正義を背負う魔物

「こんにちは、突然ですが少しお時間をよろしいですかね?」


「……何ですか?」


南沢が目をつけたのは柳井を死刑にするよう要求する署名活動に参加していた一人の男。


「署名に参加されていましたよね、あなた。

柳井は死刑にすべきだと思っているんですね?」


「愚問だなぁ、法は犯罪者に甘すぎる。

だから皆で叩き潰さなきゃいかんのですよ。」


「裁判所の判断より皆さんの判断の方が正しい、と?」


「当然です!

裁判所の人間には血が通ってないんだ!

これまで多くの悪人が許されてきた……そんなの間違ってる!」


その予想通りの反応に、南沢は笑ってしまう


「でもまだ裁判所の判決は出ていませんよ?

勝手に心神喪失で無罪になるという憶測が飛び交っているだけですよ?」


「きっと無罪になりますよ、人を殺しても頭がおかしいフリをすれば許される!

日本という国に住んでるならあなたも分かるでしょう。」


「分かることはひとつ、あなた方が最も狂っているということだけだ。

神にでもなったおつもりですか……感情論で法曹界の足を引っ張り、かき回し……。

民主主義は一人の人間を殺すためにあるのではありません。

そんなもので全てが決まるなら法曹界なんて存在意義を失いますよ。

心神喪失になる?

それはあなた方が望んでいるだけのことでしょう。

心神喪失で凶悪犯が無罪になれば、人々は怒り狂う……。

そうすればあなた方の仲間が増える。

そうでしょう?」


「何を……私は正義でやっているんだ!

私を否定するのか、犯罪者を擁護するのか、ええ?

この犯罪者が!」


「ちょっと、ちょっと。

無闇なレッテル貼りはいかんですよ、見苦しい。

冷静になってもらわんと此方も取材が出来んのです。

取材が出来なきゃ路頭に迷う。」


「ひ、人の不幸で飯を食うヤツが何を生意気なァ───ッ!!」


「あなただって、人の不孝を利用して正義ぶってる愚民の一人でしょう。

私は自分を正義だなんて思っちゃいませんよ。

人はそんなデキのいい生き物じゃあないんです。」


「悪人を死刑にしろと言ってるんだ!

何が正義でないものか!

これは被害者のためなんだ!被害者遺族のためなんだ!

文句があるなら言ってみろ、このクズめ!!」


「文句しかありませんな。

あなたは被害者をプロパガンダに利用しているだけです。

遺族の方が何と仰ったか教えてあげましょうか?

『どんな刑だろうと、法が決めたことなら従う。

一番悲しいのは修太郎であり、これから修太郎と共に未来を歩むはずだった碧さんです。』

この意味が分からないなら……あなたはただの愚か者です。」

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タガ @nyan-wan

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