第14話 デートの続きは
会計を済ませてお店から表の通りに出たところで、おばさんは二人の方に振り返った。
「私はこれから用事が有るけど、あんたたちはどうするんだい?」
「え? 帰るんじゃないの」
操がキョトンとした顔で答えた。それを見たおばさんはやれやれといった表情で口を開く。
「二人でデートの続きをしたらいいじゃないか」
「デ、デート!!!」
「良いのか、おばさん?」
予想もしてなかった言葉に大きく腕を拡げて驚く操と目を見開いて輝かせるレン。そんな対照的な反応を示す二人。
「操には言ってなかったけど、本庄さんは最初二人にデートでもってチケット2枚くれたんだよ。だけど、心配だからもう一枚出させて私がついてきたわけ」
「じゃあ、レン君がお花くれたのも」
「デートの最初にバラの花束を渡せって、勝利が言ってたから」
「かつとし?」
「そんなことより! どうすんだい、操?」
「俺とデートするのイヤ、操?」
「ちょっと待ってよ」操は二人に詰め寄られ、慌てふためいた後、「私なんか、可愛くないし。秀でた所があるわけでもないし。レン君みたいなカッコイイ人に似合わないよ」段々と声のトーンを落としていった。
「そんな風に自分を悪く言わないで」レンが言った。
「え?」
「操が俺に言ってくれたんだよ。だから行こうよ」
レンは操に微笑みかけ、右手を差し出した。操は穢れの無いレンの視線に、暖かな光に包みこまれたような気分になった。そして、
「うん」
勇気を振り絞ってその手に自身の右手を合わせた。
「それじゃ握手じゃない! 操! 左手!! もう、おっちょこちょいなんだから」
「あわわ、ごめんなさい!」
慌てて手を握りなおした操。
「行こうか」
「うん」
レンは操の手をしっかり握り、通りを駆け出した。
「日が暮れる前にちゃんと帰って来るんだよ!」
おばさんの叫びが昼間の喧騒に包まれる中、二人は中華街の先へと消えていく。二人の行く先には大通りの先にある昼の光に輝く海が見えてくる。
「ストップ! ストップ! レン君!! どこ行こうとしてるのよ?」
操は日曜の混雑した通りを駆け抜けようとするレンを一旦落ち着かせ、質問した。レンは立ちどまり、答える。
「山下公園だよ。デートなら山下公園だろって、勝利が言ってた」
「さっきから言ってるかつとしって誰よ?」
「仕事仲間?」
「ふーん。なんだかベタなこと言う人なのね」
「ベタ?」
「なんでもない。焦らなくても山下公園ならすぐそこなんだから、歩いて行きましょ」
程なく公園にたどり着いた二人は、木陰のベンチに座り海を眺めた。岸壁の先の海には大小様々な船が行きかう。繋がれたままの手がじっとりと汗ばんだ。
「いろんな船がいるね。いったい何処から来たのかな、ねぇ、レン君? って、ヤダ! 何処見てるの?!」
緊張でレンの事を見れなかった操に対し、レンはずっと彼女の事を見ていたのだ。操は握っていた手を離し、両手に顔を埋めた。
「操を見てる」
「どうしたの?! ちょっと前まで目も合わせられなかったのに。恥ずかしいよう」
指の隙間からチラッとレンを見たが、先ほどと変わらぬ視線がそこにあるのを見て、操はまた顔を埋めた。
「気付いたんだ」
「え?」
「操がいれば何も要らないって。だから……」
「あ」
操は呆けたように手を降ろし、頬が真っ赤に染まった顔を上げてレンを見つめ返した。レンの顔がどんどん近づいて来る。操はキュッと目を瞑って顔を強張らせて待った。しかし、操の予想に反して耳元にレンが囁きかける。
「次の所に行こうか」
目を見開くと、レンが立ち上がって手を差し伸べてきていた。
「え?」
「早く行こう! 次は買い物だって勝利が言ってた」
「まっ……、待って!」
操は両手でレンの右手を握り引き留めた。
「どうしたの?」
「勝利くんの言うことはどうでもいいから! 私のいう事を聞いて!!」
「うん……? いいけど」
「座って」
「どうすればいいの操?」
「私が良いって言うまで座ってなさい」
「わかったよ。それだけ?」
「うん」
操は座りなおしたレンの腕を組み、そっと頭を彼の肩に乗せた。キスされるかと心臓がバクバクになっていた彼女は、立ち上がるのすらままならないほどだったのだ。操の全身を駆け巡る熱が徐々に穏やかなドキドキに変わって行くまで、時間の感覚を失い二人はじっとそのままベンチに腰掛け続ける。
「もう、大丈夫だよ……」
そう呟いて頭を上げると、果たしてレンは目を瞑り、うつらうつらしていた。操は少しだけ体をずらし自分の膝にレンの頭を受け入れ、まっ白な髪を愛おしそうに撫で続けた。
「あれ?! 寝ちゃってた?」
レンが目を覚ますと、視線の先には目を細めて微笑む操の顔が見えた。すでに日がだいぶ傾き始め、しばらくすれば夕焼けに染まるだろう時間になっていた。
「ふふっ。そうだよ、ぐっすり眠ってた」
「ああ! 今日中に行かなくちゃいけない所まだあるのに!!」
レンはガバッと起き上がり、頭を抱えた。
「今日行けなかった所は、また今度行けばいいじゃん?」
「また、今度?」
「うん。でも、今度は私が行きたいところ連れてくかんね!!」
「そうだね」
「さぁ、歩いて帰ろう」
夕闇が迫る中、ふたりは商店街のいつもの食堂へと帰っていった。
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