第二章 

第10話 襲撃

 金曜の夜……。

 水色のリンカーンコンチネンタルマーク2が、ネオン輝く横浜の街を走り抜ける。後部座席に座る若い整備工は、居ても立っても居られない様子で後ろから首を突き出した。


「鈴本さん! 佐久間のアニキ! 俺、ワクワクして、ドキドキが止まらないっすよ!」

勝利かつとしおめぇなぁ、遠足行くんじゃねぇんだぞ!」

「分かってますよー! でもさ! こっちは、超強ええええ!! 見方が居るじゃないですか! ねぇレン君?」


 勝利は馴れ馴れしく、隣に座るレンの肩に腕をまわした。整備工場の一件を間近で目撃した彼は、バケモノじみた強さを誇る同年代のレンに憧れと共に勝手な親しみを覚えていたのだ。対するレンは人とのどう反応して良いか分からず、固まったままだ。


「それにしてもよ、龍神会もずるいよな。身柄知られてない俺らにやらせるなんてよ。しかも、武器が木刀だぜ! ガキの使いかよ」鈴本が吐き捨てるように言った。

「しょうがねぇよ。木島のオヤジは病院送りだし。ハマでやってくには明さんにすがるしかねぇんだから……」


 助手席の佐久間は冷静に諭しながらも、やり場のない怒りを内に秘めていた。レンによる木島自動車の襲撃で金品を奪われ、龍神会に隠れて裏でコソコソ金儲けしていた事もバレ、木島のオヤジは現在入院中。明には完全に頭のあがらない状態になってしまっていた。実質的に木島自動車とその社員は龍神会の所有物となったのだ。


 やがて車は大きな中華飯店の前に止まった。運転手役の鈴本以外が車から降りた。人で賑わう金曜の夜、3人は建物の脇から裏の非常階段へ。人の目が無いのを確認してから目指し帽を被り、階段を3階まで上っていった。勝利が叫ぶ。


「さぁ、パーティーの始まりだぜ!」

「バカか! お前は」


 佐久間が勝利の頭をぶん殴った。彼は建物内に注意を向けたが、漏れ聞こえて来る騒音から察するに、幸い気付かれては居ないようだ。そんな二人のやり取りを無視し、レンは左手の手袋を外すと、3階の非常口の鍵穴に指を差し入れ開錠し、さっさと建物の中へと入って行った。


「あ、待ってレ……」

 ――ボカッ!!


 名前を言いそうになった勝利を佐久間がまた殴らざるおえなかった。


 非常口から入った場所は、どうやら従業員専用通路だった。鉄骨やモルタルむき出しで裸電球が下がる通路を3人は進んでいく。すると、前方に見えるドアが内側に開き、騒々しい音が漏れ聞こえてきた。そして、現れたタキシード姿の従業員。こちらの方へ振り向く前に、佐久間が飛び込んでいき従業員の首筋に木刀を叩き込んだ。


「ヒュー! やるな、さく……すいやせん!」


 勝利がまた名前を言いそうになり、中途半端なガッツポーズの姿勢で固まっていた。その姿を見た佐久間が目を丸くして勝利ににじり寄った。


「バカが! 何、時計ハメてんだよ?」

「え? 鉄じゃなくて布ベルトっすよ?」

「本体は金属だろがバカ野郎! さっさと捨てろ! このボケナス!!」

「ええええ! 買ったばっかしなのに」


 今回の作戦は金属製品はご法度だった。何故なら……。


「俺が預かってやろうか?」

「ありがとうレン君! じゃあお願いしやす」

「おいこらっ!」


 勝利は佐久間を無視し、レンの左手首に慌てて時計を巻き付けた。しかし、途端に長針短針ともにグルグルと回り出し、最後にはガラス面が破裂しボロボロになった。


「えっ……」


 佐久間が扉から内の様子を伺う。薄暗い室内にいくつものスポットライトが落ちている。光の先にはじゃらじゃらと音を立てるスロットマシンやディーラーが手早くカードを切るポーカーテーブル、巨大なルーレット台の周りには着飾った客の熱気で溢れかえっていた。そこは龍神会と対立する中華マフィア白虎びゃっこの闇カジノ。


「よし、覚悟は良いか勝利?」

「くっそ、まだ月賦残ってんのによぅ……」

「おい!」

「ああもう今日の報酬で新しいの買ったる!」覚悟を決める勝利。「オッケーす!」

「よし、123で飛び込むぞ。1、2,3! ウオラァアアア!!!」

『キャー!!』


 先に飛び込んだ二人、勝利は近くのスロットマシンに殴りかかり、佐久間はポーカーテーブルをひっくり返す。あっけにとられる客に向けて木刀で威嚇し、ディーラーに殴りかかる。


「殴り込みだ! 出合え! 出合え!」


 すぐに20人程の、従業員やガードマン、用心棒、ヤクザっぽい連中が二人を追いかけまわした。カジノの客たちも慣れたもので、部屋の隅に逃げた後は口笛を吹いたりして乱闘の様子を楽しんでいた。


「なにやってんだよ。早くしろよ、クソ」


 部屋の隅に追い込まれた佐久間が毒づいた。ついに中華マフィアたちに飛び掛かられようとした瞬間。


「グエッ!!」


 追手たちの上にシャンデリアが落ちてきた。壁にもたれかかり大きく息を吐く佐久間。中央に目をやると、今度はスロットマシンが横殴りに従業員に襲い掛かっていた。形勢が逆転し逃げ惑うカジノ側の人間たち。


「なんなんだあれは?!」

「怪物だ!!」

「銃を、銃を持ってこい!!」


 レンはルーレット台の上に立ち、周りの様子に目を光らせていた。すると、拳銃を持った一団が階段から現れた。


「死に晒せ! ド畜生が!!」

『キャー!!!』


 銃弾が発射される音が響き渡り、余裕綽々だった客たちも、ホウホウのていで階段に殺到しだした。レンは拳銃相手に左半身を前に出し、腕を振ることで弾を避けている。レンを避けていく流れ弾がバーカウンターやスロットマシンに命中し次々と粉々になっていった。


「どうなってんだ? 一体」

「さっさと、もっと武器持ってこい!」


「はっはっは、ダセエな!!」勝利がいい気になって叫んだ。


 一旦退却した中華マフィアたち。レンは構わず腕を振るって、破壊工作に勤しんでいた。すると、サブマシンガンを構えた新手が現れ、レンに向けて引き金を引いた。 


「これならどうだ!」


 さすがに連射は避けきれぬかと思いきや、今度は掌を前に突き出し弾を集中させるレン。左手に集まり出した機関銃の弾は徐々に大きくなり、ピンポン玉から野球ボール、さらには蹴鞠大と徐々に成長していった。


「クッソ、どうなってる?!」


 機関銃が弾切れになったのを見計らって、レンは銃弾で出来た鉄球を投げ返した。フロアの柱をなぎ倒し、天井のモルタルが崩れ落ちる。最後には壁にめり込みクレータを作った。


「引き上げようぜ!」佐久間が叫んだ。


 闇カジノは破壊され尽くし、ぐちゃぐちゃになっていた。中華マフィアたちも家具の下敷きで延びているか、あらかた下の階に逃げていた。襲撃側の3人が入ってきた時に使った授業員出入口の方を向くと。


「Wait! Fukkinmen!」


 そこには身長2メートルは有るのではないかという黒人の用心棒が立ちはだかっていた。


「ややヤバいですよ!」

「落ち着け、勝利。バケモノじみてるが相手は生身の人間だ。本物のバケモノの敵じゃねぇよ!」


 佐久間のバケモノ発言に内心イラっとしたレンだったが、目の前のデカい男を排除するために歩みを進めた。対する用心棒はボクシングのファイティングポーズを取り待ち受ける。レンは用心棒の仕立ての良いスーツとスタイルの良さを見て、「キマってるなぁ」と感心し、日曜のデートに来ていく服をどこで手に入れようかと目の前の事から意識が離れた。そんな風に考え事しながら相手の射程に入り、用心棒が右ジャブを繰り出す振りをして渾身の左ストレート。気が散っていたレンはもろにパンチを喰らい、吹っ飛ばされた。


「「えー!!」」


 予想外の展開に、ハモる二人。


「ゴメ……ン。考え事してた」


 スクっと立ち上がったレンは、そう呟くと用心棒に左手を前に高速で突っ込んでいく。


「Ha Ha. are you crazy?」


 リーチに勝る用心棒の拳がレンを捉えたかに見えたその時、レンは素早く屈み込み相手のベルトを掴み取ると、そのまま円盤投げのようにグルグルと回してから勢いをつけて投げ飛ばした。


「No!!!」


 窓を突き破った用心棒は断末魔を上げて奈落の底へと落ちて行った。

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