地球に似た惑星を求めて
「まさか月が宇宙船になっているとは思わなかったな。こんなもの何万年経っても人間には作れやしないだろう」
「今まで宇宙船を開発してきた人類の努力がこれを発見したことで無駄になってしまったな。まぁでもいいタイミングだったよ。あとどのくらい地球の寿命が持つかわからないからな」
「僕たち人間が自然を破壊してきたせいだな。過去に戻ってもっと皆に自然を大切にするように伝えたいよ。今度はどこかでタイムマシンでも見つけるか」
「さすが正義感が強いな、シッダールタ。悟りを開いたお方の名に恥じない心構えだな」
「よせよ、クリス。僕はただ、後悔しているんだ。僕たちだってあの日までは自由気ままに自然や地球のことなんて考えずに生きてきただろう。過去を振り返っても仕方ないだろうけど、でもやっぱり何かできたんじゃないかって思うんだ。
これまで地球を傷つけるだけ傷つけて、再起不能になれば見捨てて次を探す。そういうやり方で本当にいいと思うか。次の星を探しても、ゆくゆくは人間がその星を破壊してまた次に破壊する星を見つけに行くのだろう。気が遠くなるような年月になるだろうけど、このままだと人間が星を破壊し続けていつかは宇宙から星がなくなってしまうんじゃないか。まぁでも人間が住める星は限られているからそれはないだろうけどさ。
地球を大切にしてきていたら、家族を地球に置いてこうやって長期間離れることもなかっただろうに。あとどのくらいで地球に帰れるのかもわからないしな」
「そうだな、息子さんの名前、アトランティスだっけ。あともう少しの辛抱、と信じたいけどな」
ある日目覚めると地球の空が赤色に染まっていた。海水は徐々に減り、次第に枯れ果てた地が増えていった。木々や草木は枯れ、地面はひび割れた。空気は乾燥し、空からは雲が消えた。かろうじて自然が残っている地域が世界各地の狭い範囲にまだあるが、それもいつかは消えてしまうに違いない。世界各国の政治家が京都に集結し、これからのことを話し合った。
「地球から脱出しなければいけない」
それが結論だった。もはや人間の手ではなす術がなかった。いつからかエコなものが流行り出した。「環境に優しい」を売り文句に様々なものが市場に出回った。しかし、それも焼け石に水だった。人間は知っていた。私利私欲のため、そして人間の快適な生活のために自然を苦しめ続けていれば将来必ず地球は破壊されてしまうと。だが、いつの時代もそんなものは自分たちが生きている間には絶対に来ないと思っていた。そう、この日集結した政治家たちもまさか自分たちが生きている間に地球がこのようになってしまうとは夢にも思わなかった。
「だがどうやって脱出するのだ。未だに人間は月にしか足を踏み入れたことがないというのに。しかもそれも遠い昔の話だ。1960年代から1970年代にかけて行われたアポロ計画以来、人間は地球以外の天体に行ったことがない」
「実はな・・・。公表されていないが、その時の記録が残っている。月の中には何やら大きな宇宙船のような物体が眠っていると。そして人類はもしかしたら他の惑星からその宇宙船に乗って月に降り、月から地球に降り立ったのではないかと言われている」
「まさか、そんなことあるはずがない!今までの教育はなんだったんだ!」
「君も優秀な政治家ならわかるだろう。教育というものは社会を効率よく回せる人材を育てるためのもの。決して真実を教えるものではないということを」
その数週間後、世界中の宇宙開発機構がワシントンD.C.に集結し、宇宙飛行士たちが月に向かう準備を始めた。月面着陸のプロジェクトはアポロ計画以来、人類史上二度目ということになる。仮に人類が月から地球に来たというのであれば、三度目となるが。それがはっきりするまでそう時間はかからなかった。
「まさかこんなことが・・・」
月の表面は石や土で覆われていたが、中には紛れもなく大きな球体の宇宙船が何機も埋もれていた。球体の宇宙船とは他に、ピラミッドも多く埋もれていた。中には人骨や動物の骨のようなものまでもが入っていた。
「世紀の大発見だ!」
「こんな時に何言っているんだ。早く地球に報告しろ」
月に埋もれていた宇宙船を四機だけ自分たちが乗ってきた宇宙船で引いて地球に持ち帰り、残った宇宙船やピラミッドなどは後日回収しに来ることにした。
球体の宇宙船はすぐに研究の対象となり、一機が分解された。だが、その高度で難解な技術に研究者たちは頭を悩まされた。
「なんだこれは・・・。見たことのない金属だ・・・」
「これで本当に飛べるのか・・・?どうやら今の我々の技術ではこの宇宙船は作れないようだ。部品も地球にはない。修復することすら難しい」
解体した一機の宇宙船は宇宙開発機構により引き取られ、最新機器開発の研究に利用されることになった。世間の混乱を避けるため宇宙船に関する一切の事実は全てが明らかになるまで公表しないという判断が下され、他の三機は決して人目に触れない場所に保管するように指示が出された。保管場所に輸送される前に研究者の一人が宇宙船のコックピットに入り、最後にもう一度操作を試みた。しかし、宇宙船は動くことはなかった。諦めかけたその時、誰かが頭の中ではっきりと語り掛けてきた。
(クリスタル・・・クリスタルをコックピットまで持ってくるのだ・・・)
声の出どころも、声の主もわからなかった。研究者は恐怖のあまり、その場に居ても立っても居られなくなり、慌てて宇宙船の外に飛び出した。
(待て・・・私もあなたと同じ人間だ・・・クリスタルの波動で宇宙船が動く・・・)
まさかそんなはずはない、クリスタルの微々たる波動に大きな宇宙船を動かせる力があるわけがない。どこから聞こえているかもわからない声の言うままに従ってしまえば何が起こるかわからない。もしかしたら自分の命すら危険に晒されてしまうかもしれない。しかし、このまま諦めてしまえば何の進展もない。研究者は意を決して研究室に飾ってあったクリスタルのクラスターをコックピットに持ってきた。すると宇宙船がクリスタルに反応を示した。
宇宙船はクリスタルの波動により長い眠りから目覚めた。その瞬間、宇宙船は驚愕の速さで月へと移動した。そしてものの数秒で冥王星まで到着してしまった。酸素を自動に作り出す装置も備わっており、宇宙船の中では呼吸することができた。燃料はどうやら空気中や宇宙に浮かぶエネルギー体を吸収しているようだった。
これで地球を脱出する準備が整った。各宇宙船は数百人が乗れるほど大きなものだったが、まずは人間が移り住める惑星を探さなくてはいけなかった。未知なる惑星を開拓するという前代未聞の指令を受けたのは数人の宇宙飛行士だった。分解した宇宙船を除く三機にそれぞれ二名から三名が搭乗し、宇宙に数か月滞在することになった。
「それにしても退屈だな。惑星を見るのも飽きてきた」
「少し休んできていいぞ、クリス。僕が見ているから」
「でもこの宇宙船広すぎて不気味なんだよな。こんなでかい宇宙船の中に二人だけってなんか怖くないか」
「何か出るっていうのか」
「あぁ、ほら、宇宙船から人骨とかが出てきたっていうじゃないか。もしかしたらそいつらの怨念が・・・」
「止めろよ、そういう話苦手なんだ」
「あぁわかったよ。あ、そういえば俺不思議な体験をしたことがあるんだ、聞いてくれるか。怖い話じゃないから」
「よせよ、もう聞きたくない。ん?今何か変な感じがしなかったか」
「話をそらすなよ。なんだよ、変な感じって」
「いや・・・単なる気のせいだろう。話を遮ってすまなかった」
「じゃあ話を戻すぞ」
「いや、何か笑える話でもしてくれよ。犬に尻を噛まれた話とかさ」
「そう言わずに聞いてくれよ。どうせ暇なんだからさ。いつだったか、朝方の駅のホームで始発の電車を待っていたんだ。眠気覚ましに自販機で缶コーヒーを買ったんだけど、ゴトンって音がして出てきたはずなのにどこにも見当たらないんだよ。そしたらな、つり銭口のところに缶コーヒーがあったんだ。おかしいなぁと思って、でもまぁ未だにつり銭口がある自販機だから古くて不具合でも起きたのかなって思ったんだけど、缶コーヒーを飲んでいたらおかしなことに気が付いたんだよ。缶コーヒーって意外と大きいんだ。つり銭口になんて入らないんだ。試しにつり銭口に差し込んでも、さっきはそこから出て来たのに入らないんだよ。始発だったし寝ぼけているのかと思ったんだけどな。それでふと振り返ると、見知らぬおじいさんがにやにやしながらこっちを見ているんだ。その時咄嗟に、うわっ、今の一部始終見られた、恥ずかしいって思って目をそらしたんだよ。でもよくよく考えてみたら、そのおじいさんが俺のことずっと見ていたなら缶コーヒーがつり銭口から出て来たところも見ていたんじゃないかと思ってさ、声をかけようとまた振り返ったんだ。そしたらそこには誰もいなかったんだ」
「十分恐ろしいじゃないか。なんだよそのおじいさん。お前大丈夫か」
「俺は宇宙飛行士だぜ。毎日のように身体検査されていて、脳にも全く異常はないって言われているんだ」
「そうだよな・・・じゃあ夢だったんじゃ」
「夢でもないんだよなぁ」
「じゃあ寝ぼけていたんだ」
「それもない」
シッダールタとクリスは他愛もない話をしながら時間を潰した。主にクリスが話す方でシッダールタがそれを聞いていた。宇宙に飛び立ってから数週間が経った日、ようやく二人は地球に似た惑星を見つけることができた。
「お!?シッダールタ!地球と似た星があったぞ!」
「やっと見つかったか!海もあって大陸もあって雲もある。これだったら絶対人間も住めるはずだ。降りてみよう」
シッダールタとクリスは操縦席に座り、着陸の振動を抑えるためにベルトを着用した。着陸と同時にとてつもない衝撃が宇宙船に走った。どうやら着陸したようだ。外に出るとそれはまさに地球そのものだった。ジャングルに着地したようで、周りは木々や植物などで溢れていた。
「驚いたな、まさに地球そのものじゃないか。宇宙船のレーダーによるとかなり地球から離れているが、この宇宙船なら数週間で来ることができる距離だったな」
「よし、少し探索してみるか」
歩こうとしたその時だった。宇宙船の無線が鳴った。どうやら他の宇宙船から入ったようだ。三機の宇宙船はどんなに距離が離れていようと無線で繋がっていた。
「おい、クリス、シッダールタ、聞こえるか」
「シッダールタだ、どうした」
「ついさっき地球に似た惑星に着いたんだが様子が変なんだ」
「変って何が」
「まるで歴史の教科書の中に紛れ込んてしまったかのようなんだ。タイヤのついた車が走っていたり、電車も未だに車輪で動いている。しかも明日が初のスマートフォンの発売日だって言うんだから驚きだ」
「どういうことだ・・・?」
「シッダールタ、もう一機から無線が入ったぞ」
「クリスだ、他の一機から変な報告が入ったぞ。お前たちも聞いたか?」
「まだ聞いてないわ。でも私たちも変な星に着陸しちゃったみたいなの。まるで・・・未来の地球を見ているようだわ。茶色い惑星を見つけて、気になったの。なんだか大きさも地球に似ているし、惑星の色も地球の枯れた大陸と同じ色をしていたの。海があったような地形がまだかすかに残っていて、それで気になって着陸してみたの。着陸をしたら地底奥深くまで入っちゃったみたいで。そしたらそこに人が暮らしていたのよ。惑星の表面が枯れ果ててもかすかにまだ惑星の内部には水が残っているみたいなの。だからこの人たちは地底で暮らしているっていうんだけど・・・。驚くことにここは地球だって言い張るのよ」
クリスとシッダールタは混乱した。彼らはどこにいるというのだろうか。レーダーによると彼らの位置は地球から遠く離れている。
「わかった、ちょっと待機していてくれ、俺とシッダールタもさっき地球に似た惑星に辿り着いたんだ。外の様子を見てくる」
シッダールタとクリスは宇宙船を操縦し、その惑星を空から見渡した。視界に広がるのは生き生きとした緑色の大自然だけだった。動物も人もいない。しばらく飛行していると、その惑星で一番大きな木を見つけた。
「大きな木だな、他には何もなさそうだし、この辺で降りてみるか」
二人は木の近くに宇宙船を着陸させると、その大きな木に近寄った。
(あなたたちは誰だ。どうやらこの地に移住しに来たわけではなさそうだな。迷ったのか)
「なんだ?聞こえたか?」
「あぁ、この木だ。驚いた。まさか木が話せるとは。多分音として僕らに話しかけているわけではなさそうだな。なんだ、この感覚。木や植物に感情らしきものがあるということを聞いたことがあったが、まさか意思疎通までできるとは思わなかった」
(ここは地球だ。あなたたちはどこから来たのだ)
「おい、シッダールタ。どういうことだ。ここも地球だってよ。地球が四つもあるのか」
「僕たちも地球から来たのです。ここも地球なのですか。どういうことなのか僕たちには理解できないのですが・・・」
(なるほど、あなたたちも地球から。ここも地球。宇宙から来たのだな。宇宙と時間。その関係について考えてみるといい。きっと答えが出てくるだろう)
「宇宙と時間・・・。シッダールタ、わかるか。俺にはわからない」
「諦めるのが早すぎるだろ・・・。まさかとは思うが・・・。宇宙船で移動中に僕が変な感じがしたって言ったのを覚えているか。前々から考えていたんだが、僕たちは三次元の中で移動をしているだろう。つまり、移動することで移動距離がそのまま距離で測れる。でも僕たちの銀河を離れ、宇宙の彼方へ移動してしまうと、別の次元に移動することになるのかもしれない。そうすると移動するのが距離ではなく、時間軸になってしまう・・・そういうことじゃないだろうか」
「ややこしいこと言うなぁ。つまり俺らの世界では移動した分だけ地球から離れるけれども、こっちの宇宙では移動した分だけ時間が進むか遡るかってことなのか。でもどうして俺らは歳を取ったり、若返ったりしないんだ」
「よくわからないけど、僕らは僕らという物質で成り立っているからじゃないかな。ほら、宇宙船だって何も変わっていない」
「でもレーダー見てみろよ、距離で表されているぞ」
「レーダーは距離でしか測れないから・・・かな。実際の距離はレーダーの通りなんだろうけど、その距離が進むに連れて時間軸を移動することになる」
「ややこしいなぁ。もう理解しようとするのはよそう。つまり、タイムマシンだ。これはタイムマシンなんだよ。よかったな、シッダールタが欲しかったタイムマシンがこんなに近くにあったぞ。・・・冗談はともかくこのことを皆に説明して地球に戻って報告だ」
シッダールタたちは数週間かけて地球に戻った。こんな話を信じる人は少なく、シッダールタの理論を信じない人々は地球に残った。京都に集まった政治家たちは誰もシッダールタの言うことを信じようとはしなかった。彼らは地球に残り、地球で生きていく道を探ることにした。三機の宇宙船に乗った人々の中でシッダールタがリーダーとなり、遠く彼方にある、まだ人間の手によって自然が汚されていない地球を探す旅に出た。
「まだ文明が発達していない時代の地球に降り立って今度は必ず自然を大切にするよう原住民たちに伝え、それを代々守らせよう。原住民との無駄な争いを避けるためにまずは海の上に人工の大陸を作るとしよう。その大陸はアトランティスと命名する」
【短編小説】嘉飛萬象の作品集 嘉飛萬象 @KatoManzo37
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