って、リジー様を描いてみようと奮闘していたのだ。
藍の手元には、B5サイズほどの一枚の紙。そこに描かれたリジー様の似顔絵。
6色の線を組み合わせて綺麗にカラーで描かれている。
「えへへ、ありがとうねアイ!」
「ん…なくさないように飾っておくといい」
似顔絵を手渡されたリジー様は嬉しそうだ。
「おー、さすが!っていうかこの紙も綺麗だよね。白いし」
「思ったより紙の質がいい。製紙産業が発達してるのかも」
「羊皮紙じゃないよね、和紙みたいな感じかな。
森が近いらしいし、紙に向いてる植物とかあるのかもしれない」
「画材があれば絵描きの仕事は出来そう。理音も、物書きの仕事が出来るかも?」
「僕にまたペンを握れというのか…」
「頑張れ、男の子」
軽くジョークを交えつつ、この世界についての情報を確認しあう。
最近はみんなこんな調子だ。
ソニックス家の者達と交流しながら、この世界の情報を集めていく。
中世ヨーロッパ風かと思っていたけど、魔法があるせいか、あるいはドワーフの技術があるせいか、ところどころで技術レベルが釣り合わない面がある。
地球の歴史をそのまま当てはめることは出来ないだろう。
引き続き情報を集めていかないとな。
「そういえば、周は?」
ケーキを頬張りながら沙紀さんが聞いてくる。
この場には日本組が4人いるが、最後の一人がまだ来てないのだ。
僕は居場所を知ってるので答える。
彼が苦労人気質なのは知ってたけど、さっそく気苦労が多そうなことをしてやがる。
「あー、アイツは執務室。マリオン様と一緒に帳簿見直してます。
なんか、金の動きが怪しい商会があるとか。
脱税でも見つけたんじゃないですか?」
「マジか。てか周って、そんなことしてるの?」
「そりゃ、彼は銀行マンですから。金勘定は本職でしょう」
「外面はチワワなのに」
「だからみんな安心して金借りにくるんでしょう」
僕以外では唯一の日本男子、周。
短髪でシュッとした体型、そして若干童顔だが整った顔立ちという、アイドルグループにいそうなイケメン。
口達者な彼は、地球では銀行員として働いていた。
外回りに出ればその笑顔とセールストークで契約を取り付け、受付に回れば丁寧な説明と仕事ぶりで心を掴む。
彼の仕事は大体が妙齢の女性相手で成果が上がるので、マダムキラーとか呼ばれている。
もちろん、会計として数学も得意。簿記についても常人より詳しい。
加えて、彼はフラッシュ暗算という特技がある。
フラッシュ暗算とは、コンピュータディスプレイに次々と表示される数字を見て瞬時に暗算する、というもの。
確か前に「4桁20口5秒くらいならなんとかいける」って言ってたかな。
頭にそろばんを思い浮かべるのがコツらしい。どれくらい凄いかは、僕にはちと想像がつかない。
とにかく、尋常でなく計算が速い。足し算はもちろんのこと、銀行で訓練を積んだのか四則演算の暗算は無茶苦茶早い。
そんな周の人となりをしったマリオン様は、彼を財務担当に引き合わせた。
客人という立場である以上、当初は家の金銭事情に関わらせることを、クラウディスさんがよしとしなかった。
だが、マリオン様が複式帳簿などを教えてもらっているうちに気が変わったらしい。
四則演算すら出来ない者が当たり前にいる世界、そんな中では彼の計算能力とスピードは非常に貴重なものとされたのだ。
昨日は執務室で領内の近況報告に同席していた。
そこで何か不審なものを見つけたらしく、今は財務担当を集めて記録をひっくり返している。
ちなみに、周がこの世界の金銭についても教えてくれた。
プラウネス王国ではブラムという通貨が出来ている。すべてコイン。
1ブラムが鉄貨、100ブラムが銅貨、1000ブラムが銀貨、100000ブラムが金貨。
この辺が若干日本との差を感じるらしく、周も最初は金貨を1万と間違えそうになったとのこと。
まぁ、領地ごとに貨幣が異なる、なんてことがなくて良かった。もしそうだったら面倒極まりない。
「ここにいないってことは、クラウディスさんとカプチー君も一緒にいるんじゃないかな」
「もしかして理音、ソニックス家の人の顔と名前、もう全員覚えたの?」
「全員じゃないけど大体は覚えた。種族も割とバラけてるから、覚えやすかったぞ」
カプチー君というのは猫の
人間っぽい姿に猫耳と尻尾がある可愛い系男子で、つい君付けで呼んでしまう。
まだ執事として雇われたばかりの若者らしいが頭の回転が早く、クラウディスさんに付いて財務も学んでいるとのこと。
周の教えも加わったので、将来はソニックス家の財政を担う人材になるかもしれない。
「うへぇ、あたしはまだ全然覚えてないのに」
「大丈夫だよナミ!アタシも人の名前、覚えるの苦手だから!」
「だよね~キルビー、料理を美味しく食べてくれるなら名前は知らなくても関係ないし!ねー?」
「ねー?」
「それでいいのかメイド妖精…」
能天気な2人はキャッキャと笑いあう。馴染んでいるのはいいことだけどね。
奈美にキルビー、沙紀に藍にリジー様と、いつの間にか僕の席の周りは女性ばっかり。
ケーキとジュースを前にしてワイワイと話に花を咲かせる。
それを眺めていた僕の横に座った藍が、首を傾げて聞いてくる。
「理音、なんか居心地悪い?」
「はは、まぁいつの間にか周りが女の子ばっかりだしね」
これぞ、異世界ファンタジー小説ならお馴染み、ハーレム状態!
…なんて気分にはなれない。
少なくとも僕に好意を向けている女性はこの場にいないだろうし。
なんというか、女子会の中に男一人だけ放り込まれた気分なんだよ。
「理音なら大丈夫でしょ、スケベだから。
リジー様、この人を迂闊に信用しちゃダメだよ?
際どい格好の女の子の絵とかいっぱい持ってるから」
「そうなのー?」
「沙紀さーん!?風評被害はやめてくれませんかぁ!?」
沙紀さんは僕に対して冷たい。藍ちゃん助けて。
オタク叩き、ダメ絶対。
ゲームプランナーという仕事柄もあるが、僕はゲームやアニメのイラスト集とか設定資料集とかを買うのが好きだ。
それは、いわゆるギャルゲーと呼ばれるものも含まれるので、際どい女の子の絵をたくさん持ってるというのはあながち間違っちゃいないが…
ホントね、仕事で研究しておかなきゃいけないんだよ、最近の流行りのフェチズムとか。
ソーシャルゲーム全盛の今って、「売れる美少女」ってのが分かってないとやってけないから、マジで。
まぁ、僕にその辺のセンスは無かったんだけど。
「あ、じゃあリオンー、オセロで勝負してよー。
あたしに勝ったらリオンのこと信じてあげる!
あたしが勝ったらリオンは変態って言いふらすから!」
「何その唐突かつ横暴な提案!?」
「だって、昨日負けたの悔しいんだもんー!もっかいオセロやりたーい!」
「リジー様、刺繍から逃げる口実が欲しいだけでしょ…」
「やらないのー?それじゃあリオンの不戦敗で」
「はぁ…すぐに取ってきます」
「あ、私も行く」
リジー様の横暴な提案により、オセロで勝負することになってしまった。
しぶしぶあてがわれている部屋へ向かう。僕の私物であるオセロを持ってくるためだ。
僕がこの世界に持ち込んできていたものの中に、ポータブルのボードゲームがある。
小さなケースに何種類ものボードゲームが入っている、レジャー用に使えるやつだ。
オセロ、チェス、囲碁など10種のゲーム用のボードと駒が一式入っている。
百貨店とかでも買える安物だが、このボードゲームセットは僕にとっては思い出の品なので、普段からよく持ち歩いていた。
初めてこれを見た時のマリオン様とリジー様は物凄く目を輝かせていた。
マリオン様はこの小さなサイズでちゃんと遊べる遊戯盤があることに、リジー様は初めて見る遊び道具に興味津々だった。
マリオン様ともオセロで対戦したことがあるが、その際は家中の人間が集まってきて見学していった。
この3日で感じたことだが、どうもこの世界は娯楽と呼べるものが少ないようなのだ。
マリオン様にも聞いてみたところ、この世界にもチェスのような遊戯盤はあるらしい。が、そこまで普及はしていないという。
うーん、地球のチェスは駒で戦術を立てる軍略がベースになったとされてるけど、こちらでは何か事情が違うのだろうか。
「理音、大丈夫?」
「まぁ、オセロなら僕は負ける気はしないよ。
他のだったらちょっと危なかった」
「そうじゃなくて」
部屋に戻る途中で藍が声を掛けてきた。
そういえば、なんで藍はついてきたんだろ?
「さっきも聞いたけど、居心地悪い?」
「ん?別にこの家の居心地は悪くないだろ?」
いきなり異世界からやってきた人間を快く迎え入れてくれた。
色んな種族がいる中で、人間だからと馬鹿にされるようなこともなく。
食事については奈美のおかげで大きく改善したし、不自由なことは何もないはず。
「なんか、自分だけ役に立ててない、とか考えてない?」
「……顔に出てた?」
「空気は発してた」
おぅふ。さすが同類。
藍の言う通り、自分が少しだけ疎外感を感じていたのは確かだ。
奈美は料理で、沙紀は刺繍や空手で、周は計算でと、それぞれの得意分野でさっそくこの家に貢献している。
藍も絵の技術が健在だから、今後はそっち方面でも役に立てるだろう。
対して僕はといえば、ボードゲームで勝負をしたくらい。
たまたま持ち込んでいたものを説明して、一緒に遊んだだけだ。
手に職のある他4人と違って、僕はそうした一芸に秀でているものがない。
「大丈夫。理音の知識と勘は、きっと役立つ」
「そうですかねぇ」
「私達じゃ気付かなかったことも指摘してる。砂糖の件とか」
「その手の話を知ってたってだけです」
一時期、ネット小説サイトで異世界ファンタジー系の小説を読み漁っていたことがあるのだ。
奈美に食材の価値を確認するよう指摘できたのは、"料理人の主人公が料理に乏しいファンタジー世界で活躍する"という物語を既に知っていたから。
その物語の中で、砂糖と塩を巡るいざこざがあったのだ。
同じ話を知っていたら、たぶん誰でも同じように気付けたと思う。
「私たちの中でアニメや漫画、ゲームに一番詳しいのは理音。
ここは異世界だから、私たちの常識が通じないこともあると思う。
たとえフィクションでも、地球と違う世界を知っているというのは大きな武器」
「それは君も同じだろう」
「私と違って、理音なら根っこを感じ取れる」
根っこ、ねぇ。そこまで大それたものじゃないと思うけど。
そもそも、オタクとしても広く浅くのニワカだし。
ただまぁ、自分の趣味が武器になるかもしれないと言われて、悪い気はしないかな。
「やれるだけのことはやってみるさ。元気づけてくれてありがとな」
「ん……」
あんまり表情は変わらないけど、どこか満足げに頷いた。
いつまでも深刻に考えていてもしょうがない。
結局は地球にいたころと同じ、やれることをやるだけだ。
「しかし、僕のことをよく観察してる上に、2人っきりのところにぶっこんで来るとは。
まるでラノベのヒロインみたいな感じだったな。
ハッ、まさか君は僕のことを…!」
「それはない」
「うん、知ってる。言ってみただけだ」
僕らの間に恋愛感情はない。
今の僕らはあくまでオタク仲間だというだけだ。
その辺は弁えてるからこそ、こうして気安いやり取りが出来るのだ。
「…でも、頼りにはしてる」
「それこそお互い様だ」
僕たち日本組は今や運命共同体。
異世界という非日常の中で、共に生きる同志。
頼れる仲間がいるというありがたみを感じながら、僕らは部屋へと戻っていった。
◆◆◆◆◆
「んぎゅむーーー、負けたーーー!!」
「あいにく僕は、オセロにはかなり自信があるのですよ」
リジー様が奇妙な声で唸る。
盤面を見れば圧倒的な黒率。オセロ勝負は僕の圧勝で終わった。
僕はアナログゲームについては、実はそこまで得意ではない。
チェスや将棋は周や奈美の方が強い。
だが、このオセロだけは日本組の中で一番強いという自負がある。
伊達に子供の頃からやっていない。継続は力なり。
「はい、約束通りちゃんと刺繍の練習をしてくださいね」
「うぅー、覚えてろ~…」
「ほらほら、刺繍はウチが教えてあげるから。夕飯までには仕上げましょう」
リジー様が吹っ掛けてきたオセロ勝負。
僕が負けたら醜聞を言いふらすなんて理不尽な要求に対し、僕が勝った時の報酬が醜聞の撤回だけというのは釣り合わない。
そこで、僕が勝ったらおとなしく刺繍の練習をするようにという条件を突き付けた。
そりゃもう、貴族様なら決闘での約束を反故になんかしないだろう、とか色々言いくるめて。
結果はこの通り。リジー様が恨めしい顔をしながら、沙紀さんに連れられて食堂を去っていく。
まぁ、お互いに良い時間つぶしにはなったと思う。
もう休憩の時間も過ぎているし、食堂にいた従士の皆さんは既にそれぞれ仕事に戻っていった。
まぁ、何人かはさっきまで僕とリジー様の対戦を眺めていっていたが。
「さすがですね、リオン殿。あのリジーに言うことを聞かせるとは」
「いえ、結局は遊んでいただけですから。お仕事お疲れ様です」
リジー様達と入れ違いに、マリオン様と周が食堂にやってきた。
ずっと仕事をしてたのだろう、顔に疲れが見える。
「周もお疲れ」
「マジで疲れた…まさか5年分の記録を丸々見直すことになるとは…」
「うはー、お疲れだね周~」
「なんという苦労人…さすが」
朝からずっと書類と格闘してたのだろうか。そりゃお疲れだ。
奈美と藍も呆れ顔である。わずか3日で、こんな苦労を背負いこむとは。
すぐに奈美がマリオン様と周にケーキを持ってきた。
それを美味そうに食べる周と、ニコニコと眺めながらジュースを渡す奈美。
うーん、完全とお父さんとお母さんである。
「で、怪しげな記録ってのはあったの?」
「あぁ、詳しくは言えねぇが、明らかにおかしな記録が見つかった。
近いうちに従士たちが問題の商会にカチ込むとよ」
「カチ込むとはひどい。事情を説明してもらいにいくんですよ」
うん、カチ込みだな、それ。
「ドンクス商会は、我がソニックス領では大きな商会です。
大っぴらに非難して商会の力が弱まってしまうと、領内の経済に多大な影響が出る。
なるべく穏便に問題を治めたいものです」
「まぁ、その辺の事情はマリオン様達に任せますよ。
俺もさすがに3日でこの世界の政治・経済までは把握できませんから」
「あたしらはその辺はさっぱりだしね~」
問題のある商会を諸々の事情で穏便に治める。
日本なら政治と会社の癒着の発覚とかいって非難されそうだが、ここは異世界。
それも貴族社会がある世界だ。
商会が貴族の庇護下にあるというケースはむしろ普通だろう。
僕ら一市民が口を挟んで簡単に解決するとは思えないし、その辺は本職に任せておこう。
てか、僕はもう、政治・経済はさっぱりだし。
「それより、話は変わりますがリオン殿」
「なんでしょう?」
「あなたの持っているその遊戯盤…オセロと言いましたか。
なかなか興味深いです。
他のゲームについても、色々詳しく聞きたいものです」
「ええ。それは構いませんが」
マリオン様は政務が忙しいようで、あまりゲームを遊んでいる時間は取れない。
僕とは一度オセロで対戦したくらいだ。
リジー様や他の家臣の皆さんが僕と対戦してるので、他のゲームについても存在自体は知っているだろうけど。
「それで本題なのですが……
もし、こういった遊戯盤を我がソニックス領の産業に加えるとしたら、どうしたらいいと思いますか?」
あまりに直球かつ、雲を掴むような話を聞かれた。
経済は苦手だというのにー…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます