Part2:フラグブレイカーズ

「では、本当にあなた方は異世界から来たのですね」

「最初からそう説明してましたけどね」

「申し訳ない…こうして実物を見せられた以上は信じますが、なかなか頭の整理が追い付かないものです」

「無理もありません、俺達もまだ信じられない気持ちですから」


僕たちは改めて貴族の若様、マリオン・ソニックス様と話をしている。

もう、この名前を聞いた時にゲーマーとしてはアウアウな気分だったのだが、異世界の方にそれを指摘するわけにもいかず。

ともあれ、このマリオン様と改めて話したおかげで、ようやく自分たちの状況が見えてきた。


やはり僕たちは異世界へと迷い込んでしまったらしい。

この世界の名前はフェルナディア。

人間だけでなく、エルフ、ドワーフ、獣人、妖精といった多種多様な種族が暮らしているという。

その中の一国、プラネウス王国の一領、ソニックス領の領主館が僕らの現在地だ。


プラネウス王国は君主制。

代々国を治めてきた王家が直轄する王都と、王家により拝命された貴族達によって統治される各地方で構成されている。

ソニックス領もまた、王家から拝命されたソニックス男爵家が統括している地域だ。


さて、そもそもなぜ僕たちは貴族の若様と知り合ったのか。

なんてことはない。

この世界に飛ばされた時にいたのが、この領主館の庭だったからだ。

突然館の庭に見知らぬものが現れたのだから、マリオン様達も面食らったことだろう。

なんせ、人間だけ飛ばされたわけではないのだから。


「しかし、この自動車というのは実に興味深い。馬なしで動く馬車ですか…ぜひ動くところをちゃんと見てみたいですが」

「動かすことは出来るでしょうが、こちらではガソリン…燃料が補給できそうにないので、なるべくなら動かしたくないですね」


マリオン様が眺めているのは、僕たちが乗ってきた自動車だ。

領主館の庭に鎮座するミニバン。

周が運転するこの車に乗って、僕たちは里帰りする予定だったのだ。


僕たち5人はみな高校の時の同級生で、同じ部活の仲間である。

ついでに言うなら、今はみな東京で暮らしている上京組。

社会人になってからはお互いほとんど会うこともなかったのだが、高校の同窓会が開かれることになり、みんな故郷に帰る必要が出てきた。

その時に色々と都合が重なり、周の車にみんなで乗せてもらうこととなったのだ。

東京都内を周って僕たちを回収し、いざ故郷へ向けて出発。

夜の高速道路を走っている最中に事件は起きた。


高速道路の途中にあるトンネル内を走っている最中に、突然車が揺れたのだ。

いや、揺れたというより、落ちたというべきか。

まるでそこに落とし穴があったかのように、突如として車内で感じた浮遊感。

それが終わったと思ったら、衝撃と共に周りが明るくなり、目の前には石造りのお屋敷。

危うく館に突っ込むところだったが、周が本気でブレーキを掛けて事なきを得た。

そして、騒ぎを聞いて出てきた館の皆様とご対面した、というわけだ。


まさか、トンネルを抜けたら異世界でした、を体験することなるとはな。


「先ほどは皆様に剣を突き付けてしまって申し訳ありませんでした。

 この自動車にも傷をつけてしまい、重ね重ね申し訳ありません。

 シュウ殿にとっては大事なものだったのでしょう?」

「いえ、お貴族様の家にいきなり見知らぬ者が謎の物体と共に現れたのです。警戒されるのも当然かと」

「そう言っていただけると。何にせよ、ひとまずあなた方の事情は分かりました」


先ほどからマリオン様は周と話している。

周は僕たちの中でも交渉が上手だ。

当人は知らないが、僕たちはこっそり交渉人と呼んでいる。

僕みたいなコミュ障よりは幾分かマシだろう、事情説明は彼に丸投げしている。

なんだかんだで周も心得たもので、自慢の車を見せつつ説明を続けている。

周の丁寧な話し方のおかげもあって、先ほどまでおどおどしてたマリオン様もいくらか緊張が解けたようだ。


「この自動車を見るだけでも、相当に高い技術を持つ世界から来たと確信できます。

先ほどいただいたお菓子も絶品でしたし、やはり文明の差を感じますね」


マリオン様はうんうんと唸っている。


数日間は帰郷するつもりでいたので、周の車の中には、僕らの荷物が入ったまんまだ。

奈美が用意した手作りパウンドケーキもその一つで、どこかのタイミングで僕らに振舞うつもりだったのだろう。

残念ながらすべて食べられてしまったが。


菓子だけでなく、僕らが身に着けている衣服や時計、鞄、本や筆記用具、スマホなどの電子機器、その他諸々。

地球産のものに次々と興味を示すマリオン様。

色々と見て、時々僕らに説明を求めて。

2時間はまるまる庭で説明を続けただろうか。


やがて、何かを決心したように頷き、僕たちにこう提案してきた。


「異界から来た皆さん。もしよろしければ、この領主館で暮らしませんか?」

「マリオン様っ!?」


最初に声を上げたのは、ずっとマリオン様の後ろに控えていた初老の男性だ。

この庭に転移したときに、いきなり僕たちに剣を突き付けてきた人物である。

執事か、騎士か。少なくとも、マリオン様の側近なのは間違いないだろう。

さっきから僕らに対して、ずっと睨みを利かせていたし。


そんな側近さんが驚くのも無理はない。

何せ、会ったばかりの人間に自宅を宿に勧めるのだ。

それも、領主館という、いかにも権力者のための家に。


「それは……こちらとしては願ってもないのですが、よろしいのですか?」


周も少し遠慮がちに答える。

突然訪れた異世界、もちろん行く当てなんてさっぱり無い。

この世界の常識がどんなものなのかも分からない中、彷徨うのは自殺行為。

この状況で権力者に保護してもらえるというのは、この上なくありがたい申し出だ。

出来すぎなくらいに。


「ええ。あなた方の事情を鑑みて、ソニックス領主代行として皆様を保護したいと思います」

「マリオン様、よろしいのですか。突然、庭に押し入るような連中ですぞ?」

「クラウディス、それはやむを得ない事態だったのは君も聞いていただろう?

 君の懸念も分かるけど、それでも僕は彼らを助けるべきだと思う」


やや気弱気味だけど、ハッキリとした意思表示を示すマリオン様。

それに対して、クラウディスと呼ばれた側近はまだ納得していないという表情だった。


「こちらとしてはとても助かります。

 何かしらの形でご恩を返すことが出来ればいいのですが」

「それには及びません。困っている者を助けるのは、貴族として当然のことです」


周の返答に笑顔で応えるマリオン様。

ひとまず、若様は僕らのことを受け入れてくれるようだ。


「ありがとうございます。みんなもそれでいいか?」

「あたしは異議なーし」

「ウチも。正直、助かります」


周が僕らに確認を取った。

これに即答したのが2人の女性。

元気よく答えたのが、お菓子を持ち込んだ奈美。

もう一人のショートカットの女性、沙紀サキはほっとした表情で答える。。


これに対し、少し黙ったのが僕ともう一人。

仲間内で一番小柄な女性であるアイも何か考えてるようだった。


「お前らはなんか不都合あったか?」

「いや、異存はないんだけどね」

「……ちょっと気になる。出来すぎ」

「やはり、藍も気になりますか」


周に返答したものの僕は、恐らく藍もだが、何とも言えないモヤモヤを感じている。


話があまりに都合がよすぎる。

まるでこうなることが決まっていたかのような、なんとも言えない嫌な予感を感じるのだ。

僕ら2人しか感じていないというのは、多分あれだな。

オタク特有の勘だろう。

この話、いかにも"何か"が起きそうなフラグにしか見えないのだ。


ただ、ここで追い出されるのも都合が悪い。

何せ僕らは超人的な能力を何一つ有していない人間だ。

僕にいたっては若干引きこもり気味ですらある。

いきなり見知らぬ世界に放り出されて、生きていける自信なんてない。

結局は、"何か"が起こってもそれに対処するしかないんだろうな。


ならばせめて、目の前に転がっている不安の種はなんとか排除しておきたい。


「その、クラウディスさん、でしたか。

 ずっと僕らのことを睨んでましたが、やはりいきなり信用することは出来ませんか」

「無論だ。儂は当家の執事長として、怪しげな者を館に入れることは賛成しかねる」

「クラウディス!!」

「いえ、執事さんの意見もごもっとも。僕もあなたの立場なら、同じ感想を抱くでしょう。ただ…」


僕はマリオン様の方に向き直る。


「マリオン様の方はそのリスクを背負ってでも、僕たちを保護してくださるという。

 それについて何か考えがおありなのでしょう。

 …いえ、回りくどいことはやめて、あえて真正面から聞きます。

 僕らが持つ、この世界には無い知識と技術。

 マリオン様は、それが欲しいのではないですか?」


ド直球に聞いた。

藍以外の皆の顔が引きつっているのも分かる。

周が穏便に話をつけてくれたところを台無しにしてしまいかねないからだ。


ただ、一時の静寂の後、マリオン様はふぅっとため息をついて柔和な顔を見せた。


「…あなたは凄いですね。堂々と斬り込んでこられる」

「ご不快にさせてしまったのなら申し訳ありません。

 ただ、僕は過去の経験上、どうしても疑り深くなってしまうのです。

 相手が何を考えているのか、きちんと聞きださないと気が済まない質でして」

「いえ、貴族の申し出が胡散臭く見えるというのは、こちらでは常識です。

 私も腹芸は得意ではありませんし、きちんとお話ししましょう」


一息ついてから、マリオン様が話し出した。


「いち貴族として、一人の人間として皆様をお助けしたいというのは本当です。

 ただ、お察しの通り、皆様が異世界からやってきたという点に心惹かれたのも事実です。

 私共にとっては未知の、それでいて間違いなく高度な知識と技術。

 それに大きな魅力を感じたのは確かです。

 もしも力をお借りできれば、我が家の繁栄に繋がるかもしれない。

 ソニックス家の領主代行として、これを見過ごすわけにはまいりませんでした」

「貴族となれば家の繁栄は仕事でしょうから。

 僕たちに魅力を持ってもらえたのは嬉しく思います。

 ただ、我々は元の世界では単なる一市民に過ぎません。

 力をお貸しするとしても、こちらの世界でどこまでお役に立てるかは分かりませんよ?」

「そうなのですか。

 あんなに堂々とロクマとパックルの仲裁に入ったので、てっきりあなたも高貴な者としての教育を受けたのかと思ったのですが…」


「それはねーな」「ないわー」「うん、ないない」「ないね」

周・奈美・沙紀さん・藍の順で全員に否定された。

みんなひどい。自分でもないと思うけど。


「…こほん、ともかく。

 私は皆さまを保護という名目で味方に引き入れたい。

 …特にあなたのような人は」

「…僕ですか?」


こんな風に、貴族に向かって口答えする人間を?


「はい。

 お恥ずかしい話ですが、ソニックス家は決して大きな家ではありません。

 加えて、今は領主である父が不在。今の我が家は大きく威光を失っております。

 先ほどの2人…ロクマとパックルというのですが、彼らの喧騒も止められないほど、私は次期領主として未熟です」

「ああ…毒見だっていって、ほとんど食べられちゃいましたね、お菓子。部下なのにあんな態度なのですか?」

「あの2人は私の部下ではありません。我が家の庇護下にある職人ギルドの者たちなのです」

「…職人ギルドがどういう力があるか分かりませんが、それでも庇護下ということは立場が上になるのはマリオン様の方では?」

「そうなのですが、私はまだ彼らに認められていないのです。

 彼らは父に付いてきた者であって、私を慕っているわけではないのですから」


マリオン様は拳を強く握る。

顔は平静を保っているが、悔しさが滲み出ているようだ。


「私には力がいる。戦う力ではなく、人を取り纏める力が。

 しかし、既存の知識では彼らには敵わない。歳と経験の差は埋めようがない。

 また、無闇に権力を振りかざすことは貴族の恥とされます。

 どうすれば彼らに認めてもらえるのか…暗中模索の状態でした。そんな時に現れたのが…」

「僕たち、というわけですか。

 そちらからすれば、まったく新しい知識、考え方を持っているかもしれない人間。

 路頭に迷っている僕たちを囲う代わりに、その知識を教わりたい、と」

「言葉を飾らずに言えば、そういうことになります」

「…先ほども言いましたが、僕らは元の世界ではただの一市民に過ぎません。

 マリオン様が求めるものを教えられるかどうかは分かりませんよ?」

「それでも、です。シュウ殿やあなたと話してみて、皆様は悪い人ではないと思いました。

 私はこの自分の直感に賭けます。皆様を当家に迎え入れたい」


そう言う若様の手が若干震えていることを僕は見逃さなかった。

そこにいるのは、覚悟を決めた貴族様の姿があった。

恐らくだが、彼は領主代行となって日が浅い。

そして、家の事情も決していい状態とは言えないのだろう。

それでも家のため、自分にできることをすべく、本当に勇気を振り絞っているのだろう。


その姿に僕は、なんとなく親近感を覚える。

今出来る精一杯を振り絞り、大きなチャンスを掴もうとしている。

彼の言葉は本気だ、そう感じられるくらいには必死さが伝わった。

その姿は僕も好印象に映る。


「ま、お世話になる以上は協力できることは何でもしますよ」

「あたしらの世界には、働かざる者食うべからずって言葉もあるし」

「ウチらで手伝えることは手伝いましょう」


周・奈美・沙紀も、この人なら大丈夫だろうと思ったようだ。

この家に厄介になることはもう決定事項だろう。


だが、またしても僕は何か嫌な予感がした。

背筋を撫でられるような冷たい予感。

ふと藍を見ると渋い顔でコクリと頷いた、彼女も何か嫌なものを感じたらしい。


たぶん周のせいだな、『何でもする』とか言うから。

もうひとつ、予防線を張っておいた方がいい気がする。


「…ひとつ、大事なことを確認しておきたい」

「なんでしょう?」

「僕たちは…少なくとも僕は、いずれ元の世界に戻りたいと思っています。

 今は手掛かりすらない状態ですが」

「分かっております。

 皆様が元の世界へ帰る手段を探すこと、それについてもお手伝いさせていただきます」

「いえ、それもありがたいのですが、それ以上に欲しいのが、この世界における立場です」

「立場…従士として迎え入れろということでしょうか」


マリオン様の言葉に、クラウディスさんの目力が強まった。

そりゃ、あつかましく配下にしろなんて言われたら気分がいいものではないだろう。

だが僕の狙いはむしろ――


「逆です。いつ何時、僕たちが元の世界へと帰る手掛かりが見つかるか分かりません。

その時、御家と関わっていることが柵とならないようにしていただきたい」

「それは……どういうことです?」


マリオン様はふと首をかしげる。

貴族の従士という立場をあえて蹴る、その意図を掴みかねているようだ。


「…なるほど、あくまでソニックス家を訪れている客人、そういうことにしておいて欲しいと」


口を挟んできたのは周だ。


「仮に俺達がソニックス家に何か利益をもたらせたとして、だ。

 その後で俺達が家を離れるようなことがあれば、雇った家に傷がつく。

 実態がどうであれ、主が見限られたと周囲に思われてしまう。

 そうでなくとも、一度雇った者に辞められるようなら、貴族としての質が問われてしまうだろ。

 その点、客人ということにしておけば、突然離れることになっても問題は小さい。

 滞在を終えて故郷へ帰ったと言えばいい。そういうことだろ?」

「…まぁ、そうですね」


本当は単に、貴族の家に厄介になることになれば、どんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃないってだけなんだけど。

貴族様に忠誠を誓えなんてなったら非常に困る。出来ればそれは断りたい。


僕らはこの世界では新参者。

従士とか家臣とか、責任ある立場を担うには荷が勝ちすぎている。

その点、客人ということにしておけば、責任ある立場をいくらかは避けられる。

必要とあれば、逃げることも出来るし。


「あと、見知らぬ人間が突然現れたことに対してのカバーストーリーにもなる。

 出自不明の人間を囲ったというより、遠い土地からやってきた者に興味を抱いて招いたという風にした方が評判はいいだろうし。

 俺たちの滞在が長引いたら長引いたで、居心地がいいから滞在を伸ばさせてもらったとでも言えば、家の評判には繋がるだろう」


もし僕たちが何も利益を与えられなかった場合。

家臣とかだったら僕らの能力、おまけに雇った主の能力が疑われてしまうが、ただの客に過ぎないとなれば双方にダメージは少ない。

僕らがごく潰しになってしまったとしても、客を追い出すような真似をすれば家に傷がつくだろうから、その点は穏便に済ましてもらえる可能性が高い。


フィクションなどでよく目にするが、貴族というのは面子を気にするものという。

それに巻き込まれて身動きが取れないようなことがないようにしたい。

だから、あくまで客という立場をとりたい。


そんな僕の考えてることが、たぶん周には分かっている。

その上で、即興で聞こえが良くなるように言い換えている。

ものは言いようであるが、よくもまぁスラスラと耳心地のよい言葉が即座に出てくるものだ。

本当に頼りになる男である。


「あなた方は、本当に…」

マリオン様は何か感動した様子だ。


「リオン殿は、言葉の端から、私が皆様を"配下として"迎え入れたいと思ったのを見抜いたのでしょう。

 そして、それについての思慮が足りてないことを見抜かれた。

 やはり、リオン殿は凄いです!」


すいません、単に自己保身に走っただけです。それを周にフォローしてもらっただけです。


「さすがはクリエイターを名乗ることはあります」

「それについては、この世界の言葉との齟齬があったことをご説明した通りです」


この世界は創造主<<クリエイター>>によって造られた、とされているらしい。

いわば、神様みたいな存在。

周が僕のことをゲームクリエイターだと言った時、マリオン様は物凄い勢いで平伏した。

僕はうっかり神様扱いされかけたのである。


神様の振りしてこの家に居座る、なんて真似はさすがに出来ない。僕にそんな度胸はない。

僕たちの世界では、クリエイターとは物を作る人のこと。

ゲームクリエイターとは、勝負や遊び、娯楽を考え作る人であると説明して、ようやく落ち着きを取り戻させたのである。


「改めて皆様を、我がソニックス家の客人として迎え入れたいと思います。

 クラウディスもいいね?」

「…承知しました。マリオン様のお考えに従いましょう」


ふぅ、ようやくクラウディスさんの目が弱まった。

僕は単に、この執事さんにずっと睨まれ続けるのが嫌だっただけだ。

家のために僕らを迎えるというマリオン様の博打、それを当人から聞いたことで多少は納得してもらえたのでしょう。


「他の皆さんは大丈夫でしょうか?

アイ殿、でしたか。あなたはどうでしょうか?」


マリオン様が藍に目を向ける。

藍も僕と同じように、マリオン様の提案にすぐには乗らなかった。

彼女も何か嫌な予感を感じてたはずだ。


「ん……たぶん、大丈夫」

「もし不審に思っている点がありましたら、遠慮なく申してください」

「…私達が"手を出される"可能性を考えてた」

「あーそっか、そういうのも確認しないとな…」


彼女は僕と違う点を心配していたようだ。そこはやっぱり女子だと思う。

女性は弱い立場になることが多いというのは、地球の歴史が証明している。

この世界の男女の関係がまだ分からない以上、保護してもらったことを盾に関係を迫られる可能性を危惧していたようだ。

なんせこっちにはいい歳の独身女性が3人もいるのである。


「でも、大丈夫そう。マリオン様、誠実そうだと思った」

「にゃはは、まー大丈夫でしょ!なんかあったら沙紀ちゃんがぶっ飛ばしちゃうだろうし」

「ウチはそこまで暴力的じゃない。でも、何かあったら遠慮なくやるから」

「…貴族として、女性に不快なことをさせないようにすると誓いましょう」


少なくとも、マリオン様は女をモノ扱いするような下衆ではない。

それが分かったので、藍も納得したようだ。

奈美と沙紀さんはもともとマリオン様を信じる気になってたし。

てか奈美、沙紀さんを煽らないで。

貴族様ぶん殴ったりしたらそれこそ大変だから。

やるってなんだ、殺るじゃないだろうな。


「ふぃー…焦ったぜ。お前ら、もう少し世渡り上手になれよ…」

「…すまない」

「グッジョブ、周」


周がこっそりと耳打ちする。

穏便に話が付きそうなところを僕らがひっくり返しかけたのだ。

うまく口を合わせてくれたこの男には感謝しかない。


「それでは改めて。ようこそ、ソニックス家へ」

「お世話になります」


周が代表して答え、一斉に礼をした。

これからしばらくはこの家で、自分たちに出来ることを探すことになる。

僕らの異世界生活が幕を開けるのだ。


館に戻る途中、マリオン様が近づいてきた。


「リオン殿。あなたとは、何か不思議な縁を感じます。

 なんというか、他人のような気がしないのです。名前も似ていますし」

「リオンというのはあだ名なんですけどね。本名は理音コトネといいます」

「なんと、そうでしたか。では、コトネ殿と…」

「いえ、親しい者にはリオンと呼ばせていますので、ぜひそのままで呼んでいただけると」

「分かりました。これから、よろしくお願いいたします」


マリオン様が差し出した手を握り、握手を交わした。

なんとなく、長い付き合いになるんだろうな、と予感を感じながら。




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