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つばめのしっぽは忘れない

からだとはねとのあの日々を

からだとはねは忘れない

つばめのしっぽとのあの日を


夕焼けの照らす

教室に、いつものように三人が座っている。亜紀は窓の方を向いて夕焼けを見ている。優希は机に向かって絵を描いている。そして美貴はそんな二人を見守っている。ただいつもと少し違うところは、優希が向かっているのはスケッチブックでなく原稿用紙で、何処となく焦っていることだろう。

 「あー、もう、線が決まらない」

 「大変そうだねー」

 「亜紀ー」

 「すがるような声出すな。私が不器用なこと知ってんでしょ。逆に邪魔になっちゃうし」

 「あ、私、なんか手伝うことある?簡単なことなら手伝うよ」

 優希は「ありがとう」と言ってホワイトと修正個所をチェックした用紙を何枚か渡した。

 「基本的にはみ出たところを消すだけでいいわ。細かいところは私がやるから、置いといて」

そうして優希と美貴は黙って作業を始めた。何となく二人を見ていた亜紀は、だんだん収まりがつかなくなってきたのか貧乏ゆすりを始めた。

 「亜紀、やめて。気が散る」

 「だってー。私も何か手伝う」

 「自分でやらないっていったんじゃないの。……これ、全体に消しゴムかけて」

 顔を上げずに出来上がった原稿を亜紀に渡す。仕事を貰った亜紀は勇んで机に向かって作業を始めた。そう時間がたたないうちに、くしゃりと音がした。

 「あ……」

 思わず顔を上げる美貴。一方優希は顔を上げないまま、

 「多少破れたくらいであればなんとでもできるわ。そのまま置いておいて」

 「破ってない!……ちょっと紙がよれただけ」

 「そう。それだけなら、のばしてもう一回、ゆっくり、掛け直して」

 言われた通りにくしゃくしゃになった紙を伸ばしてもう一度消しゴムをかける。もうしわをつけないように、丁寧に。

 そうしてしばらくして、亜紀の仕事が終わり、美貴も自分の前の原稿がなくなった。あとは優希が仕上げるのを待つだけである。

 「今日中に終わりそう……なのかな」

 「どうだろ。なんにしても、もう私たちが手伝えることはない感じだ」

 1人原稿に向かい淡々と仕上げを行う優希。普段は見せない鬼気迫った雰囲気に亜紀と美貴は自然と口数が減り、静かに優希を見守るようになる。そして、優希がペンを置いた。

 「……終わった」

 優希が椅子に自分の体を預け、完全に脱力する。美貴が亜紀の顔を見て、亜紀がそれに合わせた。

 「と、いうことは……」

 「つまり」

 「完成よ」

 亜紀と美貴が喜びの声を上げた。それにこたえるように優希が力なく左手を上げた。


 帰り道、並んで変える三人の背中に夕日がさして、目の前には自分たちの影が長く伸びていた。

 「いやーそれにしても間に合って本当によかったー。ほんっとにおもしろかったからなんか賞とかに出したらいいんじゃない?」

 「それはさすがに大げさでしょう」

 「いや、ほとんど読んでただけだった私が言うんだから間違いない。きっといいとこ行くと思うよ」

 「でも間に合うって?夏休みまででもまだ二週間くらいあるでしょ」

 「あー、まあそうなんだけど……実は、言わなきゃなーっと思ってたことがあって。」

 少し飛び出して振り返った美貴に対して、何ごとかと二人が立ち止まる。

 「急なんだけど、転校することになって」

 愛想笑いを浮かべながら告げる美貴を夕日が照らす。詳しいいきさつを聞くとも聞かず、亜紀はただ、その黄金色に輝く顔を見上げていた。

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