娯楽は異世界を救う?

田戸崎 エミリオ

序章:はじまりのじゃんけん

Part1:はじまりのじゃんけん

異世界転移。

突如見知らぬ世界に飛ばされ、地球での知識や経験をもとにしてその地で活躍していく物語。

主にネット小説を中心に、若者に人気の物語のジャンルである。

ん、流行ってるのは異世界転生モノだっけか?

一回死んで異世界で新たな人生を~ってヤツ。


最近世の中息苦しいもんねー。

就職難だ~働き方改革だ~とかねー。

潜在的に自殺願望あるのが蔓延してるのかもしれんね。

まぁ、どっちが流行ってるのかはこの際置いといて。

重要なのは、とりあえず僕らが体験したのは異世界転移っぽいということだ。


ああそうだ。どうやら僕らは流行の異世界転移物語、その主人公に選ばれてしまったらしい。

どういうわけかは知らないが、僕らもまた、どこぞのファンタジー世界へと飛ばされたようなのだ。

剣と魔法が戦の華で、エルフとか獣人とかいて、まだまだ文明が未発達で。

そんな世界に、20代の男女5人で、いきなり飛ばされてしまいました。


本当なら転移直後にどんな事態が起きたのかとか、共に転移したメンバーはどうだとか色々語るべき事はあるんだろうが、ちょっと待ってほしい。

今はまず、目の前の問題をどうにかしなくてはいけないらしい。


「き、君たち、いい加減にしないかね……」


僕らが通された豪華な執務室の中で、領主の若さまらしい青年がおろおろとしている。金髪で整った顔立ちで、いかにも貴族の若様といった感じだが、残念ながら威厳らしいものは感じられない。


「若は引っ込んでてもらいやしょうか、今日という日はこの森モヤシをぶちのめさにゃ気がすまねぇ!」

「なんと野蛮な…これだから山チビは単細胞でいけませんねぇ」


貴族の若さまが相手をしているのは、2人のファンタジーな住人だ。このお屋敷の使用人なのかもしれない。

片方は身長が低く、筋肉質な身体、髭が立派な男だ。僕らの世界で言うところの、ドワーフっぽい感じだ。

もう一方はこれまた綺麗な顔立ちで金髪と長い耳を持つ、いかにもエルフって感じの男。

なんかのゲームではエルフとドワーフは仲が悪いって設定があった気がするなぁ。


ドワーフの方はハンマーを、エルフの方は杖を構えており、既に一触即発状態。

杖とエルフのセットということは、やっぱりこの世界にも魔法があるのだろうか?


「き、君たち…さすがにこの場で戦闘を起こすのは看過できないよー…」


若様、止めるならちゃんと止めてくれませんかね?

そんな弱々しい感じじゃ誰も止まりませんよ?

もしもこの狭い執務室の中で、派手な爆裂魔法とか壁ぶっ壊す剛腕とか振るわれるファンタジーバトルが展開されたら、ただの日本人たる我々にはなす術がない。

割とマジで命の危機だ。


そんなドワーフ&エルフの2人の前には、パウンドケーキが一欠けら。


「「この菓子の最後の一欠けらは俺(私)がもらう!!」」


険悪極まりない2人は、実にくだらないことでバトルをおっぱじめようとしていた。

バトル開始の緊張感とは裏腹に、ごくごく庶民的な紛争理由。

それゆえに、思わずつぶやいてしまったのだ。



「普通はこういうのって、じゃんけんで決めるもんじゃないのかな」



その何気ない一言が、たぶんすべての始まりだったんだと思う。



◆◆◆◆◆



「じゃんけん?」


貴族の若様が首をかしげる。

一触即発だった2人も、急に闘気を静めてこちらを見た。

3人とも、何を言っているんだ、という表情。


あれ、この世界にはひょっとしてじゃんけんが存在しないのだろうか。

でも、ここは僕らがいたのとは違う世界。

じゃんけんという名前じゃないだけで、似たような遊びはあるかもしれない。


「あれ、知りませんか?こういう遊び。周、ちょっと」


こういう時は実践して見せるのが一番だ。

僕は隣にいた、同じく日本からやってきた仲間の男、シュウに声を掛ける。

なんだかんだで付き合いの長い男だ、意図を察してくれた周はすぐさま拳を握り構える。

僕の方も拳を握って、この状況に飲まれまいと、気合を入れて叫んだ。


「「最初はグー、じゃんけんぽん!!」」


「…おし、勝った!」


負けた。

僕がチョキ、周がグー。まごうことなき完敗である。

どうも僕は、この手の運が絡むゲームの勝率は良くない。

まぁ、それはさておき。


「って感じのゲームです。

合図と同時にグー・チョキ・パーのいずれかを出して勝敗を決します。

グーが石、チョキが鋏、パーが紙を表現します。

グーとチョキなら、石は鋏で切れないのでグーの勝ち。

チョキとパーなら、鋏は紙を切ってしまうのでチョキの勝ち。

パーとグーなら、紙は石を包んでしまうのでパーの勝ち。

三竦みの関係を手で表現したゲームなんですが、ご存じないですか?」


両手でジェスチャーを加えながら、僕は若様に説明する。

日本なら誰でも知ってることだけど、改めて説明してみると、本当に簡単に遊べるゲームだよね。


「…いや、見たことも聞いたこともないかな」


しかし、意外にも若様の方はまったく知らないようだ。


そういえば、地球の歴史的に見ると意外と新しい部類に入るんだっけ、じゃんけんって。

今のグー・チョキ・パーの形で広まったのは19世紀に入ってからだ。

起源の話になるともう少し古いけど、確か江戸時代の拳遊びだったと思う。(諸説アリ)

この世界の技術水準がどのくらいかはまだ分からないけど、少なくともじゃんけんが広まっていない世界なのは違いない。


「おや?そんな子供だましみたいな手で決着がつくのですか?」

「んだよ、相手をぶちのめせねぇじゃ意味ねぇじゃねぇか」


様子を見てた2人が馬鹿にした様子で睨んでくる。


だが、僕としてはその批判には全力で対抗したい。

無闇やたらと武器や魔法を振り回す方がナンセンスだ。

このゲームがどれだけ凄いか分からない者には、全力で教え込んでやりましょうか。


「むっ……確かに子供でも遊べる簡単な遊びではあります。

しかし、僕らの国ではこれは最高のゲームと称されているのですよ」

「その、さっきから言っている、ゲームというのは?」

「勝負、という意味です」


若様が遠慮がちに聞いてきたので咄嗟に答えた。危ない危ない。

どうやらこの世界では「ゲーム」という言葉自体がまだ無いらしい。

正確には、「明確なルールの元で行われる勝負」のことだけど、まあ後で教えればいいだろう。


「このゲームは先ほども教えた通り、三竦みが成立しています。

そのため、どれを出すかをお互いに探り合う心理戦になります。

当たれば勝ち、外れれば負ける。

武術などにも通ずる理念を極限まで簡略化したものなのです」

「むぅ…」

「しかしどこまでいっても結局は読みあい。

読みが外れるのは当然のように起こり得るし、何も考えないまま気分だけで手を決めても勝負が成立します。

最終的には己の運も必要になってくるのです。

言い換えれば、神に愛されでもしないと勝ち続けるのは困難です」

「ふむ…」

「相手の思考を上回り、天命を拳に賭ける…

このゲームは、己のすべてを一瞬の拳に込める勝負なのです!!」


「じゃんけんって、そんな壮大なものだっけ…」

「今は黙ってようぜ…」


仲間たちがひそひそと話してるのが聞こえてるがとりあえず無視。


「実際にこのゲームは、僕らの国では様々な場面で使われてきました。

よくあるのは、子供たちがリーダーを決めるのに使われますね。

実力と運を兼ね備えた者を上に立たせるのは至極もっともなことですから」


実際はみんなリーダーなんてやりたがらないから、負けた人に押し付けるんだけどね。

その辺ははぐらかしておく。


「大掛かりなものだと、巫女の祝福を決めるというのもありますね。

集まった巫女たちがこのじゃんけんで勝負していき、勝ち残った者はその年の祝福を受けるというものです。その巫女は1年間人気者ですよ」


あながち間違っちゃいないと思う。

なんとか48とか、大きなアイドルグループが毎年のようにじゃんけん大会を開いている。

勝ち残れば一気に注目の的。

なんでただのじゃんけん大会があんなに盛り上がるんだろうか。

まぁ、あれだけの人数から勝ち残ったら、確かに神に愛されてると言えなくもないけど。


「大きな出来事だと、領主を決める戦いに使われたことでしょうか。

2人の候補者の支持率が綺麗に分かれてしまい、最終手段としてじゃんけんで決着をつけたのです。

双方同意の上ならば、政の場面でも使われるのです」


これもあながち間違っちゃいない。

日本の地方議会だと投票率が同じ場合、くじ引きとかアミダとかの運ゲームで席を決めるんだけど、じゃんけんで決着をつけた事例が確かに存在する。

熊本だっけか、やったの。


「つまり、じゃんけんとは!

老若男女問わず、すぐに出来る遊びであると同時に!

安全かつ公平で、もっとも偉大な決闘方法でもあるのです!!

これでもただの子供だましというおつもりですか!?」


びしぃっと指を突き付ける。

ほぼ勢いだけのプレゼンだったが、多少は響いてくれただろうか。


「あいつ、ゲームのことになると途端に熱くなるよな…」

「アナログもいけるんだ。デジタル専門だと思ってた」


おい日本の仲間たちよ、ひそひそ話はやめてくれ。ちょっと疎外感。


「実際にやってみれば分かりますよ。

これがどれだけ緊張感のあるゲームなのか」

「ふむ…いいでしょう。そこまで言うなら、やってみようではないですか」

「俺もいいぜ。一発勝負だ、文句はねぇな?」


僕の熱い(?)思いが伝わったのか、じゃんけんをやってくれる気になってくれたらしい。

とりあえずハンマーと杖を脇に置いてくれたので、室内バトルは避けられたようだ。


ドワーフとエルフの2人は、互いに睨みあいながら拳を握る。

お互いが気合を入れているのが分かる。

漫画で例えるなら、ゴゴゴ…って文字が後ろに出てそうだ。

まさに決闘という緊張感。

自分で煽っといてなんだけど、じゃんけんでここまで気合って入れられるもんなんだ。


「…なるほど、1発勝負ってのは、確かに面白れぇかもしれねぇな」

「ふふ、天命は私にありと証明しましょう」


2人が互いにニヤリと笑う。


「では、いきましょうか。最初はグー!」


なんとなく審判になった気で、最初の掛け声を自分が言った。

そして――


「じゃん!!」

「けん!!」

「「ぽん!!!!!」」


物凄く気合の入った掛け声と共に、2人が互いに手を出した。


「…………はて?」

「………これは、どうなるんだ?」


互いに手を出したまま固まった2人。

2人が出したのは、どちらもパーだ。


「…引き分け、ですね。しまった、あいこの説明をしてなかった…」


うっかりしていた。

ルールの説明不足とは、ゲームを作る人間としてあるまじき失態。


同じ手を出した場合は「あいこ」となり、引き分け。

「あいこでしょ!」の掛け声と共にもう1回、となる。


という、不足していたルールを説明しようとした時だった。


「っていうかさ、そのケーキ。

そもそも若様に食べてもらうはずだったんじゃなかったっけ?

毒身は十分したでしょ?」

「「む……」」


根本的問題を指摘してきたのは、同じく日本から来た仲間の奈美ナミだ。

このお菓子を作った張本人でもある。


そもそもの発端は、奈美が持ってきていたパウンドケーキに若様が興味を持ったからだ。

この世界に飛ばされた時に持ってた荷物に入っていたもので、本当なら僕らが食べるはずだったものだ。

で、貴族の若様にいきなり怪しげなお菓子を食べさせるわけにはいかないと、毒身を申し出たのがドワーフ&エルフの2人。

ところが2人は一口食べるや否や、がつがつと食べ始めてしまったのだ。

どうやら予想以上に美味しかったらしく、取り合うように食べ続け、最後の一つになったところで一触即発になったのだ。

若様涙目である。


◆◆◆◆◆



結局、ケーキの最後の欠片は若様が食べることになった。

ドワーフ&エルフのコンビは名残惜しそうにしながらも、若様に謝罪して部屋を出ていった。

僕のじゃんけん講義も無駄になってしまった…かと思ったが。


「しかし、リオン殿…と言いましたか。

あの2人を相手に堂々とした振る舞い…凄いです」

「いえ、割と必死でした。あの場で戦われてたら、僕らには何も出来ませんし」


ケーキを食べ終えた若様からのお言葉に答える。

何にせよ、穏便に片付いてよかった。


「あの2人は何かと反目するので…。

もし今後似たようなことがあれば、じゃんけんで決着をつけるように促してみます」

「そうであれば、教えた僕としても幸いです」


あの後、あいこのルールもきちんと教えておいた。

さっきはちゃんとケリがつかなかったので、もしかしたら今頃勝負してるのかもしれない。


「へへ、さすがはゲームクリエイター。遊びの普及には熱心ってか?」

「まだまだ駆け出し、何もクリエイト出来てない身だよ」


周が茶化してくるが、その呼び名は僕には早いと思っている。

確かに僕はゲームクリエイター。

それも、TVゲームとかスマホで遊べるソーシャルゲームとか、いわゆるデジタルゲームのプランナーとして活動してたけど、まだまだ下っ端。

企画の経験はあるけど、自分でゲーム一つ任されたことなんてない身だ。

大抵の人が思い描く、『ゲームクリエイター』という人種にはまだまだ程遠い身だよ。


「く、クリエイター……?」


しかし、周の言葉に若様の様子が明らかにおかしくなった。

何かに怯えている、いや恐れ……いやもっと、何か畏れている?


「あなた様は、創造主クリエイターなのですかっ!?

これはまた、なんともご無礼をぉっ!!」

「はいぃっ!?」


若様の突然の狼狽と見事な土下座っぷりに、僕はもう慌てるしかありませんでした。



◆◆◆◆◆



異世界フェルナディア。

多種多様な種族が生きるファンタジー世界に、突如飛ばされた日本人5名。


異世界転生とか転移モノというのは、地球にある知識や技術を、まだまだ文明が未発達な地域に持ち込むことによって物語が展開されることがほとんどだ。

その例に漏れず、僕らもまたこの世界で生き延びていくために、地球の色んな知識をお借りすることになりました。

その中で僕、リオンこと理音コトネが職業柄、人より少しだけ持っているのが、ゲームに関する知識。

ゲームとは、勝負という意味の他にもう一つ。

現代ではそのまま、遊びという意味でも通じます。



言い換えれば、僕が持っているのは娯楽に関する知識。



子供の頃からゲームクリエイターになりたいと思っていた僕。

幼い頃、親に語った夢がある。

あまりに子供らしく壮大すぎて、大人になった今思えば、なんでこんなことを思ったのか分からない言葉。


『娯楽の力で世界を変える』


これは、そんな絵空事を実践する羽目になる、僕たちの物語だ。



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