第8話 日雇い
レンが駅前にやってくると、彼と同じように仕事を求めて集まった労働者たちを、それぞれのトラックの前に立つ手配師たちが大声を張り上げて勧誘していた。
場の活気に気圧されて、人混みの後ろで所在なげに突っ立っていた彼に、手配師の一人から声が掛った。
「おい! そこの木偶の坊!」
「おれ?」
「そうだよ! 500出すからさっさと乗りやがれ!」
「でも……」
「早く乗らねぇと、出発すんぞ!」
「あ、待って!」
レンは訳も分からず、手配師の言葉に急き立てられて労働者で満杯のトラックに乗り込んだ。トラックは赤レンガ倉庫を越えて、運河沿いのスクラップ場へ。潮風が当たり、鉄屑を置くにはあまり適してない場所だが、開発の激しいこの近辺からでた屑鉄を固めて、川崎あたりの溶鉱炉へバージ船で運ぶのに港近くが都合が良かったのだ。
スクラップ場に到着し、荷台から降りる。そこは
廃材の間を奥に進んでいくと、粗末なコンテナハウスと磁石の付いたクレーン、その隣には大きなプレス機が鎮座していた。
「デカいゴム手袋かしてやっからよ。そこで、鉄とゴミを選り分けてくれや」
コンテナハウスから出て来た責任者らしき男に言われ、他の労働者たちと山になった廃材からプレスに回す鉄屑とその他を選り分ける作業に取り掛かった。レンは左手の磁力を使ってすばやく選り分け作業を行っていく。手際の良いレンに隣で働いていた同僚の男が感心したように声を掛ける。
「オメェさん、すげぇなぁ。まるで、鉄屑が吸い付いてくみてぇだな!」
「あと少しで満杯になるんで、やっときますからクレーンに伝えてきてもらって良いですか?」
「おお、任せときな!」
男がコンテナハウスに知らせに行くと、中から作業員が出てきてクレーンを動かした。クレーンの先についた磁石が降りてきて鉄屑が吸い上げられる。男は引き返してきたが、居るはずのレンの姿が見当たらない。
「おい、あんちゃん! 何処行った?」
「くっ、まいったな」
男の真上で呟くレン。なんと彼は、強力な磁力に左手を引き寄せられ、鉄屑に混じってクレーンの磁石とともに地上5メートルの高さまで引っ張り上げられていたのだ。
レンがクレーンの磁石に吸い付いてるなど思いもよらない作業員は、何時ものようにクレーンを動かして、プレス機の下へと鉄屑を運び、磁石のスイッチを切る。すると、鉄屑はプレス機になだれ落ちて行く。間髪入れずプレス機が作動し、厚い上蓋が閉じられたかと思うと、内部で三方向から押し固められていく鉄屑。蓋が開くと長方形に小さく押し固められた鉄屑があった。
これにてレンも一巻の終わり――とはならず。
「ふう、危なかった!」
磁石の側面に右腕一本でぶら下がるレン。強力な磁力のため左手を動かすことが出来なかった彼は、落下する寸前に右手で磁石の縁を掴むことで難を逃れたのだ。
その後は、磁石に気をつけるようにしてその日の作業を滞りなく進めていった。
「ほらよ! あんちゃん。 頑張ってくれたから色付けてやったぜ!」
「あ、ありがと……」
その日の賃金を受け取った瞬間、レンの腹が大きく鳴った。
「ハハ! オメェさん、昼めし持って来てなかったもんな! どうだい、俺らと一緒に呑みに行くか?」
「行くとこ、あるから」
「なんだ? スケのところか? 二枚目は隅に置けねぇなぁ!」
レンは他の日雇い連中と共にトラックの乗って、元の駅前で降ろしてもらう。すると、近くに停車していた黒塗りの高級車が彼の元に横付けし、後部座席の窓から見知った人物が声を掛けてきた。
「レン。日雇い仕事はどうじゃったかの?」
「何してんだよオーパ」レンが白い目で博士を見た。
「お前さんがレンか。まぁ、乗れや」博士の奥から明が声を掛けてきた。
しかし、レンはそれを無視して博士に話しかける。
「帰るよオーパ」
「まぁ、待てレン。お前にとっても、良い話だぞ。この街に残りたいんじゃろ?」
「う、うん」
「その助けになるんじゃ! ささ、とにかく乗れ!」
レンは博士に促されて渋々後部座席に乗り込んだ。車は一路、龍神会の事務所を目指して走り出した。景色は栄えた駅前からうらぶれたドヤ街へと変わっていく。
「日雇いで働いてるそうだが」明が聞いて来た。「一日いくら貰えるんだ?」
「500円」レンが答えた。
「それで暮らしていけんのか?」
「行けるよ」
「家はどうする? 今の旅館、一日宿代300円してんだろ? 爺さんと別れて一人で暮らしていけんのか?」
「そうなの?」
「ああ、そうじゃ。それに、お前、自分で左腕の整備できるのか? 出来ないじゃろ! 今だって、月1万は整備に金がかかっておるんじゃぞ」
「左腕が無くたって、生きていけるよ!」
「だったら、今すぐワシの作った左腕を置いて出て行け!」
「まぁまぁ、親子喧嘩はその辺にしといてくれや」明が二人を諫めた。「うちの仕事を手伝ってくれたら、一回で100万。ぽーんと出すぜ! どうだ? 悪い話じゃねぇだろ。お! グッドタイミング! 事務所で飯でも食いながら、話をしようじゃねぇか?」
事務所前に車が止まると、玄関前で控えていた組員がドアマンの様に後部座席のドアを開けた。博士と明は降りようと腰を上げたが、レンは座ったまま口を開いた。
「ワルモノしかやらない」
「え?」
「今まで、悪い連中からしか盗みをしてないということじゃ」博士が説明した。「じゃがの、レン。この親分の依頼もワルモノを懲らしめる事じゃ。しかも、盗まなくて良いんじゃぞ」
「でも、こいつもヤクザだからワルモノ」レンは明を指さした。「ワルモノを助けることは悪い事、オーパが言ってたじゃん!」
「それはのレン。お前がバカだから話を単純にして教えていたからじゃ。ヤクザにも良いヤクザがいるんじゃよ! なぁ! 親分?」
博士はそう言った後、明に耳打ちをした。
「おお、そうだ! 街の安全を守るために見回りをしたり、借金が嵩んで稼げない女に仕事を紹介したり、薬局で買えない人に薬を分けてあげたりしてるんだ」
明は喋りながらも、サングラスで隠された自分の目が泳ぐのを自覚した。
「じゃあなんで、警察はヤクザ目の敵にするの?」
「それは……」想定外の質問に明は言葉に詰まった。
「警察にも良い警察と悪い警察が居るんじゃよ!」咄嗟に博士が助け舟を出した。「悪い警官は良いヤクザに嫉妬して嫌がらせをすることがあるんでのう。ほら、親分も警官に金せびられたりしたこと有るじゃろ?」
「ああ、あいつらほど金にがめつい奴らいないぜ! 融通してやってんだから金寄こせとか、見まわりで来て見逃してやるからタダで女抱かせろとか狡いのなんの!」
「レン。どうじゃ? 横浜に住んで、悪い奴を懲らしめる仕事を斡旋してくれる。それも報酬は一回100万円!! これほどの話はそう転がってないぞ!!!」
「断る」
「「え?」」思わず二人して呟いてしまった博士と明。
「俺は、普通の暮らしがしたい。普通の仕事をして、普通に結婚する。オーパ、ゴメン」
そう言い残すと、レンは反対側から車を降り、その場を立ち去ろうと彼らに背を向けた。
「待つんじゃレン! お前旅館には戻れんぞ!」
「分かってるよ。自分で寝るところはどうにかする」
「おい、話が違うじゃねぇか?!」明が博士に詰め寄った。
「待て待て、そう焦るな」
「なんだと?」
「お前さん方、この辺りの手配師は龍神会がケツ持ちじゃろ?」
「ああ」明は博士が何を言いたいのか察した。「なるほど! 働けなきゃ、奴のケツに火が付くってか!」
「レンの手持ちはそんなに無いはずじゃ。すぐにもどってくるじゃろうて」
夕陽を背に、歩き去るレン。残された二人は余裕の笑みを浮かべて彼の姿を見送るのだった。
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