第10話 死と新生
その選択はやろうと思えばいつでも可能だった。ただしそれはどちらか一方が死ぬことを意味している。
戦場にいた頃は常に死を覚悟していた。だけど死に対する恐怖を克服できていたわけではない。
私だって死ぬのは怖い。戦場を離れた生活に慣れていくにつれてその恐怖は昔よりも増していた。
平和ボケと言うほど平和に浸っていたわけではないけれど、アセンブルによって特殊な身体能力を得たことで誰かに殺されることはないだろうと驕っていた部分はあった。
――それがまさかあんな素人にやられるだなんて。
これは私の責任だ。でも、ただで消えるなんてことはしない。
最後まであがかせてもらう――
たとえそれが“あの子”の負担になる行為だったとしても……
……………………
…………
そこは真っ暗な空間に、一箇所だけライトで照らしたようになっている部分があった。
そこにはこちらに背中を向けて座って一所懸命に絵を書いている女の子がいた。
後ろから覗き込むと、画用紙には2人の女の子と丸っこい生物――おそらくパンダ――が一匹。
それは、はじめて西園寺さんに絡まれたときに描いていた絵。それに色を塗っていた。
なんだかそれが微笑ましく思えて……
私はそれが完成するまで見守り続けた。
「できたー!」
誰に言うでもなく絵を高々と掲げる。
絵の具が輪郭からはみ出ている箇所が多数あるが、それが彼女なりの精一杯。
少なくとも彼女がそれで納得しているならそれでいい。
気づけば、あたりには多種多様なな絵が何枚も散らばっていた。それらの絵にはどことなく記憶にあって、これまで彼女が見てきたものだという事に気づく。
彼女に直接コンタクトを取るのは今回が初めて。その間彼女はこの物寂しい場所でずっと絵を描き続けて時間を潰していたに違いない。
そう思うと、ちょっと残酷な気もした。
――でも、それも今日で終わり……
「真理絵……」
私は彼女の名を呼んだ。
「うぅん?」
彼女は振り返り、私を見て、
「おねえさんだ~れ?」
――お姉さん……? そっか……
ここは精神世界。もしかしたら、彼女には本来の成長した姿の私が見えているのかも知れない。
それを確かめる術はないから、そういうことにしておこう……
「私は……マリーよ」
義父に保護され犬塚真理絵という名をもらうまで、私はずっとそう呼ばれていた。
「まりちゃん!? あたしとにてるなまえー」
無邪気な笑顔でまりちゃん、まりちゃんと連呼する。
まりじゃなくてマリーなんだけど訂正はしなかった。これからやろうとしていることを考えれば名前なんて些細な問題だ。
「真理絵よく聞いて。今から私はあなたになる」
「ほにゃ……?」
小首をかしげる。
「理解しなくていい。ただ黙って聞いてほしいの」
私の真摯な態度が伝わったのか、真理絵は何も言わずただじっとしていた。
これからやるのは人格の融合――
分裂した人格をひとつにする。
西園寺さんから受けた傷が致命傷になって私の人格はもう長くは持ちそうにない。持たないのは私の人格だけ。肉体の方は問題ない。
今の私には未練がある。だから、消える前に彼女に託しておきたいことがあった。
これまで真理絵は私の副人格として生きてきたから、事情を何も飲み込めていないはず。でも、やりようはある。私が消える前に私の記憶をそちらに融合させる。
何かが起きるという保証はない―― 何も起きないかも知れない――
――でも……どうせ消えるならやらないよりマシでしょう?
できれば、わたしのすべての記憶をあなたが引き継ぐことを祈っているわ。
「消えちゃうの?」
「ええ。そうよ……」
「また会える?」
「無理ね」
「さみしいねー」
「お兄さん好きでしょ? ねねちゃんも」
「うん」
「だったら、これからはあなたが2人を守るの。命ある限り……ね」
しゃがんでいた彼女の手を取って立たせる。そして、彼女の体をきつく抱きしめた。
――ああ、そうだ……弟にサヨナラを言うの忘れてたわ……
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