しっぽのはなし

 「……はい、オーケーでーす」

 「お疲れ様でしたー!」

 三人声を揃えてカメラマンに挨拶を返して、小道具の果物をスタッフさんに返す。それで、私達の今日の撮影は終わり。


 「ったくさ、今日のDの顔見た!?マジあり得なくない?」

 「自分の仕事も相手の仕事も考えられないクズ。仕事とはいえ、正直時間の無駄といわざるをえない。」

 二人の愚痴を笑って聞き流して電書でマンガを開く。しかし今日の撮影は久しぶりにひどかった。使う気のなさそうなお色気ショットばかり撮って、あげく時間ギリギリになってようやくまともなポーズをさせるという。あまりにぐだぐだでカメラマンさえも苦笑いを浮かべていた。

 祐未がさらに口を開こうとしたところに、ちょうどマネージャーが入ってきた。

 「あなたたち、もうちょっと声を抑えなさい。」

 「あ、ようちゃん。お疲れ様でーす。あの人×付けといてくださいね」

 ようちゃんと呼ばれすぎてもう諦めたか、呼び方は正さず、マネージャーことようちゃんはため息をついて一応要求をメモしてくれた。

 「仕事が選べるようになったらね」

 「任せて。あと二年もすれば、ようちゃんが良い言い訳できるようになる」

 光莉も追従する。というか、この流れには私も乗っておきたい。

 「ようちゃん、私も×で」

 「あら、美貴さんもなんて珍しい。まあ気持ちはわかるけど」

 「ちょっと、美貴の扱い私と違くない!?」

 「まあ美貴さんは、祐未さんみたいにノリでこういうこと言ったりしないから」

 「つまり、普段の行いの差、ってやつだね」

 「うぐー。私たちの中で一番小さいくせに」

 う。それはちょっと刺さる。けどすぐに光莉がフォローしてくれた。

 「まあ小さいって言っても祐未と2cm差。誤差に近い数字だろう。それより私としても、今後祐未のソレが表に出ないかの方がちょっと心配。テレビ受け悪そう」

 「うー、くそぅ、みんなして。ぐれてやる」

 「いやぐれたらなおさらじゃん」

 「私が思い通りになると思ったら大間違いだからな!」

 そうして胸を張る祐未。うーん、ツッコミが追いつかない。


 私が中学で転校してから、いろいろあってモデル事務所にお世話になることになった。それでランウェイをいくつか歩いたあと、祐未と光莉とセット売りみたいに扱われることが多くなった。そして、そのおかげかは分からないけど最近はテレビの仕事をもらうことも増えてきたのだった。

 「というか、なんで私たち三人チームみたいになってんの?アイドルじゃないんだぜ?」

 「実際ソロの仕事だいぶ減ったしね。モデルでもこういうことあるんだね」

 「外見の方向性は似てるから、あえてワンセットにすることで違いを強調してるんだろう。同じ方向性なら、同じ雑誌にも取り上げやすいわけだし」

 「外見は、っていうのが気になる……けどまあいいか。私的には名前が売れればそれでよし!」

 「それは同意する。それに、少なくとも意に反するほどのことではない」

 祐未はちやほやされるため、光莉はお金のためにモデルになったんだっけ。そこが大丈夫なら、断る理由がないというわけかな。

 「美貴は?」

 「え?」

 「美貴は、どう?私たちと組んで名前を売りたい?」

 祐未が変わった顔をしながら訊ねてくるので、思わず笑ってしまった。

 「ちょっと、いちおー真剣に聞いてんだけど」

 「ごめんごめん。でも私も一緒だよ。それに、二人にはクッション役が必要でしょ」

 「確かに、祐未は『当たり屋』だから」

 楽屋でのあだ名を光莉に言われてむっとする祐未。

 「まー確かに?『氷刃』の光莉さんには?鞘がないと触るものみな傷つけてしまいますし?」

 今度は光莉のあだ名。その名の通り光莉は無愛想なまま鼻を鳴らす。

 「ちょ、ちょっと。私は二人に、って言ったんだけど」

 「つまり美貴も私と同じように考えていたと」

 なるほど。そういう考え方もできるか。それで祐未のターゲットになったところで、ちょうど控え室のドアが開いた。

 「ようちゃん、ナイスタイミング!」

 「え、な、なに?」

 部屋に入るなり私に盾にされたようちゃんは持っていた書類を落としてしまった。まあ、そういう日もあるよね。


 ようちゃんの持ってきた仕事はバラエティー番組だった。バラエティーは求められることが決まってるから、ある意味気が楽だ。

 今回は……自室を覗かれるやつか。まあ見られて困るようなものは特にない。というか、まだ実家暮らしだし。

 「――なんですが、今回美貴さんのVは撮りません。祐未さんと光莉さんの二人の部屋を、美貴さんに撮ってもらいます」

 「え、なんで?」

 思わず素の声が出た。

 「なに、美貴ってそんな撮られたがりだった?まあモデルだから当然っちゃ当然だけど」

 「いや別にないならないでいいんだけど。単にどうしてかなと」

 「美貴さんはご両親の許可が下りませんでした。ご実家住まいですし、いろいろと気にされているんでしょう」

 「あー、逆にね。確かに私も光莉も一人暮らしだから、見られて困るものは自己管理できるけど」

 「つまり祐未は見られて困るものがあると」

 「仕事の書類とかね!このむっつりが!」

 むっつりと言われて鼻で笑い飛ばす光莉。でも、否定はしないんだよなぁ。


 「そういうわけで、光莉の家の前でーす」

 光莉の住む部屋の前で、ハンディカメラを自分の方に向けて挨拶をする。まあ自撮りはたしなみ程度にはしてるけど、こういうタイプのカメラは初めてだからちょっと緊張する。

 「ほら、早くピンポン押して」

 ひょっこりと私の肩の辺りから祐未が顔を出す。

 「……えっと、どうして祐未がここにいるんだっけ?」

 もちろんこの下りはさっきやったけど、まあもう一度やった方が混乱しないだろう。

 「そりゃ、光莉の家なら私がいないと始まらないっしょ」

 ……やらない方が混乱しなかったかもしれないな。ひとまず呼び鈴を鳴らしてカメラをドアに向けると、すぐに光莉が顔を出した。

 「いらっしゃい……なぜ祐未が?」

 「その下りはさっきやったー」

 「えー、そんな仲良し三人組でお送りしまーす」

 「「いや仲良くはない」」

 そこがきれいにハモるのはお約束だな。


 そんなこんなで祐未と一緒に光莉の部屋に招き入れられ、衣装部屋とか冷蔵庫の中身の話とか自炊の話とか、まあありがちなツッコミ所にひととおり触れていく。

 「それで、ここが本棚。……あれ?」

 「なになに、やっぱりエロ――あー、それか」

 光莉の本棚には、小説とマンガが半々くらいに入っていた。小説は話題になったのや映画の原作がちらほらといった感じ、マンガは王道系やちょっと変わった青年誌のものかな。

 「さすがにそれは隠せなかったか」

 「別に隠すものでもないでしょう」

 なんてことないという風の光莉。まあ確かにちょっと変化球だけど、イメージを崩すほどではないだろう。むしろ好感に繋がることもあるし、バラエティー的にはちょうどいい加減の、意外で「おいしい」ネタ、かな。

 「でも光莉はもっと、なんというか、ビジネス書とか読んでるイメージだったかな」

 「そういうのは電子で読む。かさばるし」

 「あー、そういう感じか。マンガは確かに見開きとかスマホじゃ見づらいし」

 分かる話だ。頷いていると祐未が不思議そうな顔になった。

 「でも美貴はスマホで結構マンガ読んでるよね」

 「あれは……雑誌で、気に入ったのは私も物理で買ってるから」

 「たとえば?」

 たとえば、と言われてはじめに思い浮かんだのは二人の顔だった。

 中学一年の頃、引っ越すまで一緒にマンガを作った二人。その時のマンガで小さいながらも賞を取って、そのままデビューした二人。それからも連載が終わったりしながらも今までプロの世界で頑張っている二人。

 その二人を宣伝するため、私はここまでやってきた。ある意味祐未と同じ理由。でも、私の方がある意味不純だ。

 今の私が好きな漫画家として挙げれば、自分で言うのもなんだけど認知度はかなり上がる。でも今はその認知をファンに変えられる力を持った代表作がない。この前始まった新連載は悪くなさそうだけど、単行本が出ないと私のファン層には届かない。

 私は開けたままになっていた口を一旦閉じて、無難どころのマンガと、ちょっとマニアックながら実力派のマンガをそれぞれいくつか挙げた。

 光莉は多少食いついたけど、祐未はすぐに興味を失ったようだ。まあ祐未はそうだろうよ。


 そのまま遊ぶらしい祐未と光莉を置いて、毎月読んでる雑誌を見ながら家に帰ると、母親が無言で手紙を渡してきた。

 「ファンレター……な訳ないか。事務所に届くはずだし」

 「よく知ってる子だと思うよ」

 送り主の名前を見て、ひったくるように手紙を受け取ってそのまま自室に急ぐ。

 送り主は、亜紀と優希だ!


 はやる心臓を押さえながら、ドキドキしながら封筒を眺める。ファンレター送ってるからそこからその住所に送ったんだろう。連名って、まさか一緒に住んでるとか?まあ仕事考えると効率的か。あでも家から意外と近い。三十分くらいかな。

 さて、そろそろ開けるか。封筒の底をとんとんと叩いて、上の端をつまむ。あーだめだ。まだ心臓がばくばく言ってる。さすがに今更恨み言書いてはないと思うけど、だからこそ何が書かれているかまったく予想できない。

 よし。覚悟を決めよう。ぴりぴりと封筒を破いて、中の手紙を取り出す。中身は……思ってたより短いな。

 ……うん。うん。

 「美貴、ご飯だって何度も……なにあんたそんなにやにやして」

 ドアを開けるなり母親がにやにやこちらを見てくる。それで途端に顔が熱くなる。

 「に、にやにやなんてしてない!ほら、ご飯なんでしょ」

 こういうの親に見られるとやっぱり恥ずかしい。こっちを見られないように背中を押して食卓に向かう。


 よし、返事を送ろう。その為には、今回の新連載をはやく読まないとな。

 それでこそ、また会ったときに話ができるっていうものだ。

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つばめのしっぽ はづきてる @GlntAugly

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