地球に降り立った最初の日

 ダーウィンの進化論。それは誰もが知っているもはや常識化されたセオリーで、生物は長い時を経て現在の形に至ったと言われている。生命はもともと同じものだった。微生物も虫も魚も動物も、そして人間までもが。僕たちは教育によってそういった洗脳にも似た知識を埋め込まれても、それを疑う余地もない。せわしい社会という荒波に流され、詰め込まれた知識の是非を問うことなく、与えられた情報を信じ込まされているのだ。それが間違っていたとしても。

僕もその間違った教育を受けた一人の人間だ。でも僕は洗脳されなかった。どうしてか。それは僕が知っていたからだ。僕たちは地球を侵略した宇宙人だということを。


 人間が住み着く前の地球は大自然に包まれたとても豊かな星だった。草木は生い茂り、空気は澄んでいて、どの場所の水も透き通っていてきれいだった。


(フルさんおはよう。今日も太陽が暖かくて気持ちがいいね。ほら今日のプラーナは元気だ。いたるところから湧き出ていて、こんなにもはっきりと見えるよ)


(おはようドゥンガさん。本当に気持ちがいい。今日は雨も降るみたいだからわくわくするね)


 石も草木も人間のように声を発して言葉を話すことはできないが、特殊なテレパシーのような波長を出すことで意思疎通ができた。フルは草木のことで、ドゥンガは石を指す言葉だった。彼らは太陽の光と雨水によって生かされていた。また、プラーナと呼ばれる空気中に含まれるとても細かいエネルギー体を吸収して栄養を蓄えていた。プラーナもまた太陽の光から自らのエネルギーを補給していた。

 優しく清々しい風が時折吹き、草木を揺らす。その揺れは草木にとってとても気持ちの良いものだった。朝になれば陽が昇り、夜になれば星が夜空いっぱいに輝いた。平和で穏やかな時間が毎日過ぎていった。

 ある日、夜空に太陽のような大きな黄色い物体が浮かぶようになった。フルもドゥンガもその奇妙な物体が何なのかはわからなかった。太陽と同じ大きさ、同じ形で、光を放っているが、太陽のような力強さがない。その力強さがないせいか、光を浴びても暖かくもなければ、プラーナを元気にさせるエネルギーもない。空もいつも通りのきれいな星空で、辺りを見渡しても暗闇に包まれている。それでも空を見上げれば暗闇の中でそれは黄色く光っていた。謎に包まれた物体だったが、フルやドゥンガはそれを歓迎した。


(太陽のようなエネルギーは感じられないけど、なんだかとてもきれいだね)


(僕たちと共存したくてこっちに来たのだろう。それなら歓迎してあげないとね)


 夜は見えなくなる太陽とは違い、その物体は昼も夜も見ることができた。しかし、昼間は夜のように光ることはなく、白い丸い物体として青空に浮かんだ。日によっては欠けて見えることもあった。また、夜にはどこかに隠れて姿を現さない日もあった。

 どのくらいの月日が経っただろうか、フルもドゥンガもその物体のことを気にも留めなくなった頃だった。いくつもの三角錐や四角錐の黄土色の大きな岩が地球に落ちてきた。それらの衝撃で岩や草木が吹き飛ばされ、一部が砂漠と化した。フルやドゥンガはそれを目の当たりにしても動くことができないため、逃げることもできない。遠くからただ茫然と見ていることしかできなかった。


(どうやら何か落ちてきたようだね。いつもは落ちてきたら粉々になって大地に吸収されるのに、今回の岩は落ちてきても無傷だよ。これでは吸収できないね)


 隕石が落ちてくることはよくあることだった。しかし、これほどまでに激しい衝撃のものは初めてだった。隕石が落ちて砂漠化することもまずない。


(仲間が吹き飛ばされたようだけど後に大地に吸収され、また命が芽生えてくるよ。ドゥンガさんの仲間たちも粉々になっちゃったね)


(そうだね。でも僕たちも粉々になったら大地と一体化してフルさんたちの栄養になってフルさんたちと一つになるね)


 フルやドゥンガの命は決して尽きることはない。この地球が生き続ける限り、彼らの命は消えることもなければ消すこともできない。それが自然の摂理だった。


(おや、降ってきた岩の中から何かが出てきたよ・・・。すごいや。どうやって動いているのだろう)


 フルやドゥンガが見たことのない生物がぞろぞろと出てきた。器用に二本足で立って互いの顔を見ながら音を発し、二本の腕でたくさんのものを抱えている。それは人間だった。そしてそれらに連れられて出てきたのは様々な動物だった。鳥たちは広い空を自由に羽ばたき、動物たちは柔らかい大地を自由に駆け回った。


(あ、二本足で歩いている二体の生物がピパルのところまで近づいたよ)


 人間たちが降り立った近くに巨大なピパルという大木があった。自然界を優しく包み込む、寛大でおおらかな神のような存在だった。ピパルが人間たちに語り掛ける。


(ようこそこの地へ。どうやらあなたたちが降りて来た時に他の草木や石が吹き飛ばされたみたいだが、気にすることはない。そのうちまた再生されるだろう)


「なんだ?何か聞こえるか?」


「あぁ、なんだか変な感じだな。心の声を操られているようだ」


「まさかこの大木から聞こえてくるのか」


「そうかもしれない。でもなんだか歓迎されているようだから大丈夫だろう。とりあえず拝んでいくか」


「そうだな、これからこの地に世話になるのだから挨拶くらいするか」


「遠くの星から月に乗ってやってきました。いつか星に帰るために月をしばらくの間この星の周りに循環させておきます。連れてきた動物たちはここまで来る途中の星で捕まえたものです。これからよろしくお願いします」


(こちらこそよろしく。この地は好きなように使うがよい。命あるもの、この星の生き物、全宇宙の生き物全てが家族のようなものだ。互いを助け合い、協力し合い生きていこうではないか。だがな、一つだけ覚えておいてほしい。少しでもこの星の脅威になるような存在だと判断した場合は心置きなくお前たちをこの地から追い出そうとするだろう。だが簡単には追い出さない。この星を滅ぼそうとした罪を償ってもらうためにこの大地に吸収されてもらう。生き物全てを尊重することを約束してくれ)


「聞こえたか?」


「あぁ、なんだか気味が悪いな。本当にこいつが話しているのだろうか」


「動けないのに俺らを追い出せるのかよ。ちょっと試してみようぜ」


 体格がよく、威勢のいい男がピパルをナイフで切り付けた。するとどこからか大きなうめき声のような地響きと共に突風が吹いた。先ほどまで雲一つない青空だったのにも関わらず、突然辺りが暗くなったかと思うと、真っ黒い雨雲が空一面に広がった。嵐だ。ピパルが嵐を呼び寄せた。二人は地面に伏せ、吹き飛ばされそうな身体を必死で踏ん張りながら自分たちの命を懇願した。


(私を含む大地は自然そのもの。あなたたち人間が意思疎通できるのと同じように、私たちもできるのだ。もう一度言う、私を含めこの大地に危害を与えようとすればあなたたち全員をこの地から追い出す。追い出す前にあなたたちの仲間のほとんどがこの大地に吸収されるだろうがね。でも私たちはあなたたちが何もしなければ大人しくしている。あなたたちがこの地で共存することはあなたたちの勝手であって、私たちがどうこう言う問題ではない。これは皆の星だ。わかってくれ、約束さえ守ってくれればそれでいい)


「わかった!わかったから!もうやめてくれ!約束するから!」


 一人が必死で叫んだ。すると嵐が止んだ。先ほどまでの悪天候が嘘のように太陽の日差しが辺り一面を照らした。


「とんでもないところに来たようだな・・・。皆に知らせないと・・・」


「あっ!!」


「どうした!?」


「連れてきた動物が草を食ってやがる!止めないと!」


(待て!あなたたちが動物と呼ぶものが食べた草はやがて動物たちに吸収され動物たちの一部となる。吸収されなかったものは体内から排出され、それを大地が吸収する。やがて動物の命が終わればその肉体は大地の一部となり、草木に吸収されることになる。だから何も問題ない。命というものは草木であれ、動物であれ、石であれ、これまでそうやって循環してきたものだ、そしてこれからも。

むやみに私たちを破壊してはいけないだけだ。あなたたちが生きるために私たちを吸収するならそれはそれで構わないのだよ。ゆくゆくはあなたたちと私たちは一体化するのだから)


 こうして人間は大自然に危害を加えないことを条件に地球に住むことになった。彼らは大自然に対する感謝の気持ちを忘れないために、その大木をご神木として祀り、崇めた。人間が地球を破壊すれば大規模な自然災害が発生し、破壊した人間以外にも大勢の人間が地球に吸収されてしまう。地球から人間が追い出される時、それは人間が地球を破壊し続け、地球が再起不能に陥る寸前になった時。このことを肝に免じ、この地球に降り立った時から人間たちは大自然を大切にしてきたのだった。

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