第6話 束縛と自由 後編

 目を覚ますとワタクシは自分のお部屋のベッドで寝ていました。


 部屋のテーブルの上にはメモ書きがあり、そこにはこんな事が書かれていました。


『突然倒れたから家まで運ばせてもらったよ。家の場所はキミの所持品を勝手に調べさせてもらった。レディの持ち物を勝手に漁るのは気が引けたが、急を要したので勘弁してくれるとありがたい。それと、ボクの連絡先を記しておく。あと、キミのお父さんはずいぶんとユニークな方だね』


 どうやら結さんが気を失ってしまったワタクシを家に運んでくれたようです。


「ユニーク? お父様が……? ――なるほど」


 結さんとお父様の間に何があったのかなんとなくわかってしまいました。


 きっと、お父様は結さんのことを男と勘違いしたのでしょう。それでひどく詰め寄られた。その一連の出来事を結さんは『ユニーク』と称したのでしょう。


 心のなかで深くため息を付きました。


 ――お金と一緒に心の余裕までも失われて……


「失礼なお父様……」


 ワタクシは、メモ書きにあった連絡先に電話して、助けてくださったお礼とお父様の無礼を謝罪したのでした。


 …………


 あの日以来、ワタクシは定期的に結さんと遊ぶようになりました。それがいわゆるワタクシなりのレールから外れる行為。しかし、ある時ワタクシは、それが間違いだったと気づいたのです。


 一度レールから外れることを知ってしまうと、とたんに学校や家での生活が億劫になるようになっていました。以前のように、友人に囲まれ、温かい家族に包まれていればそうは思わなかったのかも知れませんが、今のワタクシは孤独すぎました。


 ふと気づけば、ワタクシは結さんと過ごす楽しい時間に思いを馳せるようになっていたのです。


 そんな中で、孤独になったワタクシに時折り声かけてくださったのは猪口さんだけでした。彼女がどういう人間なのかはよく理解しているつもりです。きっと、真にワタクシのことを慮っての行動でしたのでしょう。


 ですがそれすらも今のワタクシにとっては無味簡素なものでしかありませんでした。


 …………


「やぁ!」


 結さんとの幾度目かの逢瀬で、ワタクシは彼女の家にやってきました。


 場所は郊外にあるアパート。ひどく年季が入っていて、女性がひとりで住むような場所には適していないような気がしました。


 ――ええ。もちろんそれが偏見だということはわかっていますわ。


 世の中にはいろいろな事情を抱えている方がいます。そういった方たちに対する偏見は正していかなくてはいけません。


 そう頭ではわかっていても、今のワタクシにはもう少し時間が必要のようです。


 結さんの部屋はこじんまりとしていて素朴でした。ただ、一方の壁面には何枚ものポスターが貼ってあり、そこだけ嫌に目を引きました。


 化粧をして髪を染めた男性のポスター。歌手だということはわかりますが、ワタクシはそちら方面には疎いので詳細は不明です。


 そもそも、こういった殿方に心を惹かれる女性の気持ちが微塵も理解できません。


「興味あるのかい? だったらCD貸すよ」


「いいえ。結構ですわ」


「そうかい? それは残念だ」


 ほんの少し寂しそうにする結さんを見て慌ててフォローします。


「違いますわ。別に嫌いという意味ではなくて……その……」


 必死に取り繕うとしてもうまい言葉が出てきません。


「はは。無理しなくていいさ。時間はたっぷりとあるから少しづつ理解してもらえればいいさ」


 そう言って結さんは片目をつぶってみせるのでした。


 その後結さんの家で食事を御馳走になりながら、彼女の好きなヴィジュアルとか言うバンドの話に耳を傾けていました。


 正直よくわかりませんでしたが、話をする結さんのコロコロとかわる表情はとても自由で、それを羨ましいと感じているワタクシがいました。


 ――誰にも何にも縛られずに生きるとは、こういうことなのかも知れませんわね。


「最近は以前よりましになってきたけどまだまだって感じだね」


「え……なんですの? 急に……」


「キミは未だどこか上の空な時がある。以前悩みを聞いてあげたがそれだけで本調子とはいかなかったようだね」


「そう……ですわね……」


 否定はしません。


 以前ほどではありませんが、今でもときどき創造さんのことを思い出して枕を濡らすこともありますし、何よりも問題なのは家族のことです。


 日に日に景気が落ち込んでいるのはワタクシにもわかります。このままではきっと会社は潰れてしまうでしょう。


「ふむ……。ボクも魔法使いではないからね、死んだ人間を蘇らせるってのはできないが。家族の問題を解決する方法を思いつかないわけじゃない」


「え……? それって……なにか策があるんですの?」


 すると、結さんは自信満々に指を立てて「ある!」と明言したのです。


 ――


「キミのお父さんの会社は天地家から多額の投資を受けていた。しかしその家の御曹司が何者かに殺されたことによって投資が打ち切られた。

 天地家は万葉学園に通う生徒の誰かが御曹司を殺したのだと疑っている。しかし学園側は“その誰か”を頑なに公表しようとしない。その結果天地家は万葉学園に子を通わせている親たちの会社への投資をすべて打ち切ってしまった。

 さすがにやりすぎだとは思うけど、天地家も御曹司が亡くなって相当錯乱していたんだろうね。……で、だ。

 要は天地家の誤解が解ければいいって話だろう? だったらキミが犯人ではないということを証明すればいいのさ!」


 両手を広げややオーバーな動作で得意満面になる結さん。


 ですが……実はワタクシはすでにその考えに至っていました。しかし、ないものをないと証明することはできません。いわゆる悪魔の証明というやつですわ。


 ワタクシがそう説明すると、結さんは立てた人差し指を口元で左右に動かします。


「チッチッチ……発想が逆だよ。――いいかい? !」


「え……そんなこと、できるん……ですの?」


「できる! もちろんキミひとりでは無理だろうからね、ボクも協力するよ」


「でも、どうすればいいかわかりませんわ」


「まずは聞き込みだね。学園の生徒にアリバイをや目撃情報を聞いて回る」


 それを聞いてワタクシは絶望しました。


「無理ですわ。クラス内のワタクシのヒエラルキーは今や最下層。誰もワタクシを相手になどしませんわ」


「なんと!? 天下の万葉学園にまでカースト制度があるとは。はぁ……紳士淑女が聞いて呆れるね」


 お手上げのポーズでやれやれと首を振る結さん。


 結さんの指摘は間違っていますわ。


 天下の万葉学園だからこそ階級が重要視されるんです。お金がそのままステータスに直結するのですから当然ですわね。


「でも大丈夫じゃないかい? それはキミのクラス内での話だろう? 事件が起きたのは3年生の教室だって話じゃないか。つまり聞き出す相手は上級生。キミの身分など関係ない」


「それはたしかにそうかも知れませんが……」


 万葉学園には学年を超えた交流がほとんど存在しません。別の意味で邪険にされそうな気もします。


「そこはキミのガッツ次第さ。それにキミのように投資を打ち切られた生徒だっているんだろ? その中にはキミに協力してくれる人もいるかも知れない」


「そうですわね」


 何もしなければこのまま衰退していくのを待つばかり。ならばダメ元でやってみるのもありですわ。


「というわけで。これ……」


「ありがとうございます」


 結さんがワタクシに差し出したのは例の錠菓。


 こうして結さんとともに遊ぶときはこれをもらうのがお約束となっていました。


 錠菓を受け取り。噛み砕いて嚥下します。


 鼻を抜けるようなスーッとした清涼感。


 ふわふわと体が浮くような感覚に身を委ねるようにして……


「このお菓子……やめられませんわ……」


 ワタクシは意識を失うようにして眠りにつくのです。


 …………


 結さんと約束した次の日から早速行動を開始いたしました。


 3年生の教室に行くことはとても緊張しましたが、もう後がないのですからねと自分を追い込み奮い立たせました。


 すると自然に先輩方に話を振ったり、これまでほとんどやったと事ない誰かに頭を下げるという行為も自然とできるようになっていました。


 事件が起きたのはおよそ3ヶ月前。その時のことを覚えている人が果たしてどのくらいいるのかという不安もありましたが。それは杞憂に終わりました。


 その時のことはやはり強く印象に残っていたらしく……とにかく慇懃に、とにかく下手にを心掛けることで先輩方はいろいろな話をワタクシに聞かせてくださいました。また、こちらの事情を説明すると「それなら……」と協力的な態度を取ってくれる方もいました。


 結さんの言ったとおり、天地家の行動に頭を悩ませている方はたしかにいたのです。


 そうやって得た情報を結さんのところに持って行き、2人で考察します。


 まるで探偵になったような気分でした。


 時間を駆け、ゆっくりと慎重に考察を伸ばしていき、犯人に目星をつけていったのです。


 ……………………


 …………


「なるほど……天地家の御曹司が亡くなったとき教室の窓ガラスが割れていたと……」


「ええ。何人かの上級生が証言していたんですの」


「御曹司とケンカをしていた相手ってのが犯人じゃないのかい?」


「ワタクシもそう思ったのですが。現場を見ていた生徒の話ですと創造さんのほうが勝っていたらしいんですの」


 あの優しさの塊のような創造さんが喧嘩をしたという話だけでも信じられないのに、先輩に勝っていたというのがまた驚きでした。


 実は、ワタクシは創造さんが亡くなる前に彼と2人で話をしていました。その時の彼はひどく思いつめたような顔をしていたのを覚えています。


 ワタクシがもっとしっかりしていれば。創造さんの悩みを聞いていれば――悔やんでも悔やみきれません。


「今は悲嘆にくれている場合ではないよ。真犯人を見つけることは彼に対する供養にもなるんだ」


「そうですわね」


 泣きそうになっていた目をこすり。再び考察に臨みます。


「この、額から血を流していたという証言が事実なら。ある考察が立てられるね」


「そうなんですの?」


「ああ。もしかすると御曹司は窓の外から狙撃されたのかも知れない」


「狙撃……ですって!? 御冗談を!! 銃だなんて――ありえませんわ!!」


「冗談なんかじゃないさ。……にしてもキナ臭くなってきたじゃないか」


 結さんは考察を深めるようにして左手の親指で下唇を撫でました。


「ちなみにその教室の窓の外にある高い建物はわかるかい?」


「ええ、もちろんですわ」


 割れた窓は西向き、その先には……


「部活棟がありますわ」


「そうか……ならそれでほぼ決まりだろう」


 にわかには信じられませんでした。


 当然ですよね。この平和な国で銃を使った事件が起きるだなんて、それが身近に起きるだなんて誰が想像できますの?


 しかも学園側はその事に触れず警察も出動しない……そんな事があっていいはずないのです。


「にしても、頭を使ったらお腹が空いたな。――よし、何か食べるものを買ってくるからちょっと待っててくれないかい?」


「え? ええ……構いませんわ」


 ワタクシが了承すると結さんは財布を手に気ままにでかけて行ってしまいました。


「相変わらずの自由っぷりですわ」


 先程までは真剣に話をしていたというのに、切り替えの速さはまさに彼女らしいといえます。


 部屋にひとり。手持ち無沙汰になったワタクシは適当に視線を彷徨わせ――


「あら……?」


 壁に貼ってある1枚のポスターの角が剥がれそうになっているのが目に留まりました。


 他にすることなどないので、直して差し上げようとそこに近づいて……


「なんですの……これは……」


 


「写真ですわね」


 ポスターの剥がれ掛かっている部分に見えるのは3枚の写真。そこには見たことない女性が映っていました。


 栗色のゆるふわな髪のバストの豊かな女性。


 そして……ポスターが剥がれていない部分からは更に数枚の写真と思われる物の一部が顔を出しています。


「…………」


 壁からそっと距離を取り――嫌な想像が頭をよぎります。


 ――まさか……このすべてのポスターの裏には写真が隠れているんですの?


 もしそうだとするならば、それはかなりの枚数が隠れていることになります。


 ――おかしいですわ……あり得ませんわ……


「それではまるで――」


 ……ストーカーですわ!!


 その言葉はあえて口にしませんでした。


 結さんがストーカーなどとは考えたくはなかったからです。


 それに、女性が女性に対してそういった行為をするなど聞いたことありませんし……


「そうですわ。まだそうと決まったわけではありませんわ」


 それを実際に確認してみるまでは憶測の範疇をでません。


 ワタクシはゆっくりと剥がれかけたポスターに手を伸ばします。


 ――これを捲って確認してみないことには……


 ゴクリ……と、ワタクシの生唾を飲む音が嫌に大きく聞こえます。


「帰ったよ~」


「ヒイ――ッ!?」


 ワタクシは瞬時に思考を切り替え、ポスターの剥がれていた箇所を壁に押し当て何事もなかったかのように元の場所に座り直しました。


 扉を開けて部屋に入ってきた結さんは手にレジ袋をかかげていました。


「牛丼だけどだいじょ……うぶ? なんか顔色悪くない?」


「いっ――いえ、大丈夫でうわ!」


 焦りのあまり噛んでしまいました。


 その後結さんとともに牛丼を食べたのですが、あまり喉を通らず、また味もほとんどわかりませんでした。


 ですが……


 いつものように結さんから例の錠菓をもらうとそんなことはどうでもよくなっていったのです。


 …………


 ――何者かが部活棟の屋上から創造さんを狙撃した――


 この結さんの推理をもとに更に推理を進めていきました。


 あまり信じたくはありませんでしたが、こちらに他の案が浮かばない以上はその線で事件を追うしかありません。


 そこでワタクシは部活棟にいる生徒に聞き込みを行うことにしました。


 そして、ワタクシは一人の人物にたどり着くこととなったのです。


「ビンゴだね」


「結さんもそう思いますか?」 


「普段部活棟を利用しない人間がその日たまたま部活棟で目撃された。しかもその人物が屋上から降りてきたのを見たという情報まである。――確定だよ」


「ですが……」


 もちろん犯人がわかるのは喜ばしい限りですが、普段のあの子の態度を見る限りでは、人殺しができるとは到底思えないのです。


「忘れたのかい? その子はキミ対して『殺す』と言ったんだろ? もはや疑う余地はないよ」


 思い出しました。


 あの時のワタクシを睨む鋭い眼光。


 たしかにあれは人をも殺せそうな、そういう目でした。


「仮にその子が犯人じゃなかったとしても話くらいは聞いてみるべきだね」


 結さんの言うとおりです。


 ワタクシはこの推理をひとつの答えとしました……

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